トゥーサン・ネシンバラには、目下大きな悩みがあった。
まず武蔵が置かれているこの現状、そして軍師としての仕事が通神帯で酷評される事、
梅組連中が濃すぎる事、全裸が馬鹿な事、そもそも全裸が全裸である事、
個人で抱えるには、どれもが容量過多であり、その内バグを引き起こしかねない。
だが、それらの内、最初の物は本多・正純やシロジロ・ベルトーニらと共に対処可能だ。
二つ目にはある程度目を通すが、全てを相手にはしていられないし、する必要もない。
残りについてはもはや手遅れであり、対処方法は存在しない。
だが現在、それらよりもなお大きな悩みが、ネシンバラ個人に対して、ピンポイントで発生していた。
「どうしてこうなった…」
普段よりも疲れの成分を多く滲ませた溜息を吐く。そんな彼の視線の先、
正確には、腰のバインダーから展開させた椅子に腰掛ける彼の目と鼻の先、
あろう事か、彼の胸板に背を預け、太股に跨るように座っていたのは──。
英国を脱出してIZUMOへ向かう道中、諸々の事後処理から解放され、
久し振り、と思える錯覚を抱えながら、自室へと向かっていた。
「まぁ、実際あれから帰ってなかったわけだから、何日かぶりになるのか」
そう呟く顔には、疲労が色濃く見えるものの、
湯屋には行ってたし、バルフェット君が色々手伝ってくれたから、死ぬほどではない、か。
アデーレは『女王の盾符』襲撃の一件で庇われた事に恩義を感じているらしく、
アルマダの海戦での指揮代理だけでなく、事務の補佐やら使い走りやら、
犬鬼に任せればいいような事まで、幅広くネシンバラのフォローに回っていた。
また、ネシンバラ本人は作業に忙殺されていたため気付かなかった事だが、
ネシンバラを手伝うアデーレは、忙しく走り回っていながらも、
常に嬉しそうに微笑んでいたとかいないとか。
それはそれとして、自室に近づくにつれて、周囲からの視線が強く感じられる。
役職付きともなれば目立つものだが、どうにもそれとは種類が異なり、
…なんというか、皆がポークウ君との同居ネタについて東をからかう時に似てる…。
あるいは、メアリ君との同居ネタについて、クロスユナイトに向けられる嫉妬と憎悪か。
自身にそれらが向けられる覚えも既成事実もないが、まずは一刻も早く眠りたい。
そして、自室の引き戸に手をかけた時、中に人の気配と物音を感じた。
…物取りか嫌がらせか知らないが、わざわざご苦労な事だ。
“幾重言葉”の中から、自らの存在を隠す物と、敵の自由を奪う物を選び、準備する。
《音もなく忍び寄る》
《我が身を敵に晒さぬように心掛けながら》
静かに部屋の中へ入る。加護があるからといって、油断は出来ない。
そう広くはない室内だ。すぐに人影を発見する。
長髪に白衣の人物が、こちらに背を向けてしゃがみこみ、何かしているようだ。
…ん?長髪に白衣?何か嫌な予感がする…。
作業を終えたのか、白衣の人物が立ち上がり、呟く。
「──よし、下ごしらえは完了。あとは煮込めば完成、と。喜んでくれるかな…?」
──なんか、シェイクスピアが料理してる。しかも微妙にうきうきしながら。
笑顔とか尋常じゃないぐらい眩しい。あんないい表情見た事ないぞ?
