「かみのごかごをー」
英国、"女王の盾符"の10、ウィリアム・セシルの宣言に対し、点蔵が小さな呻きを漏らす。
今、点蔵は傷有り=\―メアリ・スチュアート救出の為、倫敦の町を駆けている最中だ。
セシルの術式は疾走の妨げとなる。
忍者として、ある程度の加速は可能だ。しかし、
――今は一刻を争う時に御座る!
敢えて深く腰を落とし、前傾姿勢で疾走する。
一瞬という時間の中で、出来ることはただひたすら前進する事のみだ。
一戦すればそれだけ時間のロスが生じ、結果としてメアリ救出という最大目標の達成に翳りが生まれてしまう。
それだけは避けねばならない。
一歩でも奥へ、一瞬でも遠くへ。
セシルの術式から数秒でも抜けられれば、この戦域からも脱出出来る自身がある。
「――耐えてみせるで御座るよ!」
はち切れんばかりの逸物は疾走の邪魔になる。が、これはもうどうしようもないで御座る。
"女王の盾符"、セシルの持つ術式は、自分の全快感を相手に分け与える、というもの。
とても直視は出来ないが、視界の外でセシルの激しい喘ぎだけは耳に届いている。
その喘ぎが増すほどに、耐え難い快楽がこちらに分け与えられている。
忍者でなければ即脱落。忍者でなければ……。
「む、急に萎えたで御座るな」
「馬鹿忍者! 何やって……あぁあああっ!」
疾走の身に、真上から黒の翼が降りてくる。
慌ててサイドへのステップで回避し、後ろを見れば、
「ナルゼ殿! 初戦のトラウマでこの戦闘には加担しないと思っていたで御座るが……」
「はっ……はぁ、何見てんのよ点蔵。他の女の痴態見てる暇あったら、さっさと前に行きなさいよ」
「いや。これはこれで弱み握れていい感じに御座る」
「――だったら、嫌でも前に進んでもらわなくちゃね!」
翼の敏感な部分にまで染みこむような快感は、躊躇のない無粋なものだ。
違う、とナルゼは思う。
この快楽には一切の愛がない、と。
「マルゴットの手つきに比べれば、こんなのどうって事ないわ!」
無粋な快楽を堪え、取り出したペンで加速の線を描く。
それはただ、真っ直ぐに伸びるだけのもの。
戦闘を望まぬ逃走の一線だ。
「点蔵! やる事は分かってるわね!?」
前方を駆ける忍者の頭上に翼を伸ばしてやると、忍者はさらに身を落とし、
「Jud.! ――ナルゼ殿、この恩は必ず返すで御座る!」
加速に乗り、文字通りの風となって戦域を突き抜ける。