さて二代の前を洗おうという段になって、正純はまたしても疑問を持ってしまった。
……こういう時って、どこから洗えばいいんだ?
背中を流す時は、上から下へ何も考えずにやればいい。単純明快だ。
しかし体の前面は、大まかにパーツ分けすれば胸・腹・腰だ。
自分と違い豊かに膨らんだ胸。腹筋が目立たない程度に引き締まった腹。肉付きの良さそうな腰回り。
体を洗うという正当な理由があるのに、どこから手をつけるのにも罪悪感を覚えてしまう。
なので正純は選択を保留して、まずは腕を洗おうと考えた。
そうするために二代の手を取ると、
「あっ……」
「え!? ど、どうかしたか!?」
二代のこぼした一言に、正純は激しく慌てふためく。それに釣られたのか二代も慌てて、
「いや、何でも無いで御座るよ! ……同じだな、と思っただけで御座る」
言うと、二代は顔を横に向けたまま片腕を伸ばした。
……“同じ”って何のことだ?
幼いころ、母に体を洗ってもらった時を思い出しでもしたのだろうか。
それなら微笑ましい話だな、と正純は思って、二代の腕を擦り始めた。
視線はなるべく腕に集中させて、余計な物が目に入らないようにする。胸とか、腹の下とか。
「…………」
「…………」
会話が途切れ、肌の上を手拭いが滑る音だけが風呂場に響く。
肩口まで洗い終わり、逆の腕を、と思って正純が顔を上げると、
目を閉じて唇を固く結んだ二代の顔が目に入った。
「なあ、二代」
彼女の表情が自然なものではないと正純は思って、
「お前の方が頼んだのにこう言うのも変だけど、……嫌ならやめようか?」
「へっ!? いや、拙者けっして嫌がってなど御座らぬ!」
「でも顔が明らかに緊張してたぞ。あのさ、何か私にやらせる理由があるのか?」
「まっ正純は拙者の体を洗うのが嫌と申すか!?」
慌てた様子で声を上げる二代に、正純は不審の念を強くして、
「質問に質問を返すな。そもそも、怪我でもないのにいい年した女が他人に体洗わせるか?」
「怪我でなくても、……理由はあるで御座る」
「それは――」
何だ、と聞こうとした正純だが、声を出す前に二代の変化に気がついた。
顔が赤いのは相変わらずだが、目にうっすら光るものが浮かんでいる。
……まさか、泣かした!? 私が二代をか!?
推測される現実に、正純は内心パニックになりかける。
ついさっき何でも相談に乗ると宣言しておいて、このていたらくは如何なものか。
どうすれば良い? 正純は考える。視線を二代から外すと、小さく息を吸ってから、
「……ごめん。問い詰めるような言い方して」
言うと、二代の反応を待たずにさっき洗っていたのと逆の手をとった。
二代の腕を伸ばさせると、手拭いを擦りつける。雑にならないように気をつけながら。
「頼み聞くって言ったくせに、話が違ったよな。ちゃんと、やるからさ」
「正純……」
一度は納得したはずなのに、疑念を持ってしまった。そのことを正純は、ただ悪いと思う。
二代の様子に違和感があるのは事実だが、それを原因に自分が怒るのは筋違いだろう。
気にしない気にしない。正純は改めて心の中で唱えると、二代の腕を擦った。
それほど時間はかからずに、手拭いが肩に至る。しかし正純は、今度は手を止めなかった。
二代の肩を空いた左手で掴むと、鎖骨のあたりに手拭いを滑らせる。
「あっ――」
戸惑いを含んだ声が二代の口からこぼれ落ちるが、正純は気にすることなく手を動かす。
首筋から顎下を擦る際に二代がわずかにうめいたが、やはり正純は気にしない。
そして二代の、年齢相応に成長した胸に目を落とす。
「…………」
「あ、ま、正純? その、あまり見られると――んっ!」
膨らみの上面部に、腕の時より若干力の入った手拭いが押し付けられた。
「………………」
「――ん、くっ――」
茶碗の外側を拭くかのような手付きで、胸の外側を擦る。手拭いを持ち替えて、反対側も。
力に応じて形が変わる様を見ていると、正純は内心黒いものが生まれるのを感じる。
「……………………」
「正純、もう少し優しく――――きゃつ!」
胸の中央、谷間の部分に手を突っ込むと、両側から弾力が伝わってきた。無視して手を上下させる。
二代が何か言っているようだが、正純はそれも無視して両胸の内側部分を擦り上げた。
勢いをそのままに、膨らみの下側部分も洗浄開始。持ち上げるように手拭いを動かす。
擬音表現すると『たぷたぷ』かなぁそれとも『ぽよぽよ』とか『ぷにゅぷにゅ』かなぁ。
どうしてやわらかさの表現ってパ行音が共通してるんだ? と正純は頭の片隅で思った。
思いながらも手は止めない。
「あの、正純、胸はもう結構で御座るから――」
……あ、もういいのか。それじゃ最後に……
「――くっ、うあぁっ!」
仕上げとばかりに正純は、手をつけていなかった先端部に手拭いを当て上下させる。
微妙な硬さを感じながらも、それを押し潰すように擦る。反対側も同じようにした。
……次は、順番からして腹あたりか?
