「あんたいいもの見たわねー」  
「レオンさんも同じこと言ってました」  
布団の上でジュジュは枕を抱えて寝ころんでいた。  
 
その姿を想像してくすくすと笑い声をもらす。  
「寝ぐせで頭が爆発したヴィティスかぁ……あたしも見たかったな」  
「そこまではひどくなかったですよ」  
ジュジュの表現がおかしくてドロシーもふふ、と微笑んだ。  
「それにしても酒屋が来るから帰る、なんてあいつも仕事熱心ねえ。前も趣味の延長なんか  
じゃなく、ちゃんと利益を増やしていっていずれ大きくしたいとか言ってたし」  
「じゃあヴィティスさん、ずっとここに住む予定なんでしょうか」  
ドロシーが嬉しそうに尋ねると、それにはジュジュもはっきりした回答を避けた。  
「それはどうかしら。なんて言ってもあたし達はカテナだし……村の人たちはそれを知って  
いて来てくれてるけど人間達の中に年を取らない奴が混ざってたら、いつか居づらくなるとは  
思う。あいつがどういうつもりかあたしには分からないわ」  
そこで言葉を切りると起き上がり、やはり横になって自分を見ている少女に問いかけた。  
「ね、ドロシー。そっちに行ってもいい?」  
返事のかわりに寝台の奥に寄って場所を空ける。  
ジュジュは枕を抱いてドロシーの横にもぐり込んだ。主寝室と違って一人用の寝台だったが  
女の子が二人並んでもそれほど狭くはなかった。  
肩まで掛布をかけてから隣にある顔を見る。  
 
「ねえ、あんた達さ。この先どうすんの?結婚……とか、するの?」  
「え……」  
突然の質問に言葉を詰まらせる。  
結婚、という現実的な響きにふと自分のその時の様子を想像したのか、ドロシーは視線を  
泳がせた後、我に返って掛布を引きかぶった。  
ジュジュはそれを掴んで答えを聞き出そうとする。  
「ほら、恥ずかしがんないで答えなさいよ」  
「ジュジュさん!だっていきなりそんなこと聞くから……想像しちゃったじゃないですか」  
引っ張られるまま掛布から顔の上半分だけ出してジュジュに目を向ける。  
責めるような台詞にジュジュは首を傾げた。  
「なんでよ。いいじゃない、想像するくらい」  
「わ、私は、その……ガルムさんがするって言うなら、その……」  
つっかえつっかえ言葉にしながらドロシーは脚をぱたぱたさせた。  
「なあにそれ、主体性のない答えねえ。好きなら結婚したいって言えばいいじゃないの。  
ガルムに言っちゃうわよ?ドロシーはする気がないみたいだって」  
「意地悪言わないでください!もう…。そりゃあ、結婚なんてガルムさんがしてくれるなら  
したいに決まってます。だってそうしたら一生そばにいられるんですよ?」  
「ほらみなさい。最初から素直にそう言えばいいのに」  
「そういうジュジュさんはどうなんですか?」  
切り返されるとは思わずジュジュは口の中でなにやらもごもごと呟いた。  
「あ、あたしは――フィールといられれば形にはこだわらないわ。結婚とかそういう手続きは  
別にしなくてもいいの」  
「そうなんですか?」  
「うん」  
「でもお兄ちゃんがそれ聞いたら泣いちゃうかも」  
「まっさかあ!」  
大の男が泣くかもなんて大袈裟な台詞にジュジュは笑って見せた。だがドロシーは真剣だ。  
仰向けになっていたのを寝がえりをうちながらジュジュの横にぴったりとくっつく。  
「お兄ちゃん、ジュジュさんのこと本当に好きみたいで……好きなら結婚するのが当たり前  
だってきっと思ってますよ」  
「そうかな」  
「妹が言うんですから間違いないです。だからお兄ちゃんが申し込んだら……出来たらで  
良いんですけど、受けてあげて欲しいです。形にこだわらないなら、結婚したっていいんで  
しょう?」  
「うーん……」  
      
ここであっさり了解を得られないのがドロシーは不思議だった。形にはこだわらないと言って  
いるが、彼女の場合『結婚しないこと』にこだわっているように感じる。  
胸にかすめる不安を隠して重ねて言った。  
「ジュジュさん」  
「分かったわよ。申し込まれたら、ね。考えてみる」  
「お兄ちゃんのこと、よろしくお願いします」  
「やだ、あんた気が早いわよ」  
「だってお兄ちゃん基本的にぼんやりだから心配で」  
兄の頼りない部分をアピールしてみせる。  
「それには同意するけどね……ほら、もう寝ましょ」  
「はぁい。おやすみなさい」  
「ふふ。おやすみ」  
就寝の挨拶を交わし、ドロシーは枕もとにある燭台の火を消した。  
 
 
「ジュジュさん、ジュジュさん起きてください」  
「おは、よー……」  
声をかけるだけでは目を覚まさず、体を揺さぶられてやっとジュジュは反応した。  
目を向けるとすぐそこにドロシーの顔がある。  
「朝ごはんにしましょう?」  
「ふぁ……ごめん、すぐ仕度するから待ってて」  
欠伸をするとジュジュはいそいで身支度をし台所に向かった。  
 
