「ちょ、喜美! どーしてそんなトコ触ってきますか?!」
「アンタ昨日あんだけ言ったのにまたブラしてないのね? 何、愚弟に対する誘い受け?!」
「そんなワケないですっ! ブラって肩凝るから嫌なんですよ、私は」
喜美はため息をついた。
「だからアンタのサイズに合ってしかも着け心地良いヤツ買ってきてあげたじゃない。……昨日は着けてくれたのに、酷い女ね」
「洗い替えまで準備してくる馬鹿がどこの世界にいるんですか」
「ククク、ここよ! ここ!」
今度は浅間がため息をつく番だ。
「喜美、バレると面倒なんで、静かに話しませんか。せめて」
「そうねぇ、意外とバレてないのよねぇ」
浅間が巫女として超一級の腕前を誇るからだろうか。それとも喜美が高嶺の花だと自身を称するからだろうか。
二人が双嬢コンビよりもよほど長いカップルだということは、未だにバレていない。
「トーリくん辺りは、気付いてるかもですけど」
「そうね、気付くとしても愚弟くらいでしょ。何せ、アンタとの仲なんて小等部以前から蓄積醸造された感じだし!」
「幼馴染が恋人って、響き自体は問題ないんですけどねぇ」
きっかけは、小等部の高学年になった時だ。浅間が神楽舞を踊りたくないと思い、けれど断りきれないと思った時。
神様に納める神楽舞には当然幾つか種類がある。……その中には、かなり内容が淫猥なものもあるのだ。神道の巫女は穢れ無き存在だが、神道の神は一方で性的なコトも好む傾向がある。
あくまで神楽舞だ。卑猥な行為をするワケではない。けれど、舞の意味を知った上で踊るのは、性格がお堅く、しかも思春期になった浅間には酷く辛い行為だった。
――でも、他に誰も踊り手がいなくて。
踊るしかないと諦めて、一人神楽舞の練習をしていた時だ。それを喜美に見られた。
「アンタ、嬉しそうに踊らないのね」
浅間は見透かされてドキリとした。心臓が早鐘を打つ間に、喜美が続けて言う。
「普段は楽しそうに練習するのに、どうして今日は笑わないの?」
幼馴染の気安さだ。不意を打たれて涙が零れた。
当然起きる喜美の追求を浅間は逃れることができず、最終的には自分の羞恥心も含めて吐きだす羽目に陥った。
「ねぇ、その神楽舞って別に良い踊り手で、これくらいの年頃の少女なら誰でもいいんでしょ?」
「え? うん、多分そうですけど」
「そう。――ところでウチの愚弟が今度のお祭りの時の出し物にって、ケーキの試作品作ってるんだけど、食べに行ってあげてくれない?」
「喜美が食べたらいいじゃないですか」
「いやよ、太るもの。愚弟ったら納得いくまで作るもんだから、意外と試食係って大変なの、知ってるでしょ?」
くすり、と笑いが漏れた。泣き顔から零れた笑みに、喜美も笑う。
「やっと逃げてきたところなのよ。捕まったらたまらないわ。――イイ女が太ってたら、個人的には台無しよ」
「喜美らしいですねぇ。……じゃあ、私は試食を手伝ってきます。丁度練習でお腹も空いた頃合いですし」
喜美が提案してくれた気分転換に浅間は乗った。
「Jud. 私はしばらく逃げるから、ちゃんと誤魔化しておいてね?」
「はいはいJud. Jud. トーリくんも、喜美を喜ばせたいんだと思うんですけどね」
「イイ女を喜ばせるためには完成品を準備してこいって話だわ。今回は私は結果を楽しむかかりで、智が過程を楽しむ係よ。ハイ決まり!」
「んもう、いたずらとかしないでくださいね?」
「大丈夫よ」
喜美が安心させるように微笑む。浅間はともかくも申し出に甘えることにして、神楽舞の練習場を去った。
「智のお父さん」
「おお、喜美ちゃん。智なら今練舞場にいると思うよ?」
喜美は境内にいた浅間の父を捕まえた。そして言う。
「今度浅間が奉納する神楽舞、私にやらせてくれない?」
浅間の父が、一瞬押し黙った。
「それは智が役目を嫌がっているから代わってやろうと、そういうことかい?」
「そうじゃないわ。私が目指してるのはイイ女。智が今演ろうとしている役は正しくソレなのに、あの子嫌がってるんだから私がやりたいのよ。ウズメ系を奉じてるんだし、良い配役だと思わない?」
気負いなく喜美が言った。
「舞の意味はわかって言ってる?」
「Jud. そして、エロけりゃ誰にでも体を許すワケじゃないってことも知ってるわ」
喜美が唇の両端を吊り上げた。そして、先ほど浅間が踊っていた舞の一部を軽やかに披露する。
卑猥でエロい意味を含んだ舞。そして、幼さの残る色気を前面に押し出して魅了するような舞が、既に半ば出来上がっていた。浅間の父は息を呑む。
「私の奉納の方が、今回は智より上と、そう思わない?」
「……喜美ちゃんには負けたよ」
浅間の父の了承に、喜美は微笑みを返した。
その後、浅間は喜美の気遣いに大騒ぎをするがトーリになだめられ、観客席で神楽舞の日を迎えた。
――喜美。
上手く言葉にならない、申し訳ないような感情を抱いて舞台に出てきた喜美を見上げる。
ふわり、と喜美を包む衣が翻る。相手役の男に掴まれそうになりながら、しかし掴まれず、逃げる逃げる。
誘いをかけながら、逃げ。
魅惑しながら、追いかけさせ。
ゾッとするほど蟲惑的な舞を、喜美が演じる。それは正しく高嶺の花であり、高嶺舞の原型。
――すごい。
浅間は素直に感嘆した。自分が踊るはずだった舞は、こんなにすごいものだったのかと。
しかしそれも、レベルの高い演者あってこその話だが。
そして、舞の結末として、役割として、喜美が相手役に捕まる。
――やめてください!!
