「……アンタ何で人型になってるワケ?」
教導院の帰り、女衆につかまえられ青雷亭でお茶をした後家に帰ると、見慣れない人間の姿の伴侶がサインフレームをいじりながらベッドに座って成実を待っていた。
「なに、貴様と正式な結婚をしようと思ったまでのことだ」
え、ちょっと待って。正式に結婚するのに何で人間型になる必要があるの。っていうか、結婚するの?!
成実の脳内を様々な言葉が駆け巡るが、駆け巡り過ぎて口から出てこない。やはり成実は体育会系女なのだった。
「結婚もせずに同棲など、異端審問官としては不貞にも程があるからな。まぁ両親への挨拶や披露宴などは戦時下であるし先延ばしにするとして、――成実?
貴様何を固まっておるのだ?」
ウルキアガは首を傾げた。
「いや、だって、展開が唐突過ぎるんだけど……」
武蔵菌に感染していない人間は、この八艘跳びのような話の展開についていけなかった。
「貴様、嫁と紹介されて同棲も承諾しておきながら結婚拒否か?! 拙僧の純情を踏みにじるのは許さんぞ」
ウルキアガの怒りによる熱で、部屋の中に陽炎が発生する。
「いや、そこは否定してなくて、何するかもわかんないって言ってるのよ! 私、旧派についてはあんまり知らないし!!」
「……なるほど。貴様は確か神道奏者であったな?」
さすがのウルキアガも武蔵初心者に優しくしてやろうという慈悲はあったらしい。
「まぁ、仙台教導院がそうだもの」
「改宗する意思はあるか? ――ちなみに拙僧は無いぞ」
「選択肢一つしかないじゃないソレ!!」
ウルキアガがにんまりと笑う。
「つまり拙僧と添い遂げる気満々ということだな、素晴らしい」
成実は自分の失言に気付き、ためらいなく顎剣を二律空間から召喚しウルキアガに叩きつけた。もちろん本気の攻撃だ。ただし相手が耐えきれるのをわかっているうえでだが。
「痛いではないか」
「こっちは羞恥心で死にそうよ!!」
ウルキアガがまっすぐに見つめてくる。人としてのまっすぐな表情は、成実を黙らせるのに十分だった。
「拙僧とて自身満々というわけではないのだ、成実。少しくらい愛情を確認できることを喜んでもいいだろう」
「……っ」
そう言われては、成実は頬の熱を感じながらも引き下がらざるを得ない。
「……異端審問官様は、改宗の手続きもできるワケ?」
「無論、可能だ。――浅間がうるさいだろうが」
ああ、あのズドン巫女のことかと成実は納得する。確かに神道奏者が減るのには怒りそうなタイプではある。
幾つかの表示枠を生み、その内の一つを成実に差し出す。
「そのサインフレームにサインをすれば改宗完了だ」
「えらい簡単な手続きね……。あ、でも私今神道の術式で不転百足使ってるから困るわ。どうしようかしら。旧派の術式で組むのも時間がかかるし」
「ああ、その点は考えてあるので大丈夫だ。メアリと同様、逆隠れ切支丹の設定を取れば大丈夫だと浅間に話はつけてある」
「さっき浅間さんがうるさいって言ってた割にはもう話ついてるワケね?!」
成実は頭が痛くなってきた。この半竜、本気でマイペース過ぎる。
「いや、怒っていたのは本当だぞ。だが、異端審問官として成実との結婚に必要だと説明したら“じゃあ成実さんの氏子契約こっちでもらいますからね?
じゃないと手続きしませんからね?!”ということで了承を得た」
「……あの人の巫女としてのイメージがどんどん遠ざかっていくんだけど、いいのかしら?」
仮にも武蔵の主社の跡取りがそんな調子でいいのだろうか、と成実はまた溜息をついた。
「じゃあ、これにサインしても私の術式とかは今まで通りということでいいのね?」
「うむ。ただしメアリと同様、神社でバイトが必要条件になるがな。信仰心を示さねばならんそうだ」
「それくらいならお安い御用よ」
成実は躊躇いなくサインフレームにサインをした。流石のウルキアガも目を見開く。
「躊躇の無い女であるな」
「キヨナリと一緒にいるためなら、多少の不便は安いものよ」
さらりと鳴海が言った言葉に、成実がにっと笑う。
「愛情確認できて嬉しい?」
ウルキアガは自分の頬に熱を感じ、逃げるように壁側を向いた。
「あー、赤くなってる。かわいいとこもあるじゃないの」
完全にからかい顔で成実がつつくと、やおらに抱きしめられた。
極東の夏服は露西亜製の制服に比べればかなり薄手で、直に近いほどの体温を伝えてくる。
(これはちょっと反則だわ……!)
「拙僧、姉キャラ好きとしてからかわれるのは嫌いではないが、……やはり恥ずかしいものは恥ずかしいのである」
「私も恥ずかしいわよ、バカ」
成実の長い髪をウルキアガが梳く。
「結婚の方法だが、――要は聖譜に誓えばいいのだ。それで神の承認をもらえれば、結婚契約は成立する」
「西洋のそういう割り切りっぷりって好きになれないわ。ロマンがないもの」
「しかしまぁ、おかげで戦時であるにも関わらず結婚ができるし、それによって貴様と共に暮らすことも可能になる」
「……ありがたいってことにしとくわ」
ウルキアガが成実を放し、表示枠を開く。すると表示枠から、人の背丈と同様のサイズの走狗が出てきた。
「え、こんなに大きい走狗っているの……?!」
「旧派の結婚の儀専門の走狗だ。ありがたく思うといい。滅多には見られん」
『キヨナリ・ウルキアガ。汝が結婚の儀を求め、我を召喚せし者か?』
「Jud. そしてこの女が拙僧の妻となる者である」
走狗は一つ頷いてウルキアガの方を向き、懐から出した一冊の本の一節を読み上げる。
『汝、キヨナリ・ウルキアガ。汝は富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、この者と共に在り続けることを誓うか?』
「Jud. 我が身命にかけても」
ウルキアガの言葉に、成実の頬が赤くなる。
走狗が今度は成実の方を向く。
『汝、伊達・成実。汝は富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、この者と共に在り続けることを誓うか?』
「Jud. この身命にかけて誓うわ」
走狗は頷くと、成実にとっての爆弾を落とした。
『では誓いのキスを』
「ちょっと聞いてないんだけど?!」
「うるさい。しきたりなのだから黙って従え」
ウルキアガが成実の顎を上向かせる。成実はしばらくの間口をぱくぱくさせて抗議めいたことをしようとしていたが、――ウルキアガの真剣な視線に負けて神妙に目を閉じた。
思ったよりも柔らかい唇の感触に、驚く。
『これにより結婚契約は成されたものと承認される。これらの結婚証明書は失くさぬように』
「Jud. ご足労いただき、ありがとうございました」
走狗は一つ頷いて微笑むと、表示枠の中に再び消えた。
「……ファーストキスなんだけど」
「奇遇だな。拙僧もだ」
へなへなと座り込んだ成実を見て、ウルキアガは元の半竜の姿に戻った。
「さしあたってこの姿なら恥ずかしくなかろう。――成実、手を」
成実はそれでもウルキアガを正視できずに目をそらしながら立ち上がる。
「これから末永くよろしく頼む」
「こちらこそ」
負けず嫌いの成実は、ウルキアガの視覚素子の上にキスをし、微笑んだ。
「よろしくお願いいたしますね、旦那さま」
ウルキアガが赤くなっていることが目に見えた成実は、それで満足した。