「一人でいつまでも寝ててごめんねー。片付けはあたしがするから」  
もう朝食の支度は終わっていてドロシーは丁度お茶を淹れているところだった。自身も椅子を  
引きながらジュジュに着席を促す。  
「気にしないでください。そのかわりいつもと同じ内容ですけどいいですか?」  
 
朝食にあまり贅沢なことはできない。  
スープとパンとそれに付けるジャム、あとは果物が季節によって変わるくらいだが、それでも  
パンは焼きたてだしジャムも何種類からか選べる。  
変わり映えがないとドロシーは言うがジュジュは全く気にならなかった。  
「あんた料理上手だもの、出てくるものに文句なんてないわ。いつも楽しみにしてるんだから。  
じゃ、遠慮なく。頂きます」  
食事前の挨拶をして早速パンを手にジャムを塗る。この秋は試しにいろいろな果物で作って  
みたと言っていたが、ガルムにもらったのはどれだろうか。  
 
「そうですか?このくらいじゃ誰が作っても同じな気がしますけど……私は今晩の方が楽しみ  
です。お洗濯なんか早く終わらせますから、午後のお茶を飲んだら出られるようにしましょう」  
「分かったわ」  
「今日はジュジュさんも一緒に作りましょうね」  
愛想良く返事するも次の楽しそうに微笑むドロシーの台詞に、ジュジュはぎくりと動きを  
止めた。上目づかいに彼女の様子を伺って、確認する。  
「え……あたしが?手伝うの?」  
「ええ、せっかく早く行くんですから一緒にお料理しましょう。楽しいですよ?」  
「でも……」  
きっとガルムは嫌がるだろう。想像して彼女の方も嫌そうな顔になる。  
ガルムやドロシーほど料理上手ではないのだ。自分が横からあれやこれや言われてはいはいと  
返事が出来る性格でないのも分かっている。彼に何か言われたらすぐに喧嘩腰になってしまう  
に違いない。  
容易に想像できるその光景と仲裁役になるだろうドロシーの気持ちを思って首を横に振った。  
面倒なことになると分かっていて積極的に手を出したいとは思えなかった。  
「止めとく」  
 
年が近いドロシーとあれこれ話をしながら食事をするのが、フィールの家に泊まりに来た時の  
彼女の楽しみだった。もちろん仕事に行っているフィールと外でお弁当を食べるのもいいの  
だが、やはり女は女同士。きゃあきゃあ恋人の話をしながら食事をするのはまた特別な時間  
だった。  
     
フィールは緑の頃に比べて大分見通しの良くなった道をガルムの家目指して急いでいた。  
といっても心なしか早足になっている程度だ。森の中は道があると言ってもところどころ木の  
根が張り出していて、むやみに走ると容易に転んでしまう。  
子供の頃にやはり森で仕事をする父に駆け寄っては転んだ経験が、彼を慎重にしていた。  
 
「皆もう来てるかなあ」  
集まりの日はいつもより早めに仕事を切り上げる。それでも一度帰宅し汗を流してから来る  
のでどうしても遅くなってしまうのだ。  
 
森の奥へと続くこの道はガルムの家の横を通るようになっている。ふと目を向けると窓際に  
いるアルミラと目が合った。ということはレオンもヴィティスもすでに来ているのだろう。  
手を振るとアルミラは微笑んで硝子の向こうで何やら口を動かした。もちろん声は聞こえない。  
一旦立ち止まったが、ぱくぱくと繰り返されてもどうにも分からず彼は首を傾げた。  
駄目かというように首を振って彼女は窓際から離れる。  
何を言いたかったのだろうと首をひねりながら玄関の扉に手をかけると、彼が取っ手を引く  
より早く開いてアルミラが出てきた。  
わざわざ出迎えに来たのだろうか。  
「やあ、アルミラ。さっきのなんて言ってたんだい?皆は――」  
「フィール。いいからちょっとこっちへ来い」  
もしかして冗談をしていたのかとも思ったが、真剣な声で言うと彼女は家の裏手を指した。  
 
「……?なんだい?」  
「お前」  
「うん?」  
大人しく後をついて行くと、アルミラは振り返らずに要件に入った。  
「ジュジュとまだなんだって?」  
 
アルミラはそのまま少年の返事を待ったが肯定も否定も返っては来ない。しびれを切らして  
後ろを向くとフィールは地面に突っ伏していた。しかも地面を見つめたまま動かない。  
「どうしたフィール。そんな所に手をつくと汚れるぞ」  
ほら、と手を貸して立たせてやったが彼はアルミラと目を合わせることが出来なかった。  
 
ガルムにしか相談していないのに、これでジュジュ以外のカテナ全員に自分がうじうじと  
悩んでいるのを知られてしまったことになる。  
フィールは穴があったら入りたいとはこういうことなのだとしみじみ思った。  
それでもガルムも他の三人も責める気にならないのは、真剣に自分を気の毒だと思ってくれて  
いるのが表情で伝わってくるからだ。彼等の助言はありがたいし、わざわざ話を聞きに来て  
くれるのもありがたかった。  
でもやはり恥ずかしいものは恥ずかしい。  
「どう……ど、どうしてそれ……レオン……?」  
思い切り下を向いたまま彼は情報源を尋ねた。それを聞いて特にどうするつもりもなかったが、  
アルミラの話の入り方に動揺して落ち着くまでの時間稼ぎがしたかった。  
「しかないだろう。それよりお前、大丈夫か?」  
「大丈夫って?」  
「ジュジュとは上手くいってるのか?」  
心配そうな彼女にようやく前を見てフィールは照れくさそうに頭をかいた。  
「うん、とりあえず仲良くやってるよ。時々……その、辛いけど、でも大丈夫」  
ジュジュの立場を悪くしないようにかフィールは見栄を張って答える。  
相当我慢してますとは、もう限界ですとはとても言えなかった。それは自分にまだ彼女を待つ  
余裕があると感じていたせいでもあった。  
だが後にフィールは自分の忍耐力を過信していたのだと知ることになる。  
 
