男子生徒が扉を閉めてしまうと、体育倉庫は日中とは思えないほどに暗い。
わずかに明るさがあるのは建て付けの悪さゆえだろうか。
音が漏れる心配はあるが、もう昼休みも終わるこの時間に、グラウンドの片隅のこの倉庫の近くを通りかかるものもそう要るとは思えなかった。
「きゃっ」
無造作に投げ出された少女の身体はマットの山で一度跳ね、それにもたれかかるようにずり落ちる。
くう、と苦しげな息が伸びて、
「っ、う……こんな事して、ただで済むと思ってんのっ!?」
鋭く睨みつけてくる少女の、瞳ではなく全体像を男子生徒達はじっくりと見下ろした。
余裕、という表情。
その余裕には確たる根拠がある。
「これだけ入念に縛ったんだからな。
……さすがの風見とはいえ、これじゃ何にもできねえだろ?」
少女、風見は全身を拘束されていた。
無骨なロープが、上は肩から下は腰周りまで、彼女の上半身全体にくまなく巻かれている。
ただ人を縛るだけなら余計なほどの力をもってきつく巻かれたそれが、夏服の布地を絞り上げていた。
個別に縛られた両手両足に至っては、柔らかい素肌にロープが食い込んでしまっている。
「……やめなさいよ。ただで、済むと思ってるの……」
完全に見下す態度のこちらに睨み合いをやめることにしたのか、どこか諭すような口調で風見が繰り返す。
「うわ偉そうに……早く分からせてやろうぜ、そういう立場じゃないって」
「馬鹿出てくんな、お前は三番目の約束だろーが。大体こういうのはじっくりやるのがイイんだよ」
「いいから早く順番回せよお前」
へいへい、と二つ返事で風見に手を伸ばし、まずは前髪をひっ掴む。
「嫌っ……」
「噛まれちゃかなわねーし、最初は下からか?」
前髪を引っ張り上げる力に逆らうように、風見は下を向いてしまう。
反抗的な態度ではあったが、その肩は目で見てわかるほどに震えだしている。
簡単なものだ、と男子生徒は思う。
よくよく見れば、普段学校中から恐れられている人間のものとは思えないほど細くか弱そうな肩が急激にその幅を広げた。
両上腕筋を中心に膨らみあがった体躯がまずは自身の服を左右に割く。
こぼれ出たふくよかな胸はその体積を保ったままに横へと引き伸ばされ、厚く、硬く胸板を覆っていく。
そして、
『ぬんっ』
その一息で、ロープが粉々にはじけ飛んだ。
四方に飛び散るロープの切れ端はそのどれもが一瞬で音速を超過。空間に水蒸気の尾を撒き散らす。
結果、霧が生まれる。
その霧が晴れるまでに数秒を必要とした。
薄暗い室内、その姿はなかなか見えてこない。
まず、輪郭が見えた。
見上げるほどに高い、筋肉隆々とした逆三角形のシルエットだ。
それをもって風見が口を開く。
『ぬわはははははは、縛りが甘いわ!!』
「いやお前誰だよ!?」
ツッコんだ一人が吹き飛び、何か金属製の器具が崩れ落ちる音がしたのでみんな黙った。
『きつく縛るってことは、元からそれだけロープに負荷がかかってるってこと。
そうすればするほど、少しの力で簡単に引きちぎれることに気付かないだなんて。
全くSMのSの字も知らない素人の仕事だわ。大体縛るっていうのはね――』
色々と人類平均を飛び越えたことをのたまいながら、
『――って聞いてないか。腰抜かしちゃってるみたいだもの』
それを聞いて、彼女の身の丈が高くなったのではなく、自分達が床にへたりこんでいるのだとようやく気付いた。
しかしそんな些事は今の男子生徒たちにとって問題ではない。最優先事項が他にある。
脚よりむしろ腕を使ってどうにか後ろへと逃げるが、風見はこちらを悠然と見渡し、
『さーて、まずはどの猿からちょん切ってやろうかしら――』
一歩を踏み出し、
『……え?』
踏み出そうとしてすっ転んだ。
『ちょ、やっ、やだっ、足ほどくの忘れてたっ』
地響きを立てながら小動物のように暴れる風見。
今襲えばどうにか手篭めにできそうな状態だったが男子生徒たちは一目散に逃げ出した。とてもそんな気にはなれなかったので。
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「俺が見せられたのは大体こんな夢だった」
「嘘つけ――!!」
風見は全力の蹴りを叩き込んだ。