ブレンヒルト・シルトは、学生である。
本来の年齢が×××歳だろうと、UCATの1st-G監査だろうと、
平時においては尊秋多学院の一生徒にすぎない。
故に、こうして三年の教室で、真面目に授業を聞いているのだ。
…………がっ。
出自からして周囲の一般生徒とはかけ離れているブレンヒルトにとって、
授業は楽しいものと、聞くだけ聞いておくものと、心を遠くに飛ばすものの三つに分けられる。
そして不運なことに――時間割は最初から決まっているのだが――今は三つ目の授業だった。
(退屈ねぇ……)
ブレンヒルトが座っているのは、窓側の列の一番後ろ。
俗に『席替えにおける最大の標的』と呼ばれるポイントである。
真面目にノートを取るフリをしながら、ブレンヒルトは退屈に身を任せていた。
学外ならその退屈を色々と加工した上で黒猫に与えるのだが。
(だいたい、こんな普通の高校で、何で666次関数なんて教えてるわけ?)
聞くに、今前で喋っている教師が発見・探求・開発・陵辱・売却した新次元の関数らしいのだが、
1st-G王家の知識を少なからず継ぐ存在であるブレンヒルトにとっては猫に酒でインスパイアである。
故に、ブレンヒルトは退屈していた。
一つ前の席に座る風見は、こんな授業でも熱心にノートを取っている。
ブレンヒルトは、コイツ正気かしらと思いながらペンを指先で回す。
と、偶然そこに天啓が舞い降り、ブレンヒルトに新たな1st-Gの秘伝を授けた後、
近くの公園で豪快にゾウさんスウィングして吹っ飛んだらしいが後半部はまた別の話である。
思わず湧き出る笑いを押し殺しつつ、ブレンヒルトは賢石付きのマジックを取り出し、ノートの一枚を四分割に切り裂いた。
暇潰しのネタを得たことに、ブレンヒルトは素直に感謝する。そう、腕の折れた某神に。
(ふっふっふっ……さあ、覚悟しなさい風見千里……!)
暇潰しのターゲットにされたとは露知らず、風見は黒板と教師とノートの三者と
ひたすらにらめっこをしていた。
「一体何なのよ666次関数って……教科書にも載ってないじゃない……」
現在のLow-Gで理解出来る人間が、教師とブレンヒルト、
それに佐山くらいしかいないのだから載ってないのも当然である。
周囲、推薦狙いの生徒は真面目に聞いているが、大多数は夢の中へ夢の中へ〜、
行ってみたいと思ってますね!? うふっふ〜――――な状態だ。
風見も連中の仲間になりたいと思ったが、生徒会役員の立場上、おおっぴらに寝ることは出来ない。
結局、理解不能な講義をひたすら聞かされるばかりだった。
(ったく…………、ん?)
ふと背中に違和感を覚え、風見は振り向きブレンヒルトを見た。
「どうかした?」
「…………気のせいか。ゴメンゴメン」
首を前へと戻す。と、またしても背中にむずがゆいような、くすぐったいような感触が走った。
風見はまたしても後ろを向き、小声で、
「……ブレンヒルト、あんた何かやった?」
「何かって何よ。真面目に授業受けてるんだから、邪魔しないで頂戴」
だったらテメエその白紙のノートは何なんだ、とよっぽど言ってやろうかと思ったが、
風見は衝動を理性で押さえ、前を向いた。
そして一分も経ったころ、風見は別の方向に理性と衝動を使う羽目になっていた。
用意する物は賢石付きマジックと瞬間接着剤です、とブレンヒルトは(心の中で)言った。
まず、四分割したノートの一枚一枚に、とある文字を書き込む。
そしてコネで入手したIAIの新接着剤、『もう君を放さないッ!!』を取り出し、
四枚の裏側、四隅に軽く塗りつけた。
最後に、目の前の背中に貼り付けてミッションコンプリートである。
(そう、そしてその結果――)
「あの、すいません先生……」
「ん? どうしましたかネ風見クン?」
教室に突然響いた風見の声に、苛立ちをあらわに教師が反応した。
「このワタクシの世紀の発見を、下々のガキ共に解説してやっている至福の時にナンですかネ!?」
「いえ、その、ですね、えーっと……」
「先生、風見さんが調子悪そうなので私が保健室に連れて行きます」
割り込んできたブレンヒルトに対し、教師はあっさりと、
「んン? そうですかネ、ブレンヒルトクン。それではヨロシク」
「はい。――ほら、行きましょ風見」
何故か微妙に顔を赤らめている風見と共に、ブレンヒルトは教室の外に出た。
階段まで歩いたところで風見が口を開き、
「……御免ねブレンヒルト。面倒掛けちゃって……」
いつもと違い、歯切れの悪い口調で詫びの言葉を述べた。
そんな風見に、ブレンヒルトは微笑みと共に、
「別に構わないわ。面倒ついでに肩でも貸す?」
「えっ……」
そう言われた風見は、一瞬ためらいはしたものの
「……じゃあ、お願いしようかな」