「……佐山君」  
 自分の名前を呼ぶ声に、佐山・御言は振り返る。  
「おはよう、新庄君。よく眠れたかい?」  
 時刻は朝の八時を過ぎたところ。普段の生活リズムならば、起床には遅すぎる時間帯なのだが、  
 ……昨夜はだいぶ無理をさせてしまったからね。  
 佐山の脳裏に昨夜の新庄の姿が寸分違わず浮かび上がる。  
 全身に熱を帯び、一心不乱に佐山の名前を叫びながら、嫌々とかぶりを振るように体を揺らす新庄。  
 ……素直になった新庄君はまロいの概念をどこまでも淫らに染め上げてくれるのだね!  
 感じているのを知られたくない。でも、それも含めて自分の全てをこの人に知ってほしい。  
 そんな矛盾した願いを反映した、新庄の口から漏れる喘ぎは佐山の情欲をどこまでも誘って離さない。  
 ……うむ、素晴らしきかな矛盾許容概念、ビバLow-G!  
 このGの事象全てに感謝しながら、幻視した新庄と目の前の新庄を重ね合わせようとし、  
「……なっ!?」  
 しかし、両者は一つの存在になることができず、佐山は混乱する。  
 時間帯で考えれば今の新庄は切の状態であり、昨夜の運のときとは性別が違う。  
 それが原因なのかと疑ったのも一瞬のこと。  
 ……そのような瑣末事で新庄君に対する認識がズレるはずがない…!  
 だとすれば、おかしくなったのは自分か。  
 新庄君とは何か、自分自身に問う。  
 ……世界の誰よりもまロい尻神様に他ならない!  
 よし、私はおかしくない。世界中の誰よりも真理を見据えている。  
 ……となれば、やはりおかしいのは新庄君か。  
 心の中で最大限の謝罪を述べながら、幻視した新庄の姿を脳裏から消し、目の前の新庄をまっすぐ見つめる。  
 そして気づいた。新庄の表情が歪んでいることに。  
 
「新庄、君?」  
「…………」  
 最初に自分の名前を呼んだきり、新庄は何もしゃべらなかった。  
 視線もわずかに横に避けられ、その目じりにはうっすらと涙が溜まっている。  
 だが、その顔に浮かんでいるのは悲しみではない。戸惑い、困惑――そして怯えだ。  
 今の新庄の表情を表すちょうどいい表現方法があるはずなのだが、目の前の急展開にうまく頭が回らない。  
 だが、一つだけ、確実に認識できることがあった。  
 ……今の新庄君の表情は殺人的なまでに嗜虐心を刺激してくれる……!!  
「い、いったい誰が新庄君にこんな表情を!?けしからん、非常にけしからんね!!  
 今すぐにでもその輩に怒鳴りつけてやりたいよ!!よくやった!!!」  
 グッと握りこぶしまで作って宣誓するが、新庄からの反応は一切無い。  
 ……いつもの照れ隠しなセメント反応がないというのは悲しいものだね。  
 さて、どうしたものかと考え込んだ矢先、新庄が一つの動きを示した。  
 それは、下げていた腕を肩の高さまでゆっくりと挙げ、佐山に向けるというものだ。  
 自然と視線は挙げられた腕の先、手へと向かう。  
 新庄の手はあるモノを摘んでいた。それは白色の布状のもので、伸縮性があるのか小さく縮まっており、  
 ……ま、まさか!?  
 それが何か、すぐに理解できなかったのは「ありえない」という思い込みが邪魔をしたからだ。  
 だが、思い込みは確かなる現実によって砕かれる。それはどう見ても  
 ……新庄君の下着ではないか!?  
 間違いない。昨夜、自分で脱ぐからと恥ずかしがる新庄から、脱がせたことすら認識させぬまま頂戴したショーツそのものだ。  
 後始末を終えてから、再び新庄がそのショーツを身に着けたことを、その時の弾力溢れる尻の動きと一緒に佐山は記憶していた。  
 そして、新庄が起床してから下着を取り替えるような気配など微塵も無かった。  
 情報を統合する。つまり、新庄が現在身に着けている、膝下まで届くぶかぶかYシャツの内側は、  
 ……は、はいてない、だと!?  
 佐山メーターが限界を超えて上昇し続けていく。  
 今すぐにでも抱きついて尻を含めた全てを堪能したかったが、新庄がなぜこのような行動に出たのか、それが心に引っかかりブレーキをかける。  
 差し出された下着、まごうことなき裸Yシャツ、そして思いつめたような涙交じりの新庄の表情。  
 ばらばらになっていたパズルが構築され、そして佐山は思い至る。  
 これは新庄君考案の新手のプレイなのではないか、と。  
 
