二人は水の階層を移動していた。  
遠くから大量の水が流れ落ちる音が聞こえる。いたるところに小さな流れがあり、通路で  
すら岩壁から水が染み出している。これだけの水があるのに淀むことなく流れてゆくのは、  
彼らの神――水神が取り込んでいるからだろうか。それとも元々水源が水の神で、ここ  
には二人も知らない細かな水路が存在するのか。  
そんな事を考えながらジュジュはヴィティスの後を付いて歩いていた。濡れた壁を指先で  
たどりながら、薄明るい迷路を進む。  
ところどころざわめいているのは岩棚の下にしもべ達がいるからだろう。  
 
任務を終えてからこっち、沈黙を守っていた男が口を開いた。  
「ガルムに聞いたよ」  
「な、何をよ…」  
前方を向いたままの彼にジュジュは思わず問いかけたが、何のことかは見当がついていた。  
あれは何日前の話だったか。  
 
 
「小娘」  
「なによ、犬っころ」  
「ふん、その口の悪さは何とかならないのか。…まあいい」  
ガルムはあえて文句を言わず話を続けようとした。  
「レオンの事なのだが…」  
「…!……あいつが何?何か言ってたの!?」  
思い出したくも無い出来事に、顔つきが険しくなる。  
獰猛な獣のように笑う男に唇を奪われたのだ。もちろん彼女はそのことを誰にも言って  
いなかったが、現場を誰かに見られていたことに気付かなかった。  
 
 
彼女の表情に怪訝そうな顔をしたものの、二人の間にあったことなど知らない彼はさっさと  
用件を話してしまうことにした。  
「何か、というほどの事ではないのだが」  
ガルムはこういったことを話すのは好きではないし、相手が相手だ。疎ましがられるのは  
覚悟の上である。それでも彼は年長者として気付いたことは言っておくべきだと考えて  
いた。  
 
 …しかしなんと話せば良いものか。  
 まさかレオンがいきなり無体なことをするとは思われないが――その程度には大人だと  
 信用しているが――男女の間には時々思いも寄らないことが起きる。この少女ではうまく  
 男をあしらえないだろうことを考えると、やはり一言いっておいた方がよい。決まった相手が  
 いるのだから。  
 
「だから……、ぬぅ……個人的な事情に口を挟むつもりは無いのだが…」  
「煮え切らない話し方するわね、はっきり言いなさいよ!」  
ジュジュは不愉快な記憶と言いよどむ彼に苛立ちが増す一方だ。  
「レオンは貴様が最近妙に女の気配をさせているので気になっているらしい」  
「……は?」  
「俺はこういう話は得意ではないのだが、まぁそういうことだ。わかったな?気をつける  
ように」  
それだけやっと言うと、ガルムはそそくさと去っていった。  
「………」  
ジュジュはいつものように彼を馬鹿にすることさえ忘れていた。  
気をつけるべき相手には既に手を出されてしまった。まぁ仕返しも少しはしたが。だいたい  
今の彼の言い方には具体的なところが無く、何に(これは主にレオンに対してだろうが)、  
どう、気をつければいいのかまったく分からない。女の気配、と言われたことに最初は自分  
が女らしくなったのかと口元を緩めたが、そういう印象を与えた原因に考えを巡らせると、  
思わず両手をぎゅっと握り締める。  
 
