●  
 
 
 ――目の前には大きな河、渡ろうとするが、  
 ……渡れない?  
「おーぅ? こいつはまた大物が来たな」  
 なぜ渡れないのか。不思議に思い、途方に暮れていると知らない人に声をかけられた。  
「?」  
「おいおい、まだこっちに来るには忘れ物がありそうだな?」  
 笑いながらその人は言う。  
「ならこの身体使うさね」  
 そう言って別の人が人形を抱いて現れた。  
『それは?』  
 大きな機竜が現れ、問う。  
「おう、白創=A3rdと7thの無駄な努力の結晶でな、精巧な人形だ」  
「ほぅ、それはまた」  
 なにやら感心しているような声。  
「おら、まだ向こうに行くには未練が残ってんだろ? ちょっと行って来いっ!」  
「!?」  
 最初に声をかけてきた人に蹴り飛ばされた。  
 
            ●  
 
 
「…………」  
 何かが焼けるジュ―、という音がする。かすかに香ばしい匂いが鼻に届き、それに釣られるように身じろぎする影が一つ。  
 薄暗く狭い空間、押入れの中だ。昨夜、当初は二人で寝るには狭いのではないかと思われたそこも、小柄な二人には割と問題なく使用可能だった。  
「ん」  
 二人のうちの一人、黒髪の少女――黒陽≠ェ目を覚ます。彼女の目の前には昨夜共に寝た彼女よりほんの少し体躯の大きい金髪の少女――ヒオ・サンダーソンの、  
「にく……」  
 黒陽≠ヘ目の前の脇腹の肉に噛みついた。  
 悲鳴があがり、朝の時間が慌ただしく動き出した。  
 
 
            ●  
 
 
 朝食の席にて先程自分で作ったベーコンエッグにかぶりつきながら原川は思う。面倒なことだ、と。  
「ヒオ・サンダーソン」  
 声をかけるが彼女は返事もしなければ原川を見ようともしない。意図的に目を逸らしているのだ。  
 原川はため息を一つ、  
「……ヒオ・サンダーソン。裸のまま押入れから出てきたのは君だ」  
「だ、だって噛みつかれたんですもの」  
「ごめん、ヒオ」  
 黒陽≠ェ気まずそうに謝る。  
 事の経緯はこうだ。早朝からいきなり響き渡った悲鳴に原川が顔をしかめて何が起こったのか様子を確認しに行くと、押入れから裸のヒオが黒陽≠ノ食いつかれた状態でまろび出ていた。  
 ――全裸で。  
「一つ寝しているにも関わらず脱いでいた君が悪い。ヒオ・サンダーソン」  
「う」  
 原川がコーヒーを啜りながら言うとヒオがたじろいだ。それを見て黒陽≠ェ、  
「ヒオが寝やすいようにしていいって言ったのは、私。だから怒らないで」  
 フォローするが原川は淡々と、  
「それでもその言葉に甘えすぎだということだ」  
 ヒオは雰囲気的にこの議論に勝ち目はないと判断する。だから、  
「そ、そういえば」  
 話を変えることにした。  
「今日は黒陽≠ソゃんはどうしますの?」  
「そうそう学校を休むわけにはいかない。今日はおとなしくしててもら――」  
 そこまで言ったところで黒陽≠ェ割り込んだ。  
 
「私、思い出した」  
「なに?」  
 疑問顔を向けると黒陽≠ヘ簡潔に告げた。  
「こっちに来た目的」  
 ――ああ、今日も休みか。  
 思い、慣れた手つきで原川は担任へと連絡を入れ始めた。  
 
 
 