 ……となれば、私は今試されているのだね!?新庄君に!!  
 体言止めで現状況を確認しながら、新庄君の要求に応えるために全佐山脳細胞をフル回転させる。  
 ……こちらに差し出されている以上、この新庄君の下着が全ての鍵となるはず…!  
 逆に言えば、これの対処方法を誤った時点で新庄の要求に応えられないことになる。  
 ……初見でノーコンティニュークリアを強制するとは、やるね新庄君!  
 ではどうするか。選択肢は豊富だ。受け取る、匂いをかぐ、味わう、かぶる、拝み奉るetc...  
 ……くっ、難問だね!?  
 これほどの緊張感を覚えたのは全竜交渉以来のことだ。  
 もしや、この緊張感すらもプレイの一環なのだろうか。  
 だとしたら、自分の今の心境を新庄に伝えるべきだと佐山は考え、とりあえず体をクネクネと揺らしてみた。  
「………」  
 相変わらず視線を避けたままの新庄の表情に、侮蔑の色が混じったように見えたのは気のせいだろう。  
 ともあれ、この緊張感を存分に味わいながらも、迅速に行動を選択せねばならない。  
 タイムリミットは提示されていないが、悩むことで新庄との蜜月の時間が削られていくのは世界規模の損失だ。  
 ……新庄君、私に勇気を!!  
 意を決して、佐山は行動に出た。  
 差し出された下着を、新庄と共に支えるようにその端を摘む。  
 脱ぎたてなのだろう。摘んだ指先から、ほんわりと暖かな熱が伝わってくる。  
 ……し、新庄君の間接体温!!  
 咄嗟に生み出した言葉の甘美な響きとあわせ、二重の感動に打ち震える佐山。  
 はたして、佐山の行動に応えるかのように新庄の指が下着から離れていく。  
 だが、それだけだった。  
 下着を掲げる前の姿勢に戻ると、やはり無言を貫いたまま、動く気配は見えない。  
 
 ……ふ、ふふ、さすが新庄君。難易度はベリーハードの上を行くね!?  
 体を歓喜にくねらせながら、渡された下着に込められた新庄の真意を推測していく。  
 そういえば、今日は起きてから何も食べていない。  
 ……もしや、これが今日の朝食か!?  
 瞬間、これを与えてくださった目の前の尻神様に手を合わせようとし、しかし下着によって手がふさがれているため、その行動は中断される。  
 食事の前には手を合わせる。基本だ。新庄がそれをおろそかにするとは考えられない。ということは、  
 ……手を合わせられないこの状況において、この下着が朝食であるということはありえない!  
 完璧なまでの理論展開だ。非を唱えるものなど誰もいないだろう。  
 と、再び下着に意識を集中させた佐山はあることに気がついた。  
 ……なんだか重いね?  
 ずっしりと、とまではいかないが、記憶の中にあるものよりも明らかに重量感がある。  
 はて、と疑問に思いながらよく観察してみると、ほどなくしてその原因が見つかった。   
 渡されたショーツの内側、白濁色で粘性のある塊がべっとりと付着している。  
 ……なるほど、そういうことか。  
 積み上げられていた数々の疑問が全て氷解し、張り詰めていた空気が溶けていく。  
 同時に、先ほどは思いつくことができなかった、今の新庄の表情を表す最適な表現方法に思い至る。  
 ……親に怒られるときの子供の顔、か。  
 こちらが気づいたことを察したのか、新庄は視線をそらすのを止め、まっすぐに佐山を見上げた。  
 顔を振り上げたためか、目じりに溜まっていた涙が、頬をつたって流れていく。  
 佐山は黙って新庄の背中に手を当て、自分の方に抱き寄せた。  
「佐山、くん…、ボク、ボク……っ!」  
 胸に顔を埋め、体を震わせながら嗚咽を漏らす新庄。  
 佐山は背中に当てた手で、落ち着かせるようにゆっくりさすりながら口を開く。  
「大丈夫。大丈夫だとも、新庄君。これは悪いことではないのだよ。  
 むしろ、切君の体が正常に働いていることの証明でもあるのだから」  
 だから、  
「君が落ち着くまで、ずっと私はこうしていよう。  
 そして、落ち着いたら全て教えてあげるよ。  
 君の不安を取り除くためにも、私達の今後のためにも、ね」  
 