一つ、思い当たることがあった。  
 
男が足を止め振り返る。首をかしげて彼女を眺めると、面白そうに尋ねた。  
「君の変化か…私が原因かな」  
わざわざヴィティスに言うような事ではないだろうが、ガルムは風紀が乱れる等、そういう  
ことを心配したのかもしれない。そのなかにはジュジュへの配慮があったのだが、もちろん  
彼女には伝わらなかった。  
ジュジュには余計なことを告げ口して、という感想しかない。  
「あたしがそんなこと、知るわけないでしょっ!」  
彼が色めいた話をする時はいつもきつく返してしまう。照れ隠しなどと言うわけではなく  
話を誤魔化したいのだろうが、今まで上手くいったためしがない。ヴィティスには彼女の  
反応を楽しんでいる節があり、それがまた彼女を苛立たせた。  
「他の男をひきつけるのは問題だな。どうしようか?」  
「知らないってば!あんたが原因なんでしょ、だったらあんたが何とかすれば!?」  
「そうだな…では君が他の男に誘惑されても目を向けたりしないよう、私に夢中にさせる  
ことにしようか」  
「ちょっ……、何それ、別に他の男なんか見ないから必要ないわよ。おかしな発想するの  
やめてくれない?」  
また変なことをされるかと焦って返事をする。  
そうかな、と自分の肩ほどしかない少女を見つめて思い出したように呟いた。  
「それにしてはレオンに随分と情熱的なキスをしていたようだが」  
ぎくり、とヴィティスを見上げる体が硬直する。さっきの台詞を言った手前、なんだか後ろめ  
たいようだ。  
「!――見てた、の…?」  
彼はすましている。表面上は、ではあるが。  
「ああ」  
 
「どこから…」  
「もちろん最初からだ」  
「えぇ!?じゃ、止めてくれれば良かったじゃない!そしたらあんな――」  
いつもあたしを自分の物みたいに扱うくせに、と彼女は心の中で文句を言った。他の男  
が手を出すのを黙って見てるなんて、と。しかし口に出せば彼の良いように解釈されて  
しまうだろう。  
「あんな…何かな?」  
薄紫の瞳はまっすぐに彼女を見ている。  
 
 あんなことをしなくて済んだのに。  
 こっちからしてやったのは意趣返しだったんだから。  
 あの時のレオンの恍惚とした表情!  
 あたしなんかに気持ちよくさせられて、馬鹿みたい。  
 ざまみろだわ!  
 
「…んなこと、しなくて済んだのに…」  
そっぽを向いて答える彼女の頬は朱に染まり、まるで拗ねているようだった。  
「呼ばれれば止めていた。関係の無い者がいきなりやってきて口を挟むのは無粋だろう」  
「呼べばって…そんなこと出来るわけないじゃない!」  
そこにいない男の名を呼ぶなどと、二人の関係を暴露するようなものだ。それに口を  
塞がれて一体どうして声を出すことが出来よう。  
「まぁ、そうだろうな」  
「あんたねぇ、ふざけてるの!?……あたしだってしたくてしたわけじゃ、無いんだから  
ね……」  
最後は呟くようだった。ヴィティスに義理立てするわけではないが、あんなところを見られて  
バツが悪いのだろう。  
 
「ジュジュ」  
壁に手をかけ寄りかかるような姿勢に、狭い通路のこと、たちまち彼女は進路を塞がれて  
しまった。  
「…何よ」  
「私はその『したくてしたわけじゃない事』を君にしてもらったことが無いのだが、それに  
ついてはどう思う?」  
つまらなそうな声にジュジュは思わず目を見開いた。何を言っているのだ、とその表情が  
語っている。  
「どうもなにも、あれはレオンに嫌がらせにしたことよ!?嫌がらせ!!」  
「その割りに彼は陶然とした表情をしていたが」  
「だって…それはだって…ほら、あいつ、あんな顔して馬鹿みたいだったでしょ…?  
あははは、は…」  
ヴィティスは無言で彼女を見つめている。  
「…っていうか……う、うるさいわねっ!自分もして欲しいならそう言ったらどうなのよ!」  
話を逸らそうとしつつも逸らせなかったので、いつもの調子で怒鳴ってしまった。こう言えば  
それ以上は求めないだろう、と思ったのだ。しかし。  
「して欲しいな」  
「えっ?」  
思わず聞き返す。返ってきた予想外の答え。  
「もう一度言おう。そのレオンにした嫌がらせを、私にもしてみたまえ。彼にですらああ  
なのだから、私へならもっと文句があるんじゃないのか?遠慮は無用だ」  
「なっ…」  
なんだか偉そうだが、ありていに言えば口付けをおねだりされているのだ。  
向こうはいたって真面目な顔をしているが、彼女はたちまち下を向いてしまう。自分から  
言わせたくせに妙な照れから顔が熱くなる。  
 
