目が覚めて数秒、彼、ダン・原川は考えていた。
……なんだこれは。
目下彼の頭を悩ませているのは目の前、同じ布団の中に潜り込んでいた、
「……誰だ?」
肩より少し長い黒髪に同居人の少女よりも少し幼い外見。その外見に比して豊かな胸、そして――
「眉間に傷、か」
相当に深い傷を負ったのだろうか、痕が残っていた。
「どこかの誰かのように全裸でないだけマシか」
呟いていると、
「ん、」
少女が目を薄く開けた。くぁ〜っとあくびを一つした後、寝惚け眼で、
「……おはよう?」
外見に似合わぬ落ち着いた声、眠そうではあるが、少女には訊ねなければならないことがいくつもある。
「君は誰だ? 何でここにいる?」
「んー……」
眠そうに唸っているが油断してはならない。
ここは米国UCATの大佐の使いや日本UCATの変態共が日夜監視……変態代表曰く『愛の監視カメラ』で常に見張っているはずなのだ。
――最近は(物理的に)黙らせたためにカメラはなくなったようだが――そんなわけで、
「ここは二重三重に守られている」
あんなものに守られているなどとは思いたくはないが、
「君のような人間があっさり入ってこられるとは思えない」
夜中に人の家に入ろうとする不審者など、よりレベルの高い不審者共が攫っているはずなのだ。
相手が女で且つ容姿が良ければ尚のこと、あの変態共に捕らえられないわけがない。
少女は知ってか知らずかのんびり答える。
「人じゃ、ないから」
原川は思う。めんどうなことになりそうだ。と。
なぜ起きぬけに頭を抱えなければならんのか。
そう思いつつ原川は目の前の少女にもう一度問う。
「君は誰だ? なぜここにいる?」
「行って来なさいって言われたから」
「誰にだ?」
「んー」
数秒考え、
「はくそーとおじいちゃん」
おじいちゃんでは分からん。
そう原川は思うがもう一つ、はくそーという響きには覚えがあった。
「はく……そう、"白創"か?」
問うと少女がうなずく。
「そう、5thの、"白創"」
ということは、
頑張って目を開けようとしているらしい、口調も間延びしなくなった少女の眉間の傷を見て、問う。
「名は、なんという?」
半ば答えを知りつつも原川は訊く。
「こくよー」
頑張ってもやはり眠いのか間延びした声が答える。
「やはりか」
寝直しはじめた"黒陽"(?)を見てこめかみを揉みほぐしながら原川は思う。
今日は学校を休んでUCATに行く必要があるか。と。
再び寝入った黒陽=i?)を見ながら原川が今日の予定を組んでいると、
「んー、誰かいるんですの? 原川さん」
同居人のヒオ・サンダーソンの声が押入れの中から聞こえてきた。
「ああ、ヒオ・サンダーソン。今多少面倒なことになっている、」
しばらくそこから出てくるな。と続けようとしたところ、
「面倒なことですの?」
毛布を体に巻きつけた金髪の小柄な少女が押入れから顔だけ覗かせてきた。
彼女は原川を見、次いで視線は彼の近くで眠っている少女へと向く、
「…………」
無言。
「は、はは原川さん? これは一体なんですの?」
そして焦りを含んだ声。
「ああ、これは――」
見てしまったものはしょうがない。どうせ隠し通せる存在でもない。そう思い状況の説明をしようと原川が口を開いたところ、
「ヒオというものがありながら家に他の女性を連れ込むなんて、それにその子ヒオより年下っぽいですの! 犯罪ですのっ!
