「お前の母ちゃん自動人形ー!!」
二代は昔から強かった。異常に強ければ爪弾きにされる。それは人間が群れとして生活するための同化作用が生む最悪の一つだ。特に幼い内、そして極東にてよく起きるいじめだ。
戦技はあれど、言葉はない。鹿角はとても大事な存在で、でも母ではないとも言えない。何もかもがうまく言葉にできなかった。だから泣きそうになる思いを堪えて、二代は教導院の訓練場から走って逃げた。
逃げるしか、なかった。
「二代?」
住宅地まで走ってきた時、声をかけてきたのは正純だった。二代の家の複雑な事情も知っていて、味方だと思える存在に出くわしたことで二代の涙が零れおちる。
「っく」
泣かされるなど、侍として恥だ。そう思いながらも、悔しさで涙が止まらない。
大事な人を貶められたまま、自分は恥を晒さないようにと逃げてしまった。
泣き出してしまった友に、当然正純は混乱を起こす。
「二代、どうした? 何があったか言ってみろ」
悔し涙をこらえながらの殆ど単語の羅列に近いような二代の言葉を、正純は持前の利発さで繋げて理解する。
「なるほどな。二代にとっては鹿角と母君は違う存在である上に、自動人形だからと貶められたことも否定できずに悔しいということか」
「そうでござる」
なおも俯いて二代は言う。うんうん、と正純は頷いた。
「あのな、二代。お前鹿角が長寿族だとしたらどうする?」
「……何も変わらんでござる」
「そうだよな? 長寿族にしろ自動人形にしろ、人と似た形でしかし人と違う種族だ。異種族間交流ができない人間の方が狭量ってヤツだよ。それとも二代、お前鹿角が人間じゃないと嫌か?」
二代は強く否定の方向に頭を振った。
「鹿角様が鹿角様だから、拙者大事に思うでござる! 種族も何も関係ありはせぬでござる!」
正純は強く頷いた。
「だよな。――だからお前が言うべきことは二つ。人間に益有る行いをしてくれる大事な隣人の自動人形を侮蔑する方が卑しいのだという指摘と、母代わりではなく“鹿角”だから大事なのだという宣言だ」
「Jud!」
二代は袖で目元をこすり、そして踵を返した。訓練場に戻るためだ。
「ありがとう、正純!」
「Jud. 健闘を祈る」
「というわけで、拙者きちんと言い返してきたでござる」
「Jud. 私のためにありがとうございます、二代様。――ですが、家に帰ってまず成すべきは何だとお教えしたでしょうか?」
縁側で鹿角を見つけて話し込んでいた二代は、文字通り飛び上がって洗面所に向かった。
「手洗いとうがいを忘れたでござる! あと、ただいまは拙者きちんと言うたでござろうか?」
「Jud. 私はきちんとお帰りなさいませと返しました」
二代はにっこりと笑って、洗面所に駆け去った。
「さて、――そこで聞き耳を立てているダメ親父様? 私は今から急ぎ二代様を愚弄した者どもを咎めに参りますが、ついでに何かお使いなどございますか?」
「お前ね、それが並列に並ぶのはどうかと思うぞ、我は」
庭の陰に隠れていた忠勝が現れて溜息をつく。
「Jud. 主君に対する暴言を見過ごす自動人形などおりません」
「はいはいJud. Jud. ――そういう冗談通じるの、酒井とかだけなんだからな。子供の喧嘩に親が首を突っ込むもんじゃねーよ」
「そういうものですか」
「そういうもんだ。女房なんざ、二代が泣かされて帰ってきたら、アイツきちんと納得がいくまで帰ってくるなって叩き出してやがったぞ」
思い出すだに気の強い女房だった。――感情上乗せ分、鹿角より厄介だったかもしれない。
「Jud. 奥方様の判断なら従いましょう」
「お前本当に我にだけは厳しいのな……」
忠勝がげんなりした表情で言う。
「それでは核にされた魂が悪かったのでは?」
淡々と言う鹿角の言葉に、縁側に上がる。
「冗談。これ以上などねェよ」
言って、鹿角の唇を吸った。
「……縁側に土足で上がるとは、忠勝様は二代様より躾が成っていませんね」
「ああ悪い。掃除頼むわ、鹿角」
笑う忠勝にため息をつきながら、鹿角は言った。
「ホントに駄目な人ですね貴方」