「――思うのだけど」  
 
 六畳の部屋に響く声は、車椅子の少女から発せられたものだった。  
 ミリアム・ポークウ。それが彼女の名前である。  
 そして、声は室内の少年に向けられていた。  
 ミリアムのルームメイトである少年、東は、顔に疑問の色を浮かべ続きを聞く。  
「緊張感を保つにも、方法は色々あるわよね」  
 何のことか、と考えて、東は一つ思い出す。  
「えっと、それって最初の日に話した……」  
「そう、若い男女が共同生活を送るための緊張感」  
 東にとってミリアムは他人であり、彼女にとっての自分も同じである。  
 これは数日前に決めた約束事であり、今のところ問題というほどのことは起きていない。  
 が、ミリアムの方からその約束事について言及するならば、  
「もしかして、余が何か気に障ることをした?」  
「そうではないのだけど、……まあ、ある意味ではそうね」  
 一体何をしただろうか、と東は疑問に思う。  
 それに対するミリアムの答えは、  
 
「――私だけ下着を見られたままというのは、不公平じゃないかしら?」  
 
 東は何を言われたのか理解出来ずにフリーズ状態入るが、ミリアムの声は止まらない。  
「一番最初に東が部屋に入ってきた時に、ハンガーに吊ってあった下着見られたでしょ。  
 あれ、お気に入りなのよね。東がどの程度脳裏に焼き付けたのか、私知らないけど」  
 言われてみれば、確かに下着らしき物を見た気もする。  
 しかし東はその時テンパリ状態であり、即座に部屋を出たのでほとんど憶えていない。  
 なので、  
「いや、ご、ごめんでもあの時は意識していなくて全然憶えていないから……」  
「“あの時は”? じゃあ今もし見たら意識しちゃって色とか形とか憶えるのかしら」  
 東は自爆が好きよね、とミリアムは言った。  
 言葉を返せず少しうつむく東に、ミリアムは溜め息一つの後に、  
「全く意識するな、って方が難しいわよね。喜美ほどオープンなのは問題だけど、私たちもそういう年頃だし。  
 だから解決案。――東の下着も見せなさい」  
 
「その発想はおかしいよ!?」  
 慌てて反応する東に対して、ミリアムはあくまで普段の姿勢を崩さない。  
「別におかしくないわ。対等の関係で付き合うために、懸念は解消しようというだけの話。  
それに、貴方言ったじゃない。私が困っていたら助けてくれるんでしょう?」  
「言った、けど、これは何か間違ってるよ」  
「そうかしら。私は下着を見られたのが恥ずかしい。この羞恥は貴方の下着を見れば相殺される。  
 これなら論理的な話よね? 第一ハダカネタなんて、トーリの持ちネタ程度のもの。  
“不可能男”に可能なことが、貴方が出来ないわけないじゃない」  
 脱げ、とミリアムは口と目とオーラで東に迫る。  
 たじろぐ東は、少し身をよじって、  
「……えっと、下着だけで良いんだよね?」  
「ええ、フィフティの関係でいましょうってことだから。ズボンを脱げばそれで終わり」  
 覚悟は決まった? とミリアムは問うた。  
 東は答えず、ミリアムから少し離れて正面に立ち、ためらいがちにベルトを外す。  
 かちゃかちゃ、と音を立てベルトが外される。  
 東はそこで、視線をベルトからミリアムへと移す。  
 少女は変わらぬ冷めた視線で、東を見続けていた。  
 二人の視線が合う。  
「――――っ」  
 ……ダメだ、早く終わらせようっ。  
 急に気恥ずかしさが増した東は、えぇいとズボンを下ろした。  
 片足ずつ抜いて、ズボンを脇に放る。  
 何とはなしに、両手を股間の前に持ってくるが、  
「――東、隠したらダメ」  
「あっ、うん……」  
 ミリアムの言葉に、仕方なく腰の後ろで両手を組んだ。  
 上はシャツ一枚、下はトランクス一枚の姿となって、同年齢の少女の前に立つ東は思う。  
 ――これは、想像以上に恥ずかしい……!  
 恥ずかしさゆえに、ミリアムの方を見ることも出来ず、ちらり、ちらりと視線が動く。  
 と、そこでミリアムが言った。  
 