そう思ったのは、反射的だった。そして、そう思った自分に驚く。
――どうして、こんなことを?
浅間が動揺に揺れている間に舞は終わり、観客から歓声がわきあがった。
次の神楽舞の演目が始まり活気づく中、浅間は舞台裏に慌てて走って行く。
「智、アンタ何急いでるの?」
薄く汗ばんだ喜美が、面に隠れて見えなかった顔をさらしながら、舞台袖に繋がる通路から声をかけてくる。
その笑みが、ゾクリとするほど美しい。
「喜美っ!」
衝動に駆られて駆けよる。
「焦らなくても私はココにいるわよ? アンタ一体どうしちゃったワケ?」
抱きついてきた浅間の背を撫でながら、喜美は言った。
「わかりません。ただ、……喜美が他の人に捕まるのが嫌だったんです」
浅間の抱きつく力が強くなる。
「アラ、それって愛の告白かしら? 素敵!!」
くらり、と目眩がした。普段通りの喜美のネジの外れた言動。それが当たっていると、わかったから。
「あ、私……っ」
思わず涙が零れる。それは自分の不出来を感じ、高嶺には至れないと思ったからだ。
「私、違っ、違うんです」
「違わないわよ、おバカさん」
言うなりいきなり喜美が浅間の口を吸った。
「〜〜〜っ?!!」
至近距離でペロリと自らの唇を舌で拭った喜美は確かに卑猥で、――美しかった。
「高嶺の花はそこに至れる者にしか触れられない。――そして、この人にと思った人にしか身を許さないのよ?」
――え、それってつまり?
「女同士が恋人だと、それってどっちが彼女になるのかしらね」
「いきなり確定ですか?!」
喜美がクスクスと笑いを漏らす。
「やっぱりソノ気なんじゃない」
「〜〜っ」
耳まで真っ赤にした浅間を、喜美が抱きしめた。
「私はアンタに摘まれたいわよ、智。アンタに枯らされるなら本望だわ。――アンタはどうなの?」
「わ、私は」
そんなの普通じゃないです、と言おうとして、やめた。同性でも子供を作れる世界で、異性でなければならないなどというのは、酷く視野が狭い考え方だと思ったからだ。
――そうです。神道は、全ての在り方を許容します。
「私は、巫女です」
「そうね。私は高嶺の花だわ」
「浅間神社の跡取り娘です」
「そうね。神事の手伝い大変そうだわ」
「……頓着しなさすぎじゃないですか?!」
フフ、と喜美は笑みを漏らした。
「だってアンタのそれ、全部言い訳だもの。智は私と一緒にいたいんでしょ。――死ぬまで。もしかしたら、死んだあとまで。そして言うわよ。――私もそうよ」
浅間はパクパクと口を開け閉めし、……最終的に言葉を紡いだ。
「私、浅間・智は葵・喜美と共に行く道を選択します」
「堅いわねぇ。ただこう言えばいいのに。――私と付き合ってくれる?」
「よ、喜んで」
喜美がけらけらと子供らしく笑いだすと、浅間の緊張が一気に解けた。
「まぁ、お付き合いなんて一次契約よ。どっちかが嫌になったら別れるんだし」
「そうしたら、結婚の時に説明とかややこしいですねぇ」
「――アンタたまに私を素で越えてくるわよね」
え、と疑問するとその頃はまだ浅間より背の高かった喜美がまぶたにキスを落とした。
「何がどうなっても、愛してるわよ、智」
「……私も愛してます、喜美」
「で、結局学生の間はアンタとずっとお付き合いになりそうよねぇ」
浅間の胸を寄せて上げながら、喜美は言った。
「その先はナシの予定ですか?」
「わかってて問う馬鹿がいる? そして答える馬鹿もいるかしら? ――でも私は断じちゃう! 智と私は、それから先もずっと一緒だってね」
「ええ、ずっと一緒です。諸国行脚も着いてきますよね?」
「するなら着いてくわよ?」
喜美は厳しい旅路を踏まえたうえで、平然とそう答えた。
「待っててくれてもいいんですけどね。――っと、そろそろ授業ですよ、行かないと」
「あら、愚弟にホライゾンがいるわ」
廊下の向こうから、二人がやってくる。
「喜美様。率直に問いかけますが、何故浅間様の乳をこねくり回しているのですか?」
「身・体・検・査! ホライゾンもされる?」
「先日検査は受けました。全身の状態は絶好調です」
「ホライゾンのセメントコメントだぜ、姉ちゃん!」
「素敵ね愚弟! イェーイ!」
『イェーイ!』
賑やかなハイタッチを苦笑して見守りながら、浅間は教室の外の窓を眺めた。
――次に朝まで喜美と過ごせるのって、いつになりますかね。
自分の考えに頬を染めながら、浅間は三人を教室に急かした。