「私にもしたいだろう?」  
その声には楽しげな響きがあった。  
「し、したいだろうって…あんた……」  
本当にしたいのは口付けじゃなくて嫌がらせなのだと、分かっていてこういう話し方をする。  
ずるい男だ。  
「………目、瞑りなさいよ…」  
どうせこうなったら彼の言うことを聞くしかないのだ。  
自分が言い出した事なんだからとジュジュは諦めるような気持ちで、まっすぐ自分を  
見つめてくるヴィティスを睨みつけるようにして言った。  
彼は素直に指示に従い目を閉じる。  
ジュジュは背の高い彼の胸元を掴むと、自分のほうへゆっくりと引き寄せた。そして唇が  
触れた刹那、離れてしまう。彼女からするのは初めてだから、とは理由になるのか。ひどく  
緊張しているせいで呼吸を抑えるのがやっとだった。  
目をそっと開いて彼を見れば穏やかな顔で微笑んでいる。  
ジュジュは視線を左右に彷徨わせた。これで勘弁してくれないかしら、とその表情が訴えて  
いる。  
しかし大きな手がふわりとジュジュの顔に触れ、親指が頬を撫でた。続きを催促しているの  
だろう。  
もう一度目を閉ざすように言うと、再びついばむように口付ける。離れた唇に角度を変え  
て何度も触れた後、やっと彼の内側へと入っていった。  
「ん……」  
レオンの時の様にぐいぐい進められないのは何故だろう。とても遠慮がちな自分の舌の  
動きに彼女は困惑した。  
ヴィティスの方は自分から行動を起こす気が無いようで、小さな舌が自分の口内を動く  
のをじっと感じているだけだ。  
 
歯茎をいくと歯並びが良いのが分かる。  
性格が歯並びにも出てるんだわ、とジュジュは舌を這わせながら考えていた。  
自分の意思でやっている訳ではないのに頑張ってしまうのは、彼女の性格だからしょうが  
ない。こんなものかと思われるのが悔しいのだ。その結果彼が喜ぶとしても。  
「ふ……っ、ちゅ……ぅん…」  
入り口をゆっくりと感じてから彼の舌に絡ませた。  
ヴィティスも最初はおとなしくしていたが彼女が舌の裏をなぞっていくとそれに合わせて  
応えるように動いた。彼女をやさしく包み、吸い、焦らすように舌先で触れる。  
ジュジュは自分に快感をもたらそうとする彼の動きに眉をひそめた。傍から見ればそれこそ  
陶然としているように見えただろう。  
そっと目を開くと彼の視線もまたこちらを窺っていた様で。  
「…!」  
彼女は顔を紅くして彼の目を隠した。両手で瞼を覆って見えないようにする。  
ずっと彼女の表情を眺めていたのだろうか。  
「お、終わり…」  
彼との間に距離を置きつつ隠した手を外す。  
言う通りにしたので満足したかと思えば、彼の目は何故か冷たい光を宿していた。  
彼の手が顔の横に浮いていた彼女の腕をとると、信じられないような力で握り締める。  
「やっ…いった…!何すんのよ、これでいいんでしょ!?」  
いきなりの暴力に彼を非難するが、彼は何故責められるだろう、といった顔だ。  
「違うだろう?君はレオンにこうしていた筈だ」  
感情のこもってない声で答えると、痛いほどの力でジュジュの顎を掴み口付けた。彼女の  
抵抗を簡単に押しのけて舌を侵入させる。先ほどの彼女に合わせるのと違って、一心に  
欲望をぶつけてくるような動きだ。彼の舌はそれのみで一つの生物のように自在に動き  
彼女を翻弄した。  
 
