人狼女王に拉致されたトーリは、ネイト、ナイト、メアリ、他一名の尽力により帰還した。  
レベルの高すぎる女装姿ではあったが、とりあえず、皆は馬鹿の無事を喜んだ。  
ただ一人、姉の喜美はその頬を打ったが、他の誰よりも弟を心配していたという事は、  
その後の抱擁で全員の知るところとなり、この件はこれで収束したかに見えた。  
 
 
 
「…喜美、ちょっと話があるんですけど」  
「あら、改まって何よ浅間?もしかして愛の告白?そうなのね!?」  
 
最近の彼女は、時々おかしい。普段と比べて違うという意味でだ。  
この種の奇行はいつもの事だ。いつもの事という時点でいろいろと駄目だが。  
トーリ君が攫われて、安否が分からなくて、女装して帰ってきて、そのあたりから、何かが違う、ような。  
僅かな違和感だが、その正体を確かめないと落ち着かない。  
まずは目の前でクネクネ踊ってる狂人を落ち着かせよう。話はそれからだ。  
 
                      ●  
 
とりあえず、青雷亭でもブルーサンダーでもない、近場の喫茶店に入って腰を落ち着けた。それぞれ飲み物と甘味を適当に頼んだところで、どう話を切り出すべきか、考える。  
 
「この店って『スタープラチナバックス』だっけ?飲み物注ぐ時とか、いちいちズギュゥーン!っとか擬音を流すのが売りの」  
「え、えぇ、何故かそれが受けたので、シロジロ君が対抗して出したのが、『甘味焼肉スタンドJOJO苑』だとか」  
「それで前に皆で行った時、厨房からメメタァ!とか変な音がしてたのね…気のせいかと思ったけど」  
 
こうして日常会話をしている分には、なんら問題は無い。むしろ時折、普段の奇行が霞むほどの博識ぶりを見せたりもする。  
そうこうしていると、いつの間にか近付いていた店員が、ドドドドドという効果音と共に注文の品を持ってきた。  
 
「お待たせしましたァ〜…『黄粉と黒蜜がけ抹茶タルト』お二つと…玉露と、ジャスミンティーです…」  
 
品物が置かれると同時に、ドッギャアァーン!!という効果音が鳴り響いた。  
色々と疑問は残るが、目の前の甘味に取り掛かる。  
 
「ん…あら」  
 
抹茶を贅沢に使っているようで、甘さを抑えつつお茶の風味を活かした生地と、黒蜜の甘さのバランスが丁度いい。黄粉もいいアクセントになっている。  
妙な擬音だけが売りではないんですねー…。  
と、感心していると、喜美がこちらを見て笑いをこらえている。  
 
「浅間、アンタ、胸、胸の上に、タルトの、欠片が…あは、なんで乗っちゃうわけ?…ヤバ、なんかツボに入っちゃった…!」  
「ちょ、き、喜美!笑ってないで先に教えて下さいっ!」  
 
慌てて胸上を払おうとするが、よく見れば黄粉もこぼれている。強く擦ると汚れてしまうので、軽く払うだけに留めておく。  
 
「まったくもう…それにしても、喜美は上手く食べてますけど、メアリやマルゴットも苦労してるんでしょうね…ミトの母親なんて、アレで下見えてるんでしょうか…」  
 
何気なく、そう呟いた時、喜美の笑みが一瞬、ほんの僅かに固まった気がした。  
あれ、どうして…?  
見れば、腹を抱えるほど笑っていたのが治まり、今は笑みを浮かべながら涙を拭っている。  
さっきの発言の中に、違和感のヒントが隠されていたのだろうか。  
考えられるキーワードは、金髪、巨乳、人妻属性、テーブルマナー、有視界戦闘。  
いやいや、前半おかしい。点蔵君じゃあるまいし。あと私金髪でも人妻属性でもないですし!  
後半も適しているとは思えない。彼女はマナーについて神経質な方ではないし、こちらの胸の下部の死角をネタにして笑う事など日常茶飯事だ。  
となると、後は各個人について、思うところがあるかどうかだが、身内で共食いするのもまた日常茶飯事だし、仲が険悪になるような事件も無くなって久しい。  
という事は、消去法でいくと──。  
 