つい状況を忘れて見惚れて──そう、正直見惚れてしまった。
そうしている内に加護が切れたのか、
「ふふふ、早く帰ってこないかなぁ。驚く顔を見てみたうわぁ──!?」
逆に驚かせてしまった。
とりあえず、ネシンバラはシェイクスピアを幾重言葉で捕縛し、正座させた。
「で、何故君が武蔵にいて、どうやって僕の部屋に侵入したんだ?」
バインダーに仕込んだ椅子を展開させ、座る。ベッドに腰掛けてもよかったが、
反省を促す意味でも、やや高めの位置から見下ろすのが効果的だろう。
「グレイスの船で来た。もちろん、体当たりぶちかましたのとは別ので。
武蔵の総長は理解が早くて助かった。来賓扱いで快くオーケーが出たよ」
「葵め…それで、どうやって部屋に?というか、君ほどの人物が来ているというのに、
何故騒ぎにならないんだ?僕の所には連絡一つ来ていないぞ?」
「君を驚かせたいから秘密にしてくれと頼んだ。武蔵の総長は理解が早くて助かった。
近隣の住人達も協力してくれてね、鍵も開けてくれたし、この釜戸も貸してもらえた」
葵め…!マクベス無しでも本気を見せてやろうか…!あと長屋の管理人とかも!
先程の視線の理由を知り、青筋立てて眉間を指で押さえていると、
「…うぅ…しかし、この極東式のSEIZAというソフト拷問は、脚に、くるね…。
それに、すぐ帰ってくるかと思ってたら、何日も、放置プレイで、
挙句、こんな風に縛り付けて、言葉責めだなんて…そういう趣味なんだ?」
「ぬおお論点ズレてきてるし、そもそも何しに来たんだよ!?」
そう問えば、相手は俯きと沈黙を返す。この位置からでは表情が読み取れない。
「…王になれるマクベスがいるなら、マクベスと共にいたい王がいてもいい」
呟く。
「私が、君をどう思ってるのか、君に…確かめてほしい…」
俯いたまま立ち上がる。だが捕縛の効果は残っており、慣れない正座で脚が痺れているようで、
バランスを崩し、つんのめって倒れそうになる。
すぐに捕縛を解除し、慌てて立ち上がりかけたこちらに、背中から倒れこんできた。
こちらもバランスを崩しかけたが、椅子の反重力効果で踏みとどまる。
「…だ、大丈夫か?」
「──料理、何回も作ったんだ」
こちらの腕に手を添えて、再び呟く。
「オッフラの次は、英国風にしようか、武蔵風に挑戦しようか、とか、さ。
…なのに、なんで何日も帰ってこないんだよ」
呟く声は、力なく滲んでいく。
「一人じゃ食べきれないし、残りは処分しなきゃいけなかった。
せっかく、作ったのに、それをっ、自分で、捨てるのが、どれだけ…!」
まったく、どうしてこうなった…。
タイミングが悪かった、としか言えない。
秘密にしていたのはそっちだし、まさか来ているなんて思いもよらず、
しかし、それを指摘すれば間違いなく地雷を踏み抜く事になる。
喰らう呪いのジャンルは悲劇、状況からすれば、『ロミオとジュリエット』だろう。
様々なすれ違いから、ロミオは毒を呷って死に、ジュリエットはロミオの短剣で自害するが、
僕は短剣なんて持ってないから、僕だけ毒殺されて終わる可能性が高い…!
ロミオはジュリエット相手に、英国での相対戦より厳しい状況に置かれていた。
「…えぇと、忙しくて帰る暇が無かったんだ」
必死で言葉を選ぶ。謝罪をするわけにも、彼女を責めるわけにもいかない。
共にいたいという彼女の気持ちは嬉しいし、それを尊重すべきだろう。
「君がいてくれるなら、これからは、忙しくても必ず毎日帰るよ」
作家志望の身としては、言葉でどうにかすべきだろうが、言葉だけでは足りない局面だ。
故に追加の行動として、彼女に身を寄せ、白衣の上から抱く手に力を込める。
「今作ってるのも頂くから、一緒に食べ──、ん…?」
身体を抱き締める際、必然的に手を動かす事になる。その手が偶然、白衣の合わせ目の下に入り込む。
インナースーツの感触が来るはずだが、何か妙に生暖かい、絹のような滑らかさが──。
「うひゃぅっ!?」
彼女が身を跳ねさせ、密着しているこちらの両腕ごと、自らの身体を抱く。
待て、ちょっと待て。どういう事だ?