「全く気が付かなかった。とっくにそういう関係になっていると思っていたからな。いつも  
仲が良さそうにしていたし、精神的にも肉体的にも充実した日々を送っているものだと……」  
その言葉にフィールは妹のことを思い出した。  
多分ドロシーにもそう思われている。いや思われていた、だろうか。最近ついに悩み事を  
抱えているのがばれてしまったのではあるが。内容が知られてないのが救いだ。  
すっかり仲良くなったガルム達に比べて僕達はあれからなんの進展もないと、フィールは深々  
ため息をついた。  
     
あれはドロシーにガルムに対する気持ちを聞いた時だった。  
 
「お兄ちゃんやジュジュさんみたいにお互いに気持ちがあればいいけど、ガルムさんはきっと  
私のことそんな風に見れないと思う」  
 
あの後ドロシーとガルムの二人はなんとか『お付き合い』をするようになった。  
二人は少し年が離れているけれど、お互いにあまり浮ついたところがなく落ち着いた雰囲気が  
とてもお似合いだと僕は思っている。  
なりゆきを傍で見ているこっちは結構はらはらしたものだけれど、それを彼女に言ったら  
僕たちの方がよっぽど見ていてやきもきしてた、と断言された。  
どうも僕のジュジュに対する思いが恋であることに気付く以前から、彼女は僕のことを気に  
していたらしい。  
僕は当時そんなことには全く気が付かず、それがじれったかったとそういうニュアンスの  
ことを言っていた。  
「お兄ちゃんは鈍いよ。ジュジュさんが一生懸命なのにぽやーっとして、こっちがいたたまれ  
なくなったんだから」  
それはだって仕方がない……と、思う。そぶりで気付かないのかなんて言われても困るんだ。  
僕だって自分がほんのちょっと鈍いことくらい分かってるんだから。それに結果的に両想いに  
なれたのだしいいじゃないかと思うんだけれど。  
そう言ったらそういう問題じゃないと怒られた。  
 
その後お兄ちゃん達はいいね、と続くんだけど僕に言わせればドロシーたちの方がよほど  
羨ましい。  
何がかって言うとそれはあまりに直接的で言いにくかった。もちろん誰かに言うような事では  
ないからと誰にも事情を話していなかったから仕方がないのだけれど。  
 
ドロシーたちでさえ既に体を許し合っているのに(あまり身内のこういうことは考えたくは  
ないものだ。落ち込むというか寂しいというか恥ずかしいというか)、僕たちはまだ一線を  
越えてはいなかった。  
もちろん体の関係があればいいってものではないと理解している。  
でも僕ももう結婚だって出来るような年だし、男だったら彼女を抱きたいっていうのは自然な  
感情だとおもう。女の子もそうだと思っていたけれど違うのだろうか。  
二人きりの時そういう雰囲気になるとジュジュは表情を硬くする。  
ぎこちなくなるのが嫌で、わざと冗談をいったりして場を和ませたり話題を変えたりするんだ  
けど、いつまでそんな状態が続くんだろう……いつになったら僕を受け入れてくれるんだろう。  
一度思い切って聞いてみたことがあるけど(あれはかなり勇気がいった)、直接的な表現が  
悪かったのかな。  
 
ぎゅうと抱きしめてキスをして……キスは彼女も嫌がらないんだ。  
『君を抱きたい』って言ったら首を横に振られた。でも嫌なのかと尋ねると、また同じように  
首を振るんだ。  
したくないけど嫌ではないと言う。  
どうしたらしてもいいって気持になるのか皆目見当がつかない。  
二人でいるとどうしても――僕としてはとても当然のことだが彼女が可愛くて――体が反応  
してしまうことがある。  
で、気まずいのでジュジュに悟られないようにと何かと気を遣う。用を足しに行ってくる、  
なんてその場を離れたり。ばれてるだろうなって時もあるけど、向こうもそういう雰囲気に  
ならないようあえて触れてこないから、いっそう恥ずかしい。  
もちろん体を許してくれないから別れようとかは全く考えていない。  
だけどどうして嫌なのか、理由を全然言ってくれないのが結構堪えるんだ。……僕って本当は  
頼りにされてないんだろうか。それともまさか体目当てとか思われてるのかな。  
時々彼女のあまりの可愛さに我慢が出来なくなって押し倒したい、無理やりにでも抱きたい  
って思う時もあるけど、まさかそんなことは出来ないし。  
とにかく僕も相当我慢している。  
彼女を想って一人でするのは抵抗ないけど、相手が手を出せる距離にいてちゃんと恋人だって  
いうのははっきり言って生殺しだ。  
 