「ねえ、東」  
「な、何? もうズボン履いていい?」  
「それは、やめといた方がいいと思うけど。だって今履いたら、……窮屈でしょう?」  
「えっ? ……うわ、わぁっ!」  
 笑みと共に告げられたミリアムの言葉に、東は初めて股間の熱を自覚した。  
 自分の体のことにも関わらず、思わず悲鳴が上がるが、  
「静かにして、外に聞こえるわ。それと隠さない」  
 え、あ、う、と東は言葉にならないうめきを上げる。  
 結局は、腰の後ろに手をやったままミリアムの前に立ち尽くすしかなかった。  
「男の子って、恥ずかしいと興奮するものなのかしら。どう思う?」  
「いや、余はその」  
「まあ貴方が何を言ったところで前を大きくさせているのが現実よね」  
 ふう、とミリアムは嘆息する。それは果たして誰に、何に対して向けられたものなのか。  
 羞恥心に負けて東がうつむくと、彼の視界には下着越しに自己主張する自分自身が映る。  
 なので東は、顔を真っ赤に染めつつ目を閉じてうつむいた。  
 
 ――なんで、余はこんなことに……。  
 
「ねえ東」  
 呼びかけに、東の体は意思と無関係にビクリと震えた。  
「男の子って、大きくなると出さなきゃ元に戻らないって言うわよね」  
 ミリアムの声が耳に入るたび、東の羞恥心が刺激される。  
 
「――出すとこ見せてくれないかしら」  
 
「!? そ、それは……」  
「私ね、今困っているの。同じ部屋の中に性器を大きくして興奮する男の子がいて。  
 私が困っていて、もし助けを求めたら、貴方助けてくれるって言ったわよね?  
 だから、ね、私の頼みを聞いてくれないかしら」  
 ズルイ、卑怯な物言いだ、と東は理性の部分で思う。  
 しかし現実として、六畳の部屋の中に車椅子の少女と、下着姿で前を膨らませた自分が存在する。  
 客観的に見れば悪者となるのは自分であり、そして東は、  
 ――口で勝てる自信が無い……。  
 いっそ逃げ出してしまおうか、と一瞬考えたが、  
「逃げようとしたら大声出すわよ。この時間なら通路には誰かしらいるだろうし、  
 この室内の状況でどっちが悪いかなんて、……一目瞭然」  
 ふふっ、とミリアムが柔らかい笑みを浮かべた。  
「だから、観念してまずは脱いじゃいなさい。  
 大丈夫、どんなに粗末でも、あえぎ声出しても、する時に何か変な癖があったとしても、  
 気にしないでおいてあげるわ。そういう約束だから」   
 さぁ、とミリアムが促すが、東はうつむいたまま動かない。  
 ――余は、余はどうすれば……。  
 悩む東の背中を、ミリアムの言葉が後押しする。  
「……点数、付け直そうかしら。真面目だけど、変なプライドに囚われて、女の子との約束も果たせない。  
 ねえ東、貴方そんな人じゃないでしょう? そう思ってるから、私お願いしているのよ」  
「それでも、余は、こんな……」  
「踏ん切りつかない? いいのよ東。末世だなんて言われているけど、まだ人生先が長いでしょう?  
 きっと良い経験になるわ。だからほら、――脱いで?」  
 
 さんざ躊躇った東だったが、結局ミリアムが本当に大声を出そうとして、それでやっと下着を脱いだ。  
 
 下半身全裸となった東は、脱ぐ前と同じように腰の後ろで手を組んでミリアムの前に立っている。  
 先ほどまでとの大きな違いは、勃起した東自身がミリアムの眼前に晒されていることだ。  
「……ふうん、大きいのか小さいのかは判らないけど、立派だと思うわよ。  
 でも、先っちょ皮かむっているのは、すごく東らしくて良いわね」  
「て、点数つけたがるのはミリアムの癖なの?」  
 顔を真っ赤に染めながら、東はどうにかそれだけ言った。  
 ミリアムは笑みを深くして、  
「自分の点数が気になる? でも東、私に点数つけられるの嫌い?」  
「それは……」  
 嫌い、とは絶対言えないし、かといって好きと言えるほどの関係とは思えない。  
 東は口ごもることでしか、返答をなしえなかった。  
「ほら、ぼーっとしてないで、早く出して小さくして頂戴。  
 私、東がそうするまで何も出来ないんだから」  
「あ、うん、ごめん……」  
 ――って、他人として付き合うなら、別に見てなくても良いんじゃないか?  
 東の理性が正論を述べるが、既にミリアムに全てを曝け出した以上、手遅れに過ぎない。  
 意を決して、東は性器に手を添える。  
 自慰は経験皆無というわけではないが、頻繁に行うわけでもない。  
 他人の、しかも異性の前でなどは当然初めてだ。  
 しかし、実際に手を触れてみると、  
 