            ●  
 
 
 日本UCAT全部長、大城・一夫の居室。昨日も訪れたそこは一晩の間に様変わりしていた。  
「……え、と」  
 戸惑ったような黒陽≠フ声が空間に溶けて消えた。その視線が向いているのは部屋一面に飾られた――  
「私の、写真?」  
 呆然と呟かれたその言葉に、今この瞬間も次々写真を張り付けて回っていた部屋の主が勢いよく振り向いた。  
 そして親指をグッ、と立てて、ニッ、という笑顔と共に、  
「ファンクラブが発足したでなっ!」  
 言って、そのまま原川たちを部屋まで案内していた赤毛の自動人形、八号の重力制御によって壁に磔にされた。  
「昨日から一体何をやっていたのかと思えば、――八号、昨夜のうちに悪の目を潰せなかったことを深く反省です」  
「……いつの間に、ですの」  
 ヒオの呟き。部屋には写真のみでなくポスターまでもが(明らかな盗撮アングルで)所狭しと張りつけられている。  
「昨日会った時からわしの目は黒陽′Nをねっとりと観ておってな!」  
「だから昨日は少しおとなしかったのか……」  
 いや、後輩がワザと目を逸らしにきたのかもしれない。相談する時間はなかったはずだが変なところであいつらは有能だ。そしてこの写真の量とアングルの多さからして相当数のUCAT職員が絡んでいる。  
 ――頭が痛いな。  
 思い、  
「黒陽≠フ名を使うのはまずいんじゃないのか?」  
 黒陽≠ヘ大きな損害をもたらした存在だ。あまりおおっぴらにその名を触れまわるのは良くないだろう。そう考え原川は言うが、  
「ちっちっち」  
 大城は指を振り、次いで部屋の奥の垂れ幕を指差す。  
「本名がばれんようにしっかり偽名表記でなっ!」  
 示された先、垂れ幕には丸い文字で、  
『こくようじょファンクラブ!』  
 とあった。  
「目覚めよ若人!(ロリに)」  
「…………」  
 なにやらポーズを決めている老人に一瞥をくれ、八号に視線を向ける。八号はうなずき、  
「Tes.、全て処分しておきますので」  
「ああ、頼む」  
 うなずき、そこで本来の用件を果たすのに大城が必要だったのだと思いだした。  
「――っと、そこの粗大ゴミの処分は少し待ってくれ」  
 Tes.、とうなずく八号に会釈し、写真を見て驚いている二人に声をかける。  
「行くぞ」  
「あ、はいですの」  
「うん」  
 写真の処分を開始しだした八号に縋りついて蹴り飛ばされていた粗大ゴミが訊いてきた。  
「どこに行くんじゃ?」  
 原川は粗大ゴミの襟を引っ掴み、簡潔に告げた。  
「この娘の目的を果たす場所だ」  
 
