「あ」  
 その時、片桐は名を呼びたかった。  
 自分が本当に望んでいる人。今、隣りにいてほしかった人、その人の名を。  
「あ……っ!」  
 しかし、片桐は呼べなかった。  
 自分は知らなかったのだ、その人の名を。  
 ともに在りたい、と、そう思っていた筈なのに。  
 自分はその人の名前さえ知らない、その現実に、  
「あ、あ……っ!」  
 片桐は、啼いた。  
 
     ●  
 
「あ、は」  
 自分の下で泣き、鳴く、片桐の剥き出しな表情。  
 そして沸き上がる、たった一つの感情。  
 充足。  
「――片桐くん、悦んでくれたんですね?」  
 そうとも。  
「私だけの、たった一人の片桐くん……」  
 

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