外はとてもいい天気です。  
でもそのおかげでお兄ちゃんが最近ちょっと疲れ気味。  
お兄ちゃんはきこりだから、晴れてると働かなきゃ、山に行かなきゃ、って思いこんでる  
みたいなんです。  
時々は休んでもいいと思うのだけど。だってあんまりがんばって倒れたりしたら困るでしょう?  
私はまだ小さいから働けなくて、あんまり偉そうなことは言えないけど、普通の生活ができる  
くらいでいいんです。お兄ちゃんとトトがいて、あと時々はアルミラさんやレオンさん達が  
遊びに来てくれる今の生活がとても気に入ってるから(二人はこの間ひっこしていきました)。  
大事な人達とすごす時間が、私はなによりのぜいたくだと思っています。  
毎日働いているお兄ちゃんを助けたくて少しずつ家事の手伝いをさせてもらってるけど、まだ  
ぜんぜん役に立ってない気がします。  
じっさい家事をしてる!って言い切れるのは洗濯物を干すくらいかな。掃除はびみょうです。  
料理はまだ火を使う作業をさせてくれないし。包丁だって、この間やっと持たせてもらえる  
ようになったんですよ。お兄ちゃんはなんだかちょっと心配しすぎな気がします。  
だからこれから行くところはお兄ちゃんには内緒。晴れの日の、お兄ちゃんがいないとき  
だけって約束だから。  
 
あ、道の向こうから誰かきます。遠くてよく見えません。  
村の人かな?誰かな?  
 
 
「ドロシーじゃない」  
「こんにちは」  
ジュジュさんでした。  
「こんな森の中で一人じゃ危ないわよ。どこに行くの?送ってってあげようか?」  
ジュジュさんは基本的には親切だと思います。ただちょっと、相手をげんていするみたい…?  
「ありがとう。でも平気です。ジュジュさんはどこに行くんですか?」  
「あんたに聞きたいことがあってね。会いに行くところだったの。……あのさ、フィールの  
ことなんだけど」  
聞きにくそうなたいどに私のほうから耳を寄せました。強気なお姉さんだけど案外照れ屋な  
ところがあって、そこがかわいいな、なんて私は思ってます。  
どうやらジュジュさんはお兄ちゃんのことが好きみたいで、三人で一緒にいると平気なのに、  
私が席をはずすととたんに会話が無くなってしまうんです。きっと何を話したらいいのか  
分からないんだと思います。お兄ちゃんはどんかんで、そんな気持ちには全く気づかないし、  
二人を見てるこっちは、時々口を出したくなってしまいます。  
「お兄ちゃんがどうかしたんですか?」  
「ん…うん、あのね。今度…お弁当作ってあげるって約束したのよ。…でさ、好き嫌いって  
あるのかなぁ、と思って」  
恥ずかしそうに顔を赤らめるジュジュさんは、恋する乙女って感じでとってもすてき。だけど  
お兄ちゃんはどうしてこれで分からないんでしょう。  
「お兄ちゃんは食べ物に好き嫌いないです」  
「へぇ?じゃ、よっぽど変なもの入れなきゃ大丈夫ね?」  
「はい。それにちょっとくらい失敗しても、作ってくれたことがうれしいみたいで、そういう  
ことに文句を言ったりはしないです。だからがんばってください」  
私はつい握りこぶしで応援してしまいました。  
 
ジュジュさんと別れてさらに森を行きます。  
あれ、また誰かきます。今度は誰かな?  
 
「やあ」  
手をあげてあいさつしてくれたのはヴィティスさんでした。  
「こんにちは」  
「こんにちは。一人でどこに行くのかな?いろいろと物騒な世の中だ、送って行ってあげよう」  
「ありがとうございます、でも大丈夫です。ヴィティスさんはお出かけですか?」  
「いや、この先に良い湧水があるらしいと聞いてね。美味しいようなら店で使うのに汲んで  
行こうかと思っているんだ」  
そうそう、ヴィティスさんは村でお酒を提供する仕事をしてるんです。ええと、なんて言うん  
でしたっけ?マスター?そう、マスターって村の大人たちから呼ばれているのを聞いたことが  
あります。かっこいいひびきです。マスター。  
となりのおばさんが『うちのだんながねぇ、あそこのマスターは顔に似合わず話のわかる  
やつだ。冗談もおもしろい、なんて言って、毎晩のように飲みに行くんだよ、困っちまうよ』  
なんて言ってるのを聞いたことがあります。  
お客さんの心をばっちりつかんでるみたいなのはさすがだなぁ、と思いました。でも、冗談を  
言っているヴィティスさんって想像がつきません。どんなことを言うんでしょう?  
「君の様な少女が森の中を一人歩きするのは感心しないな。フィール君は知っているのかい?」  
「あ!……お兄ちゃんには内緒なんです!あの、言わないでください……」  
「理由によるな。納得できれば秘密にしよう。聞かせてくれるかい?」  
そう言って屈みこんできたので私はそっとこれから行く先を耳うちしました。  
「ははあ、成程。あれか…。それで全部わかったよ。了解した。フィール君には言わないで  
おこう」  
良かったぁ!  
「それでは怪我をしないよう、気を付けたまえ」  
そう言うとヴィティスさんは森の奥へと消えていきました。  
 
