真っ赤な夕日が窓から差し込む学生寮。
新庄はその中を小走りで自室へと向かっていた。
――まだ、変わるまで時間はありそうだけど。
もはや日課となっている佐山による身体の確認作業。
切の方が運よりも一歩リードしているとは言え、まだまだ完全ではない以上、
どちらの身体も、もっと多くの経験を積んでいかなければならない。
目に見える形で確認作業の効果が出たことにより、新庄の向上心はさらに強いものになっていた。
――でも、やっているのがエッチなことには変わりないんだよね。
不意に頭をよぎった思考と同時に思い出されたのは昨夜のこと。
ボンと音が出そうな勢いで新庄の顔が真っ赤になり、踏み出す足の勢いもやや弱まる。
頭をぶんぶん振って、それを追いやろうとしても、連鎖的に次から次へと新たな情事の記憶が蘇ってくる。
――うぅ、情緒不安定なのかな、ボク。
突発的な自己嫌悪に陥りそうになるが、通りすがりの男子学生が怪訝そうな顔でこちらを見ていることに気づくと、
愛想笑いでその場を濁して、逃げるように再び走り出す。
慌てていたためか、自室のドアの前にたどり着く頃には軽く息が上がり、細い肩が上下していた。
相変わらずの自分の体力不足を嘆きながら、ドアノブに手を伸ばす。
――やっぱり、先に戻ってるみたいだね。
抵抗無く回転したドアノブに、なんとなく安堵しながら、新庄はドアを開き、中へと入っていった。
「おかえり、新庄君」
「ただいま、佐山く――」
室内に入ると同時、かかってきた声に反射的に返事をした新庄の声が半ばで固まる。
窓際の椅子に座って、爽やかな笑顔を浮かべる佐山。いつも通りの風景のはずが、今日は少し様子が違っている。
「佐山君。何……それ?」
「ふむ、人に向けて指を突きつけるとは、ずいぶんと良識に欠けた行動をするね、新庄君。
しかし、安心したまえ。寛大さと言う名の傲慢に頼ることなく、私は新庄君の行動全てを肯定しよう」
「そうじゃなくってっ!」
寮内なので他人に聞かれる恐れがあるにもかかわらず、新庄は叫ぶ。
「なんで、身体が椅子に縛り付けられてるのさ!?」
「まずは落ち着こう、新庄君。そして、一つの真理を教えてあげよう。
――私の取る行動に無駄なことなど一切無いのだよ?」
「うわー、今までの行動を振り返ってみても何ひとつ納得できないよ、その真理」
「ははは。真理と言うのは得てしてそういうものなのだよ」
ほがらかに笑う佐山。執拗なほど縄で締め付けられている状態でのその笑みは素晴らしくカオスだった。
「それ、自分で縛ったの?」
「もちろんだとも。他人に縛られる趣味は持ち合わせていないのでね。
他人を縛ることにかけては祖父すらも凌駕する自信があったのだが、
やはり自分を縛るとなると勝手が違うものだね。……二時間もかかってしまったよ」
「もっと有意義に使おうよ、大切な時間はっ!!」
「安心してくれたまえ。コツは掴めたから、次は十分で済ませてみせる」
「へぇ、そうなんだ。……恐ろしいことに佐山時空が進化する現場に居合わせちゃったんだね、ボク」
言いつつ、新庄は背負っていた荷物をおろした。佐山時空は短時間で収束する場合が大半だ。
それまでは冷静に受け流すのが一番であることを、新庄は学んでいた。
しかし、どうしても根本的に気になることがあり、止める前にそれが口から出てしまう。
「そもそも、なんで自分自身を縛りつけたの?」
「ふむ、いい質問だね。第一のヒントは先ほどの真理だ」
「真理?」
『私の取る行動に無駄なことなど一切無い』。つまり、この行動にも意味があるということか。
しばらく考えてから新庄は口を開く。
「ごめん、全然理解できない」
「『分からない』ではなく『理解できない』とは、おかしな日本語を使うね、新庄君。
それでは第二ヒントだ。先日、新庄君と二人で九州に行ってきたが、そこで懐かしい人に会ったね」
「………え?」
話がいきなり飛んだ。一瞬呆気に取られてから、慌てて記憶を呼び起こす。
思い出すのは4rd-Gとの全竜交渉で九州に赴いたときのこと。そこで再会したのは3rd-Gの――
「それでは最終ヒントだ。私と新庄君の間に、ある問題が迫っている。全てはそのための前準備なのだよ。
――と、すまない。どうやら、手間取ったツケが廻ってきたようだ。早速だが、解答タイムといこうか」
佐山の言葉が終わると同時、自分の声によく似た声が響いた。
・――人の思いは通じる。
次の瞬間、世界は入れ替わった。