 横須賀米軍基地、その奥に米国UCATの日本支部がある。更にその奥、執務机に座り書類机に座り書類整理をしているのは、  
「オドー大佐」  
「一体、一体なんだね? 日本の暇人共から重要な話があると連絡があったと思ったら、話があるのはこんな小娘か?」  
 書類整理をしていたオドーがしかめっ面で部屋の入り口付近に立っている黒陽≠見て言う。  
「Tes.、そこの老人の話ではそうなるであります」  
 オドーの横で彼の補佐をしていたロジャーが部屋の入口に居る大城を顎で示す。  
「ロジャー君、もっとフレンドリ―に紹介してくれてもいいんじゃぞ?」  
 大城がクネクネしながら言うのを無視してオドーは書類へと目を落とし、ロジャーに命令する。  
「ロジャー、ロジャー、誘拐、犯罪かもしれんぞ、不祥事が公になる前に処分しろ」  
「そうしたかったのでありますが……」  
 そう言って彼が視線を向ける先には妙齢の魔女、ディアナが居り、  
「あら、大事な教え子がどうしてもあなたに会わせたいって言うんですもの」  
「祖叔父様、お話を聞いてあげてくださいまし」  
 ヒオまで懇願するのへオドーが「……むぅ」と唸る。  
 ややあって書類から顔を上げ、  
「話したまえ」  
 告げるのへうなずき、黒陽≠ェ口を開く。  
「私、黒陽=v  
 そして、自己の証明を始めた。  
 ――語りは長く続いた。リチャード・サンダーソンの死ヒオ・サンダーソンの母親の死、当事者たちしか知らない記憶が語られる。  
 そして最後にこう締めた。  
「謝って済むことではないと分かってる。いつまで保つか分からないけど私の身体が保つ限りあなたたちに尽くしたいと思う」  
 全てを聞いたオドーはフン、と吐き捨てる。  
「まったく、まったく馬鹿げた話だ」  
 ディアナもうなずき、  
「そうですわね。こんなかわいい子を擦り切れるまで働かせるなんてできるわけないじゃないですの」  
「じゃが一夫尽くされたぐふぉっ!」  
 黒陽≠ヘ焦ったように言う。  
「そういうわけにいかない。私がここに居る意味が無くなる。――もしかして私を黒陽≠セと信じてない?」  
「そういうことでは、そういうことではないのだよ」  
「――じゃあ」  
「米国は、我らが米国は死人にすら働いてもらわねばならないほど困窮してはいない」  
 威圧するように告げるオドー。黒陽≠ヘ食い下がろうとし、  
「しかし、」  
「はいはい、黒陽≠ソゃん、それにヒオも、少し私とご一緒してくださるかしら?」  
 ディアナに首根っこを掴まれた。  
「え?」  
「いや、待っ――」  
 ディアナは驚くヒオと抵抗しようとする黒陽≠強引に連れて行く。  
 そのまま何も告げずに笑顔で部屋を退出していくディアナと疑問顔の二人を見送り、原川はオドーに訊ねた。  
「いいのか?」  
「いいのか? とは何に対してでありますか?」  
 オドーの代わり、というようにロジャーが問いを返す。  
 原川は分かっているんだろう? と前置きして、  
「お前たちはよくてもその上役が黒陽≠ノ何も御咎めなしにするとは思えん。あれはおそらく本当に黒陽≠セ。5thの大機竜、おそらく相当な技術系の知識をその中に秘めているぞ。機竜開発で鳴らす米国としてはのどから手が出るほど欲しい存在じゃないのか?  
 それに、黒陽≠ノ恨みのある人間だって多いはずだ」  
 言った言葉は一笑に付された。  
「米国は、我らが米国は、死人をもひたすらに責め立てるような小さな国ではない」  
 それに、  
「そう、そう遠くない未来に追いつき追い越す技術などに拘泥などしない」  
 話はそれだけだとばかりに書類に目を落とし始めたオドーに、  
「そうか、邪魔したな」  
 とだけ言って原川は背を向ける。  
「まったく、まったくだ」  
 オドーは当然のように言う。  
「――だが、ヒオにはまた来るように伝えておくがいい」  
 背中から聞こえた声に原川は笑みを浮かべ、  
「ああ」  
 返事をして、退出した。  
 
            ●  
 
 ヒオは眼前を歩く己の師に問うた。  
「あの、先生? いったいどちらへ?」  
 黒陽≠引きずっているディアナが答える前に黒陽≠ェ切りだす。  
「――ヒオ、私はあなたにひどいことをした。私は、悪魔」  
 ヒオは無言、しかしピクリと肩が動いた。それを確認して黒陽≠ヘ続ける。  
「だから、私はあなたにょっ!?」  
 言葉はディアナによって途中から押さえつけられた。  
「あらあら、まったくわかってませんのね」  
 ため息、しょうがないと言ってディアナは笑顔で、  
「やっぱりまずは裸の付き合いですわっ!」  
 
 
            ●  
 
   
 広い浴室、蒸気が満たす空間。  
治療用大浴場『みどり(源氏名)』  
「ふぅー、やっぱり良いものですわねー」  
 湯につかりながらディアナがほぅ、と言う。  
『いい? きもちいい?』  
 湯船に浮かんだ緑の獣が問うてくる。  
「ええ、良いですわよ」  
 ヒオはそう答えるがすぐ俯きがちになる。  
『どうした? ひお どうした?』  
 心配気に訊ねる緑の獣を見てヒオは慌てる。  
「いえ、あの」  
「私のせい」  
 ヒオが返答に窮していると黒陽≠ェ代わりに緑の獣に答えた。こちらもやや沈んだ表情をしている。  
 緑の獣たちは黒陽≠まじまじと見て、会話を始める。  
『このひと』  
『しってる?』  
『しらない?』  
『こくよー?』  
『こくよー!』  
「そう、黒陽=A悪魔」  
 自己紹介もなく答えにあっさりとたどり着いた緑の獣たちを見ながら黒陽≠ェ眉尻を下げた笑みで答える。  
「……そんな事、ありませんの」  
「?」  
 黒陽≠ヘ自分の発言を否定した者の方へ振り返った。そこには隣で俯いていたはずのヒオがまっすぐ黒陽≠見ている姿があった。  
 ヒオは言う。瞳はまっすぐ黒陽≠見つめたままだ。  
「あなたは確かにいろいろ悪いことをしてきたのかもしれません。曾御爺様もお母さんのことも。でも、それは悲しいことがあってそれが重なってしまったからで、」  
 だから、  
「だから、ヒオは赦しますの」  
 笑顔で言った。  
「え、あ……」  
 黒陽≠ェうろたえていると、  
「Herrlich!」  
 ディアナが二人をまとめて抱きしめながら嬉しそうな声で叫んだ。  
「流石ですわヒオ! 優秀な生徒なだけはありますわね!」  
 豊満な胸に挟まれてうーうー言っているヒオを至近距離で見つつ黒陽≠ヘ重ね重ねうろたえて、  
「いや、あの、だけど」  
 内容の無い言葉を連発していると、  
「どうしたんですの?」  
 ディアナの胸から脱出したヒオが疑問顔で訊ねた。  
「私が……ここに来た意味が、なくなる」  
 黒陽≠ェ困った風に言うのへディアナがサラリと言った。  
「あら、それは違いますわ」  
 