ジュジュは混乱とヴィティスの口付けの激しさに、合わせて動く余裕も無かった。彼の突然の  
変貌にひたすら引きずられている。舌を引き寄せるように吸われて苦しいのか、胸を押して  
逃れようとした。しかしそんな抵抗にも意味はなく、合間に苦しそうに息をつくのがやっと  
だった。  
「んっ…!んん――ッ!」  
絡め取られた舌を噛まれ、ジュジュが悲鳴をあげた。それは甘噛みなどという優しいもの  
ではなく、切れてこそいなかったがそう思うほどの痛み。  
彼の力が緩んだのに慌てて体を離す。  
「な…なに?怖い顔、してる……」  
「そうかな?」  
そういってヴィティスは自分の顎を撫でる。なんでもないような顔をしているが、いつも通り  
なのが余計に彼のおかしさを際立たせていた。  
明らかにいつもと違う行為に、自分で気付かないはずがない。  
「そんなことはない」  
ジュジュは彼の思惑が分からず頭を振った。さっき微笑んでいたのは見間違いだったの  
だろうか。何を考えているのか分からないというのはいつものことだが、こんな風に人を  
脅えさせるようなことは無い。怒っているのでなければなんだと言うのだ。  
彼女の黒い瞳は彼を凝視している。さっきと何処が違うのか、なぜいきなりこんな態度を  
取るのか読み取ろうとしているのだろう。しかしその心の底にあるのは彼に対する恐れ。  
ほんの少しの身動きにも大げさに反応しそうな程の。それにぎりぎりのところで立ち  
向かっていた。  
底冷えのする目、その表情は知らない人のようだ、とそう思った瞬間に気付いた。  
無表情な人物はその内面に嵐を抱えていても普段とあまり変わらないので分かりにくい。  
「ねぇ、イライラしてるの?」  
らしくないわ、と思って問いかける彼女の目には涙が滲んでいた。視界がぼやけるのに、  
目元を拭う。  
 
緊張と、恐怖。  
 
それがこの場を支配している。  
涙をはらってもまた湧いてきてその向こうで彼の口元がゆがむのが見えた。  
「その位はわかるのか」  
答える声は場にそぐわず面白そうで、彼女の体を強張らせる。ジュジュの手を取り引き  
寄せると、再びの口付け。今度はあっさりと離れ、言葉を継いだ。  
「だが、それだけだ」  
「なんで……」  
「話す必要はない」  
思っていた通りの回答。  
付き合いはそれなりに長いし、他の御使いたちよりは彼のことも知っている。それでも何を  
考えているかまでは彼女には分からなかった。こんな風に接するからには、彼女に原因が  
あるのだろうが、もう問い質す気力もない。  
それでも会話を拒否するような態度に腹が立って、彼の胸を軽く突き飛ばした。何をしても  
押し倒されて彼の気が済むまで抱かれる事に変わりはないのに。  
しかしそこで彼のとった行動はまたも彼女を驚かせた。  
「きゃ…い、痛い痛いっ…――やめてよっ!!」  
背を壁に押し付け逃げ場を奪うと、ヴィティスは桃色の髪に手を伸ばし、仰け反るほど強く  
後ろに引っ張った。  
それは気を逸らして隙を作る為では無い、ただ痛めつけるだけの力、痛めつけたいだけ  
なのだと、彼女は直ぐに悟った。あまりに容赦なく引くので髪の毛がブチブチと抜ける感触  
がする。耐えられず、ジュジュは彼の力が加わる方へと体を傾けた。  
「…っ、やだ、やめて!…ねぇ…言うこと聞くから……こんな風にするの、止してよ」  
涙を流しての懇願にも、何の感慨もわかないらしい。それどころか口角を上げて楽しげに  
彼女を眺めている。  
 