「むせい?」  
 新庄は、佐山が発した聞きなれない単語を鸚鵡返しに口にした。  
 あの後、新庄が一通り泣き散らして落ち着くと、ゆっくり話をするために二人は場所を移した。  
 行き先はベッドの上だ。まず佐山が部屋の壁を背にして座り、重なるように新庄が佐山の上に座って背中を預ける。  
 自分の身体全体を佐山が包み込んでくれるようなこの体勢は、新庄のお気に入りだった。  
 顔を合わせづらいのが難点だが、涙でぐしゃぐしゃになった顔を見られたくなかったので、今回はむしろそれが利点となった。  
 もっとも、自分がどんな顔をしていても佐山は受け入れてくれるだろう。そんな、確信に近い思いもあるのだが。  
 ……こんなこと考えるのは自惚れなのかな?  
 ううん、違うよね、とすぐに否定すると、微笑を浮かべながら背後の佐山へ体重をかける。  
「そうだよ。体内に溜まった精液を睡眠時に放出する男性特有の生理現象だ。  
 多かれ少なかれ、男性の大半は経験することで、何も悪いことではないのだよ」  
「佐山君も、したことあるの?」  
「セクシャルな質問をまたサラッと尋ねるね、新庄君」  
「あ、ご、ごめんね、佐山君」  
 謝る新庄に、いや、と首を横に振る佐山。  
「構わないよ。未知の体験をしたとき、それを他人の体験と比較検証するのは大事なことだ。  
 自分の体験だけでは、それが正常か否かの判断をつけるのは難しいからね。  
 先ほどまでの新庄君もそうだったのだろう?」  
 問われ、数秒ほど迷った後、小さくうなずく新庄。  
「起きてそれに気づいたときはね、運のアレが始まったのかと思ったの。  
 でも、意識がはっきりしてくると今の自分が切の身体だってわかって、  
 パンツの中を汚しているのも、その……」  
 どうしてもその先が言いづらく、口ごもりながらちらりと背後の佐山の様子を伺う。  
 ……うわぁ、めっちゃ期待されてるよぉ……。  
 逃げ場が無いことを悟り、観念した様子で一度大きく深呼吸をすると、  
「せ、精液、だったから……」  
「うむ、よく報告してくれたね」  
 満足げに新庄の頭をなでる佐山。  
 羞恥に顔を真っ赤に染めながらも、佐山に褒められるのを嬉しく思ってしまう自分もいて、  
 ……ボクって思ったよりも単純なのかなあ?  
 心の中で苦笑しながら言葉を続ける。  
 
「最初はね、佐山君の悪戯かと思ったんだよ?」  
「……それは少々落ち込んでしまう話だね」  
 トーンダウンした佐山の声に、さっきの仕返しだよ、と口の中でつぶやく。  
「うん。でも、いくら佐山君でも、こんな悪質な悪戯をするはずが無いってすぐに気づいたんだ。  
 それに、あの夢の中でも出しちゃったときの感覚があった、し……」  
 言葉の半ば、ピタリと新庄の動きが止まる。  
 ……えと、ひょっとして今言わなくていいことまで言っちゃった、ボク?  
 嫌な汗が背中を流れていく。不味い、非常に不味い。  
 何が不味いって背後に佐山がいるというこの状況が最悪であり、つまり根本的に手詰まりだ。  
「夢か、夢ね。そうだ、知ってるかい、新庄君?」  
「な、何をかな、佐山君……」  
「夢精時に多くの者は夢を見るのだそうだよ。  
 それはそれは、とても口には出せないようなエッチな夢をね」  
「へ、へぇ、そうなんだ、ボク知らなカタヨー……」  
「ふふふ、カタコトで必死にごまかそうとする新庄君も可愛いよ」  
「じゃ、じゃあ、可愛いボクを立てて見逃してくれないかなー、なんて」  
「あぁ、構わないよ」  
「そ、そうだよねぇ、佐山君が諦めるはず……って、ええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」  
 思わず背後を振り返りながら絶叫を上げる新庄。  
「いったいどうしちゃったの、佐山君!?  
 病気!?ねぇ、病気なの!?それとも偽者!?  
 まさか、ボクの知らないところで異世界から来た勇者に佐山時空を封印されたとか……」  
「ひどい言われようだね。  
 愛しの新庄君を困らせるようなことを、この私がすると思うかい?」  
「日常的に困らされてるから驚いてるんだよっ!!」  
「では、根掘り葉掘り尋ねてもいいのだね!?  
 なに、細かなところは忘れているかもしれないが、そこは私の煩悩の赴くままにまロく補完するので問題は無い。  
 あぁ、これもまた一つの共同作業だね、素晴らしい!!」  
「うわ佐山時空復活させちゃったよボク!?」  
 正面に向き直り頭を抱える新庄。  
 と、なんの前触れもなしに、背後から伸びた腕が新庄を包み込んだ。  
 背中を預けていた佐山の上半身もわずかながら前に倒され、結果として二人の体の密着度が高まった。  
 