ジュジュにはこういう男の気持ちが分からないんだろうな。  
僕が彼女の気持ちを理解できないように。  
     
「……ィール。フィール!」  
ぼんやり考えていると声が聞こえて慌てて返事をする。  
 
「ご、ごめん。なに?」  
「相当に思いつめているようだな」  
「別にそのことを考えてたわけじゃ――」  
図星を指されたものの肯定するのは恥ずかしくてごまかした。  
その顔を両手で挟み自分の方を向かせると、アルミラは彼の頭をよしよしと撫でた。  
どうやら慰めているらしい。  
 
「やれやれ。なにか原因がなきゃそこまで拒絶されないんじゃないか。本当に心当たりはない  
のか?」  
「ないんだってば。僕は何もしてないよ。……させてくれないしね」  
お手上げだと彼は両手を上げる。  
半ば諦めたような態度にアルミラは新しい可能性を示した。  
「ふ……ん。……そうだ。あれじゃないか?ほら、人間は時々そういうことをするだろう」  
「え?なに?」  
「結婚するまで純潔を守るとかそういう奴だ」  
それは考えていなかった。  
「あ……」  
アルミラは不思議そうに首を傾げる。  
「しかしな、なんだあれは。私にはまったく理解できない。なにか?自分に対して責任を  
取ってくれる者にのみに身を任せると言うことか?言いたいことはわかる。だが結婚してから  
相性が悪かったらどうするつもりなのだろう。大事だぞ、体の相性というのも」  
人間との文化の違いについての質問でもあり未経験のフィールに対して言い聞かせているよう  
でもあった。  
「それはえっと……多分子供のことを考えてるんじゃないかな。ほら、その出来たら困る……  
っていうか、それ自体は良いことなんだけど未婚の二人じゃ親も驚くだろう?」  
「ははあ。カテナにはない考え方だな。カテナは出生率が低いからそんな心配をする者は  
いない。妊娠が分かったら皆喜ぶし、大事にする。婚姻しないまま子を持つ恋人達も普通に  
いたものだ……なるほど。種族の違いだな」  
アルミラは納得がいったと頷いた。  
「それにさ、体の相性って言うけど経験がなければそんなの分からないと思うし……やっぱり  
気持ちが大事なんじゃないかな」  
「それは勿論だが……よし、折角だ。お前皆とどんな話をしたのかかいつまんで言ってみろ。  
女の視点でなにか気付くことがあるかもしれない」  
「え?え――……」  
しどろもどろになりながら結局またも問われるままに話してしまうフィールだった。  
 
「なるほど。皆いろいろ気付くものだ。ジュジュならどれも可能性がありそうだな」  
「僕もそう思うんだけど、それ、本人に聞いても大丈夫かな……?」  
「あれこれ聞いても押し黙って答えなくなりそうな気がするが」  
「……僕もそう思う……」  
二人は揃って頭を振った。  
 
一通り話すうちにあたりは徐々に暗くなってきていた。日は完全に山の影に隠れ、まだ夕焼け  
色ではあるものの東の空からはすでに夜が押し寄せてきている。  
玄関の方でアルミラを呼ぶ声がした。  
レオンだ。  
出たきり戻ってこない彼女を探しに来たのだろう。だが森の方を覗いているのか  
声は遠ざかってゆく。  
返事をしない彼女の代わりにフィールが応えようと口を開くと、アルミラがそれを制した。  
待て、アルミラの手が彼の口を塞ぐ。  
 
「な、フィール」  
「うん?」  
「私が相手をしてやろうか」  
フィールは口をゆっくりと閉じた。眉も正面の相手を凝視するようによっていく。結果彼の  
表情は険しいものになった。第三者が見たら睨んでいると思っただろう。  
     
話の展開が時々唐突なのは分かってやっているのだろうか。彼女のことだから普通に順序  
立てて話す事など造作もないはずなのだが。予想される反応は同じだからと途中を省いただけ  
かも知れない。  
怒ったような叱るような表情でアルミラを見返して――相変わらず平然としているが冗談を  
言う時はちゃんとそういう顔をしたらどうだろうと彼は思った――フィールは嘆息した。  
横を向いてぼそぼそと答える。  
「僕、そういう冗談好きじゃない」  
「本気だぞ」  
「そんなことばっかり言ってると怒るよ?分かってるくせに。誰でもいいんじゃないんだよ。  
彼女が好きだから……!」  
 
拒否する場合でも大抵の男は誘われた瞬間喜びが表情をよぎるものだが、少年の顔はあくまで  
悪質な冗談を怒るものであり、それにほんのわずか苛立ちが混ざったものだった。  
フィールの拒絶にアルミラはひっそりと微笑む。彼を試したのだ。  
 
この問題に関しては相談を受けた者の誰もが後から自分の行動は要らぬ世話だったかもと  
感じていた。  
アルミラも本当のことを言えば興味半分、心配半分だったのだが、彼の意志がまっすぐ恋人  
だけに向かっていることを知って、改めて、ならば一肌脱いでやろうという気になった。  
フィールが恋人の気持ちを重んじるというなら、相手にもそれなりの誠意を求めるべきだろう。  
少なくとも一方だけが我慢を強いられるという関係は傍で見ていても気の毒だし、納得が  
いかない。  
 
