ガルムが任務を遂行しテオロギアに戻ると、手をあげ声を掛けてくる者があった。
「よぉ」
「レオンか」
彼がガルムに話しかけてくるのは珍しい。OZのメンバーが総替えになったのが面白くないのか、
極力彼等に接触しないようにしていたというのに。
そんな様子は素振りも見せず、いたって普通に話しかけてきた。
「どうだ、上手くやってるか?」
「…小娘が居なければ幾分マシにやれるだろうな」
あの少女とは上手くいっていないらしい。
予想通りの返答にレオンは思わずぼやいた。
「あのガキと俺を交代させてくれりゃいいのによ。こっちはつまんねぇ仕事ばっかりでやる気も出ねぇ」
「貴様、不真面目なことを抜かすな。内容にかかわらず、任務には真剣に臨め」
「とは言ってもよ、やっぱり実力を発揮できないのはある意味つらいぜ。お前だってそうだろ?」
「まぁ、それは認めるのにやぶさかではない」
「ヴィティスに言ってなんとかなんねぇかな?」
「それは無理だろう。以前小娘と揉めたときにメンバーの交代はしない、と。ヴィティスがそう言った
ならばそれが結論だ」
「ちぇー」
そこに問題の少女が通った。
レオンは流れで彼女にも声をかける。
「よ、お疲れさん」
「ほんっと疲れたわ、そこに居る誰かさんのせいでね!」
いきなりけんか腰のジュジュにガルムがいきり立った。
「何だと!?それはこっちの台詞だ!」
「はぁー?勘違いしないでよね。あんたなんかあたしのレクス達にかかればあっという間にボロクズに
してやれるんだから。それを勘弁してあげてる優しいあたしに、感謝の芸の一つもして見せたらどう
なのよ、この犬っころ!」
「ぐぬ…言わせておけば…!!」
言いたいことは言ったと、憤る彼にあかんべぇをして彼女は駆けていった。
レオンも今見た光景にはさすがに驚いて、おいおい…、と呟いた。
「毎回ああかよ?」
「毎回こうだとも」
目に怒りをたたえて頷き返してくるガルムにレオンも確かにこれでは上手くいくはずが無い、という
表情をした。
あれほど罵倒されるような何をしたというのだろうか。何もしなかった、と言う点では彼女とガルムは
同じくらいの非協力的さを発揮していたが。あの調子で文句を言われても、ガルムは女性に手を
上げることは絶対にしないので彼女に舐められているのかも知れない。
「ヴィティスは何て?」
「……喧嘩両成敗だな。まぁ小娘のほうは後で呼ばれてさらに注意をされているようだが」
「そのうちOZ外されるんじゃねぇのか?…まぁ、それで俺と交代にしてくれりゃ願ったりなんだが…」
「どうも3人で行動すると駄目らしい。一人のときはまだましな働きをするようだが」
苦い顔をしているのを見ると、ガルム本人もヴィティスにそう言われたのだろう。
「お前が構わなきゃ済むんじゃねえのか?」
「構うつもりは毛頭無いが、理の通らないことばかり言うのでな、つい」
その発言と彼の融通の聞かない性格に、それじゃ確かに、とレオンは肩をすくめた。
「いつまでも気分で任務をやる子供でいては困る。もう少し大人になってもらいたいものだ」
その台詞に違和感を感じたのは、このところ見かける少女の雰囲気が変わったように思うからだ。
気のせいかもしれないが、あまり心に秘めておくということをしないレオンは思ったままを口に出した。
「だがよ、最近ちょっと…変わったんじゃないか?」
「小娘がか?」
「どこが、って言うんじゃねえけどよ、なんとなくな」
「ふん!恋をしたくらいで大人になれるのならばいくらでもするがいい!」
思いもよらない裏事情にレオンは目をむいた。
あの少女の眼鏡に叶うとはどんな男だろうと、あの口の悪さに耐えられるとはどれだけ大人なんだと
感心する。
ガルムは口が滑った、と言う表情をした。他人の個人的な事情を勝手に話すなど、彼の信義に反する。
「すまん。今のは聞かなかったことにしてくれ」
「ま、いいけどよ…」
彼はホッとしたように胸をなでおろしたがレオンはさらに質問をしてきた。
「で…相手は誰なんだ?黙っておくから教えろよ」
明らかに面白がっている。
「それは俺も知らん。知りたければ小娘に直接聞け」
首を振って答える彼に、あいつに聞いたって教えてくれるわけが無いだろう、と文句を言って
レオンは別れた。
そんな会話をしてからどれ位たっただろうか。
レオンが任務を終わらせて戻ると桃色の髪の少女がいた。
広いテオロギアの中で特定の人間とすれ違うことは滅多にない。いつもなら遠くから声を掛けるのが
せいぜいのレオンもこの日はあえて近寄っていった。
ガルムの話が気になったのだ。
「なによ、なんか用?」
いつも睨みつけるようにしてくるのは、彼女の性格によるものだろうか。それとも特にレオンが
気に入らないのか。
そういえば微笑まれたことは無い、とふと彼は自分とジュジュとの関係を思い返した。そういう点
ではガルムと境遇が似ている。やはり相性と言うものか。
全身を映すように彼女を眺める。…どこか、違う…?何処が違うのだろうか?