「さ、佐山君……?」  
「――すまなかったね、新庄君」  
 耳元で囁かれた先ほどまでとは異なる落ち着いた佐山の声に、ドクンと鼓動が高鳴る。  
「知識として事前に教えてあげなかったのは完全に私のミスだ。  
 切君の体が機能するなら、当然予想してしかるべき事態だったのにね」  
「佐山君……」  
「怖かったかい?」  
 反射的にそれを否定しようとして、しかし、よく考えてから首を縦に振る新庄。  
「怖かったよ――うん、凄くね。  
 やっぱり、ボクの身体は普通じゃなかったのかなって、そう思ったから。  
 佐山君が今まで確かめてくれたものが、全部消えていっちゃいそうで怖かったの」  
 そのときのことを思い出し、目に熱いものがこみ上げ、体が震えそうになる。  
 だが、佐山が抱き寄せる力を強めたことで、それらは静められた。  
「大丈夫だよ、新庄君。  
 今まで確かめてきたことに何一つ偽りがなかったことを、この佐山・観言が保障しよう。  
 もちろん、これから確かめていくことも含めて、ね」  
「佐山君……」  
 自分を抱きしめる佐山の腕に、新庄は自分の手を重ね、そっと瞳を閉じる。  
 閉じた際に溢れた涙がこぼれていったが、それに続くものは何も無かった。  
 
 そのまましばらく、二人だけの静かな時間が流れていったが、  
「新庄君」  
 その沈黙を破ったのは佐山の方からだった。  
「物足りないと、そう思っていないかい?」   
「………っ」  
 瞬間、新庄の顔が耳まで真っ赤になる。  
 言葉にせずとも、それで答えを得たとばかりに動き出す佐山。  
 抱きしめていた腕を解くと、太ももや脇腹などきわどい部分をシャツの上から焦らすように撫でる。  
「あん、やっ……さ、佐山君、今は朝だよ?」  
「そうだね。新庄君の大好きな特撮ヒーローものはもう終わってしまったようだが――」  
 それがどうかしたのかね、と平然と尋ね返されると二の句を告げなくなる。  
「今までは切君と運君が均等になるように確かめてきたが、  
 男女差による性欲の差異を考慮に入れなかったのは間違いだったかもしれないね。  
 災い転じてなんとやらだ。溜まっていたものは全部出してしまおうか」  
 それに、と佐山は続け、  
「新庄君も期待していたのだろう?」  
「えと……それって三流悪役のベタな台詞だよね?」  
「しかし、真実を述べているのなら世界最高の悪役に相応しい台詞だとは思わないかね?」  
 問われても返答はせず、ただ首だけを横に回すと、  
「………んっ」  
 当然のように唇が重ねられた。  
 