「お前、くらくらしないか?頭に血が上って顔が真っ赤だ。お湯が沸かせそうだぞ?」  
「あのね……!」  
アルミラの手がフィールの肩を叩いた。  
「主張する時は最後まではっきり言うものだ」  
「だから、か、か……ジュジュとしかしたくないんだよ」  
「良く出来ました」  
あくまで真面目に答える彼をからかってもう一度頭を撫でてやる。そのまま抱えるように引き  
寄せるとフィールの耳元で囁いた。  
「ガルムには私がジュジュにあれこれ聞くのは良くないだろうと言ったそうだが、こうなって  
しまった以上知らんふりもしていられん。お前さえよければそれとなく水を向けてみようかと  
思うんだが、どうだ?」  
どうする、と笑ってみせる彼女にいくらか迷いを見せたものの、最後はアルミラなら下手な  
尋ね方はしないだろうとお願いすることにした。  
彼女のことだ、搦め手から問うてくれるに違いない。そんな期待もあった。  
「それじゃあお願いします」  
「任せろ」  
アルミラはしっかりと請け負って豊かな胸を叩いた。  
「じゃ、行くか。レオンがお前の家にたどり着く前に声をかけてやらないと」  
「はは。そうだね。どこまで行ったんだろう」  
アルミラを呼ばわりながらだんだん小さくなっていったレオンの声に、いったい森のどこまで  
探しに行ったのか。そう言って二人は声をあげて笑った。  
 
 
「お、なんだお前ら」  
居間に入るとそこにはレオンがいた。  
ヴィティスも椅子にゆったりと腰かけて本を読んでいたがレオンの声に顔を上げた。  
「あれ、レオン」  
顔を見合わせ訝る少年とアルミラに器用に片方だけ眉をあげて質してくる。  
「どこにいたんだよ」  
「それはこっちの台詞だ。お前こそ森の中まで探しに行ったのかと思ったぞ」  
つまらん、と呟く彼女にレオンは当然の文句を言った。  
「気付いてたんなら返事しやがれ。ボウズ、お前もだ」  
「ごめんよ。裏の方でちょっと話をしてたんだ」  
 
少年の意味深な表情にピンと来たらしい。  
表情の険をとるとレオンは頷き顎を撫でた。  
「はっはあ……あれか?」  
「うん。あのことで」  
「それじゃ仕方ねえか。勘弁してやらあ。で?あの後どう――」  
「「レオン。あまり詮索するな」」  
続けてあれから進展はあったのかと言いかけたが途端に後ろと正面とから同時に言われ、開き  
かけた口を名残惜しそうに閉じた。  
「極めて個人的なことだ。彼が語る前に口に出すのは止した方がいい」  
「ヴィティスの言う通りだ。だいたいお前は周りに構わなすぎる」  
ヴィティスが冷たい目で見れば、アルミラは顎で台所を示した。  
台所には当のジュジュがいる。万一漏れ聞こえでもしたら、二人の関係が知れていることに  
彼女はどれだけ怒ることか。フィールとの関係が危うくなるのも目に見えている。  
「皆でやいやい言われたら恥ずかしいだろうが。まったくお前はデリカシーがないな」  
「恥ずかしいかぁ?皆知ってんだし今さらだろ」  
「そう言う問題ではない。いいか、お前はな」  
 
いつしかアルミラの説教が始まっている。  
以前も見た光景にフィールは口元を震わせた。  
成長がないというのではなく初めて会った時と変わらない二人がおかしくも嬉しかった。  
それにしても人のことは言えないがこれで恋人同士というのだから、二人きりの時はいったい  
どんな風に過ごしているのだろう。  
ジュジュに合わせてまったりしたペースの付き合いをしてきたが、フィールはここにきて  
ようやく他人の付き合いの様子というものを気にするようになった。  
 
「こんばんは、ヴィティス」  
フィールに挨拶を返すとヴィティスは向かいの椅子を勧めた。  
彼が腰を下ろすのを待って先日の非礼を詫びた。  
「この間は失礼したね。押しかけて行ったのにろくに挨拶もしないで帰ったから謝ろうと  
思っていたんだ。あと開いている部屋を勝手に借りたことも、すまなかった」  
フィールは首を振った。  
「ドロシーからも話は聞いたし、そんなに謝らないでよ。そもそも最初につぶれた僕が  
悪かったんだ。酔いつぶれるほど飲むなんて、まだまだだよね」  
修行が足りないなあと笑う彼を見て、ヴィティスと説教をしながら話を聞いていたらしい  
アルミラがレオンに目を向けた。  
「つぶれるほど飲むのがまだまだならレオンなどまだまだまだまだまだまだだ」  
「まったくだ。いい歳をしてな」  
「……てめえら!そろいもそろっていい度胸じゃねえか。俺に喧嘩売ってんだな?」  
レオンは拳をならして面白そうにヴィティスを睨んだ。  
「そう言えばジュジュはもう来てるんだよね?」  
「おう。今奥で――」  
フィールが思い出したように言うと、怒っていた筈のレオンが反射的に答えた。それと同時に  
台所の方で大きな声がした。  
 