そう思った正純だが、しかし急に動けなくなった。
原因は、二代が倒れ込むように抱きついてきたからだ。
「ぅわっ! おい二代、大丈夫か!?」
二代の行動を疑問に思う前に、彼女の体の熱を正純は感じた。
湯船に浸かったわけでもないのに、体温が高く、呼吸も荒い。
正純はわずかに焦って、
「二代、やっぱり調子悪かったのか? 体を流すだけにして、早く上がった方が――」
「――違うで御座る」
正純の言葉を否定すると、二代は一つの動きを見せた。
ただ正純に体を預けるのではなく、背中に手を回して力を込める。
相手の肩に顎を乗せて、体を密着させる動き。
抱き寄せる、という二代のとった行動に、正純は本日何度目かの混乱を覚えた。
「二代? あの、その、――な、何だ?」
言ってから、正純は後悔する。
……“何だ”って、それこそ何だ? もっと良い言葉は無いのか私!?
「正純」
自分の耳元から聞こえてくる言葉に、正純はドキリとする。
「拙者、そなたに黙っていたことが御座る。
体が熱いのは風呂に入る前からで、その原因も、……おおよそ理解しているので御座る。
ただ、熱を鎮めるすべを知らず、正純に聞くのもはばかられて……」
二代の声は震えている。告白の恥ずかしさか、あるいは別の感情がそうさせるのか。
正純は、自分も二代の背に手を回して、ポンポンと軽く叩く。
「話すも話さないも、好きにすればいい。でも、言ってくれれば何か案は出せるかもしれない」
「Jud.、心遣い感謝いたす。……実は今日、喜美殿に会って、」
――喜美。つまりは葵姉。その名前を聞いて、正純は一瞬不安を覚えた。
「“女の魅力”について教授願えないかと、頼んだので御座る。
“武蔵”でも武芸一辺倒で、拙者に成長はあるのか。私を負かした相手からなら、何か学べるだろうか、と。
喜美殿は快諾されて、それで私は、学校の体育倉庫に連れて行かれて――」
……いや、女の魅力と体育倉庫がどう繋がるんだ?
「――体を、その、色々と触られて……」
「ちょっと待て二代!」
正純は二代の肩を掴んで、体を無理矢理離させた。そして正面から視線を合わせる。
二代は、正純の強い反応に困惑している様子だった。
聞きにくいけど、聞かなければならない。正純はそう思う。
けれども、言葉が上手く出てこない。正純は迷いながらも口を開き、
「触られたってのは、あー、……関係を迫られたのか?」
喜美にとって性別は問題になるのだろうか、と正純は想像する。
普段の言動やエロ信仰のことを考えると、正直見境い無しでも違和感は無いかなと思った。
「……関係、とは?」
二代は、正純の言葉の意図を掴みかねているらしい。
……あまり、直接的な言い方はしたくないんだけどなぁ……。
「だから、肉体関係、要求されたのかって……」
さすがに目を見ては言えず、正純は顔を横に向けて言った。
しかし二代は、いまだに得心しかねるという風で、
「肉体の関係と言えば、その通りで御座る。正純、何が言いたいので御座るか?」
……まさか二代、そっち方面の知識皆無なのか?
