「ふン! 言い返せないの? やっぱり馬鹿な男と一緒にいる女って脳が駄目ね!」
銭湯"永世ひまわり"女湯。湯煙の立ち昇るなか対峙する二人の少女がいる。
全竜交渉部隊、風見千里。
そして1st−G監査、ブレンヒルト・シルトだ。
響いた言葉に答え、広い浴室に負けない声で風見が叫ぶ。
「覚は関係内でしょ覚は! 大体からしていつも黒猫とボソボソ喋ってる根暗女に言われたかないわよ! 北海道帰るかこのム○ゴロウ!」
我ながら冷静さを欠いている、と風見は思う。
1st−Gではあの動物好きなおじさんの知名度は低いかもしれない、とも。
はたして後半部が理解できなかったらしいブレンヒルトは、しかし怪訝な表情になりながらも即座に反論してくる。湯の飛沫を飛ばして髪を掻き上げるリアクションつきだ。
「年中発情してない分、ウチの猫のがまだマシよ。 ――良かったわね風見。貴方の肥満体を愛してくれる従順なペットがいて。ちょっと躾がなってないようだけど」
「言うじゃないブレンヒルト。 ――猫の方が満足なんて女としてもう終わりねアンタ」
ブレンヒルトの視線の先で、風見は胸を両腕で持ち上げるように寄せた。そのまま何処かで見たグラビアのポーズを真似て、
「まぁ、その貧相な枯プアまな板胸じゃ仕方ないか。率先して女の武装を放棄するとは、さすが1st−Gは寛容でありますな!」
くっ、と歯をかむ音が聞こえた。
いくら論理武装を強化しようと、実際に戦場でモノを言うのは己の肉体のみ。ほぞを噛むブレンヒルトを、風見は勝者の眼で見下した。
「は、はン。女の武器と媚びた勘違いの区別もつかない小娘は今に痛い目見るわよ。火力は必要なとき、必要な相手に、必要なだけあれば十分なんだから。それ以上は無駄よ無駄」
そう言うとブレンヒルトは音を立てて湯に身を沈め、浴槽の反対側に移動を開始した。
第2ラウンドの勝利をも手にした風見は思う。少し大人げなかったかしら、と。
全竜交渉部隊の一員として、敗者の権利と感情を少しでも補償しておくべきだったかもしれない。
そこで風見は自分にうん、と笑顔で頷きこう付け足した。
「そう? でもゾーンブルグ爺さんは豊かな方が好きだど思うけど」
逃げ帰るブレンヒルトの背中が静止した。
手ごたえを確信し、風見は思いを新たにする。
――まずは悪役を任ずるところから!
しばらくばちゃばちゃ、と二人の疲労回復のため連れられて来られた草の獣が泳ぎ回った。
「……言うことに欠いて貧脳な日本人らしい妄言ね。曲がりなりにも1st−Gの文化を継いだ独逸UCATの人間が」
「ディアナ、ちょっと信じられないくらい大きいわよねー」
あれは絶対にシリコンかネルが入っている、そんなことを風見は思うが口には出さない。
「時流遅れの大鑑巨砲主義者であるはずがないでしょう。仮にだとしても私は」
「SFもけっこう凄いわね。さすがは独逸UCATの技術力!」
あれは絶対に大城・至というか一夫の罪業だ、と風見は思うが口には出さない。
ここでブレンヒルトがついに振り返り、
「っ! 人の話を聞きなさい風見・千里! そもそも私とジークフリートを並べて考える時点てどうかしてると言う他ないわこの色魔脳! メスゴジラ!」
風見は苦笑した。
「呼び方」
「何よ」
「ブレンヒルトは司書の爺さんを名前で呼ぶのね?」
「なっ・・・・・・!」
咄嗟に切り返せず、ブレンヒルトは無意味に口をぱくぱくと上下させる。
その反応が致命打だった。呆れ半分、意地の悪さ半分の笑みを浮かべる風見。
すると長寿の少女はもはや唸ることもせずに頬を染めて黙り込み、そして更に身を縮めて顔の半ばまで湯につかると、ぶくぶくと泡を噴き出しはじめた。
――素直じゃない女。
風見は心中で苦笑をさらに深くした。
まぁでもいい気分転換にはなるでしょ、と密かに前置きしてから、
「ってことは結局どうなのよ。やっぱり男女の関係にまでは発展してないわけ?」
「……貴方その年齢でもう所帯じみでるわ」
ブレンヒルトはざば、と音を立てて身を起こした。
それから風見と視線を合わせないように、吐息と共に言葉を紡ぐ。
「私と彼は、あくまで古い知人、よ。それに」
言葉が途切れる。
「それに?」
「私は1st−Gの長寿の種族なの。ディアナなんかと違って肉体年齢を最盛期で留めている訳ではないわ。単純に加齢が遅いだけ」
「昔ブリーフィングで聞いた気もするわね。それで?」
ブレンヒルトは一度歯をかんでから
「皆まで言わせる気? つまり胸の成長だけじゃなくて……その、まだ出来てないのよ」
「へ?」
ああ気の抜けた声を漏らしているなぁ、と風見は思う。そして肺が強制的に酸素を取り込み、腹がよじれ、呼気を急速に放出した。
爆笑した。
「どうせ笑うだろうと思ったわ! 期待を裏切らない対応でいっそ清々するわよ!」
「あ、いやごめんごめん。確かに言われてみれば見た目どおりよね。」
遂には、かなり真剣に殺気めいたものを放出し始めるブレンヒルトを見て、風見は思う。
普通、こういう馬鹿話は真剣になるだけ不利だし損である。
・・・・・・つまり、真剣になるだけ本気、ってことなのかしらね
今にも第3ラウンドを始めそうな少女を見て、風見はひとつ手を叩き
「よし。それじゃあお姉さんが最後まで出来るように、レクチャーしてあげましょう」
などと、脳が茹だった言葉を吐いていた。