「何か勘違いしているようだが、私は言うことを聞かせたいわけではない。君に思い知ら  
せたいだけだ。――こんな風に」  
髪を引き下げ、ジュジュを無理やり上向かせると彼女の頬に舌を這わせた。それは愛撫  
ではない、仕置きのための行為。そう彼の様子が語っている。耳へとゆくと、やはりそこ  
へも噛み付き、彼女の悲鳴を引き出した。  
「い…!…ったぁ……やだ………もう、離してっ」  
あまりの痛みに耐えかねて手を振り回せばあっけなく捕まれ、またも頭を吊り上げる。髪が  
抜ける感覚におののきながら、彼女はまるで手綱で操られているみたいだと感じていた。  
思いのままに操る為の、誘導する為の。  
彼女を見ると誘導、などという生易しいものでは無いと思われたが。  
悲鳴を聞きたくないのか口を塞ぎねっとりと絡ませる。気が済むまで彼女を貪ってから  
首筋へと動いていった。彼のあとには赤いしるしが残り、隠せるところに、という配慮は  
まったく感じられない。  
彼女の視界に薄金色の頭頂部が映る。  
舌が胸元までゆくとヴィティスは服を一気に引き下ろした。華奢な体に相応しいふくらみが  
露になる。  
服に手を掛けられて、分かっていても緊張するのか彼女の肩が縮こまる。  
彼はむき出しになった胸へ手を伸ばすと、そのやわらかさを確認するように揉み上げる。  
なんとなく、程の存在感だった先端もたちまち硬さを帯びていき、ヴィティスのひんやりとした  
指先がそこをやさしく弄んだ。  
「…ふ……ぅんっ…」  
時折漏れる声には、抵抗している女のものとは思えない響きがある。彼女は小さな手を彼の  
手に重ねてその動きを制限しようとしたが、やはりそれは叶わなかった。  
 
「―――っ!」  
また、突然の痛み。  
大きな手は彼女の胸をぎゅう、と握りしめるようにつかんでいる。絞るように。  
耐えるジュジュの肩は、はぁはぁ、と短く息をつくのに上下しているが、その吐息も遠くの  
轟音に混じって消えてしまう。  
その手が緩んだかと思えば今度は、胸に押されるような感触。爪を立てたのだろう、と思う  
間もなく斜めに痛みが走った。血が出たかもしれないが、涙に滲んで見えないからか彼女も  
あえて目を向けなかった。  
片手が大腿へと降りてゆき、外から中へとやさしく撫でている。彼の唇は、先ほどしたように  
今度は胸に、舐めて、吸って、甘噛みをして。いやな予感が外れるのを祈れば、やはり  
きつく噛み付かれた。それは相当に痛く、本当に食い千切られるかと思うほど。  
今のヴィティスの様子に本気でそれを心配して、注意を引くように肩を叩く。  
「やだ…っ」  
小さな声に歯を立てるのをやめると、彼は再び音を立ててその肌に吸い付いた。  
 
恐怖にぎゅっと目を閉じ涙を流しながら、彼女は今までの認識に誤りがあったことを感じて  
いた。男の強引さとはこれ程のものだったのかと。  
彼との関係はもともと強制から始まった事だったが、それでも随分手加減されていたらしい。  
本当に有無を言わせないとはこういうことなのだ。女には決して抗えない力。暴力。そして  
これ以上の抵抗すれば間違いなく殴られるんだろうと恐怖を呼び起こし、諦めさせる。  
自分の意思なんか無いものにされてしまう恐怖。  
 
ヴィティスは彼女の手を自分の胸元へと導いた。  
小さな手はその意味を既に知っている。微かに震える指ではなかなかおぼつかないが、  
やっとのことで肩へと連なる紐を解くと襟を緩め、上着を肩から後ろへとすべり落とした。  
宙に舞う水分を含んでいたためか、足元でずしりと重たげな音がする。  
 
太腿を撫でていた手が脚の付け根へと動いた。  
「ひゃ……!」  
いきなり服をよけて侵入する手に声が上がる。  
彼は閉じようとする脚に膝を入れて阻み、指は中の状態を確認するようにかき回した。  
「ふむ…」  
「……ん、……ふっ…やだぁ」  
「いつもより濡れているな…」  
「――っ!」  
ジュジュが羞恥に顔を歪める。  
彼にはそれがなんとも気持ち良く感じられた。  
「君は乱暴にされるのが好きだったのか」  
「ち、ちがっ……!」  
言葉で、手で辱められ細い腰が震えている。  
ヴィティスはずり落ちそうになる体をもう一方の手で支え、自身の体ごと更に強く壁に押し  
付けた。  
「あ…!――っや、やめてよ、こんなところで……んぅっ」  
下腹部に押し付けられる硬くなったものに慌て、今さらの苦情を出すがやはり聞き入れ  
られる事は無かった。  
彼は問答をするのが面倒なのか、彼女の口を塞いでしまう。  
「…ちゅ……っ…っはぁ、っ…」  
彼が更に身動きすると敏感な部分に熱いものが触れた。そこは彼の欲望にひくひくと反応し、  
ジュジュは恥ずかしさから目をきつく瞑る。  
 