目つきはいつもどおり悪いし(自分を見ているせいだとは思わない)体つきだってどこが育ったと
いうほどの変化も見当たらない。では何がこんなに自分の注意を引くのか、と彼女の眼前で考え
込んでいるとその唇が開いた。
「でかい図体で目の前に立たないでくれる?邪魔!」
ジュジュは自分の進路に立ち塞がるようにしている彼に当然の文句をいったが、レオンは彼女の
除けるように振る手を反射的に掴んだ。
彼女は手を彼の腕ごとぶんぶんと振るが外れない。
「ちょっと…痛いじゃないの!用があるならさっさと言いなさいよ!」
彼は聞いていない。
自分の思考に捕らわれていて、彼女の口がパクパクと動いているようにしか認識していないのだ。
彼の目は唇から時折のぞく白い歯や、抱きしめれば折れてしまいそうな細い腰にいっていて、
『生意気な仲間』ではなく『女として』この少女はどうなのだろう、魅力的なのだろうかと考えていた。
これを魅力的だと思う男がいるのだ。
そういわれれば難点は扱いにくい性格ぐらいだろうか。その他の要素はこの年頃の少女として
標準以上だ。
「ふぅん…」
「なにボケッとしてんのよ」
彼女の言葉には依然答えず剥きだしの背に右腕を回す。
背の高い彼の、自分の胸へと引き寄せるような仕草に彼女の脚は爪先立ちになった。レクスを解いた
左手はその小さな顎にかけて上を向かせる。
「やめてよっ!」
「どうしてそんなに喧嘩腰なのかねぇ」
レオンの声はもはや諦めた、といった感じだ。
ジュジュはといえば、気の合わない男に抱き寄せられ、嬉しいわけがない。ますます目つきが
険しくなった。足をバタつかせ、敵うわけもないのに彼の腕を振りほどこうとする。
レオンはそんな彼女を面白そうに見ていたが、顔を寄せると戯れに唇を重ねてみた。ただ興味本位
での行動だ。
『ただのガキ』がどれほど変わったのか、違和感をもたらす原因が何なのかを知ろうとしたのかも
しれない。
「…――っ!…ん…んんっ!!」
不意打ちの口付けに、ジュジュは思わず声をあげそうになった。
隙を見つけた彼がすかさずそこから侵入する。
彼女の腕はレオンの胸を激しく叩いたがいっこうにこたえないようだ。身をよじっても顎と背にある
手がそれを頑強に拒む。
唇を割って入ると彼女の舌は遠く、レオンを避けようとしているのが分かった。さらに深く入りこむと
彼女の舌にそれまでの強引さとは裏腹の優しさで絡ませた。撫でるように、慰めるように優しく。
抵抗する力が消えたので、レオンは彼女から顔を離した。
(へぇ…)
目を伏せるジュジュの唇は紅く濡れていて、表情に幼さを感じさせるものは無い。予想よりはるかに
女性を感じさせるその様子に彼は驚いた。こうなると一層興味が湧くというもの、一体誰が彼女を
ここまでにしたのだろうか。
そんな事を思っていると、下から服を引っ張られた。
「!」
気付いた時にはレオンの顔はジュジュの両手に包まれていて、目に映しきれない距離に彼女の顔が
あった。臆することなく今度は男の中へと入ってくる。
彼女の舌は大胆に、繊細に動いて彼の口腔内を翻弄した。
歯列をなぞり、その舌を唇全体で包み込むように吸い、ジュジュの愛撫はさらに口蓋から唇へと
及ぶ。彼女の舌は彼の上唇を、そして下唇をと舐めていった。
いきなりの積極的な態度に彼は面食らったが、そんなことはどうでも良くなるほどの気持ちよさに
うっとりと目を瞑る。
「ん……っ…ちゅっ…っはぁ…ちゅ…」
時折彼女の唇から漏れる音にはそれだけで反応してしまいそうな官能的な響きがあった。
