喜美が私と二代さんを連れ込んだのは、学校の隅にある体育倉庫でした。
「葵殿、何故わざわざこのような場所に?」
「フフフ愚問極まる質問ね。私は校庭のド真ん中でも構わないけれど、
初心者の貴方にはまだハードルが高いでしょう? 今日のところはレベル1だから、ここ」
「ふむ、何をするかは解らぬが、拙者の身を案じた上での配慮で御座るな? 忝のう御座る」
「良い傾向よ二代。その調子で私を褒め称えれば、それだけ教えも充実すると記憶なさい」
既にノリノリの二人ですが、私はわりと絶望してますテンション的な意味で。
うぅ、帰って昼メロ能楽の夕方再放送見たかったのに……。
「それで喜美、結局二代さんに何を教えるつもりなんですか?」
言外に帰りたいオーラを込めて、私は問いかけます。
「フフフそうねレッスンワン。まず二代、貴方は――自分自身の理解が足りないわ!」
バァーン!と背後に書き文字浮かべそうな勢いで、喜美が宣言しました。
二代さんは、少し心外そうな様子で、
「拙者未熟の身なれど、武道を修めし者として『己を知らぬ』ということが無いよう努めて御座るが」
「その認識が甘いのよ愚人。貴方の言う理解ってのは、所詮武道の延長線上。
別ジャンルについては知識皆無と私は見込んでいるわ。実際、芸能神の知識皆無だったじゃない」
むぅ、と二代さんがうなります。武士とか言うわりに、表情豊かな人なんですよね。
「というわけで、まず手始めに――」
ちょっと目を閉じなさい、と喜美は言いました。二代さんはそれに従います。
喜美は音も立てずに二代さんに歩み寄って、両手を胸の高さに持ち上げて、……え、ちょ、まさかそれって――
「――タッチアンドモミング!」
「ッ!? いやぁーーーっ!!」
「フフフ、NORMALややHARDってとこかしら」
狭い体育倉庫の中、二代さんの絶叫が響き渡りました。喜美は離した手をワキワキさせてます。
正直耳が痛いくらいの叫び声でしたが、気持ちは解るので文句は言いません。えぇ我慢です。
ですが二代さんは我慢ならなかったようで、顔真っ赤にして喜美に食ってかかってます。
「あ、あ、葵殿!? いかに同性と言えども、みだりにそ、そのようなことをするのは――んっ」
喜美が人差し指を二代さんの唇にあてがって、言葉を止めさせました。フフフ、といつもの笑いが聞こえます。
「ほらね二代、アンタそういう顔も出来るし、声も出せる。やっぱり自分解ってないじゃない」
「むむむ……しかしそれは、」
「何がむむむよ! 文句を考える前に、まずは己の未熟を認めなさい!」
「……Jud.、葵殿」
二代さんの返事を聞くと、喜美は満足そうにうなずきました。
「それで良し。よく出来たご褒美に、ちゃんと言葉で説明してあげるわ。
レッスンワンのテーマは、――“自分の体を知ろう”!
どこ触られたらどんな声が出るとか、どんな風に感じるかを学びます!」
胸張って高々と宣言する喜美ですが、冷静に考えると、
「それって、ただのセクハラじゃ……」
しかし私の呟きは、二人には届かなかったみたいです。
喜美はいそいそと二代さんの上着に手を掛けて、二代さんは赤面続行でパニクりです。
「葵殿、その、これはいささか羞恥を感じるので御座るが……」
「フフフ二代、二度も負けた相手に対して、今更恥ずかしがる要素残っていると思って?」
「いや、しかし浅間殿が……」
「だって第三者いないと、恥ずかしがる相手が存在しないことになるじゃない。
羞恥心のコントロールも女の必須要素の一つ。Jud.?」
「ジャ、Jud.」
……二代さん気づいて! 今の喜美の言葉には明らかに矛盾が――!
喜美の言動に慣れてないせいか、促されるままの二代さんです。
えーと、神に仕える身としては、助け船を出すべきなんでしょうか?