「そんなこと言うなら自分でやったらどうなのよっ!」  
 
ジュジュの声だ。  
四人はなんとも言えない顔で声のした方を見た。  
台所へ続く扉は締まっている。結構な厚みがあるせいか続く会話は聞こえなかった。  
皆は顔を見合わせる。  
ヴィティスはどうしようという顔で固まってるフィールに肩をすくめてみせた。  
「あの通りだ」  
「け……喧嘩してるの?」  
「いや。喧嘩とまではいかないだろう。今までは大人しく作業をしていたようだし……が、  
ドロシー君は大変だろうな」  
「我々なら喧嘩させておくところだが、な」  
簡単に想像できる三人の料理風景にドロシーの気苦労を思って四人は沈黙した。  
 
「おい、小僧はまだ来てないのか?」  
先にそんな声が聞こえ、続いてガルムが台所から出てきた。  
そう言えば居間に来たきり皆と話を始めてしまい、まだ彼に挨拶もしていなかった。  
フィールは小さく手をあげる。  
「む……来ていたのか」  
「ごめんよ。さっき着いたんだ。お邪魔してます」  
「挨拶は後だ。ちょっとこっちへ来い」  
ガルムはフィールの顔を認めた途端、彼の腕を引っ張り廊下に連れ出した。廊下の奥、寝室の  
前ほどまで来てフィールを振り返ると強く肩を掴んだ。  
 
何故か険しい目つきのガルムに少年は目をしばたたかせる。  
「どうしたんだい?」  
何か怒らせるようなことをしただろうか、それとも妹のことで話があるのだろうか。冗談を  
言う顔でないのは分かる。  
普段から大人の威厳を漂わせている彼に薄暗がりでこんな顔をされるとますます迫力があった。  
肩に置かれた手にぐっと力が入ったのにこれは前者だ、とフィールは思わず肩を縮こまらせ  
理由は分からないものの怒られる覚悟をした。  
 
だがガルムの語ったのはまったくフィールには罪のない事だった。  
「済まなかった!」  
「えっ?」  
「あの二人、家に押しかけて行っただろう?貴様に無断で話を……この通り、詫びる」  
「いや、そんな……待って待って!」  
生真面目に頭を下げようとするのを下げる額に手をあてて押し返した。失礼と言えばこれも  
失礼な話だが、フィールとしては彼に謝って貰うつもりはこれっぽっちもなかったのだ。  
「ガルムは悪くないよ。言いふらすつもりだったとも思ってない。ちょっと恥ずかしかった  
けどそれだけだし、二人の話も参考になったから。大丈夫、気にしないで」  
「そ、そうか。ならいいんだが……」  
「それよりさっきジュジュの声が聞こえたけど何かあったの?」  
「ああ……あれも俺が悪いんだ。済まん。口出しし過ぎてな。頑張ってるというのは分かって  
たんだが、つい」  
自分でも大人げなかったと思っているのかガルムはばつが悪そうにむう、と口元を撫でた。  
「そっか。それなら良かった」  
フィールはほっと胸を撫で下ろした。  
本気でやりあったのではないようだし、いつものようにジュジュが無茶を言ったわけでも  
ないと知って彼は安心した。  
 
 
「も……なにこれ、信じらんない……」  
見るも無残な卵焼きを前にジュジュがうなだれている。  
 
ガルムに有無を言わさず作らされたのだが、一つ作っただけで『……もういい、後は二人で  
作るから貴様は洗い物でもしていろ』と言われたのだ。  
教えを乞うたなら容赦なく特訓してくれたのだろうが今回は人に出すものを作るのだ。出来  
そこないになると分かっていて任せておけるはずがなかった。  
彼女もいつもみたいにあんたが作れって言ったくせに、と突っかかる気も起きない。大人しく  
ガルムに従うしか無いような出来だった。  
珍しく言う通りにしていると後ろで『時々小僧に弁当を作って行ったりすると聞いたが』とか  
『いやはや……』などと呟くのが聞こえて遠回しな感想に少しずつ苛々を募らせた。  
気にしない、と自分に心の中で語りかけドロシーもいるしと我慢していると、彼はジュジュの  
手際の悪さが目につくのか洗い物の仕方にまで口を出してきた。  
それでとうとう爆発してしまったのだ。  
 
「ジュジュさん……ガルムさん!ちょっと言い過ぎです……!」  
ジュジュの怒鳴り声にドロシーがおろおろしながらガルムを諌めた。ガルムも確かに言い過ぎ  
たと思ったのか一言済まん、と謝った。  
素直に謝ってきた相手にぷりぷりしているのも子供っぽくて、口ではもういいわよと許したが  
所詮ふりはふり。料理の腕前がいまいちなことについては皆知っているし、本人だって気に  
していたから断ったのにやれと言うから仕方がなく、それでも真剣に作ったものにため息を  
つかれては、腹も立とうというものだ。  
     