脚は確かにスーツに包まれていた。見れば分かる。だが上は?
白衣で見えなかったが、まさか、これは──。
「…ななななんで、白衣の下に、何も、着て、ないん、だ…?」
「〜〜〜っ!…だって、着替え、忘れちゃったし、洗ったのはまだ乾いてないし…」
先程までの気まずい雰囲気は、別の気まずい雰囲気で上書きされる。
とりあえず、手を離そうとするが、無意識の内に滑らかな感触を名残惜しんでいるのか、動かない。
う、動け僕の右腕!このままではセクハラになる…!
やがて、羞恥と驚きから来る震えを止めた彼女は、深呼吸を繰り返し、
「…大丈夫、大丈夫…その為にここまで来たんだ。この状況はむしろ好都合だから…」
早口で不吉な事を呟いている。なんとかしたいが、彼女が上になっているので、動けない。
意を決したのか、目尻に涙を浮かべ、耳まで赤くした顔をこちらに向けて、彼女は告げる。
「…さっきみょっ、いいい言った、けろっ、わっ、わらひをっ、確かみて、ほしいっ!」
──この娘は何を言っているんだろうか…。
噛みまくってる事とおかしな事を言ってるという、二つの意味で脳内ツッコミを入れる。
「た、確かめるって…どうやって?」
彼女が何を望んでいるのか、一応理解は出来た。だがその方面には温度低めだし、
自分にもそういう機会が訪れるなんて、未だに信じられない。
だから、確認の為に、長寿族の少女の長い耳元で囁く。
「ねぇ、どうすれば、いいのかな?」
触れるか触れないかという距離での唇の動きと、吐息がくすぐったいのか、
彼女は再び身を震わせ、何かに耐えるように、呟く。
「…ぅ…だ、だから、…ち、直接、…って、確かめ…」
「ん?よく聞こえないな、トマス…どうしてほしいのかな?」
もはや唇を耳に軽く触れさせながら、囁く。
彼女は羞恥と快感に震えながら、腹を撫でる指に手を添え、呟く。
「…わ、私を、君の…手で、触れ、て…確かめ、て…」
「確かめる、か…」
共にいたいと言って、ここまで来た相手が、自分をどう思っているかなど、
分からない方がどうかしている。ならば、この場合の『確かめる』とは、
言葉通り、だよな…。
シェイクスピアの望みを叶える為、まずは右手が触れたままの腹部を軽く撫で擦る。
「んっ…」
彼女には緩いくすぐったさを与え、こちらは柔らかく滑らかな感触を得る。
女子の肌に触れる機会など無かった自分には、未知に近い感覚だ。
そのまま指を滑らせれば、肋骨の浮いた脇腹へと差し掛かる。
なだらかに波打つ段差の連続は鍵盤に似て、指に心地よい感覚を与える。
それを上下に奏でれば、
「ゃっ…!あ、ちょ…そこ、近い…!」
甲高く、押し殺したような音色が聞こえた。
白衣の上にある左手はどうしようか。彼女が身を縮こまらせているため、胴は無理か。
ならば脚だ。素肌とは違う、スーツの独特な手触りを通して、仄かな暖かさを感じる。
やはり文系の人間らしく、鍛えていないのか、上下ともに肉付きは少なめだ。手を内側に滑らせると、
「…っ!?」
声も出ない程驚いたのか、慌てて脚を閉じるが、既に手は内側に入り込んでいる。
そのまま掌で右側を、手の甲で左側の側面を擦り、右側には揉み込む動きも加える。
「あ…くふっ、ん…!」
彼女は与えられる感覚に、震えを抑えつけるように、身を固く結んで堪え忍ぶ。
「緊張してる?…随分固くなってるけど」
「だ、だって…こんな事、初めて、だし、恥ずか、しい…」
「なるほど…じゃあ、どんどん慣らしていこうか。なに、誰しも初めは初心者だ。気にする事はないよ」
「…え?ま、待って、それ、どういう事!?」
「…?どう、とは?」
「君は、…初心者じゃ、ないって事…!?や、やっぱり、あの挿画担当と…!」