あーでもこの状況は二代さんが望んで成った状況で、心底嫌がってる様子も無いですし、
喜美がこれから何するか私解りませんってことにしておけば、今から何があっても不可抗力。
「つまり、神職的にも問題無し……!」
「浅間、なぁにブツブツ呟いてるの? オラクル受信中?」
おっと一瞬意識が飛んでいました。いっそ飛びっ放しの方が楽だったかもしれませんが、喜美の言葉で強制帰還です。
見れば、二代さんは上着とスカート脱がされて、段の低い跳び箱に腰掛けています。
彼女、顔赤くしてこっちをチラチラ見てくるんですが、……なんか変な気分になりますね。
教導院への転入生なんて正純以来だから、新しい芸風っぽい感じで、こっちも落ち着きません。
「浅間殿、その、あまり見ないでもらえると拙者気が楽なのだが……」
「ダーメ。浅間はその眼に二代の反応焼き付けて、後で教えたげなさい。
二代は浅間の視線気になるなら、目ぇつぶってこの場にいないものと思いなさい」
うわー、喜美ムチャ言ってますねー、ノリノリですねー。
「というか、“木葉”に録画機能は無いですからね。二代さん、安心して下さい」
安心したかどうかは解りませんが、二代さんはJud.と返して目をつむりました。
喜美は笑顔を濃くして、
「それじゃ、始めるわよ。手順としては、私がアンタの体の各所をチェックするから、
その際自分が得た感覚をよく覚えること。感想とかの余計な言葉は言わないで良し。
その代わり、自分が自然に出す声は我慢せずに素直に出すこと。Jud.?」
「Jud.」
……あれ? 今の喜美の言葉が『文句は言うな。喘ぎ声は出せ』に聞こえた私って、
ちょっとヤバいですかね? 喜美ってば、そんな意味で言ってないですよね?
目をつぶった二代さんの表情からは、緊張の色が窺えます。口とか若干への字っぽいし。
緊張を喜美も感じ取ったのか、ふっと軽く息を吐いて、
「大丈夫。さっきみたく、いきなりパイタッチとかしないから力抜きなさい。さてと――」
二代さんへの、喜美のセカンドコンタクトは――
「まずは、――こんなところかしら」
呟きながら、喜美は二代さんの手首を取って、脈でも計るように逆の手の指を置きました。
と思いきや、つつつっと腕の内側をなぞり上げます。
「どう、くすぐったいかしら?」
「……っ」
あくまでインナースーツ越しの行為ですが、彼女、近接武術師ですし、
普段は相当薄手の密着タイプを着てる可能性があります。というか、反応見るに多分正解です。
口を固く結んでいる二代さんですが、喜美の指が進むたびにちょっと体を震わせます。
目じりに涙が見える気がするのは、極度の緊張のせいでしょうか?
喜美の指は二代さんの鎖骨を経由して、首から顎下に至ります。そのまま、伸ばした指で顎を軽く持ち上げました。
「フフ、綺麗な唇ね。――食べちゃおうかしら」
親指で二代さんの唇をなぞりながら言います。ぶっちゃけ冗談に聞こえません。
二代さんの耳にも喜美の声は届いているはずですが、抵抗するでもなくじっとしています。
……いや、よく見ると膝の上の握りこぶしが震えています。やっぱりまだ緊張しているみたいです。
と、喜美がそっと手を離して、
「フフ、冗談よ。そんなに固くならないで。可愛い顔が台無しになっちゃう」
「……可愛いなんて、拙者には似合わぬ評価で御座る」
あら、と喜美が呟いて、二代さんの両頬に手を添えました。顔を近づけて、
「目、開けなさい」
「…………」
「いい、二代? 私がいい女だってことはよーく解ってるわよね。
貴方を負かしたいい女が、貴方のことを“可愛い”って評価してるんだから、素直に受け取りなさい」
「……葵、殿……」
えーと、二人で顔近づけて見つめ合って、二代さんは目まで潤ませちゃって……。
なんですかこの空気。ナイトとナルゼだって、こんなあからさまなのは三日に一回くらいですよ?
って、ちょっと喜美ってばドサクサで二代さんマットに寝かせてる!?
二代さんも抵抗しないでされるがままだし、疑問とか無いんですかこの状況に対して!
さては喜美、隙を見てエロ術式使いましたね!? あ、でもそんな様子無かったし!?
まさかレッスン初日から、こ、このまま、……えぇー!? 私にだってそんな急には――
「葵殿、その、何をするで御座るか?」
「つ・づ・き。それよりその呼び方カタいわね。名前で読んで頂戴」
「Jud.、……き、喜美殿」
「よろしい。――フフ、いい子ね」
あーもう良い雰囲気漂わせて! 禁断ですか!? あ、でも神道的には禁止事項と明示はされてない!?
喜美は今、二代さんの横に沿う感じで寝て、頭を撫でてあげてます。あ、首に顔近づけて――
「――ふぁっ! 喜美殿、そんな!? ――んぅっ!」
二代さんの素肌部分、首や頬、耳元に、喜美が口を寄せているのが解ります。
……舌と、キス? 喜美ったら随分直接的行為に走って……!
