「面白くないわ」
下校時刻、学校の正面橋を歩いていると、喜美が急に言いました。
「突然ですね。何か不満なことでもあったんですか?」
「不満も何も、言葉通りよ。面白くないの。その程度も解らないとか、浅間、日本語力大丈夫?」
正直、喜美に日本語がどうこう言われる方が私的に面白くないです。なのでスルー。
「で、何が面白くないと?」
「最近愚弟がホライゾンにべったりで、からかってもノロケ返し一辺倒で飽きちゃったわ。
正純ファッションショーや正純メイクショーも大概やり尽くした感じだし」
「要するに、新しいオモチャが欲しくなったと……」
はぁ、と私は無意識に溜め息をついていました。喜美らしいと言えば、その通りですけど。
私は散々弄ばれた身ですから、今更標的になる事は無いでしょう。そう信じてます。
とはいえ、このまま喜美の欲求不満を放置しておけば、いずれストレス臨界、
ストック開放大惨事コースというのも考えられなくはないでしょう。
なにせ最後にして最大の喜美ストッパーであるトーリ君が、全く役に立たないわけで……。
……何か、手頃な生け贄はいませんかねぇ……。
そんなことを考えていると、
「――葵殿!」
私達の後ろ、校舎方向から呼び掛けの声が聞こえました。
私と喜美が振り向いてみると、長いポニーテールを揺らして駆け寄ってくる姿が一つ。
「あれって、二代さん? ……喜美、武蔵副長にとっ捕まるような犯罪とか、してませんよね?」
「フフフ浅間、愚問極まるわ。美人は存在自体が罪なのよ」
「はいはいJud.Jud.。」
そんなことを話す内に、二代さんが目の前にやってきました。息一つ切らさないのが流石ですね。
「呼び止めてしまって申し訳無い、葵殿、それに浅間殿」
「あ、別に私は構いませんが……」
「フフフ、駄目侍が私に一体何の用かしら?」
喜美の言葉に、ぐっ、と二代さんがうめきます。何故そんな呼称かというと、
……祝勝宴会で喜美が二代さんに『侍ならば酒も嗜みの内よね?』なんて挑発入れて……。
すわ飲み比べかと思いきや、一杯目で酔っ払った二代さんが勢いで酒瓶割断して、
そのまま寝入ってしまったはずです。まぁ私も記憶曖昧ですが。
ともあれ、結果として二代さんは喜美に二連敗で、駄目侍という不名誉な字名で呼ばれています。
……もちろん喜美限定ですよ? 私、心の中でだって言ったことありませんよ?
ただ、そういったことが、二代さんが皆と打ち解けるきっかけになった気もします。
私みたいな常識人からすると、三年梅組は良くも悪くも個性豊か過ぎます。
個性的にも人間関係的にも、二代さんは馴染み始めたんじゃないですかね?
さて、そんな二代さんが喜美を呼び止めて、一体何の用事でしょう?
リベンジ一騎打ちなんぞ挑んだ日には、二代さんのトラウマ増えちゃう気もします。
あ、でもそうなったらセージュンに慰めてもらうとか? マルガが喜びそうです。
ともかく、彼女は喜美に向き合うと、軽く息を吸って、
「葵殿、――どうか拙者に、女の魅力というものをご教授願いたい」
「ちょっ、二代さん!? それは――」
色々フラグが立ちますよ!と言おうとしたら、横から邪悪なオーラを感じました。
嫌な予感がして喜美を見ると、視線で私に語りかけてきます。内容は、
『余計なこと言ったら、……ちょっと激しいわよ?』
……私は、口をつぐんで首を縦に振ることしか出来ません。だって我が身って大事だし。
「浅間殿、何かあり申したか?」
「フフフ二代、コレは無視して問題無しよ。気にしないこと。
それにしても私に教えを請うとは、心構えは天晴れだけど、どんな心境なのかしら?」
「葵殿、拙者先日の一件で、己の未熟、至らぬ点を多く痛感いたし申した。
故にまず、拙者とは異なる強さを直接提示した相手として、貴殿に教えを請うので御座る。
……どうか、了承してはもらえぬだろうか?」
二代さんは真っ直ぐな、純粋っぽい光すら感じる視線で喜美を見つめています。
対する喜美は、先程までの不機嫌はどこへやら、な笑顔をしてて……あぁ、嫌な予感が……。
「ククク、まあ良いわ本多・二代。花の美しさの秘密、貴方に教えてあげましょう」
「忝のう御座る……!」
二代さんが勢いよく頭を下げました。これから何をされるかも解らないのに、健気です。
しかしどうやら私は無関係な様子。あまりこの場に留まっていると、巻き込まれかねませんので、
「えーと、話は決まったみたいですね? それじゃ、私はこれで……ッ!?」
立ち去ろうとする私の肩が、力強い手に掴まれました。
「フフフ浅間、なぁに一人で帰ろうとしてるのかしら?」
「え? いやでも、私不必要っぽいですしー」
「フフ、花の美しさは他人に愛でられてこそのもの。
ならばそれを伝えるには、ギャラリーがいた方が好都合でしょ?
――さぁ着いて来なさい駄目侍! これから私が、女ってモノを教えてあげるわ!」
「Jud.、葵殿!」
「ちょっと喜美!? なんで私までってうわあ引きずらないでぇぇぇ……」
……完全に、逃げ遅れてしまいました。これから一体、どんな悪夢が始まるんでしょうか……?