手の中には、小さな小瓶が一つ。  
 その小瓶には全裸のインキュバスがこちらに微笑みを投げかけていて、横にはまるべ屋のロゴが刻まれている。  
 それをじっと目を落として、ミトツダイラは思った。  
 ……勢いで買ったのはいいのですけど、これは……。  
 どう考えても、デザインが怪しすぎた。  
   
 ここは実家の自室で、教導院帰りの今は自分以外誰もいない。  
 だからまあ、誰にも見られる心配はないのだが、どうにも落ち着かない。  
 ……良く考えたら買った時点で人生ドロップアウトな気もしますわね……。  
 ミトツダイラは、ベッドに横向きに腰掛けたまま、小瓶を半回転させて、裏の説明書きを見た。  
 そこには、こう書かれている。  
「製品名、『淫夢(ユメ)は見れたかよ?』……名称”淫夢薬”」  
 そして、  
「監修:伊藤・健児」  
 聞いた話によると、イトケンの監修の元、マルガとマルゴットによって作られた薬らしい。  
 ちなみに、効果は女性限定だ。  
 用途はまあ、あの二人のことだから想像するに難くないが、問題はそこからだった。  
 何をどう間違えたのか分からないが、シロジロとハイディの二人がいつの間にか製品化し、売り出したのだ。  
 派手な広告は打たれなかったが、しかしその効果は女子同士のネットワークによって静かに広まっていく。  
 そして先日、その噂がミトツダイラに届いたのだ。  
 情報提供者の某ズドン系巫女曰く、  
 『最高に気持ち良い』、『癖になる』、『翌朝の虚脱感がヤバイ』とのことだが、  
 ……どう考えても麻薬の使用感ですわよね。  
 後は、なにやら小説のネタになる、とか言っていたような気もするが、何のことだか分からないので放置。  
 ミトツダイラは、再び説明書きに目を移す。  
「使用方法:睡眠直前に本品を服用し、その後相手を一人だけ想いながら睡眠をとって下さい」  
 そうすれば、その人とあんなことやこんなことやそんなことだってキャー! ……と続く。  
 ミトツダイラが一番に思い浮かべたのはトーリだった。  
 そしてそのまましばらく妄想に耽る。  
 口元をだらしなく歪ませながら無言の時間は続き、  
「……かはっ」  
 血液的な何かを吐き出しながら我に返った。  
 ……な、何を考えてるんですの私は……っ!  
 ベッドに倒れこんでごろごろとのた打ち回る。  
 銀色の髪が布団やら何やらと絡み合い、糸を引き、まさにミトナットー。  
 あー、とか、うー、とかうめきながら、ようやく起き上がったときには、髪がとんでもないことになっていた。  
 ……これはよろしくないですわね。  
 ベッドから立ち上がって、手に握ったままだった薬を机の上に置いた。  
 ……とりあえず、コレは保留にしましょう。  
 そう思い、さてこれから何をしようか、と考えをめぐらせたとき、  
「おーい、ネイト、いるかぁー?」  
 玄関の方から、トーリの声がした。  
 まずい、とそう思った。  
 理由として、第一に、今は髪がヤバイ。  
 第二に、薬が机の上に置きっぱなしだ。  
 第三に、まださっきの妄想が抜けきっていない。  
 まずミトツダイラは思い切り首を振って、第三に対する応急処置を図った。  
 が、  
 「……あ」  
 第一の方が音速超過で悪化していた。  
 ……これは本格的にまずい……。  
 とりあえず髪は一旦置いておいて、薬を最速で引き出しにぶち込んだ。  
 次いで髪の応急処置に入る。しかし、  
 ……あまり待たせておくわけにもいきませんし。  
 できる限り早く終わらせようとして、髪の方に目をやった瞬間、  
「あー、ここにいたのかー」  
 馬鹿がやってきた。  
 