二人が使った調理器具を今度は嫌味なくらい念入りに洗いながら、フィールのことを考えたり  
意識を楽しいこと好きなものに向けて、心を静める努力をした。  
 
 
晩餐が始まるころには大分気分も直ってきたというのに彼女の目の前にあるのはこれだ。  
テーブルの真ん中にはガルムとドロシーの作った料理が所狭しと並べられているのに。さあ  
どうぞと食べられるのを待っているのに。  
風船がしぼんで地に落ちたようながっかり感だった。  
自分の作ったあれを誰が食べるのかなんて考えてもいなかったのだ。  
もちろんこんな形の崩れた内臓がはみ出したようなものを人に食べさせられるわけがないし、  
自分で食べるのは当然だと思う。だが周りを見るとどうだ。  
皆の前にあるのは形の整った焼き色も美しい出来のもの。  
ふわふわの卵に包まれて中に小さく切った野菜が入っているのが見える。中に入れる野菜は  
濃いめのスープで煮てあって、そのスープも昨日の夜から仕込んだとガルムは言っていた。  
 
見比べるとどうしたって惨めになるし周りもそうなのだろう。ジュジュの前に置かれた料理に  
ついて、レオンですら何も言わなかった。  
そこまでなのか、と誰も一言もないのに彼女は一層衝撃を受けた。  
だからと言って捨てるわけにもいかない。小さくため息をつきながら黄色いかたまりに匙を  
入れようとした。  
 
するとひょいと横から手が伸びて皿が入れ替わった。  
フィールだ。  
「えっ……フィール?」  
「彼女の手料理を食べるのは恋人の特権だよ」  
笑ってジュジュに片目をつぶって見せた。  
 
ドロシーは微笑んでいる。アルミラもヴィティスも。ガルムは甘いな、と呆れたように少年を  
眺め、レオンはひゅうと口笛を吹いた。  
フィールは周囲の様子に頓着なく卵焼きを口にする。  
しんと皆が見守る中もぐもぐと良く噛み飲み込むといつものように恋人に笑顔を向けた。  
「形はあれだけどおいしいよ。気にすることないよ」  
だって材料は一緒だもの――とジュジュは言わなかった。焦げさえ気をつければそれは同じ  
味になる。分かっていても自分の作ったものを美味しそうに食べてくれる恋人にほっとした。  
申し訳なさと嬉しさでなんだか切なくなった。  
「ごめんね」  
フィールに体を寄せると小声で感謝の意味を込めて謝った。  
「美味しいってば。どうして謝るんだい?」  
本当に気にしていないのか彼はきょとんとした顔で聞き返した。  
 
大皿の料理が一皿また一皿と無くなっていく。  
すでにこの集まりで習慣となっている酒も数本ある瓶がすべて空になった。  
ドロシーはあれ以来本当に気をつけているようで、勧められても決して三杯以上飲むことは  
なかった。  
 
 
「ごちそうさま」  
食事が終わりお茶を頂きながらひとしきり談笑すると誰ともなくそう言って食器を片づけ  
始める。そこまでは各々でやることになっていて、あとは当番の仕事、調理をしなかった者の  
出番だ。  
ジュジュも一通り台所に運ぶとそのまま出ていこうとした。今日は片付けをしなくて良いのだ。  
しかし立ち去る背中に声をかけられた。  
 
「ジュジュ」  
「なによ」  
「お前も来い。片付けを手伝え」  
「えー!?なんでよ!あたし、洗い物したり二人をちゃんと手伝ったわよ?何で片付けまで  
しなきゃなんないわけ?」  
     
『片付けをしない権利』を言いたてるとアルミラはジュジュにそっと顔をよせた。  
「男だけで大事な話があると言っていたんだ。お前、ちょっと気をきかせてやれ」  
これは勿論言い訳だ。アルミラが目的を達成させるためには男は邪魔なのだ。彼らにはすでに  
言い含めてある。  
最後のひそひそ話以外を聞いていたドロシーが当然のように手伝いを申し出た。  
「なにそれ、それじゃルール違反でしょ!?なんであたしが……!」  
ジュジュはなおもぶつくさ言っている。  
「お前な、ちょっとはドロシーを見習ったらどうだ」  
往生際の悪い少女にアルミラはやれやれと首を振った。  
当のドロシーは聞こえないふりで食器を洗うため、桶に水を移している。  
 
「そんなこと言ってさ、じゃああたしたちが同じこと言ったら男共で片付けしてくれるって  
わけ?ちょっと勝手なんじゃない?」  
「やってもらうんじゃなくてやらせればいいのさ」  
アルミラは分かるか、と目を細めた。  
「じゃあこの次は絶対あいつらにやらせてよね。もう……」  
ジュジュはアルミラから確約を得ると口をとがらせつつ袖をまくり上げた。  
 
それぞれ洗い物をしながら、食器を拭きながら世間話をしていると、途中ガルムがドロシーを  
呼びに来た。  
彼女は少し迷うそぶりを見せたが一言謝って場を離れた。  
ドロシーが出ていくとジュジュはますます納得いかなそうに眉をしかめる。  
「なんかあたしばっかり損してる気がする」  
「まあまあ」  
もちろん適当な理由をつけて彼女を連れ出すようガルムに言っておいたのもアルミラだ。  
「ジュジュ」  
うまくドロシーを居間に向かわせ二人きりになると、彼女はやっと口を開いた。  
ここから先の話はドロシーには聞かせたくなかった。  
 