「ないない、それはない。アレは無理だ」
即答すると共に、思わず右手を引き抜き、彼女の前で振って見せる。
「その手の心配なら無用だ。何故なら、僕も…初心者だからね」
「…本当に?」
「あぁ、自分にこんな機会が訪れる事自体が、信じられない…その、なんだ…」
君が、初めてだ。
恥ずかしくて目を合わせられないので、再び身を寄せて、耳元に囁く。
何かの束縛が解かれたかのように、彼女の身体から力が抜ける。
両手でこちらの両腕を、大事そうに抱き締める感覚が伝わってくる。
気恥ずかしさから、余計に何も言えなくなり、互いに言葉を発せぬまま、しばらくを過ごした。
不意に、彼女が立ち上がり、こちらを向く。
「ねぇ、ちょっと立ってくれるかい?」
従う。軽めとはいえ、太股の上に人を乗せていたため、やや足がふらつく。
そして顔を上げた瞬間、襟首を掴まれ、眼鏡同士がぶつかりそうな勢いで、ネシンバラは彼女に唇を奪われた。
何が起きているのか、ネシンバラは理解が出来なかった。
感覚として分かるのは、彼女の唇がたまらなく柔らかいという事。
「ん…」
彼女が唇を離す。はにかんだ表情に、再び見惚れてしまう。
「ふふ、この前は君が僕から“拒絶の強欲”を奪ってくれたからね──」
だから、
「今度は、僕が君のファーストキスを、奪ってあげたよ」
なるほど、奪われたのなら、奪い返さなくてはいけないな。
今度は彼女を抱きすくめて、その唇を奪う。
「んんっ!?…ん、あむっ…」
彼女は一瞬驚いたが、すぐに略奪を受け入れ、こちらを抱き締め返す。
改めて、彼女の線の細さを認識し、唇の柔らかさに酔いしれ、啄みを繰り返す。
やがて、互いに物足りなさを感じたのか、どちらともなく、舌を差し入れ始める。
同様の柔らかさと動きをするものを舐め、捕えるのは初めての感覚だ。
この甘さは、互いの唾液によるものか、しかし、不快ではないそれを貪り合う。
呼吸も忘れて、没頭する。両手は無意識の内に、互いの背中を擦っていた。
「──っはぁっ、は…はぁ…」
なるほど、キスとはこういうものか──。これは、中毒性が強いな…。
互いに焦点の定まらない視線を交わす。蕩けた表情に、たまらず吸い寄せられるが、
「あ、ま、待って…その、火、消さないと…」
そういえば釜戸を使っていたんだっけ。だが火を消しに釜戸まで行く事すら億劫に感じ、
《炎はやがて勢いを失い、自らの役目を終えた》
消した。わざわざ術式まで使うとは、我ながら何をやっているのかと思う。
「…君、本当は馬鹿なんじゃないだろうか」
うるさいな、自覚はあるんだ、ほっといてくれ。
なおも彼女を求めようとすると、
「あ、その、ちょ、ちょっと待って…ど、どうせ、『する』のなら…」
彼女が表示枠を操作して、文書をこちらに差し出す。
タイトルは、『胸部の成長促進に対する考察と実践方法 著:トマス・シェイクスピア』
「つまり、『ぼくのかんがえたむねをおおきくするほうほう』…わざわざ名前まで入れるとは、
さっきのお返しじゃないけど、君、本当は馬鹿なんじゃないだろうか…」
「う、うるさいな、切実な問題なんだよ!…ほら、三征西班牙の副会長とか…す、すごいし…」
「比較されると思ってるのか…別に気にしなくてもいいと思うけど…。
浅間君の話だと大変らしいよ?荷物を前に抱えられないとか、肩凝りとか」
それに、
「僕はそういうのにこだわりないし、君はそのままでも、問題ないと思う…」
そう答えると、再び口付けられた。
「ありがとう…でも、僕が、君にしてほしいんだ…こ、今度は、その、ベッドで…」
あぁもう、そこまで言われて抑えられるか…!