「――ぅんっ!?」  
 
 まるで初めて触れたときのように強い刺激を感じ、思わず漏れた声を慌てて抑える。  
 ――な、何? 余、どうかしてる?  
 既に何もかもがどうかしている状況だが、一度手を動かしたらもう止まらなかった。  
 
「……んっ、く……はぁっ……」  
 前を見れば、わずかに頬を赤く染めたミリアムが、自分の痴態を眺めている。  
 その視線を意識すると、東は余計顔に熱を感じ、そして手の動きを徐々に早めた。  
「ぅあ……ミリアム、そんな、見つめないで……」  
 手の動きは止まらぬままに、東は訴えかけるが、  
「だって、私が頼んだことだもの。見ないわけにはいかないじゃない。  
 それに東、気持ち良いんでしょう? 私に見られて自慰をするのが」  
「ちがっ……そんなんじゃっ……」  
「真っ赤な顔して、一生懸命手を動かして。否定しても説得力無いわよ。  
 でも、そうね。ちょっとだけ私の方も譲歩しようか」  
 ――え、譲歩?  
 東が手を緩めてミリアムを見ると、少女は上着を脱ぎ始めていた。  
「!!!?? ミリアム何を――」  
「しっ。外に聞こえるわよ」  
 驚きに叫ぶ東を制して、ミリアムは上半身の服を脱ぎ続ける。  
 ブラジャーは着けておらず、脱いだ服を片手でベッドに置き、片手で胸元を隠す。  
「ミリアム、あの、えっと」  
「ええ、恥ずかしいから隠させてもらうけど、見ながらで良いから、続けて」  
「良いって言っても……」  
 手の動きを止めてしまった東に、ミリアムはふっと笑って、  
「今更遠慮すること無いんじゃない? ほら、もっと近くに来てよ。  
 私に貴方がよく見えるようにね」  
 
 東は頷いて、ミリアムを見下ろすように車椅子の前に立った。  
 ミリアムは両腕で胸を抱くように隠しているが、その姿は劣情を掻き立たせるに十分過ぎる魅力があった。  
 東の同級にはR元服指定ゲームにより経験豊富な猛者達がいるが、彼はそうではない。  
 ゆえに、半裸のミリアムを前にして自然手の動きが激しくなった。  
 先端からは先走りの液が垂れ、東の手で全体に塗りたくられるように擦られる。  
 にちゅにちゅと粘りを帯びた音が、東の喘ぎが、ミリアムの言葉が部屋に響く。  
「んっ、ぁ……っ……」  
「東、そんなに興奮して、自分の汁擦りつけて気持ち良い?  
 朱に交われば赤くなるっていうけど、ウチのクラス入ったからこんな変態になったの?  
 一心不乱に手を動かして、同い年の女の子の前で情けなく喘ぎ声上げて。  
 クラスのみんなが、東がこういう子だって知ったらなんて言うと思う?」  
「そんなっ、……くっ、余は、ちがっ……」  
 ――もしかして、余、すごく罵倒されてる?  
 疑問に思うが、快楽優先状態の脳は思考を先に進めることを許さない。  
 目の前のミリアムの息遣いを肌に受け、それすらも刺激と感じる。  
 快楽を一身に求めて手を動かせば、もとより経験不足の東の限界は早い。  
 
「――ミリアムっ、……出るっ……!」  
「え? ――きゃあっ!?」  
 
 東から勢いよく放たれた精液が、ミリアムの顔に、手に、胸に飛び掛かる。  
「やっ、これ、熱い……」  
 はぁはぁ、と息を荒げる東の前で、ミリアムは自分の体に飛び散ったものに戸惑いをあらわにしていた。  
 その戸惑いのあまり、胸を隠していた腕も自然動いてしまう。  
「はぁ、はぁ――――あっ」  
 東の驚きを含んだ声に、ミリアムは少年の視線を意識し直す。  
 両腕で胸を抱くように隠し直すと、一言。  
「……東、解ってたよりもずっとエッチね……」  
 
 
 
 
 その後、ミリアムは東にティッシュを持ってこさせて自分の体に着いた分を拭き、  
しかし東の後始末は自分の目の前でやるように強制した。  
 恥ずかしがりながら始末を終え、服を着直した東が、まだ熱の残る顔をミリアムに向けて問う。  
「あのさ、その、……何か今、すっごく大変なことをしちゃった気がするんだけど」  
 それに対してミリアムは、笑みと共に手の平をひらひらさせて言った。  
 
「私は大丈夫。でも、――若い内は体裁が大変かしら?」  
 
 

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