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 目の前にあるもの=エロゲ。  
「…………」  
……あれ、あれ――――っ!? その一言で片付いちゃったで御座るよ!?  
 うはー、という心境で額から汗が吹き出るのを点蔵は感じる。  
 なんだろうかこの状況は、とも思う。どうして自分は同居人兼信仰対象保持者兼恋人とエロゲを挟んで向かい合っているのだろうか、と。  
「……点蔵様」  
「ひゃ、ひゃいっ」  
 俯き気味故に垂れた金色の前髪、そこから覗く碧眼がこちらを見る。普段は綺麗だと判断する彼のそれらは、しかし今は据わっているように思われた。  
 だが、  
……い、いかんで御座るよ、自分っ! ドキドキしちゃらめぇ――――っ!!  
 好きな相手に見つめられている、その現状から場違いにも頬が赤くなるのを感じる。  
 できればもう少しぐらい膨らんで欲しいなぁ、と思う自分の平たい胸、それを心臓が内側から叩いてくる。  
 落ち着け、落ち着けよ、と点蔵は二重に思う。そう、これはそんな色気付いた話ではないのだ。隠していたエロゲを目前に出されるなど、まるで中等部頃の学生にありがちなイベントではないか。  
 それも親ならまだしも恋人に見つかるなど、より居たたまれない。そう、これはそんなドキドキイベントではないのだ。  
 例え相手が自分の大好きな顔をしていて、瞳をしていて、髪をしていて、信仰の対象としている逞しい胸板をして、それに抱きしめられたら思わず条件反射で脱力してしまうだろうなどという事はこの際何の関係も無く、  
……ってコレ逆効果で御座るよっ!?  
 いけない、もっと顔が熱くなってきた。うぅ、と我知らずに歯の間からうめきが漏れる。  
 彼、メアリの直視に耐えられなくなり、点蔵は深く被った帽子の鍔で目元を隠した。だがそれでもメアリは視線を動かす事が無く、  
「点蔵様」  
 再度、こちらの名を呼んだ。  
「な、何で御座ろうか?」  
 思わず問い返して、しかしそれは無意味な事だと点蔵は思う。目の前に自分が隠し持っていたエロゲを差し出されて、それが話題で無い筈がない。  
 事実、メアリが切り出した話題はそれであった。  
「このエロゲですが」  
……め、メアリ殿がエロゲって言った―――――っ!  
 出来れば言わないで欲しかったなぁ、というのはこちらの勝手であろうか。ただ純粋な彼のイメージに反する単語が、何と言うかイメージが崩れるというか何というか。  
「男性向け、ですよね?」  
「さ、左様で御座るが……」  
「どうして女性である点蔵様が男性向けエロゲを持っているのですか?」  
 うはーキッツー! などと心中で悶えてみるが、当然の如く意味は無い。  
「ひょ、ひょっとして点蔵様は女性が好きなのですか? で、でしたら私は、その」  
「そ、それだけは無いで御座るよ!? 超誤解で御座る!」  
 いけない判断だ、という思いが点蔵を脊髄反射的に動かす。  
「――自分、メアリ殿を避けるような真似は絶対しないで御座る!」  
「で、でしたら」  
 そこでメアリが、固唾を飲んだ。  
 点蔵はそんなメアリの行動に、え、という小さな驚きを得て、膝立ちになった姿勢で固まる。  
 それから僅かな間を置いて、メアリは結んでいた唇を開いた。  
 
「女性の忍者の、その、スキルを学ぶため、です、か?」  
「……ぁ」  
 メアリの言わんとする所を点蔵は理解する。  
 女性の忍者、所謂くのいちは、男性忍者には有り得ない肉体的特性を利用した諜報活動を行う事もある。いや別に男性でも出来ない事は無いだろうが、基本的に女性の方が需要に富んでいるのだ。  
 必然的にくのいちを目指すならその類のスキルも学ぶ必要がある。  
 点蔵も忍者の家系に生まれ、忍者を目指す女性として相応に勉強しているし、今目前に出たエロゲもまた、随分前に葵兄から「クククこれで勉強するが良い淫乱の後輩よ!!」とか言って押し付けられた一品だ。  
 だから、メアリの指摘にはこう答えるしかない。  
……その通りで御座る、と……  
 だが、  
「――ぅ」  
 言えない。  
 唇が動かない。  
「点蔵、様」  
 不安気なメアリの視線に、肩が揺らぐ。  
 不思議なものだ。心臓の鼓動は変わらずに激しいもの、しかし体感温度は一気に下がった様に感じる。  
「点蔵様は、その、……そういうスキルを、使っていくのですか?」  
 問われた。  
「私以外に、使いますか?」  
「ぁ、う」  
 答えられない。  
 どうしよう、そんな思いだけがぐるぐると脳裏を巡って、  
「――でしたら」  
 気がついた時には、メアリに押し倒されていた。  
「ぁ」  
 背中に畳の感触を得て、点蔵はこちらの双肩を押さえつけるメアリの顔を見る。  
「学んだスキルを、わ、私に見せて下さい」  
 若しくは。  
「足りなかったら、――私と一緒に学んでいきませんか?」  
 不勉強な自分は一緒に学ぶ事になるだろうなー、と思う間に、点蔵はメアリの胸と腕に抱きしめられた。  
 
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