「ばっ、ちょっ、女性の部屋に勝手に入ってくるなんて、一体どういう了見ですの!?」  
 声を上げるが、馬鹿は悪びれもせずに、  
「おーネイトー、なんか髪型変わってんなー。あれかー? イメチェンかー?」  
「そんなんじゃありません! 全く、誰のせいだと――」  
 半ば叫びながらトーリに近寄り、そこで、ミトツダイラは気が付いた。  
「って、顔赤いですわよ? どうしたんですの?」  
 彼の顔を見ると、いつもの微笑の上に、確かな朱が乗っている。  
 ……そういえば、声もいつもより間延びして――。  
「いやー、ちょっとさっきから身体が熱くてなー」  
 トーリは、頭の後ろをぽりぽりと掻きながら平然と言う。  
「どう見ても病人ですわよ! なんでこんな所に来ているんですの!?」  
 すると彼はこちらの目を見て、  
「……ネイトに逢いたかったんだよ」  
「――ッ!?」  
 こちらにもたれかかってきた。  
 一目見ただけだと抱きつかれているように見えなくもないだろうが、すこし状況が違う。  
 ……身体に力が無い。  
 トーリは、身体から力を抜いて、体重をすべてこちらに預けてきている。  
 密着した彼の身体は、風呂上りかと思うほど熱い。  
 その熱さに、ミトツダイラはまず不安の感情を得た。  
 ……本当に、病人じゃありませんの……。  
 心の底でもう少しこうしていたいと主張するもう一人の自分を、全力で殴り飛ばした。  
 トーリの息は熱く、速く、荒い。  
「ちょっと、いいですわね?」  
 言って、彼を自分から引き剥がしつつ、脇の下に手を入れた。  
 うー、とか声がするが、気にせず、ベッドまで連れて行こうとして、  
「――あ」  
 ミトツダイラは、トーリの制服の胸ポケットに見覚えのある小瓶を発見した。  
 ポケットから頭から三分の一程度はみ出しているそれは、間違いなく『例の薬』だった。  
 すると、トーリもそれに気づいたらしく、  
「あー、これな。さっき家でコレ飲んだら身体が熱くなってなー」  
 そして、  
「無性にネイトに逢いたくなった」  
 う、とミトツダイラは息を詰まらせる。  
 じわり、と顔が熱くなるのが分かった。  
 ……そんなストレートに言われたら、流石に困りますわよ……。  
 だが、当座の問題はそれではない。  
「コホン、あー、えっと、総長?」  
「んー?」  
「確かその薬、女性専用という話でしたけど……。聞いてませんでしたの?」  
 するとトーリはさもなんでもないことのように、  
「ああ――、知ってるよ」  
 はあ? と首を傾げると、トーリは続けて、  
「なんかさー、コレ飲んで寝るとエロい夢見れるらしいじゃん? で、そんな夢のテクノロジーが女性専用。  
 分かる? 使えるのは女だけなの。それを聞いたとき俺は思ったね――女性専用? 知ったことか」  
 ……ああ駄目だこいつ馬鹿だ。  
「それでまあジェンダーフリーと3回唱えて飲んだんだよ。するとコレだ。まさか男が飲むとこんな効果があるなんてな。  
 ……って、ネイトこの薬知ってたのか。使ったことある?」  
「い、いいえ、そのようなもの、私には基本的に必要ありませんもの」  
 ……嘘は言ってない嘘は言ってない――!  
 すると、トーリはこちらから身を離し、両の脚で直立した。  
「そうか、しかし、アレだな。確かこの薬の効果って、『寝る前に想っていた人とエロいことが出来る』ってんだよな?」  
 こちらに問うてくるトーリの顔には、赤みはあっても、ついさっきまでの力の抜けた様子は無い。  
「ええと、まあ、多分、聞いた話ではそうだったかと。……それより、もう身体は大丈夫なんですの?」  
 うん、とトーリは一つ頷いて、  
「ネイトに逢ったらなんか落ち着いた。で、ついさっき薬を飲んだらネイトに逢いたくなったわけだけどさ。これってさ――」  
 もしかして、  
「俺、ネイトのこと好きなんじゃねえかなあ」  
 
 気づいた時には既にベッドに押し倒されていた。  
 自分の上に覆いかぶさるようにトーリがいて、身体の後ろにはベッド。  
 未だに状況を把握できずに彼の顔を見ると、彼はこちらに微笑みを投げてくる。  
 ……その顔は反則ですわよ。  
 見ると、文句を言う気が一瞬にしてしぼんでしまう。  
 けれど、何か言わなければ、と口をもごもごと動かしていると、  
「なあネイト」  
 トーリの方から言葉が来た。  
「嫌だったら言ってくれな」  
 そして、背中に手を回される。完全に抱きしめられる格好だ。   
 トーリの頭がこちらの肩の上に載っている。  
 ミトツダイラは体が硬直するのを感じるが、ほのかに漂ってくる彼の匂いに、段々と力が抜け落ちていった。  
 無意識的に上がっていた両手が、パタンとベッドに落ちる。  
「あ、あの、総長……」  
 知らず言葉を紡ぐと、トーリが顔を上げた。  
「どうした? 嫌だったら止めるよ、俺、ネイトを悲しませたいわけじゃないから」  
 その言葉で、何か留め金のようなものが外れ落ちた。  
 ……まったく、こんなときだけ男らしいんですから。  
 ふふ、と笑みが漏れるのを、ミトツダイラはもはや止めようともしない。  
「いいえ、私は……」  
 ミトツダイラは、軽く首を振ると、  
「――――」   
 彼にそっと口付けた。  
 