「へ?」  
 思わず疑問詞が漏れる黒陽≠ノディアナが問う。  
「なぜあなたは原川少年のもとへ来たのでしょう?」  
「私を殺して正気に戻してくれたから、そのつながり?」  
 眉間の傷に触れながら言うと、ディアナは笑い、「違いますわ」と言う。  
「はずれですわね、きっとあなたは正気に戻してくれた少年に情を感じたのではないのですか?」  
 黒陽≠ヘ言われた内容を吟味してみるが、  
「……わからない。それと私がここにいること、どんな関係があるの?」  
 ますます困った顔になる黒陽≠フ頭をディアナは撫でつつ、  
「Tes.、死人が現世に留まる理由は未練と相場は決まってますわ」  
「未練?」  
 やはりよく分からないという顔の黒陽≠見てディアナは苦笑。  
「そうですわ」  
 言っておもむろに黒陽≠フ胸をがっしりとホールドした。  
「ちょ、何を?」  
「う〜ん、この大きさ、この外見からは信じられませんわね」  
 感心したように言うディアナ。ヒオも黒陽≠フ胸をペタペタ触り、  
「ヒオもすぐこれくらい大きくなりますの」  
「そうですわね、ヒオも負けてはいられませんわね」  
「はいですの」  
 何かに負けないことを固く誓いあう師弟。  
「そろそろ……やめ」  
 黒陽≠フその懇願をディアナとヒオは聞き入れた。尚も虚空を揉みながらディアナは訊ねる。  
「ん〜〜、そういえば、この身体は向こうの3rdと7thの無駄な努力の結晶なのですわよね?」  
「うん」  
「この身体は一体誰の趣味ですの?」  
 半目の疑問に黒陽≠ヘんー、と考え、  
「いきなりだから小さいボディしかよういできなかった。って聞いた。――ただ、胸は」  
「胸は?」  
「ヒオの曾御爺さんが、『ヒオと好対照ってやつだ! 大きいのも小さいのも両方どうぞ、つうな! ほら、双胴の追加装備が双丘になったってことでっ!』って」  
「……向こうもなかなか楽しそうですわね」  
 呆れたようなディアナの声、黒陽≠ヘあの、と前置きして、  
「未練の話は?」  
「あ、そうそう」  
 ディアナはすっかり忘れてた。と言って話し出す。  
「あなたが向こうに渡れなかったのはおそらくはその未練が残っていたからですわ」  
「その未練ってなんなんですの?」  
 ヒオが訊ねる。ディアナはうふふと笑い、  
「それは黒陽≠ソゃんが一番分かっているはずですわ」  
 ね? と、ウインクで告げた。  
「私、が?」  
 黒陽≠ヘ考える。確かに自分を暴走から正気を取り戻させ、これ以上血が流れることがないように自分を滅ぼしてくれた原川には恩を感じている。ただそれならもうこの世に未練などないはずではないのか? ――未練、黒陽≠ニいう機竜が遺した未練。それは、  
 あ。  
「……ヒオ」  
「はい?」  
 なんですの? と訊いてくるヒオに黒陽≠ヘ自分の遺してしまった未練を告げた。  
「私は――」  
 
