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 見慣れぬ店があったので、男はそこで昼食をとることにした。  
 極東作りの店内に、自分以外の客の姿はなく、ならば空いている席から好きな場所を選ぼうと、厨房に近い場所を選んだ。  
 男に気付いたのか、店員とおぼしき自動人形が、お品書きとおしぼりを机に置いて立ち去った。  
 表情は無表情、英国風の顔立ちに長い髪。細身のボディは極東風の給仕服であり、  
 ……ここの店主はわかっているな!  
 と男はこの店での最初の評価を行った。ほら、金髪巫女とか私的にjud.jud.ですよー!  
 店員に自動人形を据える店は珍しいものではない。  
 侍女式自動人形喫茶など最近ではメジャーなもので、入店早々、  
「とっととおかえりくださいませ、御主人ザマア」  
 といい先制攻撃を貰い茫然自失の客が指さされ、流れるように即刻会計を済ませるシステムは驚異の回転率を生み有名だ。  
 店によって、それぞれ特化した種類の自動人形が接客するのも常で、それがウリともいえるのだが、  
 今しがた湯呑みを置いていった自動人形は、四肢が胴部に接続されておらず離れて宙に浮いており、同様頭上に浮いた十字型ブレードによって制御されているものだろう。  
 見えない糸か重力制御か、その方法の正体はわからぬが、その姿は劇や芸に用いる操り人形を思わせた。  
 ……これはこれでウリか!  
 と男はお品書きを広げながら、視線は別に厨房へと戻って行く自動人形の後ろ姿の……尻をしっかり捉えていた。  
 チェックしてるだけだかんね! やましい気持ちはないんだからね! 本当だからね!  
 極東服はやや薄手であり、服の作りからも自動人形の体のラインがはっきりと見てとれる。  
 ……やはり極東モノにスレンダーな体型こそが最もあうな! 腰とか尻とか最高だな!  
 胴部に四肢が接続されていない、というこの自動人形は、移動する際の足と脚を動かす連動として、  
 ……尻が揺れん!  
 というのは少し欠点ではなかろうかと、男は店に対して二度目の評価を行った。  
 それでも尻は尻。  
 他に客もおらず、何故かは知らないが店員はあの自動人形だけらしく、男は遠慮なく椅子に座ったまま、横に倒れる形で身を乗り出す。  
 自動人形の尻と同じ、あるいはそれより下に位置する高さから、男は自動人形の尻を眺めていた。  
 ……いくら自動人形とはいえ、背中にまで視覚はないだろうからな!  
   
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 尻が厨房へと消え、仕方なしに男はお品書きから軽いものを選ぶ。  
 厨房に声をかけると、先ほどの自動人形がこちらにやってきた。やはり1人でこの店をきりもりしているのだろうか?  
 席の横に自動人形が立ち、机の上に湯呑みを置いた。  
 注文を告げようとしたあたりで、男は声が出るのよりも先に喉にねばつきと軽い痛みを感じ、飲食店に入ろうとした理由に渇きが含まれていた事を思い出し、苦笑。  
 注文をとりにきてもらった目の前で悪い気はしたが、感謝と待ってくれの意を含め片手の手の平を自動人形に向け、もう片方の手で机の上にあった湯呑み取る。  
 机から口に運ぶまでの動きの中で、湯呑みの中の液体、空気と接する面が外の光を反射し小麦色の輝きをみせた。  
 ソフトドリンクの一覧に麦茶の類は書かれていなかったので、お冷と同様のサービスだよなと貧乏くさいことを思いつつ、湯呑みの中身を口にふくめた。  
   
           ●  
   
 ふいた。  
 口の中に広がったのは甘みであり、喉のねばつきを超えるどろりとしたねばつきであり、  
 ……蜂蜜だこれ――!?  
 確かに蜂蜜は喉に優しいが、違うだろ!? 違うだろこれ!?  
 店員に何故を問おうとして気づく、  
『No……』  
 自動人形の顔と髪には、薄い小麦色の粘体が飛び散った形でかかっており、その一部は重力に従い頬を伝って垂れ流れていき、  
『……No』  
自動人形はそれが服にかからぬようにと、小麦色の粘液を指ですくって、  
 ……おおおっ!?  
 口にふくめた。  
   
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 唇が差し込まれる形で指の第一関節までをくわえる。そして指先を残し指が口から引かれる。  
 指の前後運動と唇の緩やかな固定が、指についた蜂蜜を唇によって拭い落す働きを持ち、蜂蜜が自動人形の舌に乗る。  
 想像だ。  
 目の前で起こることの結果を、口の中の想像としているだけだが――事実として彼女は頬の蜂蜜を指ですくい口にした。  
 流れは止まらない。  
 指ですくわれた蜂蜜はまだ指に残っており、自動人形の指を伝って手の甲を目指す。  
 手の甲を経て袖を汚すことを自動人形はよしとせず、指を唇で滑らせより多くを口にふくめる。  
 第二関節まで口内へと侵入を果たした指は甘噛みされ歯と唇で固定、前後運動を封じられる。  
 封じられたのはそれだけだ。手の僅かな揺れが、指が動いている事の証であり、まだ動く。  
 上下左右。  
 その動きは、残った蜂蜜を指からとりさろうとする他の動きに対する助けだ。  
 そうする指を舌が追う。一滴も残さぬように腹も横もと蜂蜜を舐めとっていく。  
 双方の働きでありながら、囚われ逃げ場のない状況で、自在に動けるモノが、懸命に足掻いている側を蹂躙しているイメージを男は得た。  
 指が口から引き抜かれる。  
 引き抜く動作はぴちゃりという水音を伴った。自動人形が指を抜く際、口を開けたことにより聞こえた音だ。  
 唾液の音だ。  
 自動人形は唾液を生まない。ならば指先から伸び、僅かな距離を開けてあるあの唇と繋がった糸は――  
 ……ごくり。  
 唾液だ。今、飲み込んだ己の唾だ。  
 口にふくんだ蜂蜜と混ざり合った男の唾液だ。  
 それが今、自動人形の唇――否、口から糸をひいている。  
 ……注文前に湯呑みで出されたから、これサービスだよな?  
 男は自動人形の唇から視線を外せぬまま、貧乏臭いことを思った。  
 
 

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