女房が死んだ時に、忠勝の娘はまだ七歳にも満たなかった。  
 だから忠勝は自動人形を必要とした。妻の似姿であり、娘の母となれるものであり、また自分と対等で在れる存在を。  
「それで、遺品を基に自動人形を作ってほしい、と?」  
「Jud. 俺ァ家事なんかろくすっぽ出来やしねェ。今は近所の手伝い好きが面倒みてくれちゃあいるが、――それもこの先通らんのだろう」  
 元信は苦笑した。創生計画の始まりが始まろうとしていた時期だ。  
「Jud. そうだね、自動人形の身ならば君も最期に連れて行きやすいだろう」  
「できれば女房に似せて欲しい。二代が母の姿も知らんで育つのは可哀想だ。……まぁ、母の似姿に育てられるのもどっこいどっこいだろうけどよ」  
「それがわかっているなら先生から言うことは何もないさ。――君に着いて行ける者を作ろう。もちろん、とっときの特注だ」  
「恩に着る」  
 指輪を渡し、忠勝は立ち上がる。  
「名前は君が決めるといい。型番だけは振らせてもらうがね」  
「わかった」  
 
 そして三河に増えてきた自動人形が、元信公の使いとして彼女を連れてきた。耳後ろに角型感覚器をつけただけで、まるで死んだ彼女のそっくりの自動人形を。  
「お初にお目にかかります。K-01sと型番を付けられております。ご要望でしたらお名前をどうぞ」  
 淡々とした口調は慣れた自動人形のもの。けれどその声は感情豊かだった女房のそのもの。そのことに胸の軋みを得ながらも、声を返した。  
 鹿の角に似た感覚器は、自動人形の機能底上げに付けられたであろうことは容易に想像できたし、――本物の“本多・忠勝”の兜の前立てに付けられた鹿の角の飾りがモチーフだろう。だから自然と口を出たのは。  
「鹿角。――お前の名は、鹿角だ」  
 忠勝の言葉に鹿角が頷く。  
「Jud. ――元信公にはセンスを期待するなと言われましたが、意外とマトモな判断をされたかと判断いたします」  
「おいおい、口の悪い自動人形もいるもんだな。最近はこういうのが流行りなのか」  
「いえ、私は量産型とは違い個性を与えられていますから、これが私の個性だと判断します」  
 感情の映らない瞳、けれどこの軽口の応酬は確かに交わしていた者に酷似していて。  
「何故泣くのですか」  
「泣いてねーよ、バカ」  
 妻を喪ってまだ一月も経たない。妻に似た、妻に似せた、妻の魂を乗せた偽物。似ているからこそ、喪ったものを痛感させられる。  
「ご存知でしょうか? 自動人形の私の鉄は主人である忠勝様の骨に、私の鎖は貴方の肉に、私の油は貴方の血に、私の決断は貴方の心に捧げております。が、一つだけ私ごときでは何も捧げられぬものを持っております。  
 ――それは涙です。……それに対しては、感情のない私には返すものがありません。ゆえに、私は忠勝様の涙を欲しません。欲するは涙滴不要の結果のみ。――私に何ができるでしょうか? どうすれば、貴方の悲しみを止めることができるのでしょうか」  
 忠勝は眼を見開いた。悲しみは、止まらない。しかし涙は止まる。妻の似姿に感情が無いとはいえ、困惑を与えることを忠勝は是としなかった。  
「鹿角。お前が今後お前と共にあり、我の忠義を果たすその時まで共にいてくれることを我は望む。応えてくれるか、今の三河の最高性能の自動人形」  
 鹿角は頷いた。  
「Jud. 何処へなりと、何であろうとお供いたします」  
 忠勝は満足して頷いた。  
 