でも胸は大きいですの! やっぱり大きいほうがいいんですの!?」
「人の話を聞け、ヒオ・サンダーソン」
話を無視しては独自の理論を展開するヒオに原川が頭を抱えていると黒陽=i?)の目が薄らと開いた。
眠そうに眼を擦り、しかし騒々しさに、これ以寝るのは諦めたのか彼女は布団の上に座りこむ。
「――ヒオ、おはよう」
少女の口から放たれた言葉にヒオは驚く。原川も彼女の口からヒオの名前が出てきたことに、彼女の自分は黒陽≠ナあるという主張に信憑性が増すのを感じる。
いや、早計か。どこかで俺たちのことを聞いたということも考えられる。
そんな事を考えているとヒオが驚きの声をあげた。
「は、原川さん、妻妾同居ですの!?」
「なぜそんな変な日本語を知っている、ヒオ・サンダーソン」
半目でヒオを見てため息をつく、
「今日は学校を休んでUCATへ行く、君にもおそらく関係のあることだ。ヒオ・サンダーソン」
言うと、
「え? あ、はい」
「UCAT……」
戸惑いながらうなずくヒオとUCATという言葉を呟く黒陽=i?)。それを見ながら原川は立ち上がる。
「……朝飯を作ってくる」
「あ、手伝いますの」
「いい、黒陽≠ニ少し話をしておけ」
「え?」
黒陽≠ニいう言葉に驚いたようなヒオの声に一つうなずき、
「君にもおそらく関係があることだと言っただろう」
言って、原川は台所へと向かった。背後からは先程自分がしたような会話が聞こえてきた。
●
日本UCAT内の通路を歩く三人、そこを通りがかる人間がぼそぼそ話す声が聞こえる。
それは総じてUCAT職員(特に男)の呟きで、
「くそー、あのヤンキーめ」
「美少女二人連れだとぉっ!?」
「ヒオ嬢だけでも怪しいのにもう一人のロリ巨乳はもう完全に犯罪じゃないかっ!」
「隊長! 自分……自分っ!」
「あぁ、そろそろ対人訓練も良いかもしれんな……」
それらの声を聞きながら、的にされる前に急いだ方がいいか。と原川は思う。
「あの、原川?」
たびたび聞こえてくる声や通りすがりざまに飴をくれようとする人間や不可思議な置物の類を見ては原川を見上げて何か言いたげにしている黒陽=i暫定)。
「これが日本UCATだ。悪い病気が蔓延している、倫理感染しないように気を付けろ」
「わ、わかった」
「気をつけないとあの人たちのようになってしまいますわよ」
うなずく黒陽≠ノヒオが声をかけるが、
「…………」
「原川さんっ! なんでそこでヒオを憐れんだ目で見るんですの!?」
かわいそうに、どうやら自覚症状はないらしい。
そんな事を思いつつ歩いて行くと、目的の場所に着いた。表札には【大城】とある。
「ここがIAI局長にして日本UCAT全部長の部屋だ」
「ここが……」
少し緊張でもしているかのような声、彼女が本当に黒陽≠ナあるのならば彼女自身を沈めた組織の長がいる場所ということになる。
それならばこの緊張も妥当なところだが、
「気を付けろ」
「え?」
「あれは人類史上最悪の変態だ」
おそらく彼女の緊張は的外れなものとなるだろうと原川は思い、今のうちにその方面での心の準備を促す。
「う、うん」
黒陽≠フ分かったようなよく分からないような返事、それを受けてヒオが言う。
「では、行きますの」
言葉と共に開く扉、部屋の中には二人の人間がいた。片方は白衣の老人、日本UCAT全部長たる大城一夫。もう片方は額にバンダナを巻いた少年、
「飛馬・竜司。お前は何をしている?」
学校にいるはずの原川の部活の後輩だった。彼等は二人してパソコンに見入っていたようだ。
二人は突然の侵入者に慌て、
「原川くん、わしってばかなり高い地位の人間なんだからアポイントとか取ってもらわないとかずお困っちゃうな〜、とか?」
「先輩! いやぁ、今日実は美影さんの検査がありましてそれに付き添っていたら呼ばれちゃって、
いや、これは美影さんをモデルにしたエロゲとかじゃなくてですね? 最近は3Dで動きまでつけれたり会話とかできちゃったりでちょっと張りきって作っちゃったとかそう言うわけじゃなくてですね?
ってあぁ! 先輩、その子なんですか? 拾って来ちゃったんですか? 犯罪ですぶごっ!」
支離滅裂なことをしゃべりだしてきたので蹴り飛ばして黙らせた。そして前置きなしでいきなり本題に入る。
「おい、この娘が本当に黒陽≠ネのかどうか確認する方法はないか?」
「ははは先輩、あの機竜とこんなかわいい子が同じなわけないじゃないですか、こんなかわいい子が普通の女の子なわけがないって感じですか?
ついにフィギュアだけでなく実物にも手を出したくなったんぶほっ!?」
やはり蹴り飛ばされた飛場を恐る恐る横目で見ながらいきなりだなぁと大城が笑う。
確かにそうか。一つうなずき、
「最初から話そう」
いきなりでは話が通じないことを悟った原川は今朝のことから説明を始める。
「――最初から話してくださいよ先輩、っていうかなんですかその朝起きたらそんなかわいい子と同衾なんて羨ましい状況は、妬ましくなってくるじゃないですかっ!
