夕刻。UCAT内、実働部隊用訓練施設。
そこに併設されている女性用更衣室に、今二人の少女の姿があった。
「悪いわね、わざわざ呼び出して。男連中には聞かれたくない話だから……」
苦笑いを浮かべ、ロッカーの一つに背を預けるのは風見・千里。
訓練後の彼女は、シャツに制服のスカートだけという軽装だ。
「そんなこと言ったら、ボクだって半分男の子だけど……」
と、真剣にズレた答えを返す新庄・運切(運モード)。
洗面台の前の腰掛に座る彼女は、週末だからか、私服、それも女物の上着に長めのスカートだ。
新庄の言葉に苦笑を濃くした風見は、手をひらひらと振りながら、
「いや、ちょっと新庄じゃないと聞けないってか、アンタならもう経験済みかな、ってね」
「経験?」
「まあ、その、何て言うか……」
むーっ、とか、うあーっ、とか、うめき声を上げ悩む様を表す風見。
頭を二、三度掻き乱した後、はぁーっ、という大きな溜息を吐き、改めて口を開く。
「新庄、アンタさ……」
「アナルセックスって、したことある?」
「…………へ?」
――アナル、何? セックスって、えと、そういうこと、だよね?
凍りついた新庄を見て、風見は顔に後悔を浮かべる。
「わかんないかあ。いやー、あの変態佐山を毎晩相手にしてるアンタなら
とっくにやっちゃってるかと思ったんだけどなあ」
「毎晩って、そんなやってないから! てゆーか、セックスなんてまだ、出来ないし……」
肩を落とす新庄。風見は、表情を苦笑に戻す。
「……ゴメンね、突然変な事聞いて。ただ、ちょっと不安だったのよ。
最近あのエロボケ、頭のどこ打ったのか『飽きた』なんて言ってさ……」
その言葉と表情から、新庄は一つの推測を得る。
――新婚夫婦の倦怠期、ってやつかなあ?
「新庄、口に出てるわよ」
「えっ!? ご、ごめんなさい……」
「まーいいわ。実際そんなんだし。
でさ、よく夜の生活には新鮮な刺激がどーたら、って言うじゃない?
だから経験者に聞いてみよう、ってね。こんな事聞けるの、アンタくらいしかいないし……」
「風見さん……」
死地すら共にした同世代の同性。間にあるのはただの信頼ではない。
とは言え、話題のせいか室内を沈黙が支配する――。
しかし、その沈黙はわずか数秒で破られた。
それも、風見の隣のロッカーがけたたましい音と共に開くことで。
「水臭いですわ千里様ッ!! 何故私に相談してくださらないのですか!?」
『しっ、シビュレ(さん)っ!!?』
ロッカーの中から出てきたのは、人となった自動人形、シビュレ嬢だった。
「3rd-Gの自動人形は性生活まで完全サポートがウリです!
千里様、悩んでおられるのならいくらでも手ほどきします!!」
風見の手を握り、鼻息荒くまくし立てるシビュレ。
「シビュレさん、その、どうしてロッカーの中に……」
怯え半分の新庄の言葉は、果たしてシビュレに届いているのか、
「訓練に疲れ、ほてった千里様の裸身……。
体に浮いた玉の汗と、その芳香……下着の匂い……」
別次元を見つめながら、答えるでもなくぶつぶつと呟くのみ。
――ヤバい。シビュレ、どうかしちゃってる……!!
風見は、人生最大の貞操の危機を感じた。
「ね、ねえシビュレ? その、そそ相談は今度させてもらうから、
まずはその手を離してくれないかしら?」
引きつった笑みを浮かべつつ、シビュレに懇願する風見。
しかし御脳のリミッターを完全解除(ブッ飛んだとも言う)させたシビュレが、
そんな生ぬるい要求を受け入れるはずが無かった。
「いいえ千里様! 今度なんて言わず今すぐレクチャーして差し上げます!!
新庄様も、ボケッとしてないでお立ち下さい! 行きますよ!?」
「ちょっ、どこ連れて行くのよシビュレえぇぇぇっ!!」
「風見さん! シビュレさん、ちょっと待ってよおっ!?」
華奢な体躯のどこにそんな力があるのだろうか。
風見を御姫様抱っこしたシビュレは、更衣室を飛び出しどこかへ向けて全力疾走を開始。
新庄も慌ててその後を追うのであった……。