正純は、そらしていた目をもう一度二代に向けて、
「……葵姉に具体的に何をされたのか、聞いてもいいか?」
「ええとだな、……胸を触られて、腹や脚とか撫で回されて、首や耳を舐められた。
上手く言えぬが、あれは今まで感じたことのない不思議な感覚で御座った」
感想までは求めてない、と正純は頭を抱えたくなる。
「体が妙に熱くなって、頭がぼーっとして何も考えられなくなって……。
ところが喜美殿が急に切り上げて、帰ってしまわれた。
それからずっと、体の内側がくすぶっているようで、一向に鎮まらなかったので御座る」
……要約すると、一方的に火を点けられて、放置されたら消しようがなかった、と。
話を聞いて思った疑問を、正純はためらいがちに口にする。
「二代は、ええと、あの……自慰はしないのか?」
「? じい、とは?」
「……そこからか……」
正直ここまで知識皆無とは思っていなかった。小学生じゃあるまいし。
運動は欲求不満を解消させるという説があるが、二代はその典型なのだろうか?
二日に一回はしてしまう自分が、とても恥ずかしい生物のように正純は思った。
だからといって、二代をこのままにしておいて良いとは考えられない。
葵姉以外にも変人が多数巣食う三年梅組で日々を送るなら、誰に何を吹き込まれてもおかしくない。
……それならば、いっそ私が教えた方が良さそうだよな。
少なくとも葵姉のように、中途半端で放置して困らせたりはしない。気持ちがよく解るし。
「――二代、性教育は受けているよな?」
「なっ!? ……ま、まあ一応は……」
いきなり何を言うで御座るか、と戸惑いながら二代が言う。
そうか、と正純は頷いて、
「知っていると思うが、性行為は快楽を伴う。子孫を作りやすくせるための人体の仕組みだな。
その快楽を得るために、自ら擬似的な性行為をすることを“自慰”という。
快楽を得るためだけではなく、相手不在の人間の性欲発散という意味合いもある。それでだな、」
落ち着いて聞けよ、と正純は前置きして、
「擬似的な性行為は、一人で行うものとは限らず、また快楽目的なら相手が異性である必要も無いわけだ。
だから、葵姉がお前にやったことは、……つまりそういうことだ」
「……えっ、あぁ、……うぁ、わ、私は……」
すっかり茹でダコと化した二代は、正純の言葉を理解すると、
自分が何をされたか、そして正純に何を告白したのか、やっと自覚したようだった。
その反応を見て、正純は溜め息を一つ落として、
「落ち着くんだ二代。何か悪いことをしたわけではないし、これからは自分でするようにすれば問題無いだろう」
「自分でと申すと……」
「葵姉に騙されたりしないで、そういう気分になったときに、自分で、だな……」
指示語が多い会話だなぁ、と正純は頭の片隅で思う。
「しかし正純、具体的にはどのようにすればいいので御座るか?」
「それは、……方法も、快楽を感じるところも、個人差があるから……」
……まさか、この場で実演するわけにはいかないし。
言葉で説明こそしたが、最後の一線は踏み越えないでいたい。そう正純は思う。
しかしそれを知ってか知らずか、二代は、
「……正純、拙者に自慰の手ほどきをしてくれぬか? 拙者が自分で何をしようと、もはや体が鎮まるか解らぬ……」
「馬鹿なこと言うなっ。自分の性行為を他人に見られたら、恥ずかしいってもんじゃ済まないぞ!」
「拙者はっ!」
二代は強く言葉を出し、目をまっすぐ正純に向けて、
「拙者は、正純にだったら何をされようと構わないで御座る! どれだけ恥ずかしくても、そっちの方が良いで御座るっ!」
……二代、お前……。
二代がどういう気持ちでいるのか、正確なところが正純に解るわけはない。
それでも、並々ならぬ感情でもって言ってきたのは伝わった。