「なによ」  
「フィールとは上手くやってるか?」  
ジュジュの手元で器ががしゃんと音を立てた。  
「な、なによいきなり……別に、いつも通りだけど?」  
突然の質問に、少女は気味悪そうにアルミラを見た。普段の彼女はこんな挨拶程度のことも  
口にしないので相当驚いている。  
「さっきの見てれば分かるでしょ?あたし達、自慢じゃないけど仲良いんだから」  
いかにも自慢そうに言う。  
「なに……いくら好きだと言っても相手をするのが面倒なこともあるだろうと思ってな」  
「面倒って?」  
アルミラは辺りを憚るよう少女に寄り添うと言葉を継いだ。  
「時々面倒くさくはならないか?こっちにその気がないのに押し倒してきたり」  
「な――」  
「レオンはああだろう?自分が構って欲しい時はあまりこちらの気持ちを考えないで迫って  
くるから、たまに殴ってやりたくなる」  
なんだか身内の体験談を聞かされてるような居辛さを覚え、ジュジュは真っ赤な顔でそっぽを  
向いた。  
「あんた、人にそんなこと話して恥ずかしくないの!?」  
「恥ずかしいか?こういう話もたまにはいいだろう。……フィールはそういうことはないか?」  
「ばか言わないで。するわけないでしょ!?あいつは――」  
言いかけてジュジュははっとした。  
フィールは嫌だと言えば、態度で示せば手を放してくれるが、それが当然のことと慣れ過ぎて  
いたのかもしれない。普通はそう簡単に止めてくれないのかもしれないと。  
罪悪感で一瞬顔つきが暗くなったが、気のせいだというようにアルミラに得意げに笑って  
みせた。  
 
「あいつはレオンとは違うのよ。あたしの気持ちを無視したりしないわ」  
「そうか。私の場合はいいだろいいだろと言いながら圧し掛かってくるばかりだからな」  
「なにそれ!最低!」  
     
自分勝手な行動が聞いていて腹立たしいのか、ジュジュの茶碗を洗う手つきは荒々しい。  
彼女の反応に手ごたえを感じつつアルミラはそこまでは思わないんだ、と答えた。  
「何と言うか……そんなに私のことが好きなのかと思ったり、したいだけかと勘繰ったり。  
求められること自体は基本的に嬉しいんだがな」  
「なに甘いこと言ってんのよ、嫌な時は嫌ってはっきり言わなきゃだめじゃない!」  
「まあ、男女の間、問題の答えは二通りではないからな。そう言う時は折衷案だ」  
「折衷案?」  
いつまでも同じ食器を洗っているので横からそれを取り上げると、アルミラは布巾を置いて  
すすぎを始めた。  
「そう、歩み寄りだ。自分はしたくない、相手はしたい。お互いが自分の意見を通そうと  
すると喧嘩にしかならないだろう?だから自分も少し我慢して、相手にも少し我慢してもらう  
んだ」  
「どういうことよ」  
ジュジュは遠まわしな表現は言うのも意味を理解するのも得意ではない。  
アルミラはほんの少し間を置くと、腰を屈め少女に耳打ちした。  
 
 
「終わったぞ」  
片付けを終えアルミラとジュジュが手を拭きながら台所から出てくると、皆が口々に労った。  
その際ジュジュが妙に険しい顔で自分を見詰めているのが分かったが、その表情から話し  
かければ喧嘩になるに違いないと分かっていたためレオンはあえて気付かない振りをした。  
 
帰り支度をして表に出ると皆は改めてガルムに礼を言い、おやすみと声を掛け合ってそれぞれ  
森へと足を向けた。  
去り際、アルミラがフィールに意味深な視線を送ったのにジュジュは気付かなかった。  
 
ガルムと並んで皆を見送っているドロシーを振り返り、ジュジュが不思議そうな顔をした。  
自分を促す恋人にも同じ視線を向ける。  
「さ、帰ろう」  
「え……ドロシーは?」  
「今日はガルムの家に泊ってくんだってさ」  
ジュジュは目を見開いた。  
「あ……へ、へぇ……いいじゃない。あの二人、うまくいってるのね」  
こういう話になるとどうしたって自分達のことを連想してしまうのだろう。いくらか硬い  
笑顔で答えるとガルム達に向き直り改めて手を振った。  
 
 
二人はいい加減歩きなれた道を手をつないで進んだ。  
「アルミラと何を話してたんだい?」  
「ん?うーん……っと、内緒」  
ちらと隣の男に目をやると相手もこっちを見ていた。彼の表情にあるのは純粋な好奇心だ。  
「どうして?」  
「途中『最低!』って声がしたからさ。いや、そこしか聞こえなかったんだけどね」  
正面へ顔を戻し言い訳がましく付け加える。  
「何がだろうと思って。もしかして僕のこと?」  
「ばか」  
ジュジュの手がフィールの肩を叩いた。  
「そりゃお互いか……彼氏の話くらいするわよ。最低って言ってたのはレオンのこと。あいつ  
どうしようもない男だわ。あんたがそんなんじゃなくて良かったって思った」  
「そっか。……レオンがどうかしたの?」  
「だーめ。女同士の話よ、内緒って言ったでしょ。あんまり突っ込んだこと聞かないで」  
ぷい、と反対側へ顔を向け、これ以上なにも聞かないでと態度で示した。  
 
フィールは自分の家とジュジュの家へ向う分かれ道で立ち止まった。いつもはここから左を  
進んでジュジュを送ってゆくのだが。  
 
握る手にほんの少し力を込める。  
「お茶でも飲んでく?」  
      
  〜つづく〜  
 

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