今、アリアダスト教導院三年梅組本田正純(生徒会副会長)は初等部教導院に居た。  
高等部でも同様だが教員が少なく、成績優秀な生徒を講師として呼ぶ事も多い。  
初等部用の時間設定でチャイムが鳴り日直の号令で朝一番の授業が終わった。  
担任教諭が所要に出ている為、一日この二年竹組で授業をしなければならない。  
やはり高等部同様に教えられる教科は一人で受け持つのが通例だ。  
短い休憩時間。次の科目の準備に誰もが追われるが、今日は違った。  
教室を出ようとした正純は初等部の生徒に囲まれ質問攻めにされている。  
ねぇねぇ、ほんだせんせー  
講師と生徒の立場関係を保つのならば、顔ごと相手の視線を捕らえれば良い。  
だが、初等部の低学年では威圧感を払拭する為に腰を落として視線を合わせる。  
次々と集結してくる児童の先頭は短く切りそろえた黒髪の男子。  
「さっきの授業で解らない問題があったかな」  
学習内容は簡単だが、理解の確認と子供特有の有り余る元気の対処が手強い。  
「おれ、知りたいことがあるんだ。教えてよ、ほんだせんせい」  
純粋で何もかもを自分の物として蓄える白さが満ちている。  
「私が知っている事だと良いけど何かな?」  
授業が始まっても騒がしさの収まらないのを不審に思った梅組の教諭が教室の扉を開けた時だった。  
初動を感じさせず無造作に前へ付き出された小さな手。  
手の平が制服の胸を叩く動作はドアをノックするの似ているが、微妙に五指で掴む動きもある。  
正純のが放ったのは、ぅあ、ぉあが、連続して混ざり合った声。  
「ホントに無いや ぺったん娘! ぺったん娘!」  
直後に動いたのは梅組の教諭だ。  
児童の海を掻き分け、正純の胸がどうかを知った男子児童の頭頂へ  
「君が! 泣いても! 身長が縮むまで! 殴るのを! 止めない!」  
スタッカートを利かせて何度も拳を落とす。  
あれだとたんこぶで身長が増えるじゃないかと、動揺した正純はツッコミを思う。  
 
「アイツねー、いつもスカートめくったりするの。いいきみ」  
「せんせーも割りと気にしてるんだ。牛乳が余ると勿体無いからって、飲んじゃうって梅組の子が言ってた」  
廊下側で今も両拳で側頭部を挟みこんだ教諭の胸囲は控えめなサイズだ。  
それでも……男性化処理した自分よりは確実にあるだろう。  
自分はトーリやホライゾン達が幼い頃を知らない。  
もしかしたら、こんな光景が十年前あったのかもしれない。  
「ほんだせんせー」  
銀髪を編んだ女子児童がこちらに話しかける。  
「わたしがほんだせんせいみたいにしたらだめっていうけど」  
ほんだせんせいの服の着方、かっこいいよ。  
その言葉は正純に染み入って押さえ切れない感情に変わる。  
温かく熱く心の奥から込み上げるのは、ありがたい事だと。  
溢れ出したものをそのまま放つ。  
「ありがとう。似合わないかと思ってたけど」  
自然な笑みを浮かべ女児の髪を梳くように撫でた。  
不意に頬に感触があった。触れるのではなく――  
「あーっ 田無ちゃんがほんだせんせいを泣かしたー」  
その声で正純は気が付く。自分が涙していた事を。  
囃す声を宥めてから年下の生徒らに言う。嬉びで涙も零れるのだと。  
政治家を目指す人間が感情を制しきれなくでどうするんだとも思う。  
だが、今は演説の場でも戦場でも無い。  
自分達の居る場所にいずれは追い付いてくる者へ伝えて育む場所だ。  
今は講師だ。だから講じよう、これが感情なのだと。  
それぞれの机と椅子は教室の後ろに集められ、正純を中心に半円を描いて座る。  
更には梅組からも児童を交え、合同授業となった。  
この状況は自分が得意とする演説や討論に近い形だ。  
教科書は使わないし、版書もしない。  
聞いて、解らなければ質問し、それらを記憶に書き残す。  
まとめの一言を述べると、窓際で様子を見ていた教諭が拍手を促す。  
割れんばかりの称える快音が教室に満ちた。  
そして授業の終わりを知らせるチャイムが鳴る  
 
話し続けた事の疲れがある。だが、それも達成感と共に心地良い。  
梅組の児童は教員と共に戻っていって、今は机を元の配置に戻している最中だ。  
開けたままの扉から名を呼ばれる。竹組担任が戻っていた。  
動きのある教室を見て正純に聞く。  
どんな授業だったか報告お願いしますね。  
隣の組まで巻き込んで、好き勝手喋ったのをどうやって書面にしようかと悩んだ時だった。  
「せんせい、いい尻してんなー げへげへ」  
スカートを巻き、薄茶の髪を流した女子児童が西瓜か身が詰まっているの確かめる様に叩く。  
「ごめんなさい、まだ書類の処理で手が離せないの。その子はセルフでお願いします」  
それなりに講師を務めた時間はあるが、こういう場合は――  
「どうしたらいいんですか!?」  
「メリハリ付くまで叩いてください、特に尻を」  
捕獲した対象者のお腹を正座した自分の腿に乗せる。  
「暴力反対、体罰教師、お尻を叩くなんてセクハラー」  
正純は顔の表情を少しだけ意図的に作った。  
「そのいち、アリアダスト教導院では子供の躾もします。(不甲斐無い場合)  
 そのに、私は高等部から講師役で出向してきてるから初等部の教師ではない。  
 そのさん、叩くと耐久性が鍛えられます。成長期には反動で大きく育ちます。  
 そのよん……  
 私は女だからセクハラにはならないよ?」  
尻を叩く音が連続して鳴り、ごめんなさいーと反省する声が続く。  
ああ、今日は快なり。  
 

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