 シャツのボタンが一つ一つはずされていく。  
 下着は脱いでいたため、前をはだけただけで何もつけてない裸体がさらけ出された。  
 外見だけならば女の子に見られてもおかしくない容姿だが、ここまでくると疑念の余地は無い。  
 それを雄弁に語る股間のものは、夢精時の精液に濡れた状態で小さく縮こまっていた。  
「身体、洗った方が良かったかな」   
「なに、ローション代わりにちょうどいいよ」  
 佐山の左手がそれに添えられる。  
 親指と人差し指で胴回りを一周する輪が作られ、根本からゆっくり先端へと移動していく。  
「……っ」  
 外側の佐山の指の感触と共に、内側でも動きがあり、新庄はその身を小さく震わせる。  
 尿道に残っていた精液が圧迫されて押し出されているのだ。  
 手で作られた輪がその行程を終えると、アサガオの蕾のような皮被りの先端から白濁色の液体がドロリと垂れ落ちた。  
 それを佐山は手ですくい、確かめるように指先で遊ばせる。  
「ふむ、色、粘り気、共に濃いね。これは相当我慢をさせてしまっていたようだ」  
「さ、佐山君。目の前で冷静に分析されると凄く恥ずかしいんだけど……」  
「大丈夫、じきに快楽しか感じられなくなるよ」  
「また、そういう安っぽい官能小説みたいな台詞を……ん、あっ!」  
 佐山の手が、今度はしっかりと新庄のペニスを掴む。  
 力強さは感じられるが、決して痛くは無い絶妙な力加減を保ちながら上下運動が開始された。  
 往復するたびにニチャニチャと粘着質な水音が奏でられる。精液がペニスと手の間でかき混ぜられる音だ。  
 鼻にツンと来る性臭を放つそれが、自分が出したものであるという事実が新庄を倒錯した興奮に誘った。  
 下半身に血液が集中し、佐山の手の中で膨張していくのがやけにリアルに感じ取れる。  
「ふふ、新庄君もだいぶ欲張りになってきたね」  
 言われて気がつく。手の上下運動にあわせ、わずかながら腰を突きあげる動作をしていることを。  
「うっ…、あっあぁ……、佐山君、ボク、ボク……ッ」  
 止められない。それがどんなに淫らな行動なのか、わかっているのに。  
 意志の力に逆らうほど、身体はペニスへの刺激を求め、腰を突き動かす。  
 昨夜、女性である運として佐山と交わったばかりの新庄だからこそ、恐怖を覚えるほどに実感できた。  
 溜め込まれた男性の性欲が、いかに貪欲であるかを。そして、  
「………っ!!」  
 一際高く腰が突きあげられた瞬間、新庄のペニスの先端から精液が迸った。  
 
「――くん、新庄君?」  
 自分を呼ぶ佐山の声に、新庄は我に帰った。  
 軽く気を失っていたのだろうか。頭を振って意識をはっきりさせる。  
「大丈夫かい、新庄君?」  
「……うん、平気。ちょっと驚いただけだから」  
 シーツの上に溜まっている自分の射精した証を見て、ぶるりと身体を振るわせる新庄。  
「男の子って、大変なんだね……」  
「妙に貫禄のある台詞を言うね、新庄君」  
「ん、自分の中に、あんな自分がいるなんて思わなかったから」  
「男は誰しも獣だよ。もちろん、切君もね」  
「なんだか複雑だなぁ……」  
 容姿や男性である佐山に惹かれたことから、どちらかと言えば自分は女性寄りなのかな、という思いが新庄にはあった。  
 もちろん、男性である自分を否定するわけではない。  
 だが、あんなにも男性に特化した部分があるというのは少しショックだった。  
「佐山君も……って、聞くまでも無いよね」  
 振り向くと、なぜか自慢げに胸をそらした佐山の姿があった。  
 なんだか無性に気にくわなかったので、ポカポカとその胸板を叩く。  
 あらかた気が済むと、そのまま佐山に抱きついた。胸がない分、正面からは切の方が密着度は上だ。  
「ただし、興奮していないときに限り、だね」  
「ううぅ……」  
 佐山を近くに感じたからか、射精して萎えていた股間のものが、硬度を取り戻して佐山のお腹に当たっていた。  
 恥ずかしいやら情けないやらで消沈する新庄。  
「もう一度抜いたほうがいいかい?」  
 尋ねる佐山に、新庄は首を横に振り、  
「今度は、こっちで……」  
 頬を赤らめながら、佐山の手をとって自分のお尻へと導いた。  
 
