あらゆる資財を無くした二人は途方に暮れる間も無く、即座に金策に走った。
クラスメイトに始まり顔に覚えのある隣人や以前の顧客まで。
お世辞に始まり、拝み倒しに接待や説得と軽い脅迫や土下座。
かき集めた元手で失ったモノを取り戻す為に授業中も、食事中も、休憩も、寝る間すらも惜しんで稼ぎ続けた。
馬鹿はサンドイッチやパンの耳を原価で売り付けに来たり、
「二十四時間忍べますか?」で知られた忍団推奨栄養ドリンクの無料試供品を手間賃無しで譲渡したり、
浅間は圧縮率が低いが故に在庫となっていた睡眠符を格安で買取って欲しいと依頼された。
桁の違う仕事で忙しいというのに、何かと商売の話を持ちかけてくる。
身内の連中は商売が下手な連中ばかりだ。
努力の甲斐あってか新たに起こした事業がようやく軌道に乗るが、忙しさは変わらず、居住下層部の借家へ帰り寝る暇も無い日が続くそんなとある夜。
○べ屋:「シロくん、今夜は帰ってこれる?」
表層部の一軒家と比較すると格段に狭い居室でハイディはベットに座り鍵盤を叩いた。
表示枠には文字だけか映る。音声やリアルタイム相互通神は割増になる為だ。
魅力的な笑顔は女商人の武器だと言って、食事は三食に八時間睡眠と基礎美容は守らされた。
それよりもシロジロが傍に居らず触れ合えないのが酷く辛い。
守銭奴:「今日の売上目標は達成している。あとはイレギュラーさえ無ければ…」
最近は別行動を取る事が多く、今日も放課後以降は通神でのやりとりだけだ。
遺志疎通は通神で伝えられる。けれど…
ご高説で直正が珍しくミスをした時のリアクションや商談相手のオヤジが厭らしい視線で胸元を凝視してムカいたとか。
聞いて欲しい、一緒に居た時どんな風に思ったかを聞きたい。
「情報屋から大儲け確実のネタを買った。これから秘密会合に乗り込んで商談を取り付ける」
だから、今夜は戻れそうに無い。
仕事の為、儲ける為なのたがら仕方が無いとは解っている、けれど…
「シロくんの……パカぁ!」
シロジロは頬を叩かれた衝撃と音を他人事のように感じた。
顔の斜め前に浮いた表示枠からの擬似干渉だが、その感触は
「極東紙幣一万円券の札束にして二百万……」
通神枠は相互音声動画に切り替わり、相手を映す。
何かに耐えかねて怒り悲しみ涙を零すハイディが居る。
その手には百万円枚札束の二束重ねが握られていた。
「ベルトーニ商会とは別で個人的に稼いだお金で今からシロくんを買います!」
もし聞いていたらクラスの大半が驚くリアクションを取るだろう。
その後はそれぞれが外道な反応で言いたい放題で金にならないが。
「雇いでは無く買取り。双方単価の言い値も出さずにか?」
○べ屋:「……だって… シロくんと一緒に居たいよぉ!!」
商人の仕事でも私的でも最も信頼できるパートナー。
自らを犠牲にし、家族を省みず蔑ろにしてでも稼ぐ。
それは神代の時代から伝えられる企業戦士と呼ばれた労働神の眷属のあり方だ。
労働神の眷属にまつわる悲話の多くは教訓を含んでおり、その一つをシロジロは思い出した。
「先件から最短で商談契約書を取って帰る。それまで保留にして欲しい」
「………jud.」
シロジロは全力で疾走を始めた。表示枠の鍵盤を叩きながら、懐にストックしていた細竹ボトルの栄養ドリンクを一気に飲む。
「ハイディ、事前提案だ。私を買うのも雇うのも無しだ。あの二百万は私的将来貯金口座へ」
○べ屋「シロくん、それって……?」
――家族サービスを忘れるべからず
養い、共に生活し、支え合う、家族を大切に。
「そう、サ――ヴィス。……無償だ!」
助走の勢いを消さず三階建ての企業建物の壁を蹴り、秘密会合の場となってる極東式の屋敷の庭へ飛び込む。
夜であり外部へ情報が洩れないよう閉められた遮断術式が付与された雨戸へ
「安い参加費だ!」
ポケットマネーで仲介料込み十万円を払い、直蹴りを放つ。
卸問屋の主と小売の数人が室内に向かって倒れた雨戸を踏む乱入者を見て仰天する。
「お、お前は潰れて底打ちから逆バンジーで戻ってきたベルトーニ商会の?!」
「さぁ、これから商売の話をしよう。即決現金なら尚良い、時は金なりと言うしな」
その後、ベルトーニ商会の売上業績が急激に上がる度に二人の居室周辺から
「経済と商売の用語でイノベーションされるとマジ辛い」等の騒音と震動の苦情が寄せられ、
以前住んでいた表層部にある耐震防音万全の一軒家への引っ越しが勧告されたという。