数瞬、雰囲気を確かめるような沈黙がある。  
 無言の中、雫の跡を追うように喉へと肌をなぞるアイスの感触に、風見は息を震わせ、しかし無抵抗を示す。  
 只、全身に固く力が入り、目も強く瞑ったままだ。  
 だから行為は出雲の側から来る。  
「う……」  
 首筋を吸われ、甘く歯を立て噛み付くようにして溶けたアイスが拭われる。  
 それは一度で終わらず、同じ個所を往復し、時に肌のみを味わうようにしながらもゆっくりと下へ降りていく。  
「く……ぁ」  
 状況さえ違えば命の奪い合いにすらなる距離に背筋がぞくりと震え、喉から詰まった音が鳴る。  
 半身起こして向き合ったまま、出雲が屈み、風見が反るようにして移動は続く。少しずつ無理が溜まり、身体が曲がりきらなくなり、  
「――っ」  
 唇が鎖骨を過ぎた辺りで一気に姿勢が崩れた。  
 落ちていく頭が大きな掌に一度受けとめられ、そのまま床に置かれた弾みで風見は目を開ける。  
 その時にはもう出雲がじゃれつくように二の腕を取り、風見を床に組み敷いていた。  
 視線がぶつかり、覚、と意味もなく名を呼ぼうとすれば、  
「千里」  
 逆に名を呼ばれ、タイミングを失した風見は口を噤んだ。  
 互いが互いに続きの許可を求めるような時間が続く。  
 ……呼ばれたのはこっちの方で……  
 だったら、何か言わなければならない。  
「……暑い」  
 零れたのは訴えの一言で、  
「暑いの……」  
 それはねだる声に変わる。  
 応えるように二の腕が離され、出雲の手指が身体を下る。  
 Tシャツの裾に触れ、擦りつけるようにして布地をたくし上げ、熱をまとった肌を外気に晒していく。  
 微かに赤らんだ腹は、横腹に添えた手指に比べて数段白い。  
 
 ほぼ露わにされた風見の上体を見て、ほう、と出雲が息を吐き、  
「……ノーブラ派か」  
「はぁ!?」  
 反射的にTシャツを半ばまで引き戻した。  
 あー、という出雲の名残惜しそうな声を風見は無視。  
 布越しに抱いた己の感触を確かめ、慌てて今までの自分の行動を振り返る。  
 夏季休暇が近づいたので学校が早く終わり、何かまた馬鹿を言っていた出雲を窓から落とし、あろうことか生徒会室に新庄グッズを並べていた佐山を軽く絞め、罰として佐山に仕事を押し付け、中庭で出雲を回収し、早々に部屋に帰り、  
 シャワーを浴びて着替えたときだ。  
「……別に今日は、これから外に出る用事もなかったし」  
 言いよどみつつも釈明し、出雲を窺い見て、  
「……いいかな、と思って」  
「ああ、よく解からんが……つまり、そういう事なんだな?」  
「よく解かんないけどそれ絶対違う」  
 しかし結局こういう状況になっているのだから同じだろうか。  
 そんな風見の妥協を知ってか知らずか、出雲はやけに悲愴ぶった表情で、  
「俺はお前の心のサインに気付けなかった……!」  
「だからなぁに一人で盛り上がってんのよっ!」  
 第一気付かないぐらいで差し引きお釣り付きだ。  
 とりあえず手近なところで右の拳を彼の肩に叩きつけ、悲鳴を聞きつつ、  
 ……力抜けるなあ。  
 だから風見は裾を押さえていた手を解く。  
 出雲が肩をさする手を止め、まだ裾を上げていくが、先ほどまで感じていたような身体の強張りは殆ど無い。  
 彼の動きに合わせて軽く背中を浮かせれば、今度こそ布地が上がりきった。  
 出雲が左胸を掴んで掻き分け、膨らみの間、先ほど雫が伝った跡を舐め取っていく。規則的に感じる強い圧迫感に風見は鼓動の高鳴りを自覚。  
 心音が聴かれる位置だ。  
 その気恥ずかしさに小さく身をよじっていると、  
「きゃ」  
 意識から外れかけていた冷たい感触。  
 アイスの先端が臍に押し付けられている。  
 