 
            ●  
 
 
 日本UCAT地下、そこで原川は彼等の力、サンダーフェロウの整備をしていた。米国UCATから彼に乗って帰ってきたためそのついでだ。  
 サンダーフェロウは原川に訊ねる。  
『原川』  
「なんだ?」  
『アレが黒陽≠ニいうのは本当か?』  
 その疑問に原川は数瞬、昨日今日と何度か繰り返した問いをまた考え、しかしこれもまた何度か出したように状況証拠が示す答えを告げる。  
「……おそらくは」  
『それはまた、すさまじいな』  
「どこかの誰かの妄想としか思えん」  
 というかあの魔女はサンダーフェロウをタクシー代わりに使うな。問題になったらどうするつもりだ。まああの老人が全ての責任を取ることになるだろうが。  
 ぶちぶちと文句を言いながらも整備を順次こなしていく原川にサンダーフェロウが話しかける。  
『――原川』  
 無言で促す原川。サンダーフェロウは言葉を続ける。  
『黒陽≠、我らの哀れな同胞を、頼む』  
「……」  
 原川は無言だった。  
 
 
            ●  
 
 サンダーフェロウの整備も終わり、粗大ゴミを八号へと引き渡した後、ディアナから既に二人は帰った旨を伝えられ、自室へと帰って来ると、  
「お帰りなさいませ」  
「おかえり」  
 いつの間に学校の制服から着替えたのか、ベージュのサマーセーターに紺のフレアスカートのヒオと、どこであつらえたのか黒いワンピースを纏った黒陽≠ェ居間に敷いた布団に三つ指ついて出迎えてきた。  
「…………」  
 原川は無言で背を向け、  
「バイト先に行ってくる」  
 回れ右しようとしたところでヒオの声が聞こえた。  
「だめですのっ! 今日原川さんは私たちと一緒に寝るんですのっ!」  
「じゃあ行ってくる」  
 無視して出ていこうとするとがしっと服の裾を掴まれた。  
 視線を向けるとひしと服の裾を掴んだ黒陽≠ェ上目づかいで、  
「原川に私、救われた。だから、何してもいい」  
「いらん」  
 即答。  
 すると、そこに背後から新聞受けが開く音が聞こえた。次いで、パタパタとなにかの羽ばたく音が聞こえ、折り鶴がひとりでに原川たちの間に飛んできた。  
 折り鶴は原川たちの目の前まで来ると、発光しつつ己の折り目を解いていった。  
「なんだ、この演出過多な折り鶴は」  
 原川がぼやくとそこには、  
 
 ――『やっちゃえ、やっちゃえっ!』  
             byディアナ・唯――  
 
「まともな人間はおらんのか……」  
 誰のせいでこのような状況になっているのかを瞬時に理解した原川は盛大にため息をついた。  
 しかしそこで異変を感じた。異変の元は自分の服の裾、その先にあった。  
 
 
            ●  
 
 
 とある病院、そこにはディアナともう一人、ベッドの主たる原川唯がいる。  
 林檎を上機嫌で剥いている唯を見ながらディアナが訊ねる。  
「そういえば」  
「ん?」  
「先程の折り鶴ですけど、一体何の術式を付与したんですの?」  
 唯は林檎を剥いていた手を止めるとやはり上機嫌で、  
「ああ、」  
 と笑って、  
「仲良く素直に、責任とらせる術式をね(配点:家族計画)」  
 
 
            ●  
 
 
 服の裾、そこを掴んでいる手は震えていて、そのさらに先では黒陽≠ェ顔を伏せており、  
「――何をされても、何をしても、いい。私は、」  
 ゆっくりと上げられた顔、涙が頬を伝って滑り降りていき、  
「私は、私の、未練は――」  
 
 ――褒められたいよ  
 
 そのためならなんでもやると言う黒陽=B原川はどう対応したものかと困って視線をさまよわせていると、ヒオが、  
「二人一緒にどうぞ」  
 笑顔で言った。  
 …………………。  
 たまには痛い目に遭ってもらうか。  
 普段ではあり得ない思考で彼はそう思い、  
「覚悟しろよ」  
 布団の上に二人を押し倒した。  
 

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