「点蔵様、もう少しお待ちくださいね?」
背で聞くその声は、心なしか弾んでいるようだった。
あの激戦を終え、武蔵は今IZUMOへの航路を、その傷ついた身体でゆっくりと進んでいる。
IZUMOでは、補修……いや、改修と言えるレベルの手入れを行うと聞いている。
しかしながら、激戦を終えたばかりという事もあり、武蔵の艦上は静けさに包まれて――
――いるわけは当然なく、日頃よりも数倍する喧騒に包まれ、誰も彼もが戦いの勝利を喜び、
お祭り騒ぎに身を投じていた。
先の戦いの中で、なんやかんやがあって夫婦(めおと)となった点蔵とメアリは、何のかんのと
庶務に忙殺され、その日ようやく二人だけの時間を取れる事になった。予定では、お祭り騒ぎの
真っ最中である、武蔵の市場を見て回る事になっている。メアリの希望であり、点蔵にも異議は
なかった。
彼女の声が弾んでいる理由は、そういう事だった。
裸で無ければ眠れないという彼女は、今布団を被って服を着ている。点蔵は、その衣擦れ
の音と、時折こちらを気遣ってかけられる声を聞き、思う。
……これは何かのプレイで御座るか!?
背後で全裸の彼女が、一枚一枚服を纏うのを、音にだけ聞く。その結果、点蔵の脳裏には
彼女の一挙手一投足が描き出されていた。無理も無い。自分だって男の子で御座るからー!
「焦らずとも良いで御座るよ、メアリ殿」
そう声をかけたのは、この奇妙な至福を長引かせたいからというわけではなく、彼女の
たてる衣擦れの音が、奇妙というか、手間取っているように聞こえたからだ。
他意は御座らん……決して無いで御座るよ!
「……すいません。なにぶん、こういった服を着るのは久しぶりでして……」
確か、普段着……私服として葵姉がメアリ用に置いていったそれは、英国ArchsArt制の
Tシャツとジーンズだったはずだ。Tシャツを被るのはともかく、ジーンズを履くのは苦労
するで御座ろうなぁ……。久しぶりであるかどうかではなく、着ようとする態勢に無理が
あるのではと思ったが、それでも、それは彼女が望んだ事だ。最初は、自分が外に出て
いるからと申し出たが、彼女はそれを拒んだ。離れたくないですと、そう言って瞳を潤ませ、
上目遣いで見つめられれば――ノックアウトもやむをえないで御座る!
彼女の気持ちもわかる。ようやく、こうして一緒になれて、もう二度と離れない、離れたく
無いと願ったのは、自分も同じだったのだから。扉一枚隔てるのも嫌だ、という彼女の
気持ちは理解できる。それでもやはりそのまま着替えるのは恥ずかしいのか、布団を
被って見えなくした上で、自分に後ろを向いてもらいたいという彼女の恥じらいと、時折漏れ
聞こえる、もぉー、とか、むー、とか言う可愛い声に胸の高鳴りを覚えながら、点蔵は待った。
忍とは、忍んでナンボで御座る……っ! パシリを着実にこなす忍びっぷりと、今回のような
忍びっぷりを同列にしてしまう事に少々の疑問を覚えたりもしたが、その疑問が大きくなる前に
背後からの声が奇妙な状況の終了を告げた。
「すいません、点蔵様。お待たせしました」
バサリ、と、自ら布団を投げ捨て、その下からメアリが姿を現す。
「自分、待つのは苦に御座らんので、気にする事は無いで御座」
振り返りながら発していた言葉は、御座るの途中で止まった。
「……変、ですか?」
自分はメアリ殿の英国制服姿しか――そして時折チラ見した全裸しか――見た事が
なかったが――これは、タマランで御座るっ!
Tシャツにジーンズというラフもいい所な格好だが、英国王族の気品がそのラフさと
見事なまでに折衷し――というような小難しい事はどうでも良かった。
点蔵は思わず涙してしまいそうだった。元々、彼女は巨乳であるが――
それがぴったりサイズのTシャツにより強調されて御座る……!
「……な、何か仰ってください、点蔵様……」
「不安にさせて申し訳ないで御座る、メアリ殿。あまりの可憐さに、自分、一瞬言葉という
ものを忘れて御座った」
「本当ですか!?」
「よく似合って御座るよ、メアリ殿」
点蔵の言葉に、不安げだったメアリの顔が、花が咲くような笑顔に彩られる。
「嬉しいです! 点蔵様にそう仰っていただけると……本当に、嬉しいんですよ?」
そう言って彼女がお腹の辺りで手を組むと――
ふぉぉぉぉぉぉぉぅ!? そ、それは危険領域が危なくてデンジャーで御座るぅぅっ!!
強調された胸が、その谷間が、ぷるるんが、点蔵の理性をぶち壊そうとする、まさにその瞬間。
「じゃあ、行きましょう。英国以外の市場を見るのは初めてですから、楽しみですねっ」
「あ、ああ……行くで御座るか」
メアリの促しが、点蔵の崩壊を寸前で押し留めた。
……自分、この人と、夫婦となったので御座るなぁ。
先ほどは思わず胸にだけ惑わされてしまったが、胸以外の部分――いや、彼女の全てが、
自分にとっては好ましいのだと、改めて横に並ぶ彼女の顔を見つめながら、点蔵は思った。
彼女の来歴も、彼女の傷も、彼女の全てを……自分は、大好きなのだなぁ、とそう思い、
「どうかしましたか、点蔵様?」
「……いや、何。自分……改めて思っていたで御座るよ」
その思いを、改めて口にしようとして――
「何をですか?」
「自分は、メアリ殿の事を……貴女の全てを……すきゃなふ」
――やはり、噛んだ。
「……私も、ですよ」
だが、その想いはどうやら伝わったらしい。
メアリは、そんな点蔵を見て笑う。それは幸いを感じたが故に浮かべる、そんな笑みだ。
噛もうがどうしようが、伝わる人には伝わるのだから、言葉というものは大したものだなぁと、
そんな想いを抱きながら……同じ想いを互いに抱いて行ける事に幸いを感じながら、二人は
そっと唇を合わせ、そして、歩き始めた。
終わり