「…ねぇ、喜美、貴女…やっぱり、気にしてるんですか?」  
「…?気にしてるって、何を?」  
 
誤魔化しているような雰囲気ではない。素で首を傾げている。  
それでも、思い切って疑問を発した。  
 
「ミトの母親、人狼女王の事です」  
 
そう告げられた喜美はというと、真顔になってまばたきを二回した後、顎に指を添えて、眉根を寄せてこちらを向き、  
 
「私が?なんで?」  
「なんで、って、それは…」  
 
え…素で返してきた?という事は…。  
 
「あ、あれぇ?じゃあ私の勘違いというか、深読みしすぎたんですかね?あ、ほら、人狼女王がトーリ君を『可愛い』だの、『私のですわ』だの言って、  
ミトを地面にびたんびたん叩き付けてたじゃないですか。確かあの時、喜美は珍しく不機嫌全開で、半目になって睨んでたような…あ、そうそう、そんな感、じ…」  
 
言葉を失った浅間の前にあったのは、当時を思い出してか、無言で半目になっている喜美だった。  
 
ヤバい…じ ら い ふ ん だ あ 。  
やっぱりそうだったんですね…!?トーリ君を渡すまいという、姉の本能!?むしろこれは嫉妬!?  
今ここに、トーリ君を巡っての修羅場が展開される事に!?あぁ、でもそうなると本妻であるホライゾンが堂々の参戦を!  
あと人狼女王が出るというなら、絶対にミトが黙ってないでしょうし、もうこの人数になるとトーナメント形式になって、  
それならそれでもう少し参加者が増えても不思議じゃないですよね!?例えば、鈴さんとか、わた──。  
いやいやいやいや、何考えてんですか私!?私は別にトーリ君の事を、その、そんな、えぇと…。  
ふと気が付けば、目の前で無言で半目になっていたはずの喜美が、再び笑いをこらえていた。  
 
「あ、浅間、アンタ、ちょっとからかおうと思ったら、なに勘違いからの妄想全開コンボ決めてんの?顔赤くしてクネクネ踊って、あ、ダメ、またツボに…!」  
「え、ちょ、ええ…!?か、からかおうって、どういう事なんですか!?っていうか笑いすぎですっ!ちょっと、喜美!?」  
 
喜美の笑いが治まるまで、もう暫くの時間を要した。  
 
                      ●  
 
「――そうね、確かに、愚弟にちょっかい出したあの女には、思うところが無くもないけど、今に始まったことじゃないわよ?」  
「え?それってどういう…?」  
「八年前、IZUMOの曾祖母さんの容態が危ないから、って、愚弟と挨拶に行った帰りに会ったのよ。  
森の中にお菓子の家があって、中からバインバインのエロい巨乳が出てきたなんて、話しても誰も信じないと思って話さなかったけど。  
武蔵の中も外も胡散臭い大人ばっかだと思って、警戒しまくってたわ。気にしてるとしたら、その時からかしらね…」  
「なんというか、意外な繋がりですね…」  
 
幼馴染なのに、まだまだ知らない事や、分かっているようで分かっていなかった事って、あるんですね…。  
 
「そんな事でわざわざ改まっちゃって、フフ、まったくアンタはカーチャン気質というか、心配性というか…」  
「し、心配ぐらいしますっ!だって──」  
 
私達、幼馴染じゃないですか。  
 
「あぁんもう、浅間ったら!やっぱり愛の告白じゃない!素敵!」  
「だーかーらー」  
 
呆れながらも、心配事が一つ祓われた事に安堵を覚える。とりあえず、今は目の前でクネクネ踊ってる幼馴染との、ささやかなお茶会を楽しむとしましょう──。  
 
 
【おまけ】  
 
「お待たせしましたァ〜…追加の『羊羹ーキ』です…」(ドッギャアァーン!!)  
「――え?喜美、あの、なんです、か…これ?」  
「え?羊羹ーキよ?なんか面白そうだったから」  
「いえ、その、今なんて発音しました…?」  
「羊羹ーキ」  
「…もういいです」  
 
<了>  
 

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