「遅いわね」  
「ああ、遅すぎるな」  
「別にあんたに話しかけてるわけじゃないわ」  
「ふん…」  
彼のことだからまさか反逆者などに後れを取るはずは無いが、その場所にいけない以上は彼の  
帰りを待つほか無い。  
どれだけ待ってもヴィティスが戻ってこないので、二人は先に戻ることにした。  
ジュジュはガルムと一言も口をきかずに別れ、自室に戻ると軽い疲れから寝台に腰をかけた。  
 
あの程度の仕事なら3人も必要なかった。一人で他のところに行ければ良かったのに。そしたら  
もっと達成感と心地よい疲れが待っていたはずだ。  
「………」  
後ろにぱったりと倒れこむ。  
ヴィティスは無事にカインを倒すことが出来たのかしら。別に心配するわけじゃないけど。神々に  
反抗するなんて頭がおかしくなっちゃったとしか思えない。友達がそんなことになってあいつでも  
悲しいと思ったりするのかしら。もしそうでも任務に関しては私情を挟むようなことはしないから  
大丈夫だろうけど。でも万が一ヴィティスが負けたら?そうなったら誰が彼の後釜に座るんだろう。  
タイプで言ったらおばさんかなぁ、実力があってもレオンはごめんだわ。どっちも嫌だけどあいつよりは  
おばさんのほうがまだマシか…。  
「あーやだやだ、考えたくない……」  
 
そのままうとうとと彼女は寝入ってしまった。  
普段から一度眠ると次に気がつくのは朝で、めったなことでは途中で目覚めたりしない。  
いつもならそのまま朝まで寝てしまうはずだったのだが。  
 
 
「ん……」  
寝返りを打ち、投げ出した腕が何かに触れる。あるはずのない感触が彼女の脳を一瞬で覚醒させた。  
暗くて見えないが誰かが横にいる。ジュジュは投げ出した腕をそっと引き寄せた。  
心音が大きく響いている。  
「だ、誰…!?」  
すると闇の中からけだるげなため息がきこえた。  
「誰、と聞くほど寝室に入ってくる人物に心当たりがあるのか?」  
面白くなさそうな声が返ってくる。  
「ヴィティス……」  
反論もしないで胸をなでおろしたのは、それだけ緊張したからだ。  
彼しかいないだろうとは思ったが、今までジュジュの部屋に来たことが無かったので違う可能性も  
捨て切れなかった。二人が過ごすのはいつも彼の部屋だったのだから。  
彼女は上半身を起こして膝を抱えるように座る。  
「私じゃない誰かを期待したのか」  
「馬鹿なこと言わないでくれる?そんな奴いないわよ…カインはどうしたの?」  
「私がここにいる。………それが答えだ」  
やはり無事に任務を遂行したらしい。  
「仲間があんなことになって悲しかった?」  
「君はどういう答えを期待しているのだろう。反逆者には粛清を。それが全てだ、私情など挟む  
余地は無い」  
 
私情を挟めとは誰も言ってないわよ。個人的にどう思ったか聞いただけなのに。たまにピントの  
ずれた答えが返ってくるのよね。頭いいのに、時々頭が働かなくなる奴。  
……。  
あたしの部屋に何しに来たのかしら。どうしていきなり横に寝てるのかしら、なんて口に出したら行動で  
返ってきそうで聞けない。そうよ、どうせ聞くまでもないことをしに来たに決まっている。………嫌だな…。  
今日は別々に戻ったから大丈夫だと思ったのに……。  
 
「眠らないのか?」  
「う…うん。なんだか目が覚めちゃって」  
この状態を受け入れてしまう様で、あえて隣に寝る気にはなれないのだろう。  
「夜明けまでまだ大分ある。もう一度眠ればいい」  
そう言って彼がジュジュの腕をとる。彼の力に抵抗してジュジュは腕を震わせた。  
「や、め、て、よっ!大体あんた、こんなとこじゃなくて自分の部屋で寝ればいいじゃないの!」  
「………」  
彼は珍しく素直に手を離した。  
「なんだか寝付けないのでね。抱き枕があれば良く眠れるかとおもったんだが…」  
目が暗闇に慣れて、だんだんと隣にいる男の顔が見えてくる。  
視線はジュジュに向いているが、なんだか変な表情をしていた。OZになったおかげで他の御使い達  
には分からない、彼の表情の細かな違いまでが分かるようになってしまったのだ。基本無表情だが、  
彼の心はそうではないとすでに知っている。  
「ん?……抱き枕?なにそれ、あたしのこと?馬鹿にしないでよっ、これでも抱いてれば!?」  
小さく怒鳴るとジュジュは彼に枕を投げつけた。  
ヴィティスはそれを片手で受けとめると横に置き、半身を起こして彼女を引き寄せる。  
「そう警戒しなくても、今日は何もするつもりはない」  
嘘をつくなと彼女の目が睨んだ。  
何だかんだいって毎回そういう状況に持ち込まれてしまった経験が、彼の言葉を疑わせるのだ。  
「何故睨むのだろう。何もしないのでは不満か」  
「ば…!そんなわけないでしょっ」  
「文句は無いと?ではこのまま…私が眠るまで」  
そう言って彼の手が優しく彼女の髪を梳いた。  
 