口付けては離れ、また口付けて、という彼女の行為に思わず前かがみになってしまう。
それを察したのか、ジュジュは彼の頬をそっと離した。
唾液が口元に線を引く。
「気持ちよかったかしら?」
自身もうっとりしているようなジュジュの声に目を開くと、そこには彼を見据えて静かに怒っている
彼女がいた。
その形相にたちまち意識がはっきりする。
レオンは慌てて返事をした。
「お、おう」
「そう…それは良かったわね……これで気が済んだかしら?」
彼女は下を向き、握った拳を震わせている。
「…あんた達って……本っ当に、相手の気持ちを思いやるって事をしないのね!!」
「あぁ?あんた達…?」
眉を寄せ聞き返す彼の下半身に衝撃が走った。
「〜〜〜!!!」
声にならない悲鳴を上げてレオンはうずくまる。
容赦の無い一蹴りをくれた彼女は彼を睨みつけさらに叫んだ。
「いけぇっ!あたしのレクス達!!」
「ちょ、ま…!―――ぐはぁぁぁっ!!」
何度レオンの叫び声が響いただろう。
既に息も絶え絶え、と言った風情で倒れている彼の上でジュジュが更に悪態をついた。
「ふんっ、ばーか!乙女の唇奪っておいてこれで済んだと思わないでよね!このケダモノ!!」
投げ出された腕をさらに蹴り上げると地に伏したレオンを置き去りに、彼女は怒もあらわな足どりで
去っていった。
足音が近づいてきて、傍らに誰か立ち止まるのが分かった。
「お前、何をやってるんだ?」
「う…アルミラ……」
「聞き苦しい叫び声に来てみれば…すごい有様だな」
コテンパンにやられているのを見て、ジュジュが立ち去るのを待っていたらしい。下手に口を挟まない
辺りアルミラは賢明だ。
「まるでボロ雑巾だ」
同情するような口ぶりでないのは、事情を知らないまでもレオンに非があると思ったからだろう。
「何回やられたんだ?」
「片手じゃたりねぇ、くらい…いってぇ…」
急所を外してくれたのは、優しさだろうか。それともレクスでそんなところに攻撃したくなかったの
だろうか。
ようやっと身を起こすと、アルミラに手を伸ばした。支えてくれというのだろう。
彼女も反射的に応えようとしたが、何かに気付いたようにその手を引いてしまう。
「レオン、お前…ジュジュの怒った原因がそれなら同情しないぞ」
非難するような視線は彼の股間に向かっている。
それに今さらに気付いてレオンは片頬を叩いた。
「あちゃぁ…」
「思春期の少女には刺激が強すぎたんじゃないか?」
そう言って立ち去ろうとするアルミラの服をレオンの手が引いた。
「待てよ、このまんまで置いてくのか?」
その甘ったれた台詞に彼女は厳しかった。
「ふん、振られ男が何を言う。大方突発的に発情して拒まれたんだろうが、そういう事はもう少し
まともに女を口説ける様になってから言え!」
ジュジュの捨て台詞を聞いていたのだろうか。
「思いつきで行動するからそうなるんだぞ。まずちょっかい出してもいい相手か考えろ」
「そうは言うけどよ…」
やっと床に起きあがったのにまたごろんと横になる。
この怪我は痛いが思わぬ収穫があった、と言えなくも無い。あの少女があんなにいい反応をするとは
予想外だった。面倒な手順をふんでも続きをしてみたい、と思わせる程に。
「何を考えているのか丸分かりだぞ。ちょっとは頭を冷やせ」
「顔に出てたか?」
笑いを浮かべながら顎の辺りを撫でる。
「懲りない奴だな…」
アルミラはため息をつくと手に負えない、といった表情で肩をすくめた。
〜おしまい〜