 弾力のある尻肉が左右に割られ、剥き出しとなった肛門の窄まりに佐山のモノが当てられた。  
「行くよ、新庄君」  
「うん――来て、佐山君」  
 過去何度も経験があり、前戯を念入りに済ませたとはいえ、あくまでそこは排泄のための器官だ。  
 拭いきれない不安から、佐山の肩を握る手に力がこもる。  
「………っ、んんぅっ!!」  
 先端が、内部へと侵入していく。  
 負担をかけないようにゆっくりとだが、先へ進めば進むほど肉傘の直径は大きくなり、それだけの拡張を要求してくる。  
「…………っ!!」  
 途方も無い圧迫感が新庄を襲う。隙を見つけては大きく息を吐き出して、ごまかしごまかし呑み込んでいく。  
 初めてのときはこの苦しみが永遠に続くのかと途中で泣き出したが、ゴールがわかっていれば我慢も強くなる。そして、  
「……全部入ったよ、新庄君」  
 佐山の言葉にうなずきを返す新庄。  
 圧迫感は依然として強いが、一山超えたことで、笑顔を作るぐらいの余裕はできた。  
 片手でお腹を撫でる。自分の中に佐山が入っているという実感は、何にも変えがたい喜びだった。  
 そして喜びは、大切な人と分かち合えるからこそ価値がある。  
「ボクは、もう、大丈夫……っ、だから、んっ、動いていい、よ」  
 ……我ながら演技が下手だなぁ。  
 こんな状況なのに心の中で思わず苦笑してしまう自分がいる。  
 ……もっと上手ければ佐山君に心配をかけなくて済むのかな?  
 今度は心の中では抑えきれず、口元にまで笑みが浮かぶ。  
 佐山・観言を騙し通せる人なんて世界中を探してもいやしないのに、と。  
「新庄君……」  
 心配そうに声をかける佐山だったが、新庄の望みを無駄にするようなことはしなかった。  
 ゆっくりとだが、新庄の中で佐山のものが上下に動き始める。  
「あっ、はっ……、あんっ、佐山、君っ」  
 新庄の声に愉悦が混ざる。  
 苦痛が消え去ることは無いが、佐山のためになるならば、それすらもいとおしく感じた。  
「あぅ、あぁんっ……はぁっ、気持ちいい、よぉ……」   
 自らも腰を振って乱れる。少しひねるだけで与えられる刺激はまったく別のものに変わる。  
 感情の高ぶりが涙となって顔を汚すのもかまわず、新庄はただひたすら佐山を求めた。  
「くっ…、新庄君…っ!」  
 佐山の声が、限界に近いことを告げる。だが、新庄は腰の動きを止めなかった。  
 射精直前の余裕の無さは身をもって知っている。だからこそ、最後の最後まで佐山を感じたかった。  
「あん、はぁんっ……佐山君、好きぃ……ひゃうっ、大好き、だよぉ…っ!!」  
「………っ!!」  
 直後、佐山の精液が新庄の中を満たした。  
 
「ふにゃあぁ〜〜……」  
 後始末を終えると、新庄は力尽きるようにベッドに仰向けで倒れこんだ。  
 体力の限界だった。あの後、汚れを落とすために二人でシャワーを浴びていたのだが、  
 気がついたときには第3ラウンドが始まっており、浴室備え付けの鏡を真っ白に染めたのだった。  
「立ったままするなんて初めてだったなぁ……」  
 そのときのことを思い出し、にへらー、とだらしない笑みが口元に浮かぶ。  
 どうせ時間がたって冷静になったら恥ずかしくなるのだ。今ぐらいは淫堕な幸福感に浸っていたい。  
 そういえば朝食も取ってないが、疲労=睡魔>食欲の関係が成り立っていたので起き上がる気にもならない。  
 なにせ、夢精も合わせれば計3回も射精したのだ。昨夜の運のも合わせれば絶頂に達した回数は片手じゃ足りなくなる。  
「赤ちゃんできちゃうかも……」  
 まだ佐山の熱が残ったままのお腹をいとおしそうにさすり、  
「えへへぇ、佐山君大好きぃ……」  
 素面では絶対口にできないようなことをつぶやくと瞳が閉じられ、ほどなくしてかすかな寝息が聞こえてきた。  
 このときみた夢の内容は、少なくともエッチなものではなかったらしい。  
 

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