爆炎の道を一機の武神が駆け抜けていく。  
腰に”忠”の一文字を記したそれは、里見義頼の駆る緑色の武神”忠”だ。  
”忠”は目に映る戦艦を打ち砕いていく。しかしその軌道は迷うことなく一直線に  
敵旗艦”安土”に向かっている。  
羽柴を討つ、それが彼の目的でありこの三方ヶ原の戦いを終結させ彼が生還する唯一の  
方法だからだ。  
長浜をたたき割り、その勢いを持って安土の甲板へと飛ぶ。  
瞬間右半身が砕けた。安土の主砲の一撃を受けたのだ。  
だが、僥倖…!  
今の一撃で撃ち落とされていてもおかしくはないのだ。体さえ残っていればまだ戦う  
ことができる。  
だから、というように義頼は速度を上げた。狙うは羽柴ただ一人だ。  
だが義頼は見た。甲板にたつ羽柴の右手が武器をこちらにむけて掲げているのを。それを  
確認しながらも義頼は進路を変えず、砕け、もう翼の形を留めていない翼に光を走らせた。  
それは、  
「諦めるものか…!」  
忠に尽くし、生を恐れずに生きていくことを決めた武人は生きることを諦め  
なかった。  
「お……!」  
吠える。同時に“忠”が持てる力を全て振り絞って加速した。  
義頼の意識は闇に呑まれた。  
 
 
彼女の姉は言った。笑って、いつかでいいから、と。  
また彼女は言った。里見と義康をお願い、と。  
自分は彼女の願いを叶えることが出来ただろうか  
結果として里見は自国の地を失い、義康に残る全てを任せてしまった。  
無論、元々義康を里見の後継者とすることは彼女の姉と話で決めていたためこうなることは  
望む結果になったともいえる。  
だが、私は義康になにもしてやれなかった。  
彼女を護った、と思うのはエゴだろうか。  
…私も未熟だったということか  
自らの手で討った彼女の代わりに必死に里見を護り通してきたが、義康にはただの略奪者にし  
か見えていなかったのだろう。普段の義康の私に対する態度を見ていればわかる。そしてそれは  
そのまま里見の民の想いでもあっただろう。  
 
だが、義頼はそれでよかった。彼女の姉がP.A.Odaの進行を防ぐために引責の自害をしたことを  
義康や他の者に伝えれば彼らは義頼を責めることが出来なくなる。そしてその火の粉は義康にも  
降りかかる可能性もあった。そうなれば、義康は遠くない内につぶれてしまっただろう。  
どうしてあの時気付いてやれなかったのか、力になってやれなかったのか、と。  
義康は抱え込みたがるからな、と義頼は思う。それならば己の中にしまい込み話さぬことで忠と  
しよう。義康に無駄な苦労や辛い思いはさせず、代わりに私が引きうけよう。  
それが私にとっての義だったのだろうか…?  
自身に問うてみるが答えはない。考えてみても分かるものではない。それに今更そんなことを気に  
する必要もない。義康が今私のことをどう思っているか、もはや確かめる術はない。彼女は自分を  
責めるのだろうか、背負いこもうとするのだろうか。  
…大丈夫だろう  
今の義康にはよき仲間がいる。世界を認め、失わせず変えていこうとする者たちだ。  
彼らは義康に何を見せ、与えるのだろうか。そして義康は何を見て、何を得るのだろうか。  
少々心配してしまう自分は過保護なのかもしれない。だが、と義頼は思う。  
彼らとなら不安はない  
自分を止めろと言った少年がいた。  
彼の言葉に疑いもせず自分を止めに来た者たちがいた。  
彼らとなら義康が道を違えることもないだろう。  
そこでふと、義頼は自分が笑っていることを知った。しばしその笑みに理由を考え答えにたどり着  
いた時、義頼はその笑みを強くした。  
私は、約束を果たせたのだな…  
 
 
武蔵に収納され、整備が終わった八房の前の一つの人影があった。  
里見義康だ。彼女は静かに八房を見上げていた。その眼は赤く腫れ、泣きはらしたことが一目でわ  
かる。しかし、その瞳には毅然とした強い光を宿していた。  
「義頼……私は必ず里見を……」  
 
「よんだか、義康」  
「へ……、ってうわぁ!?」  
自分を呼ぶ声に義康が後ろを振り向くと先ほどの戦闘で死んだはずの義頼が立っていた。  
「義…頼?ど、どうして…」  
「うむ、私もよくわからないのだがどうやら幽霊というものになったらしくてな。」  
「な、な………」  
「義康?」  
俯き肩を震わせる義康は、目に涙を溜めて勢いよく顔を上げ  
「私がどれだけ、どれだけっ…」  
義頼に抱きついた。霊体に抱きつけるものかと一瞬不安になったが、義頼は何の問題もなく義康を  
受け止めた。  
「義康…」  
「勝手に一人で抱え込んで、何も言わずに一人で決めて、お前はいつも勝手すぎるんだ…!」  
すまない、と言いながら義頼は自分の腕の中で泣きじゃくる義康の頭を撫でる。その温もりを感じ  
ながら義頼は思った。  
私の行ってきたこと、進んできた道は間違いではなかったのだな。  
「一体何の騒ぎさね」  
「って、義頼さん!?」  
「これってどういうことですかねー?」  
「霊体みたいですから幽霊ではないでしょうか」  
「……」  
「喜美どのが失神して御座るが、ほおっておいていいので御座るか?」  
どうやら騒ぎを聞きつけて武蔵の面々が集まってきたらしい。  
「義頼…」  
腕の中で泣いていた義康が顔を上げてこちらに視線で訴えてくる。その視線に頷きで答え  
「心配をかけてすまない。」  
そして…  
「私を止めようとしてくれて礼を言う」  
「オイ、義頼」  
声の方を振り返ると武蔵の会長兼総長がこちらを見て笑いながら  
「笑ってっか?」  
「…ああ」  
自然な笑みで答える。それを見てその場にいた全員にも笑みが広がる。  
やはりここは良い教導院だ、と義頼が思っていると両手にカレーの盛られた皿を二つ持った少年がこちらに  
来た。  
「嬉しいことがあった時はカレーに限りますネー」  
こちらに両手に乗ったカレーを差し出す。帰還の祝いがカレーとはまた変わっているがこれが武蔵の  
流儀なのだろうと思い、義頼はそのカレーを受け取り義康にも渡す。涙を拭い、義康もカレーを受け  
取った。いただきます、と両手を合わせ義頼はカレーを一口、口に運んだ。  
義頼の体が薄くなった  
「…!?」  
その場にいた義頼以外の全員がカレーを持ってきた少年、ハッサンを振り返った。ハッサンは少し考え込むような  
そぶりをしてからふと、何かを思いついたように手をたたいた。  
「そういえばそのカレー、さっき使った物の余りで作ったの忘れてましたネー」  
「うわぁ――――!!」  
皆が叫んだ。  
「どどどど、どうしましょう。このままじゃ義頼さん除霊されてしまいますよ!?」  
「浅間、アンタが一番専門なんだからテンパってないで何かしてみたらどうさね?」  
「そそ、そうですね。えええ、えーと取りあえずハナミ――」  
『は、拍手――!?』  
「ちょ、ちょっと待て。それじゃ逆に促進してないか?」  
「だ、だったらどうしたらいいんですか!?私除霊は出来ても禊を止めたことなんていないですよ!?」  
「あ、義頼さんがもっと薄く――」  
 
 
「あの、武蔵さん?下はなんか大変なことになってるっぽいけど…」  
「Jud,酒井様。―いつも通りと判断します、以上」  
 
 
 

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