「模擬戦の作戦を私に考えてほしいだって?」
「Jud. やはり、こういったことで一番頼れるのは正純でござるからな」
中等部に上がったばかりの春。うららかな午後の日差しが降り注ぐ教室で、満足げに頷く友人を見て正純はため息をついた。
辺りに人気は無い。みな、模擬戦の準備で出払っているか、図書室で討論会だ。男子制服を着る理由も家庭の事情も全て知れ渡っている三河であっても、やはり気が咎めて正純はうまく人の輪になじめなかった。
討論会に参加する時もあるが、無い時もある。そんな付き合いだ。
加えて政治系に進むと決めたからには一般生徒と違い、戦技の授業の量が減る。それはやはり交流の乏しさを生むもので。
超体育会系で話しかけてくるのコイツだけだよな。
信頼感と顔全体に書いたような笑顔で話しかけてくる二代を見ながら正純は思った。
「まぁ確かに模擬戦は誰に助言を得ようとも可というルールだが、……二代、お前少しは頭使ったらどうなんだ?」
「戦闘時と訓練時は使っているでござるよ? 使わないと死ぬでござる」
二代が意味もなく胸を張る。確かにそうだろうけどさぁ、と正純は幼馴染の体育会系思考に頭が痛くなってくる。
ちなみに正純は模擬戦には参加しない。政治系の道に進むと選択したため、最低限以外の戦技科目は外してできる限り政治系の勉強に努めているからだ。
「だーかーらー、戦闘の一種なんだからお前が自分で作戦立てられないのか? 馬鹿じゃないんだから、そうした方がいいと思うぞ」
「否。拙者は大局の見極めができる程頭がよくござらん。――武闘系本多は、任じられた戦い勝つことができればそれでよし。
任された戦にて負けぬのが大事にて、任される戦場を自分で選ぶことは必要ないこと。
それくらいであれば、より鍛錬に励んで各国の特務や副長、総長クラスに相対できる実力を持つことが大事でござる」
二代の言葉にハッとさせられる。真っ直ぐと自分の将来を見据え、自分の在り方を見つけている二代を正純は羨ましく思った。
「と、鹿角様に教えられたでござる」
正純はコケた。盛大にコケた。
「おや、鹿角様が間違っておるのでござるか? そんなことは今までなかったでござるが」
「いいこと言ってると思ったのに、お前のマザコンっぷりにびっくりしただけだよ!」
他者から与えられた言葉であっても、二代はそれを確かに飲み込み己がモノとしている。だから今は二代の方が上だ。
負けている。だが、負けたままではいない。
それはともかく、二代の決意と思考法がわかった以上、助言の出し惜しみをする正純ではない。――むしろ大好きだ。
「今回の模擬戦は大将の鉢巻きを奪われたら負け、なんだろ?」
「Jud. だから、拙者が大将をつかまつれば負けはせんでござろうが」
確かにそうだろうな、と正純は思った。だが、それでは甘い。
「二代、お前は大将になるべきじゃないな。単なる一兵卒として大将を狙いに行け」
二代が目を見開く。
「……その心は?」
「Jud. 簡単なことだ。大将というのは、そもそも勇将である必要はない。元信公が戦闘なんてできると、お前思うのか?」
「各国重鎮クラスと渡り合える武将ではござらんな」
正純は満足げに一つ頷く。
「そう、一番強いヤツが大将なんじゃない。大将は、皆を牽引できる存在だ。
道を示し、そこに至るために先頭に立ち続ける者を言う。――だから二代、主君に使える侍であるお前が大将である必要は全くない。お前の次に戦技に長けた人間にそれを任せ、残りの人員で守備を固めろ。
……お前は裸一貫敵陣に飛び込んで見事敵将を仕留めて見せろ。それくらいのハンディくらいつけてやらないと、周囲が可哀想だぞ?」
「Jud!」
自らの戦場を見つけた武者の如く、二代の瞳が輝いた。正純も満足げに頷いた。
「では拙者、皆にそれを伝えてくるゆえ!」
「Jud. 武運を祈る」
二代は元気よく教室から駈け出して行った。
「勝ったでござるよ正純ー! 優勝でござる! ほら、賞状!! ……む? 正純??」
「げほっ、お前、全速力で飛び込んでくるな……っ」
正面からとはいえ思い切りタックルを食らった正純は相当のダメージを受けた。
「す、すまんでござるっ。拙者嬉しくてつい……」
「まあいいけどさ。優勝するのは大体わかってたけど、実際作戦運用の方はどうだったんだ?」
二代が如何にも嬉しそうに笑んだ。勝ち誇っている、と言ってもいい。
彼女は小さい頃から鍛錬漬けな上に生来の才能も併せ持っている。そんな彼女が満足できる戦いなど、家族以外にはなかなか無いことを正純は知っている。
以前喜びのタックルをぶちかまされたのは、鹿角に「上出来かと存じます」と刀捌きを見る演舞に対して言われた時だ。
あとは、不意打ちに成功して忠勝様が出血多量になった時も大喜びだったなー。
そこは心配してやれよ、と思ったがやはり手加減などしては不意打ちも当たらない相手らしい。
流石松平四天王、と思わざるを得ないが、普段の行動がイマイチなー、とついつい正純は思ってしまう。
「もう完璧でござるよ! 先生方の覚えも超良かったでござるし、他の皆も守備戦で超修羅場りまくってたでござるから、良い鍛錬になったと思うでござる」
どうやら二代が大将でないと知った瞬間に相手の攻撃担当組全員が死に物狂いになったらしい。二代の戦闘力を考えると当然の結論で。
まあ、コイツもコイツで楽しめたみたいで良かったか。
「っと、お前顔にケガしてるじゃないか」
「む?」
正純はぺろりと舌で二代の頬の傷を舐めとった。鉄さびと塩の味がする。
まだ貧乏生活をしていない正純は、腰につけたバインダーポケットから治療用の符を取り出して貼ってやる。
「いくら戦闘馬鹿でも、顔に傷がついたら女として台無しだろ」
二代はポカンとした表情で顔に張り付いた符をなぞり、そして笑顔になった。
「そうしたら正純が最後まで性転換手術して嫁にもらってくれればいいでござる!」
「私はそんな理由の性転換は嫌だからな! 絶対!!」