もはや遠慮なく、彼女を抱えてベッドに運んだ。
ベッドの上にトマスを横たえる。彼女が表示枠に視線を向け、無言で次の行動を強請る。
内容にざっと目を通し──咎めるような視線を受け、きちんと目を通す。
要するに、特別な方法があるわけではなく、
「…自分で『して』も効果は薄いから、意中の相手に『して』もらわないと駄目、か…。
あ、そういえば…こっちに来てから、寝る時は、ここで…?」
彼女が頷きで肯定する。布団の乱れを見て、なんとなく質問しただけなのだが、
「…寝る時にいつも君の匂いがして、君に抱き締められてるみたいだった…」
なんか、聞いてもいない事を、夢見るような表情で言い出した。
文章を読む事で落ち着きかけていた理性が、再びヤバい事になり、衝動的に唇を奪う。
ひとしきり、互いの唇を貪った後、上体を起こして彼女の身体を眺める。
思わず生唾を飲み込む。肋の浮いた薄い胸板の先端部周辺を、白衣だけが隠していた。
さぁ、彼女の脚本を開始しよう。まずは白衣をはだけ、幕を上げる。
「ぁ…」
予想通り、控え目な膨らみがあった。荒っぽくしないよう、注意を払う。
まずは、平野の如き腹部から出発しよう。そして、なだらかな脇腹の山脈をゆっくり攻略し、
最後に──、やはり平坦な頂上へと至る。…山あり谷あり、とは言い難い道中だった。
「ん、うっ…君、今物凄く失礼な事を考えた、ね…!?」
マクベスぶつけんぞ!?と言いそうな顔をしたので、慌てて手を動かし、誤魔化す。
「…ぁ!くっ、この…!」
カットされる前に、挽回する。今度はさっきより念入りに演じよう。
先端部を小指から親指の順で弾き、胸部全体を擦り込むように撫で回す。
…この、先っぽと脇腹の感触は癖になるなぁ…。
「くふっ…!ん…」
彼女はくすぐったそうに目を細める。先端部は既に、こちらの指に確かな感触を返し始めている。
健気に勃ち上がったそれに、口付け、舌を這わせる。
「ひゃうっっ!?そ、そんな、事、まで…!?」
この行為は想定外(アドリブ)だったようだが、舞台ではよくある事だ。
更に吸い付き、軽く歯を立てると、彼女は台詞も忘れて身を捩る。
やや汗ばんだ白い肌に朱が差し、呼吸も荒く、えもいわれぬ色気を放っていた。
次は下腹部へと向かう。臍の下辺りから、インナースーツと薄布の隙間に指を差し入れると、
肌に密着し、包み込むその内部は、汗とそれ以外の水気で、非常に蒸れていた。
「…!?あっ、ダ、ダメダメダメダメっ!そ、そっち、は…!んあぁっ!?」
その内、指先は偶然、女性にとってかなり敏感な部分を探り当ててしまったようで、
「〜〜〜〜〜ッ!?…は、ぁっ…トゥーサン、それ、だ、めェッ…!!」
彼女は身を大きく弓なりにしならせた後、脱力した。
「…え?ど、どうした…?」
初めて見る反応に、ネシンバラは不安を抱く。彼女は脱力しながらも、時々身を震わせていた。
何が起きたのかと心配になり、顔を覗き込むが、しかし、
「…ぅあ…み、見るなぁっ!」
顔を隠しながら、力なく叩かれる。目尻には涙が浮かんでいるようだった。
「こ、こんな、こんな…凄すぎる、なんて…、知らなかった…」
あぁ、なるほど。これが、そうなのか。
力が入らない今のうちに、用を為さなくなったスーツと下着を脱がせてやる。
思考も追い付かないのか、抵抗すら忘れて、白衣一枚のみになった彼女に覆いかぶさる。
「初めて果てた感想はどうだい、トマス?」
「きっ、聞くな、馬鹿ぁ…!」
「あぁ、『こんな凄すぎるなんて、知らなかった』、だっけ?君がこんなに乱れるとは…」