あ、でも唇にはしないんですね。優しさというより、焦らしてるだけな気もしますけど。
「喜美殿、そこはっ、……くうっ!」
……声の調子が、変わった?
ちょっと視線をずらしてみると、喜美が腿の内側とか、へそ回りとか撫で回しているのが見えました。
二代さん、おへそ触られる感触が特に不慣れみたいで、すっごい声上げてます。
でも喜美は、胸とか、その、……には触りません。ちょっと二代さん、可哀想かも……。
――って、私何を考えてますか!?
いくら二代さんノっちゃってるからって、勢いで一線越えたら後で後悔しますし絶対!
男にも女にも免疫無さそうな二代さんに、喜美は一体何してますかナニを!
空気にアテられて傍観してたけど、今日の喜美は、……妙に過激です。
いつの間にか、ストレスとかイライラとかじゃ済まないレベルになってます。
第一、これで二代さんが道踏み外したりしたら、喜美に責任取れるんですか!?
相手は武蔵副長で、“忠勝”襲名候補で、――正純の三河時代の友人なのに。
……止めよう。えぇ、力ずくでも止めますとも。まずは言葉で。ダメならズドンで。
雰囲気に呑まれて黙っていた喉を動かすために、私はまず息を吸って――
パンッ!
倉庫の中に響いたのは、私の声ではなく、体を起こした喜美が手を打った音でした。
「――はいレッスンワン終了ー! フフフ二代、お疲れ様」
「……あ、えと……その、喜美殿?」
呆然状態の二代さん(私もですけど)を無視して、喜美は立ち上がりました。
パッパッと脱いでた自分の上着を着ると、二代さんの方を見て、
「自分の知らない自分、見られたかしら?」
言葉に、二代さんが顔を真っ赤にします。何やらもごもご言ってるみたいですが、喜美は気にせず、
「フフ、教えの続きを請いたくなったらまたいらっしゃい。――さ、浅間、帰るわよ」
「ふぇっ!? ちょっと、喜美……!」
「喜美殿! その、拙者は――」
二代さんの声を無視するように、喜美は私の手を引っ張って体育倉庫を出ます。
二代さんが何を言おうとしたのか、私には、よく聞こえませんでした。
●
「ちょっと喜美! さっきの、一体どういうつもりですか!?」
学校を出てしばらく歩いたところで、私は喜美に怒鳴り混じりで問いました。
熱くなっても意味がないのは解ります。でも、さっきの喜美の行動は納得いきません。
半端――押すでもなく、引くでもなく。そんな印象です。
「浅間ったら、なぁにツノ出して怒ってるの? フフ、可愛い顔が台無しじゃない」
……そのセリフ! 馬鹿にしているつもりですか!? 二代さんとは年季が違いますよ!
「そんな言葉でごまかされません! それより、二代さんに悪いとは思わないんですか!?」
「何のことかしら? 教えを請うてきたのは二代の方からだし、
私、お世辞のつもりで人を褒めたりしないわ。いつだって本気よ? ……それとも、」
喜美は声を止めて、足を止めて、……満面の笑顔で私を見て、
「――最後までしてあげなかったことを、悪いと言ってるの?」
「〜〜〜!! もういいです! 喜美のことなんか知りません!!」
私が早足で歩き出すと、喜美の足音も着いてきました。
「だって浅間、オモチャって一回で遊び尽くすと飽きちゃうでしょ?
私そんな勿体無いこと出来ない性分だから。ねぇ、それよりも――」
無視して歩いているはずなのに、喜美の声が私の耳に入ってきます。
「――今日、泊まりに行ってもいいかしら?」
「ッ!? ちょっ、何を、……きゃっ!」
思わず足を止めて振り向くと、喜美の体がぶつかってきました。
後ろに倒れそうになった私の体が、喜美の両手に支えられます。
すると当然、私と喜美は向かい合うわけで、……喜美が真っ直ぐに私を見るのを、嫌でも意識してしまいます。
喜美は、ただ私に笑顔を見せて、
「返事は“はい”“いいえ”どっちなの? ――智」
――顔が、熱くなるのを感じます。だから私は目をそらして、返事をしました。
「……勝手にしてください」
「フフ、ありがとう浅間。――大好きよ」
そう言って、喜美は私を抱き締めました。こうなっちゃったら、私は――
「喜美ってば、本当に調子良いんだから……」
――負け惜しみを言うのが、精一杯です。