ヴィティスは彼女の体を挑発するかのように、口付けを繰り返しながら彼女の入り口を  
犯した。焦らすように触れ、ひだをめくるようにしては離れる彼のものに、太腿につ、と蜜が  
こぼれる。  
「ぅぅ……っく、ひっく…ん…あぁ…ふぁ…っ…ちゅ…」。  
紅い唇から泣き声の合間に喘ぎ声が漏れる。  
どんなに嫌がり抵抗しても、彼の手に反応する体には説得力が無いだろう。それがどんなに  
惨めで情けないことか。  
これまで数え切れないほど二人は体を重ねてきたが、彼の強引に動く手はいつも丁重に  
ジュジュを扱っていた。やんわりと退路を断ち、彼女の抵抗をすり抜けて、やさしい手つきで  
開かせてゆく。なのに今同じ男に味わわされているのは言いようの無い絶望感。それでも  
この先にいつもの感覚が待っているのだろうか。  
彼女はもう自分の体のことすら分からなくなっていた。  
ヴィティスはというと、彼には珍しく終始口の端をあげ満足そうな顔をしている。それは  
彼女を支配している、という嗜虐的なものから来る表情だった。  
自身を密着させたまま両の手で彼女の腿を撫でるとそのまま持ち上げる。互いの秘部を  
隔てるものがそこから溢れる粘液のみとなって、ゆっくりと重なり一つのかたちになった。  
「きゃ…!…っやだ、ヴィティス!こんな、…こ…なの…やだ…っ……!!」  
抱え上げたまま挿入され、和姦ではありえない強引さに彼女は改めて恐怖を感じた。  
「やめて、や……怖い…、ねぇ!」  
前後を彼と壁に阻まれ、横にしか逃げ道は無い。落ちて怪我をしてもいいと体を傾け逃れ  
ようとしたが、彼はそれを許さなかった。  
「は…はっ……んんっ……っく、はな…してぇ……」  
脚をしっかりと抱え込み突き上げる動きに、彼女は更に涙する。  
それは恐怖からか、悲しみからか、それとも強引な愛撫から徐々に感じ始めていた快感  
からか。  
彼は涙の理由などどうでもよく、ただ身の内にある凶暴な衝動を発散させたかった。  
 
『ねぇ、イライラしてるの?』  
 
ヴィティスは抽迭を繰り返しながら、さっき言われた言葉を回想していた。  
 
そう、苛立っている。  
彼女に?  
レオンに?  
 
自分の感情がこうもままならないものだとは。  
彼女の脅える表情に、えもいわれぬ悦びが湧き上がる。辱め、貶め、屈辱の果てに堕ちて  
ゆく姿が見たかった。彼女の瞳は固く閉ざされ、もう私を映してはいない。映っていれば、  
どれほど意地の悪い顔をしているだろうと思う。だが。  
 
花開かせたのは私。  
ならば。  
枯らせるにせよ、踏みにじるにせよ――それをするのは私以外であってはならないはずだ。  
他者が欲しい儘にするなど許せるはずがない。  
 
 
その思いが彼の動きを一層強いものにする。  
「くっ……!あまり、締め付けるな…」  
「――っ!」  
彼女は頭を振って答える。今の状態では何を能動的にするのも無理なのだ。  
不安定な体勢から縋り付いてくるジュジュの手に力が入るのを知り、ヴィティスは自身を、  
彼女を頂点へ連れて行くためさらに腰を叩きつけた。  
「あ…っ……ぁあ!…や…っ…」  
最奥を突かれ、彼女の腰が動く。その瞬間が近づいたのか、背を反らすといよいよ体内の  
彼を圧迫した。男の肩のあたりで揺れる顔は悦びとも苦しみともつかない表情をしている。  
「…いい顔だ」  
口角を上げ聞こえていないだろう耳元で囁くと、彼はうずまく感情をほとばしらせた。  
 
 
 
 
 
  〜つづく〜  
 

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