 ――忠勝様。  
 妻が病床で細くなった手を伸ばしてきた時を思い出す。  
「ごめんなさい。……別たれることにことになってしまって」  
「いつもの毒舌はどうしたよ。こんな病気なんざすぐにどっかに行っちまう。お前、二代にまだ何も教えてないで俺に遺す気か」  
「Jud. 確かに、忠勝様だけにお任せするのは不安ですね」  
 言葉も笑みも弱々しい。それが痛々しい。忠勝の背を守れるほどの技量と魂の持主だったのに。  
 そして彼女は左手にはめた指輪を強調するように指を上げた。  
「だから、私の魂はきっと未練があってここに残るでしょうから、自動人形を造ってください。これは二代にもあげられない大事な私の宝物だから」  
「……それはお前じゃねェよ」  
 笑いと咳が同時に零れる。  
「ええ、でも、そうすればどんな形でも共に在れるでしょう? 自動人形の身なれば死なず、朽ちず、最期の最期まで忠勝様と一緒にいられます。それに二代に物を教えることも面倒を見ることもできます」  
 震える手を、握った。  
「……わかった」  
「Jud. ありがとうございます。――私ではない私を、それでも大事にしてくださると思っています」  
「ああ、俺はそうするだろうが、お前ときたら我を置いてくくらいに冷たい奴だからな。随分と手厳しい自動人形ができるだろうよ」  
 そうですね、と妻が笑う。  
 熱に浮かされて潤んだ瞳から、涙が一筋零れる。  
「愛していますよ、忠勝様」  
「ああ、我もだ」  
 
「おい、二代。こいつが今日からお前の師範だ。――母として敬い、きちんと言うこと聞いとけ」  
 主庭で我を痛めつけるように木刀を振り回す娘に、声をかける。  
「……母上?」  
 鹿角は横に首を振った。  
「自動人形の鹿角と申します。どうぞお見知りおきを、二代様」  
 二代の瞳の困惑に、忠勝は頷いた。  
「お前の大好きな母上の魂を宿している。母上は死んだ。その現実は変わらないし、――目を背けちゃならねェ。でも我らには、似姿でも母上が必要だろう?」  
 二代に、ではなく二人に、だ。  
 カラン、と二代は木刀を取り落として鹿角に駆け寄り抱きついた。  
「わああぁぁぁ!!」  
 それは、母が死んでも気丈に耐えてきた二代の感情の発露だった。甘え下手な二代をきちんと甘やかしてくれた母の似姿に、ようやく感情を得て表現することができる。  
 死の悲しみを。もう戻らない母を。  
「母上、母上、母上ぇっ!!」  
 大泣きする二代の小さな背中を鹿角は優しく撫でた。角型感覚器をつけていなければ、何度も繰り返し見てきた光景だ。しかし、もう本当の母娘を見ることはできないのだった。  
 二代が泣きやむのには、随分と時間がかかった。  
「泣きやまれましたか?」  
「はい。かおを、あらってきます。……ふくをよごしてごめんなさい」  
「いえ、子供はよく泣きよく笑って育つものだと判断できます。ですから選択可能な服など気にせず、二代様が成されるべきことを成されるべきかと」  
「はい。……鹿角さま」  
 恥ずかしそうに、二代が駆けていく。  
「子供の相手もできるんだな」  
「Jud. ……私の魂に、刻まれておりますので」  
 忠勝が、開きかけた口を噤む。  
「まぁなんだ、これから頼む。鹿角」  
「Jud. お任せ下さい」  
 
 ――忠勝様。  
 慣れた声に、目を開ける。そこは、芦が広がる草原だ。  
「忠勝様、目を覚まされましたか?」  
「……こりゃあ、一体」  
 角型感覚器を片方付けた、共に在り続けてきた女が笑う。  
「ええ、死後の世界というものですよ。私、半分こちらで待ち、半分ずっと一緒にいましたから」  
 だからこその半角か、と忠勝は頷く。  
「行きましょう、忠勝様。私たちはもう分かたれることはなく、どこへなりと自由に行けるのですから」  
「……そうだな」  
 ざあ、と二つの月を背景として草原が揺れる。  
 忠勝は妻と鹿角と両方を抱きしめ、……彼女も同様に忠勝の首に手を回した。  
 

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