 
再び横になってどれほど時間が経っただろう、一向にヴィティスの手が止まる気配は無い。まだ  
眠れないのだろうか。  
ジュジュもいつものように行為後の疲れで眠る、というわけではないため、なかなか寝付けなかった。  
ただ男の腕に抱かれるということに、いまだに緊張しているのかもしれない。  
ふとヴィティスが口を開いた。  
「ジュジュ…君は今の生活をどう思う?」  
「どうって、何よ別に…そりゃ多少は不満もあるけど?」  
その1番目があんたとの関係よ、とはさすがに言えなかった。最中にはいくらでも文句を言えるのに、  
改めて口に出すのはなんだか気恥ずかしい。  
「そうか。君はもし神々の為に今の生活を犠牲にしろと言われたらどうする」  
「しない」  
「何?」  
あまりに簡潔な回答に彼は眉をあげる。  
「なんであたしの生活を犠牲にしなきゃなんないのよ。あたしはあたしが一番大事なんだから、そんな  
命令は聞けないわ。……そうね、もし…そんな事になったらあたしも反逆者になるかもしれない」  
そこまで言ってやっと気付いたように彼にたずねた。  
「あ…じゃ、カインにもそういう理由があったのかしら?頭がおかしくなった訳じゃなくって。でもOZの  
リーダーにまでなった人が今さら聞けない命令なんて…なんだろ。想像もつかないわ」  
「だろうな」  
「何よ、あんたには分かるって言うの?」  
「…いや。もしそれが分かっていたら、今の自分ならカインの為になにか出来たかも知れない…」  
ヴィティスの目は何かに想いを馳せるように閉じられていた。  
 
 
神々の支配から開放してくれた友人。  
エテリアに愛されている彼の子供。  
神を脅かし、倒す力になるかもしれない、神々の子。  
そして御使いの頂点に立つ自分。  
 
カインは私の性格と立場を鑑みて、己の命と引き換えにすることを選んだのだろうか。それとも自分も  
生き残るつもりの勝負だったのか。  
分かっているのは私が彼の遺志を継ぐべきだということ。現OZリーダーの地位を最大限に利用し、  
神の目を神々の子らから逸らすこと。神々を倒し…、いつかカテナ全てをその支配から解き放つことだ。  
…出来るだろうか?――やるしかないのだ。もう後には戻れない。今となっては自分の能力がレクスの  
制御だったことを幸運に思う。自分ならこの先も神々の目に忠誠の証を映すことが可能だろう。その  
間に彼の子は大きくなり、神を倒すための力を得るのだ。  
たとえ『その時』の訪れが何十年先のこととなろうとも、いつか…彼は…許してくれるだろうか。  
 
ジュジュが腕の中で身じろぎするのを感じ、意識がそれた。  
彼女はヴィティスの顔をずっと見ていたようだ。  
「ねぇ…今さら考えたってしょうがないわよ。他にどうしようも無かったんだから」  
「ああ」  
「大体カインも文句があったなら神々に異議申し立てすればよかったのよ。そしたらあんただって  
口を挟めたんだから。それをしなかったんだから、こっちには手の出しようがないじゃない?」  
彼女らしい言い回しに口元が緩む。  
「私を慰めてくれているのか?」  
「べっ、別にそんなんじゃないわよ!なんであたしが…。そうやってうじうじ考えてるから眠れないのよ。  
考え事をしたいのなら出て行って!」  
ジュジュは起き上がろうとしたが彼はそれを許さない。  
「抱き枕、と言っただろう。もうおとなしく眠るから動かないでくれ」  
ヴィティスは照れて赤く染まった彼女の頬を撫でると再び目を閉じた。  
 
 
 
〜おしまい〜  
 

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