 それから先は、あっという間だった。  
 浅い口付けは、互いの口内を愛撫するような深いものへと変わり、やがてトーリの唇はこちらの首筋を通って、胸元までたどり着いた。  
 そこで彼はこちらの身体から唇を離して、身体をなぞる役目をその両手に代える。  
 ゆっくりと、彼の手が胸に当てられた。  
 だがそれは、あくまで優しく、こちらを気遣っているのが簡単に分かるくらいの動きだ。  
 だから、ミトツダイラは言った。  
「あ、あの、総長……?」  
「ん、どうした」  
 彼は手を止めてこちらを見る。  
「そんな、私に気を使わなくて結構ですから、貴方の好きになさって構いませんのよ?」  
 言いたいことは伝わっただろうか。  
 トーリが、無言で頷いたのをミトツダイラは見る。  
 そして手の動きが加速した。  
 服の上から揉み、撫でられ、押されて、  
「――っあ」  
 思わず声が漏れる。  
 はしたない、と思い、手で口を押さえようとするが、  
「んんっ!?」  
 それより先に、トーリの唇が割り込んできた。  
 口をふさがれたまま、胸への刺激は止まることが無い。  
 感じるのは、胸の快感と、彼の匂いと、張り裂けそうな鼓動のみ。  
 ようやく彼が唇を離したときには、すでに息は上がりきっていた。  
 荒い息をついて、トーリの方を見ると、彼は既に手を止めていた。  
 そしてこちらを見て、  
「ネイト。……いいか?」  
 意味はすぐ分かった。  
 返事として、頷きを一つ。  
 
 トーリは、手間取ることも無くミトツダイラの服を全て取り払った。  
 ……もう少し手こずると思ったんですけれど。  
 ミトツダイラは、トーリの前に、生まれたままの姿でいた。  
 不思議と羞恥は無く、ただ、嬉しいという気持ちが心中の大半を占めていた。  
 さらけ出された胸へと降りてくる彼の唇に、ミトツダイラは身体を委ねる。  
 先端に軽く触れられた。  
「っ」  
 そのままついばむ様にして先端を刺激した後、円を書くように、山裾を下っていく。  
 先ほどの手と同じような動きだが、直に伝わる刺激は、  
 ……比べ物に、ならない……!  
 自然に漏れ出す吐息に、艶のある声が乗る。  
 しばらくそうやって触られているうちに、ミトツダイラは、脚の間に湿りの感覚を得た。  
 なんとなく心地が悪くて、脚をすり合わせるように動かす。  
 と、それに気づいたのか、トーリの手がそこに急行してきた。  
「あっ……ん」  
 入り口の部分で指を往復させて、湿りを指に絡ませると、  
「濡れてるな……ネイト、気持ちよかったか?」  
 指を動かしたまま、トーリが身もふたも無いことを聞いてきた。  
 が、ミトツダイラにはすでに余裕が無い。  
「ええ、……んっ、良い、ですわよ……だから」  
 だから、  
「続けて……」  
 言うと、トーリは唇を動かした。  
 胸から離れて、脇を通り、臍を撫でて、そして、  
「んんっ!」  
 “そこ”にたどり着いた。  
 そして、深い場所をざらりと舌で拭う。  
 ミトツダイラは、脚の間に感じる熱さと彼の存在に、段々と高まっていく。  
 もはや、上がる声を止める術はなかった。  
「んっ、……はっ、ああっ! ……あっ!」  
 乱れる髪も、口の端から流れる唾液も気にしていられない。  
 ミトツダイラは、自分の限界が近いことを悟った。  
「ああっ! ……総長、そう、ちょう……」  
 最後に、搾り出すように、  
「好き……」  
 言った直後、トーリが芯を甘噛みしてきた。  
 それによって限界を迎えたミトツダイラは、絶頂の声とともに意識を失った。  
 
 その、暗闇へと落ちる刹那。  
 微かに、しかし確かに、一つの声が届いた。  
 それはトーリの声で、  
「……俺も好きだよ、ネイト」  
 と、そう聞こえた。  
 
   
   
    
   
 ――という夢を見た。  
   
「――――」  
 枕元には、空になった小瓶が一つ転がっている。  
 むっくりと起き上がったミトツダイラは、それを手にとって、ぼそりと呟いた。  
「……もう一つ買いましょうか」  
 

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