「いきなり心臓に近い場所だと危ないだろ」  
「そういう問題じゃない気がする……」  
 半目でごちれば、軽く突くように腹を押された。く、と息を呑むと、そのままアイスは身体をゆっくりと動き、肌を冷やしていく。  
 熱を奪われる単純な心地良さと、裸の身に触れられるくすぐったさが同時に来た。  
 そしてその二つでは終わらない。  
「あ」  
 唇が身体を這い、汚れを拭い、胸の辺りに強く吸った赤を残していく。  
「ん……ぅ、ぁ」  
 出雲の手指が熱を確かめるように身体を探り、アイスを当てては、弄びながらそれを舐めとる。  
 それは繰り返し同じように、少しずつの変化を加えながら続き、しかしだからこそ終わりが見えない。  
 丹念に身体を冷やされ、それでもじわじわと芯は火照らされていく。  
 熱いのか冷たいのか判然としない。  
「はぁ……あ、……んっ」  
 どうしようもない曖昧さに風見は喘ぐ。はっきりとしないじれったさに息をもつれさせながら。  
 ……だとしたら私は、  
 一体どちらの温度を望んでいるのだろう。  
 しかしそんなことを考える間もなく、先端を吸われて風見は思わず身を反らす。  
 荒い息の上下に臍の窪みに溜まった雫が零れ、横腹へと流れ落ちていく。  
 次の動きに備えて身構えた瞬間、  
「――と」  
 いきなり出雲の身体が離れた。  
 え、と自由になった身を縮め、宙に投げ出されたような不安を覚え、  
「覚……?」  
 声が震えるのは先ほどまでの行為のせいだ、と自分に言い聞かせて視線を上げる。出雲の姿がある、ということをまず確認。  
「か、覚ってば」  
「ん……」  
 はあ、と出雲が大きく息を吐き、己の胸元に手をやり、  
「……暑っつ」  
 ボタンを解く動きを見て、風見は小さく胸を撫で下ろした。  
 
 手を伸ばし、アイスで片手が塞がっている彼の動きを手伝い、ボタンを外しながら、  
「びっくりするじゃない」  
「そうか?」  
「……うん」  
 頷きの動きで下げた頭を無造作に撫でられた。  
 何となく悔しかったので風見は掌を無視して手先の作業を続行。最後までボタンを外し終えると、出雲がシャツを広げて扇ぎ、  
「……にしても暑いな」  
「なんか平気そうに見えるんだけど……」  
「お前と違ってちゃんと食ってっからな。丈夫さが違う」  
「わ、私だって必要な分はちゃんと摂ってるわよ」  
 ふむ、と出雲が視線を下げていく。そのことに風見は身じろぎ、しかし視線を同じくする。  
 まだ日に焼けていない肌の輪郭は長く、緩やかに内側に曲がったもの。  
 全体的に薄く締まっているが、臍下にはゆったりとした柔らかい膨らみがあり、触れてきた出雲の指を捉える。  
 出雲はそれら全てを視線で撫で上げ、首を傾げ、  
「……これで不満だってのか?」  
「だ、だって、新庄とか見てるとすっごい腰細いのよ? 敵わないっていうか……」  
「そりゃつまり……佐山好みにでもなりたいと」  
「そ、そーいう言い方ナシっ……」  
 やけに絡むな、と思いつつ、風見は一旦俯きを深く。  
 ……絡むついでに聞いておこう。  
 シャツの隙間に手を差し込むようにして出雲の背中に触れ、彼の身体を引くように身を寄せる。  
「ん」  
 それに合わせて出雲が右へと姿勢を崩せば、姿勢は横並びに向かい合う形となる。  
 腕を伸ばして距離を取り、彼に身体が見えるようにして、  
「覚は……」  
 上目遣いに問い掛ける。  
「……覚は、このぐらいが丁度良い?」  
 
