さて、今日はとあるお菓子の日らしい。連続したその数字が、そのお菓子の形状に似てるからだという。  
勿論、公式に制定されるような代物ではなく、バレンタインや土用の丑同様、商売人のアイデアから生まれたこじつけだ。  
細い棒状のそれは、通常は先端から食べ進めるのだが、反対側を別の人間が食べ進めていくという、ゲームめいた食べ方が存在する。  
度胸試しにも似た方法だが、カップル同士ならばそのまま接触しても問題なし、それ以外の関係ならば、  
例えば、男同士ならただの地獄絵図、男女なら、どこまで近付けたかで、その後の距離感が変わるなど、  
作品のネタとして使えるかも、という程度にしか興味もなく、無駄な知識の中に埋没していくであろう行事が、  
まさか己が身に降りかかろうとは、その時のネシンバラには思いもよらなかった――。  
 
 
 
「やぁ、トゥーサン。元気そうで何よりだね。相変わらず痛い話ばかり書いてるみたいだけど」  
 
部屋の戸を音高く鳴らし、右手を左肩の向こうへ、左手を右のわき腹の前で斜めに構えて、寮の掌を立てた、  
文字で表現すると『七』の字の様な妙なポーズをとりながら、その眼鏡に金髪に白衣の半寿族の少女は現れた。  
突然の事態に思考がフリーズする。何故彼女がここにいるのか。何だあの妙なテンションは。  
そう言えばあのポーズは、先日見た神肖戯画(アニメ)作品、フランケン・シュタイナーズ・ゲートの主役の決めポーズだな。  
自称狂気のマッド・サイエンティスト・レスラーが、妄言を垂れ流しながらフランケンシュタイナーを決める作品で、  
何故かその主人公を馬鹿だと思いながらも嫌いになれず、むしろ共感すら覚えたものだが、いやそうじゃない、落ち着くんだ僕。  
 
「えぇと、トマス、何故君がここにいるんだ?」  
 
問うてみたものの、彼女からの返答は無い。空気が嫌な音を立てて軋んだ気がするが、  
これは、怒っている…?  
おかしい、今の言葉の中に彼女を怒らせる要素は無い。はずだ。多分。  
第一、来訪を知らせるなら事前に連絡を――、連絡?嫌な予感と共に、通神文の受神箱をチェック。  
彼女から数百件単位で送られてくるそれは、最早まともにチェックできる量ではない。  
何らかの見落としがあったとしても仕方ないと思うが、多分その理屈が通じる相手ではない。  
果たして、そのあまりの量に遅延して受神された新着の通神文の中に、武蔵来訪の旨を記す物があった。  
 
「あー…これはその、仕方ない、と思う。」  
「…」  
「チェックはこまめにしてるけど、アレだ、量が多すぎて、その、ほら、一度に全部は受神できないというか」  
「…まぁいいや。今回はタイミングが悪かったって事にしておくよ」  
 
助かった…!!  
全身を使って安堵の溜息を吐く。が、  
 
「その鬱憤も込めて、楽しませてもらおうかな…」  
 
と、安心出来ない呟きと共に、彼女はゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。思わず立ち上がり、後ずさる。  
何か彼女の眼がおかしい。なんというか、黒目がギュインギュイン渦を巻いてるような、そんな錯覚を得るほど、迫力に満ちていた。  
例えるならば、獲物を追い詰める肉食獣。逃げ惑う人をズドン乱射する浅間君。そうなると獲物は僕か、って、ちょっと待った。  
 
「トマス、君、一体何を…」  
 
そう呟くと、彼女は白衣のポケットから、細い棒状のビスコッティをショコラでコーティングしたお菓子の箱を取り出し、一本を口に咥え、  
 
「ん」  
 
と、こちらに差し出した。  
そう来たかぁー…!!  
なんだよこの状況、なんでわざわざそんな事する為に英国から来てんだよ。なんでそんな肉食獣みたいなオーラ出してんだよ。  
更に一歩後ずさるが、背中に硬い感触を得る。壁際まで追い詰められていた。後ろに振り向いた隙に、両手も押さえられ、つまり逃げられない。  
もうすぐ近くまで、あのギュルンギュルンした眼が迫ってきている。その妙な迫力にやや仰け反っていると、  
不意に両手に込められた力が弱まる。そして彼女が俯き、口を開く。お菓子が床に落ちる音の後に小さく、  
 
「…そんなに、嫌…?」  
「…え?」  
「僕とじゃ…嫌、なの…?」  
 
肩を震わせながら呟いた。さっきまでの妙なオーラは感じられず、両手に細かな、弱々しい震えが伝わってくる。  
あーもー!なんだよこの罪悪感はー!!畜生わかったよこうすればいいんだろこうすれば!  
右手を彼女の白衣のポケットに突っ込み、件のお菓子を取り出して、一本を咥えて、彼女に差し出す。  
 
「ん…!」  
 
顔が熱を持っているのが分かる。彼女が顔を上げる。唖然とした顔が、すぐに同じように熱を帯びる。  
微笑みながら反対側を咥えて、お互いに食べ進める。両の手は、いつの間にか優しく握り合わされていた。  
こうやって、普通にしてれば可愛いのに、などと思いながら、そのまま、接触間近になった瞬間、  
 
 
 
 
 
「――ちょろいもんだよね」  
 
再びあの邪悪なオーラを纏わせた彼女に、強引に奪われた。  
 
「ず、ずるいぞ君は…!」  
 
長時間に及ぶ、柔らかい感触と、ショコラの甘さ、ショコラとは違う甘さから開放されて、荒い息を整えながら抗議する。  
 
「言ったじゃないか、鬱憤も込めて楽しませてもらうって。君からしてくれるのも、僕の脚本通りだよ」  
 
普段の調子に戻った彼女が、クククと笑みをこぼしながら上機嫌で話す。  
 
「まったく…そんなおかしな企みしなくても、僕もちゃんと応えたのに…君普通通りにしてれば可愛いんだから」  
「え」  
 
思わず本音をこぼした途端、彼女の様子が激変した。さっきよりも顔が、多分カバー下の耳の先まで赤く染まっている。  
 
「あ、あ、あの、そ、それって…普通にすれば、その、ま、また…して、くれるって、事…?」  
 
こちらを上目遣いで見ながらそう問いかけてきた。  
恥らう顔は新鮮で可愛いなぁ、と思った瞬間、とんでもなく恥ずかしい事を口にしたのを自覚し、同じく発火する。  
なんとも言えない空気が満ちる。目線が合わせられず、互いに互いを盗み見る。  
やがて意を決し、再び菓子を咥えて、彼女に差し出す。  
 
「ん…」  
 
はにかみながら、彼女もそれに応え、今度は目線をしっかり合わせ、やがて、互いが互いに辿り着く。  
両の手は互いの背中に回されており、二人して思うのは、もうお菓子なんて使う必要も無い、という事だった。  
 
 

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