「ばっ…!な、な、な…!」
「胸を大きくする手伝いをしてただけだったのに、どうしてこうなったんだろうね…?」
「ぅ…そ、それ、は…ぁ、ふぅっ…」
言いながら、再び慎ましやかな胸を撫で回し、震える彼女の耳元に唇を寄せる。
もしかしたら、Mっ気があるんじゃないだろうか…。
確か、自分が書いた本に十円札ついてるとぞくぞくする、とか言ってたような気がするし。
「別に悪い事じゃないと思うよ?気持ち良くなってくれたら僕も嬉しいんだし…」
恥じらいに顔を背けた彼女の耳たぶを舐める。効果は劇的だった。
「ひあぁっ!?や、…へ、変な、とこ…っ!」
「変?半寿族としては普通だろう?…おかしなとこなんて見当たらないよ」
そのまま先端まで舌を這わせる。頂点で折り返し、続いて耳殻の溝や耳孔をもねぶる。
胸の先端部に似た感触の耳たぶを甘噛みしながら、反対側の耳元や首筋を撫でてやると、
「ん…ふぁ…、みみ、こんな、こんなの…ぉ…」
未知の刺激に慣れてきたのか、戸惑いながらも、恍惚の表情すら見せた。
そんな彼女の様子に、我慢の限界を感じ、自身を取り出そうとするが、
「…君も…脱いで、くれなきゃ、やだ」
「──う」
夢と現つの境界線上にいるはずなのに、鋭いツッコミを受けた。侮れない…!
初めての行為を迎えて、緊張、あるいは興奮しているのか、服を脱ぐのももどかしい。
お互い、生まれたままの姿になり──彼女は白衣一枚のみだが、余計にエロい──、
再び彼女に覆いかぶさり、見つめ合うと、今更ながらに恥ずかしくなってきた。
そんなこちらの頬に手を伸ばし、夢見るような表情で、彼女は告げた。
「君が僕から“拒絶の強欲”を奪って、僕が君から、ファーストキスを奪った…」
だから、
「今度は、君が、僕の、初めてを…奪って…」
マクベスは王の望みを叶えた。
みみいぢり〜幕間〜
「…うーん、どうしましょうか、コレ」
「お?こんなトコで何悩んでんだよアデーレ」
「あ、総長。いえ、実は書記に青雷亭のパンを差し入れに持って来たんですが、
通神で何て言って渡そうか考えてるうちにですね、近くまで来てしまってまして…」
「困った時の三征西班牙宗教裁判」
「あ?ムネさんとこのギンさんじゃねぇか」
「Jud.、話は聞こえていました。そのパンを渡す方法について、お悩みですか?」
「え、えぇ、まぁ…よく考えたら、今お休み中かもしれないので、それも込みでどうしたものかと」
「なるほど…では昔聞いた噂話ですが、事情により通神が使えない家庭等に、
聖譜の教えや歴史再現の結果等のニュースを書面にし、物理的に届ける試みがあったとか。
病気や怪我等で、玄関先にまで行けない場合も考慮して、家の内部に向かって射出したそうで。
呼び名は『教譜新聞』で、何故か送られた側に悶死や憤死が続出して中止に──」
「そ、それはちょっとマズいかと…それにそのケースだと、浅間さんが射出することに…」
「?…私がどうしたんですかアデーレ?」
「あ、浅間さん。いや、このパンをどうやって届けようかと。通神文送ろうにも、
今お休み中かもしれないので、中に射出するという話が出て、それで浅間さんっぽい、と」
「そ、そんな事しませんっ!第一、そんな事したらパンがもったいないじゃないですか!」
「…浅間って、時々思想が恐ろしいよな…」
「中の人の心配よりパンを優先させるとは、流石は武蔵の射殺巫女…!」
「アレはちょっと自分でも耐えられる自信ないですよ…」
「命の値段がパンより軽いとは、世はまさに、暴力が支配する乱世と化していた…!