 問いへの答えは一瞬だった。  
 何の躊躇も無く、いつも通りに、  
「俺は千里ならなんだっていい」  
 全肯定の言葉。  
「……あぁ」  
 何も考えられなくなりそうな幸福を感じながら、それでも風見は頭の片隅で思う。  
 ……卑怯よ、そういうのって。  
 二年を付き合ってきて、会話の間も、並んで歩く距離も、随分と解かってきたとは思う。  
 しかし身体のこととなると、正直まだ互いに解からない事だって多いのだ。  
 ……言ってくれないと解からないのに。  
 丁度良いとでも、できれば細い方が良いとでも、どちらでも構わない。  
 言ってくれれば、そうであろうと努力することができるし、彼のために、という思いを得ることだってできる。  
 全てを許すと言う言葉は有り難いが、それでは何をすることもできない。  
 その言葉は本音なのだろうけれど。  
 これだけ幸せなのだから何かをしないとかえって不安になる。  
 こういうとき、妙に従順になってしまう意味も、何もかも、  
 ……貴方は解かっちゃいないのよ?  
 だから風見はすがるように出雲をきつく抱き寄せ、しかしその背中を思い切り爪を立てて引っ掻いてみる。  
 勿論、神の加護を得た身体はその程度では傷付かない。  
 硬さを感じるわけではないが、指先に返ってくるのは軽く触れるような手応えだけだ。  
 くすぐったそうな出雲の吐息が髪に掛かる。  
 ……嬉しそうだし。  
 もういいや、と言う気分が頭を占め、聞こえないようにため息を吐く。何やら随分と自分勝手なことを考えていた気がするな、と。  
「……どうした千里、また考え込んで」  
「有り難いなって思ってるのよ」  
 そういうことにしておこう。  
 だから風見の返答は単純な口付けだ。  
 
 胸板に唇で軽く触れれば、アイスの甘い味ではなく、辛い汗の味がする。  
 そのままざらついた顎を舐めると、出雲の息を首に感じた。  
 最早その程度の刺激にすら内側が疼く。  
「……ぁつ」  
 熱い、という言葉がついて出る。  
 すると出雲がこちらの頭を離し、覗き込むようにして、  
「そうか?」   
 目を逸らせない。  
 出雲の手指が胸から腰へと温度を検めていく。  
 触れた部分からは出雲の体温の熱さが染みてくるが、それはこちらの身体が冷えている証だ。  
「十分冷たいっぽいけどよ」  
 含みのある笑みで、風見の前髪を掻きあげ、  
「これでも、熱いか?」  
「う……」  
 何よりも出雲の表情に嫌な予感がする。  
 どうにか繕おうとするが、身体の奥で燻る熱から自分を誤魔化せない。  
「……まだ熱いわ」  
 自分で言って思う。まだ、とはどういう意味だろうか、と。  
 頭の奥が痺れたように動かない。ぐらりと世界が揺れる感覚を、出雲に頭を抱き寄せられたと気付くのにも数秒を要した。  
「どこが熱いよ?」  
 言えるはずもない。  
 こちらの無言に、後ろ頭に回されていた手が下りていく。  
 Tシャツの下がりかけた背を撫で、腰を過ぎ、尻を回り、  
「……あ!」  
 触れられた風見の身体が小さく跳ねる。  
 薄手のスパッツに下着という二枚の布を通しても、水っぽい感触が明らかに伝わるだろう。  
 出雲はそれを確かめるように数度撫でる。  
 濡れた音が聴こえて、風見は震えを殺そうと身を縮めた。  
 
「――千里」  
「ん……!」  
 震える身を床に置かれ、片手で強引に二枚もろとも引き降ろされた。  
 熱が撒き散らされるように肌から噴く。  
 下着との間に引いた糸を絡め取りながら、出雲の指先が触れ、  
「――――」  
 膝を押し上げられた。  
 慌ててもがくが、膝上に残ったままの脱ぎかけの布地が動きの自由を奪う。不安定に宙を彷徨った足が何とか出雲の肩に着地。  
 身体を段に折り、出雲の視界に全てを見せる格好になり、  
「や、やだ……」  
 たじろぎの声を上げても、それは力無く、どこか抗議の響きにならない。  
 腿の裏に唇が落とされ、反射的にそちらを押し止めようと手が動く。  
「……ひあ!」  
 しかし身体にそれとは違うものが触れた。  
 一番熱い個所に冷たい感触が。  
 最初はそれを冷たさとすら認識できない。鋭敏になった感覚に、刺激が強すぎて。  
「か……く?」  
「確かにまだ熱いな」  
 身体を押し進んでくる感覚と出雲の悪戯っぽい表情に、風見は直感的に何をされるか理解する。  
「……待……」  
 溶けて一回りか二回り小さくなったアイスは、幾度となく出雲を受け入れた身体にとって体積としては他愛ないものだが、  
「待ってよ……」  
「どのくらいだ?」  
 それは、と風見は言葉に詰まる。こういうときの出雲はそもそもそれ程待ってくれない。  
 多めに見積もろうか、とりあえず五時間、と言いかけるが、  
「ぁ……」  
 出雲は待たない。  
「っうああぁ――……っ!」  
 一気に突き入れられる感覚に、風見はもはや声ではなく悲鳴を挙げた。   
 

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