僕にも代わってくださいよ! いや、美影さんにやってもぐおっ!?」
「なんとうらやま、いやけしからん状態……っく、もう五年若ければわしも……」
「あ、あの時の変な人」
なにやら唸っている大城を見て黒陽≠ェ声をあげた。
「あの時とな?」
「私の子機たちが襲いに行った時に一人だけで飛び出してきた、変な人」
黒陽≠フ言葉に「おそらく対黒陽$の時の話だ」と原川は補足を加える。大城は数秒考え、あ〜あれか〜。と言ってうんうんとうなずき、
「わし、かっこよかったじゃろ?」
ポーズをとりながら訊く。
「え? あ、うん」
目をそらしながら黒陽=B
「気を使わなくてもいいんですよ?」
飛場がむくりと起き上がりながら黒陽≠ノ言う。
「本当にあったことなのか?」
原川が訊くと、はい。と飛場がうなずく。
「あれは見事な囮でしたねぇ、しぶとく生き残っちゃってますけど」
「わしに対する風当たり厳しくないかの!?」
本当にあったことか。ならば――
「やはり本物、か?」
あの戦闘を見られたということは少なくとも概念に親しい生活をしている者と言うことができる。
「んー、有り得ないことではないかもしれんなー、でも死者は蘇らないハズじゃしな〜……」
自らを黒陽≠ニ名乗る少女を見て大城が言う。
……つまり本物かどうかは分からないということか。
「役に立たんな」
「そんな冷たいこと言っちゃいかんでな〜」
そんな会話をしていると、
「あれ?」
何かに気づいたように黒陽≠ェ言う。
「私、信用されてない?」
「今さら何を言っているんだ」
原川は呆れた声をあげた。
結局確信を得ることができなかった原川たちはUCATを出てきた。
「さて、正体云々はしばらく置いておこう」
少なくとも関係者である可能性は高まった。それで良しとしよう。そう思い、そして訊く。
「お前がここに来た目的はなんだ?」
何らかの目的があってきたはずだ。そう考えて問うた質問であるが、答えは本人も何を言っているのかよく分からないというような困惑した言葉で、
「行こうとしたら行けなかった、から?」
「どういうことだ?」
重ねて訊くとやはり困惑したように、
「向こうに渡ろうとしたら渡れなくて、」
そして、さてどうしたものかと考えていたところ、
「白創≠竅Aなんか偉そうな人たちにこの身体使ってちょっと行って来いって言われた」
らしい。
何を渡ろうとしていたのか、偉そうな人たちとやらがどこのどいつかは知らないが厄介なことをしてくれる。
「黒陽≠ソゃんは行って来いって言われただけで、どこに行ってきて何を果たせばいいのか、つまり自分の目的がよく分からないんですのね?」
「うん」
ヒオの言葉にうなずく黒陽=B
ますます厄介だ。原川は思うが、
「まあ、いい」
立ちあがり、
「夕飯だ。ヒオ・サンダーソン、今日の夕食当番は君だが食いぶちが増えた。手伝ってやるからさっさと作るぞ」
「あ、はい」
「私は」
追うように立ちあがった黒陽≠ノ振り返り原川は言う。
「君は先に風呂でも浴びててくれ」
「手伝いくらい、できる」
むっとした顔で言う黒陽=B
「客は黙って従っていればいい」
「原川さんはきついことを言いますけど本当はいろいろ考えてくださっているんですのよ?」
「余計な事を言うな、ヒオ・サンダーソン」
「……わかった」
そううなずく黒陽≠フ顔は少し笑顔になっている。
まったく、ころころと表情がよく変わる。
まるで自分のパートナーのようだと彼は思った。
●
そして夜、寝る段になって問題が発生した。
蒲団が足りないのだ。
「原川と、寝る」
胸以外は少し大きなヒオの寝巻きを着て黒陽≠ヘ言う。それにヒオも張り合い、
「原川さんの所で寝ていいのは私だけですのよ」
だって、
「裸を見られた責任を取ってもらわないといけませんの!」
「どさくさに紛れて何を言っている、ヒオ・サンダーソン。君は勝手に脱いだだけだろう」
「それなら私もこの傷の責任、とってもらう」
そういって眉間の傷を指差す黒陽=B
「……」
「なんでそこで否定の意見が出ないんですの!?」
「いや、眉間の傷を俺がつけた、ということを知っているということは」
「まだ信じてない? 私、黒陽=v
「正直いって信じざるを得んかもしれん」
そのことを知っている人間などほとんどいないはずなのだから。
「そんなことより、どっちと寝るの?」
訊く黒陽≠ノ原川は即答、
「黒陽=A君は取りあえず今からでもUCATにでも泊めてもら「いやだ」」
「こんな時間にそれは酷いと思いますの」
出した意見はあっさり否定された。
こういう時には手を組むのか。
軽い頭痛を感じつつ思っていると、
「そうですの!」
閃いたようにヒオが声をあげた。
その明るい響きに原川はただただ嫌な予感を感じる。
「三人で一緒に寝ればいいんですのよ!」
この手の予感は外れんな。そう思いつつ、
「では俺はバイト先に泊まりに行くとしよう」
「行かないで下さいまし原川さーんっ!」
鞄とバイクのカギをとったところでヒオに引きとめられる。
黒陽≠ヘその様子を見て少し思案気にした後、
「じゃあ、ヒオと一緒に寝る」
結局これで妥協したのだった。