これは『浅間様が射てる』を野郎向けのバイオレンスアクションで展開させるフラグ…!」
「な、なんでいきなり私が責められてるんですかっ!あといつの間にかナルゼまで!」
「たまたま通りかかっただけよ。…まぁ、下手に睡眠を邪魔しない方がいいわよ?
作家としての意見だけど、徹夜明けの爆睡中に叩き起こされる時ほどムカつく事はないわ」
「フフフ、ナルゼ、それは誰でも当たり前よ」
「あ、姉ちゃんにベルさん。散歩中か?」
「そ。で、何?歴史オタクに寝起きドッキリでも仕掛けるの?素敵!」
「ち、違いますよ!…あ、そうだ!鈴さん、“音鳴さん”で中の音を調べてもらって、
起きてるか寝てるか、判断してもらえませんか?」
「…え?え、と…いい、の、かな…?」
「平気平気!なんかあったら俺から言っとくからよ!」
「ん…それ、じゃ…ちょっと、だけ………あ、れ…?一人じゃ、な、い…?」
「──あ、そーいや俺なんか忘れてるような…あれ、あっれ?」
「え、な、なに、を…えっ?…えぇっ…!?…やっ、そ、そん、な、こと…!
…はぅ…え、えと、…寝てる、みたい、だ、よ…?な、何、も、ない、よ…?」
「「「「「「確実に中で何かあったぁ──!?」」」」」」
「ト、トマス…!」
「…ッ!…く!うぁ…だい、じょうぶ、だから…!つづけ、て…!」
「あ、あぁ…、!?な、ちょ、ヤバ、い…!」
「え…?ぁっ…!」
数秒と耐えられず、彼女を腹から顔に至るまで汚してしまう。
「あ、あぁ、その、済まない。あまりに、その、凄すぎて…」
狼狽しつつ、手拭いか紙を探すが、彼女はそれを掬い取り、
「へぇ…これ、が…男性の…君の、なのか…んむっ」
眺めた後で、口に含む姿を見て絶句する。
「…う…なるほど、こういうものなのか…白子なのに、食用には適さないね…」
「な、何を言って…!」
「だって、君のくれた物だ、もったいないじゃないか…それで、その、」
続きを強請るかのような視線を、上下に彷徨わせる。…いや、『下』を見ないでもらいたいんだが。
「だ、大丈夫、なのか…?痛く、は──」
「痛いに決まってる。でも、その…それほど、悪くは、ない、ような…」
無理をしているのか、やはりMっ気があるのだろうか…。
「まったく、とんだ強欲なジュリエットだ」
「いいじゃないか、最後にロミオと結ばれる結末でも」
「そうだね…その方が救いがあるし、僕も、その方がいい。──そう、したい」
「…!じゃあ、強欲なロミオよ。…最後まで、僕を奪ってよ…」
そうして、彼女の望みを果たす為に、再び深く抱き合い、そして、
「く…また…!」
「そのまま…!お願い…トゥーサン…!」
口付けと共に、物語に幕を閉じた。
しばし、お互い言葉もなく脱力していた。脱力してしまったので、自然と彼女の中から抜け出てしまう。
「…そういえば寝不足なんだったね。これ以上は無理か…」
無茶な事を言ってくれる。こちらは起き上がるのも億劫だというのに。
「…料理は…仕方ない、また温め直すとしようか」
有難い、そうしてくれると、助かる。
「では、味見がてら…綺麗にしてあげよう」
…何をだ?と疑問を抱いていると、彼女はこちらの物を舌で拭い始めた。
既に言い返す気力もないが、そちらは刺激に対して素直に反応を返す。
「おや、こちらはまだ元気みたいじゃないか…ふふ」
…よしてくれ、今はもう何も考えられない。あぁ、何やら外の話し声が余計に眠りを誘う…。
彼の意識は、そこで眠りに誘われ、途切れた。
よって、彼がこの後の騒ぎを知るのは、数時間後、或いは、数日後となる──。