だから、正純が最初に得た感情は驚きで、次が困惑だった。
「どうして、私なんかにそんな……」
「正純が、正純だからで御座る。拙者は所詮、戦いのことしか考えられぬ女。
でも正純は、そんな私のことを気にかけて御座った。今も、三河の時も……」
「それは――」
――三河では、比較対象にされたお前につらく当たることすら出来ないほど、私が臆病だっただけで……
「今も正純は、拙者の悩みを真剣に取り除こうとしてくれたではないか。
だから、今しばらく、拙者のことを考えてほしい……」
二代の言葉には誤解も混じっている。そう正純は思うが、
……たとえ誤解であっても、二代にとっては真実なんだよな……。
彼女の真実を壊すことに意味は無い。だから正純は、
「二代……」
一旦は離していた手を、再び二代の背に回した。互いの体が、顔が近づく。
「――Jud.。今はただ、お前のことだけを考えるよ」
言うと正純は、そっと二代の頬に口付けた。
「正純、忝のう御座る…………んっ」
正純の右手が、二代の背筋をなぞるように下へと移動していた。
途中で手は前面に回り、密着していた二人の体の間に割り込む。
そのまま正純は、二代の太ももの間に手を入れる。
「正純、くすぐったいで御座るよ……」
ゆっくりと太ももの内側を撫で、抵抗や緊張が無いのを感じると、
「――ぅわっ!」
「逃げるな、二代」
脚の付け根のさらに奥に触れると、驚いた二代が腰を引いた。
引いた分だけ正純は、自分の体を近づかせて、左手で二代の腰を抱え込む。
二代がこれ以上下がれないようにしてから、改めて正純は指を動かした。
「――んっ! ぁ、あぁっ!」
入り口の周りを指の腹で撫でるだけで、二代は声を上げた。正純の首に回した腕に、力が入る。
「二代、熱いな。ずっとこうだったのか?」
正純の問いに、二代は頷きを返した。
「……私が胸洗ってやった時、興奮したか?」
「っ、それは――――くぅっ!!」
話しながら、ゆっくりと中指を二代の中に挿し入れた。
第一関節まで入れただけで、強く締め付けられるのを正純は感じる。
「二代は、こういうことされるの初めてなんだろ?」
「さっきから、そう言って御座る……」
「なら、もっと楽しまないとダメだぞ。力抜いてな」
「そう、言われても、――ふあぁっ!!」
指を奥に進めずとも、その場で動かすだけで、二代は強く反応する。
上下左右に、ほぐすように動かしていると、締め付けの他にぬめりも感じ始めた。
「んぅっ、は、ぁ……正純……」
狭い風呂場に二代の嬌声が響く。それをBGMに、正純は手を動かし続けた。
「――二代、気持ち良いか?」
「Jud.、でも、拙者、おかしくなりそうでっ……うぅっ……」
「そういうものだから安心しろ。大丈夫だからな、二代」
「正純っ、ぅぁ、あっ――ぁぁあああっ!!」
ひときわ大きい声と共に、二代は体を震わせた。
正純を抱き締める腕に力が入って、――そして、脱力する。
もたれかかってきた二代を支えながら、正純は指をゆっくり抜いて、言った。
「……声、意外とすごかったな……」
「…………不覚で御座った……」
正純に体を流してもらった二代は、今は湯船の中にいる。
湯船に二人同時は窮屈なので、正純は改めて体を洗っていた。
……風呂だってのに、汗かいちゃったしなぁ……。
と、肩まで浸かって顔だけ出している二代が、正純に声をかけた。
「……正純、その、……無茶な申し出を受けさせてしまい、申し訳無いで御座る」
聞いて、正純は苦笑すると、
「お前が謝ることじゃないよ。それよりも――」
「む、何で御座るか?」
「――いや、やっぱりなんでもない」
……二代“に”してもらうのは、また次の楽しみにしよう……。
静かになった風呂場には、水音だけが響いていた。