「忠、勝つこと」。それを忠義とすること、それが父、本多・忠勝の口癖であり、二代に教えた教訓でもあった。侍たるもの、仕える主君の命を遂行し、勝利を届ける。  
それが武闘系本多にとっての誉れであり、何者にも変え難いものだと、二代は耳にタコが出来るほどに聞かされていた。  
だからこそ二代は厳しい訓練をただ自分の身体を鍛える為にこなし、襲名者となる為に努力を尽くした。全ては力を身につけ、仕える主君を支え、勝利を届ける為、である。  
東国無双と呼ばれた父に劣らぬように、血の吐くような訓練を小等部の頃より行っていた。  
小等部の頃、である。 その時に既に母を亡くしていた二代の家には、鹿角と呼ばれる自動人形が住んでおり、母の役割を担っていた。  
二代は鹿角に対して不満を抱いていた訳ではない。寧ろ昔から自分の訓練に付き合ってくれていた鹿角には感謝を覚えこそすれ、邪険に扱うようなものではなかった。母としてではなく、しかし母以上に鹿角を慕っていたのだ。  
ただ一つ問題であったのは、授業参観など親が子供の世界に介入する際である。二代は既に大人顔負けの戦闘能力を有しており、父が三河重鎮の襲名者であることから悪目立ちしていた。  
そんな二代の母が自動人形だと知られればからかわれる、そう幼い二代は考えていた。幾ら二代の戦闘能力が高かろうと、それはからかわれたり噂になる上では意味のないことだ。  
だから二代は母がイベント事に介入するのを極力阻止していた。勿論、あの父に相談しようとは思えない。  
豪放磊落という言葉が誰よりも似合う父にこのような心境がわからないと考えたのだ。また鹿角に直接言う事も憚られた。例え自動人形で感情がないと言えども、本人に「あなたという存在が恥ずかしいのだ」などと、口が裂けても言えずにいた。  
そうして小等部での時間はゆっくりと過ぎていく。そんなある日、帰り支度の際に二代は知った人物に話しかけられた。隣のクラスの者である。知っているが、話した事はない。  
彼女は本多・正純だった。父の伝で度々教導院外でも見た事がある。松平を支える二つの本多、そのうち二代の武闘系とは異なる政治系の本多の者であり、後に本多・正純を襲名する予定でその名にあやかっているとの事だ。  
「おい、ちょっといいか。本多・二代」  
そんな言葉をかけてきたので、最初は戸惑った。だが、正純は変わらない口調で続ける。  
「私の父とそちらの父が今日我が家で会合するそうでな。うちに連れてこい、とのことだ」  
「今朝、父はそんなことは言っておらんかったで御座るよ?」  
「Jud.、私にもついさっき携帯社務で届いた連絡でな」  
「父は適当な人間で御座るからなあ。恐らくその件もついさっき決定したので御座ろう」  
なんとなく、という理由で会合を決定する父の姿がすぐ目に浮かぶ。鹿角に説教を受ける姿と共に。  
「君は、連絡を受けていないようだな」  
どこか余所余所しい呼称で正純は疑問を呈した。  
「Jud.、父は携帯社務も走狗も持っておらんで御座るからな。連絡の取りようが無いで御座る。だからこそそちらの父上もそちらに拙者を迎えにいくよう頼んだので御座ろう」  
「ん……? 君の母はどうなんだ? 確か、自動人形と聞いていたが」  
正純の言葉に、二代は息を詰まらせた。以前、鹿角には教導院にいる間には連絡をとらないようにと言い聞かせていたことを思い出し、胸の奥が少しだけ痛くなった。鹿角のあの時の表情を思い出す。  
自動人形であるが故に感情を表情に出すことはないのだが、二代には鹿角が少しだけ顔を歪めた様に見えており、ずっとそれが視界の端にこびりついている様でもあった。それを正純に指摘されているようで。  
 
