――深夜、教導院の寮の一室。  
 机と、二段ベッドとして使われる張り出しがある狭い部屋の中。  
 ベッドの上の段には、寝息を立てる東と、彼と手を繋いだ幽霊の子の姿がある。  
 そして下の段には、まぶたを薄く開けたミリアムの姿がある。  
 熟睡している風の上段と違い、ミリアムは寝つけていない。その原因は、  
 
 ……なんでこう、匂いが気になるかしら。  
 
 自分のベッドは昨夜初めて、オトコに占領された。  
 昨日出会ったばかりのそいつは、一度出かけて戻ってきたら幼女連れになっていた。  
 そんなとんでもない東宮様は制服のまま一晩以上ベッドにいて、結果として自分のものではない匂いが残っている。  
 ……でも、文句は言えないものね。  
 昨夜、東と連れ子を叩き起こさなかったのは自分だし、その後川の字になったのも自分だ。  
 そういう判断のこともあって、寝床を交換しろと言うほどの問題ではない、とミリアムは思っている。  
 しかし今、現実として、ミリアムは東の残した匂いが気になって眠れない。  
 過去のルームメイトには、寝床を共有するほどの関係になった者はいなかった。  
 関係云々の前に、そもそも異性のルームメイトは初めてだ。  
 昼間にはちょっと、若干迂濶かもしれない行動をしてしまい、  
明日からは距離感を計り直していこうと思ってベッドに入ったはずだ。  
 それなのに今、彼の――東の匂いを意識している。  
 
 ふと、戦勝記念の祭から、東は早々に帰ってきたことを思い出す。  
 預けっぱなしの子のことや、その他諸々を理由として彼が述べたのをミリアムは憶えていた。  
 楽しんでくれば良かったのに、とその時言ったが、彼の気遣いを不快には思わなかった。  
 むしろ、そういう対象として扱われるのが嬉しい気すらして――  
 
 ……いやいや、ちょっと待ちなさい私。  
 確かにママ扱いを認めた時点で、東に対する難度を下げてしまった気はした。  
 だからといってこれ以上、自分から積極的に難度を下げるのはどうだろう。いやダメだ。  
 ……東だって、ちゃんと手順踏むくらいの苦労しないと不公平じゃない。  
 初日にはこちらから気を遣った対応したし、“ママ”にしたって東の期待をこちらが受け入れた形だ。  
 ……ならば今度は、東が私に気を遣う番だわ。  
 彼の人柄による素直な対応ではなく、相手を一人の女性として意識した上での対応。  
 そういうのが東には足りない、と眠気を感じながらミリアムは思う。  
 思いながら、彼の匂いが付いた毛布を、顔まで引っ張りあげてみた。  
 そして、軽く息を吸い込む。  
 
 
 ――すぅ――  
 
 東の匂いを、自分から感じることを意識して、吸ってみる。  
 
 ――ふぅ――  
 
 胸の奥に取り込んだ匂いを、自分の吐息に変えて静かに吐き出す。  
 
 すぅ――ふぅ――すぅ――ふぅ――  
 
 一吸い毎に。一吐き毎に。  
 彼の体臭を意識するたび、胸がうずいて、体は熱を持って、頭には眠気とは違うモヤがかかる。  
 感情が昂っているかな、とミリアムの冷静な部分は判断する。  
“武蔵”にも自分の生活にも、あまりにも変動が激しい二日間だったから、と。  
 それでもミリアムは、毛布の匂いを嗅ぐのを止めない。やめられない。  
 
 ……なんでこんなに、胸が苦しいのかしら……  
 
 疑問の答えが知りたくて、ミリアムは左手を胸に当てがった。  
「んっ……」  
 鼓動が早い。それを感じるために手の平で胸を押すと、全身に震えが来た。  
 肌をなぞるようにして反対に手をやって、撫でながら押してみる。  
「……んぅっ……」  
 震えと共に声が漏れた。毛布越しだから、上のベッドには届かないはずだ。  
 そう思いながらも、ミリアムは手を止めて確認した。  
「……東、起きてる……?」  
 少しだけ声を大きくして、問いかける。  
 
 東の性格なら、横の子を起こさないように、でも何か返事をするだろう。  
 その返事は、来なかった。つまり東は昨日のように熟睡中だ。  
 ……ならきっと、大丈夫よね?  
 ミリアムは、胸を触っていた手を下へと動かした。  
 腹のあたりを通って、下着の中に手を入れて、肌の感触を得る。そして際奥に至ると――  
 
「――ぅあっ!」  
 
 指先に、熱とわずかな湿り気。それを認識した瞬間、初めての快感にまた声が上がっていた。  
 ミリアムは自慰の存在も意味も知っているし、試してみたこともある。  
 ……けれど、こんな風になったことは無かったのに……。  
 何が違うのだろう、と思ったら、自然と東の顔を想像していた。そしてまた、刺激を感じる。  
 我慢しても声が出そうで、だからミリアムは毛布を噛んだ。そして息を吸う。  
 東の匂いを吸いながら、手を動かす。  
 東の寝顔を思い出しながら、手を動かす。  
 ベッドで見つめあった視線を。眉を下げる困り顔を。慌てたり、怯えたりする時の声を。  
 たった二日の間に見た、たくさんの東を思い出す。それだけで、胸が熱くなる。  
 胸の熱さと快感は比例しているようで、東を考えれば考えるほど、指が大胆に動くのを自覚した。  
 最初に感じた湿り気は、既に水気と呼べるものに変化している。  
 毛布を噛んだ口の端から、唾が垂れて顎をつたっている。  
 それらの自分の体の変化を感じながら、しかしミリアムの思考は別のところにあった。  
 
 
 ……もし、私がこんなことしてるって知ったら、東はどんな反応するかしら?  
 性格キツくてもそういうお年頃だし、性別は関係無いしって納得する?  
 でも私、貴方のことを考えながらシてるのよ。ルームメイトになって二日の貴方を、ね。  
 ねぇ、でも私思うの。いきなり人をママにするよりは、不健全だけど真っ当じゃないかなって。  
 他人としてよろしくって言ったのに、急に関係深めさせたのは東の方からよ。  
 だから、これくらい許しなさい。もし文句言うなら、二度とママなんてやってあげないんだからね、東――  
 
 
 
「――――んんぅっ!!」  
 一際強い刺激を感じて、噛んだ毛布の隙間から声が漏れるのをミリアムは聴いた。  
 乱れた息を整えながら、顔に垂れた唾を毛布でぬぐう。どうせ下着と一緒に洗濯行きだ。  
 明日は、東が学校に行くまで起きられないな、とミリアムは思う。  
 毛布にまでは染みてないようだが、下着と服は寝汗にしては不自然な状態になっている。  
 毛布を洗濯に出すと、代わりはどうしようか。管理人に頼むとして、東にはどう言おうか。  
 ……貴方の匂いが染み付いたから、って言ったら、どんな顔を見せてくれるのかしら?  
 けだるい感覚と睡魔に身を任せながら、ミリアムは東のことを想い続けた。  
 

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