「お、おい、どうした?」  
正純の心配するような声が遠く聞こえる。気づけば二代の視界は歪み、瞳は濡れていた。自分でもなぜだか分からない涙を流し、それを拭おうともしなかった。  
分からない、どうしてだ、と考える度に涙は量を増した。だけれどそれを拭うことだかは、決してしようとしなかった。  
「わ、私何かしたか? ごめんな?」  
オロオロと謝り始める正純を、度のあっていない眼鏡をかけたような視界で捉える。  
「え、えっと……ああ、私も一緒に泣ければいいんだがな……」  
他人が泣いているのに、一緒に泣いてあげることはできない。結局他人の悲しみなんて分かるはずもないし、分かる、とはつまり言葉で取り繕っただけのまやかしにしか過ぎないんだ。  
そう考えて、二代は気付いた。他人の為に泣けず、自分の為にさえも泣けない、自動人形という種族の鹿角はどうなのだろう。涙には無欲でしか返答が出来ない鹿角は、涙を流したい時にどうするのだろう、と考えて涙腺が緩む。自分の泣いている理由が分かる。  
鹿角に、泣けない彼女にあのような態度をとった自分を恥じているのだ。彼女の為に泣いていると言えば聞こえはいいだろうが、実際はそうではない。自動人形の流せぬ涙を、自分が代替することなど出来はしない。だから、二代は自分の行動を恥じた。  
「なんでも、ないで御座る……」  
ようやく絞り出した言葉は、ゆっくりと息になって消えた。  
「母のことで、か? だとしたらすまなかった」  
「貴殿は悪くないで御座るよ……」  
「いや、悪いのは私だ。知っているか? 私は将来、政治系の本多・正純を襲名するんだ」  
「それがどうかしたで御座るか?」  
二代が涙で目を枯らしたまま、正純の方を見て尋ねる。  
「Jud.、私にとって言葉とは武器そのものだ。そして私は今、その言葉で無作為にとはいえ君を泣かせた。それは私にとっての失策に他ならない」  
「でも、拙者は……」  
「だから、その言葉で私は告げる。もう泣くな、本多・二代、私と共に松平を支える者よ」  
そう言って正純は、二代に近づくと指を握りしめて拳を作り、二代の胸にとんと突きつけた。  
「君のすべきは、主君に勝利を届けることだ。それが君にとっての忠義だ。涙を流すことが、君の母に対する報いにはならないだろう?」  
そう言って正純は口の端を釣り上げる。二代の涙は、もう止まっていた。  
「だから泣くな、胸をはれ。次に泣く時は、勝利出来なくなった時にしてくれ。その時は、私が必ず、君を認めてやる。襲名者としてではなく、君として。それでいいか? 本多・二代」  
言うべきは、一つだった。  
「──Jud.!」  
 
 
■  
 
 
あれから随分と時が経ったと、二代はそう思う。父の残した神格武装、蜻蛉切を手に持ち、じっと相手を見つめていた。  
父は、忠義の為に三河主君、松平・元信と殉教した。今も胸に、父と、そして母となった自動人形の姿が見える。だが、決して二代は泣かなかった。それは決して、自分が負けることではなかったからだ。  
松平・元信の嫡子、ホライゾン・アリアダスト奪還作戦。目の前の父と戦った相手を止めるのは、自分の役目だ。迷いはない。震えも、恐れもない。ただ思うことは、正純のつけた道を必ず自分も守り切ると、それだけだ。  
正純は武蔵アリアダスト学園の生徒会副会長をしており、自分は三河警護隊の隊長をしている。共に歩んだ道は違えども、あの日の約束は忘れていない。自分の忠義はホライゾン・アリアダストに捧げた。だが、  
……その忠義を達成する者は、拙者と、そして正純で御座る。  
あの日からずっと心の支えになってくれていた彼女。そして、公主隠しによってかつての自分と同じように母を失い、襲名の権利も失い、自分の身体の一部も失った彼女。自分はそんな彼女を支え、共に武蔵を導くことが出来るだろうか、と自問する。  
出来る、と思う。出来るようにしよう、とも思う。それが答えだ。そしてきっと、例え自分達が間違っていると言われようとも、間違ったことなど一つもないと、そう胸をはって言えるようにしよう。  
今度は自分が勝利という形で、正純を支えよう。正純がこの武蔵でしたいこと、すべきことを助けられる様に、絶対に勝とう。  
胸をはる。敵は八大竜王であり、三征西班牙主要教導院の第一特務だ。相手にとって不足は無い。だから、  
……見ていてほしいで御座る、正純。  
自分の忠義を。本多・忠勝の娘であり、正純を支えるという、その意味を。  
「武蔵アリアダスト学園総長連合臨時副長、本多・二代──参る!」  
戦場の音は激化した。  
 

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