森の中は、あっちこっちから鳥の鳴き声が聞こえて来てとってもにぎやかです。  
そんなことを思っているうちに目的地が見えてきました。  
森の中の一軒家なんて、夜はこわそうだけど、とってもすてき。家の前には小さいお庭が  
あって野菜を育てているんです。私もこんな家に住んでみたいなぁ。  
こんなことを言ったらお兄ちゃんが悲しむから言わないけれど。  
 
「こんにちは」  
「開いているぞ。入ってくるがいい」  
「おじゃまします」  
ひょうじゅん的な大きさの扉を開けて中に入ると、居間の向こうにガルムさんが見えました。  
ガルムさんは背が高いので、台所での作業は少しきゅうくつそうです。  
「時間に正確なのは良いことだ」  
手をふきながら居間にやってきました。  
「教えてもらうんですから、それくらいは当然です!今日もよろしくおねがいします」  
 
そうです。実は最近ガルムさんにお料理の手ほどきを受けていたんです。  
だって、家で私がお兄ちゃんを手伝える作業ってあんまりないんですよ。ちょっぴりの  
お芋をむいたりとか……みじん切りとかも危ないからってさせてくれなくって。でも回数を  
こなさないと、いつまでたっても上手にならないじゃないですか。上手にならなきゃ  
お兄ちゃんの役にも立たないわけで。  
以前お兄ちゃんがいない時にそういう話をしたらガルムさんが  
「では俺が教えてやろう」  
って言ってくれたんです。  
ちなみに料理のできるヴィティスさんとアルミラさんの台詞は  
「保護者が止める行為をあえてさせるのはどうか」  
「私は甘味系なら得意なんだがな…ドロシーが手伝いたいのはご飯の支度だろう?」  
でした。  
 
「とはいえ、芋の皮むきでも包丁を上手に扱う訓練にはなる。何事もおろそかにしないで  
集中して行うことだ」  
「はい!」  
ガルムさんは夕飯作り――といってもまだお昼過ぎだし、ちょっと時間が早いけど――の  
手伝いをさせてくれるんです。一人でやればもっと速いはずの作業も、私に指導しながら  
なのでとてもゆっくりペースになっています。ちょっと申し訳ないです…。  
毎回正しい包丁の持ち方の確認から始まって(細心なかたです)簡単な野菜のむき方、野菜の  
下ごしらえのしかたなんかを私に説明にしながら作っていきます。その間にも世間話や  
カテナの皆さんの話をしたりと、とっても楽しく時間がすぎていきます。  
「ふん、小娘が弁当をな……」  
「ジュジュさんお兄ちゃんのことが好きなんだと思うんです。でもお兄ちゃんにぶいから…  
つい口を出したくなっちゃって」  
「まぁ、そういったことは周りでやいやい言ってもしょうがない。当事者に任せて見守って  
いるのが一番だな。ほら、手元が留守になっているぞ。アクが浮いている」  
「あっ、はい」  
「旨い料理を作るには、手間を惜しんではいかん。ちょっとした手抜きで味が落ちるからな。  
そしたら苦労が水の泡だろう」  
こういう言葉のはしばしにガルムさんの料理に対するこだわりが見えます。料理屋さんを  
やればいいのに、とはガルムさんを知る皆が思ってることなんですけど……。  
「ガルムさんは、料理を仕事にしようとは思わないんですか?」  
「またその話か。この格好で接客業などできるわけなかろう」  
「だって…もったいないです。こんなにおいしいお料理が出来るのに。ガルムさんがお料理を  
作って運ぶのは誰かにやってもらえばいいじゃないですか」  
自分で言った言葉にはっとしました。  
そっか、どうしていままでそれを思いつかなかったんだろう!  
 
「あのっ、そしたら、お客さんの相手は私がやります!まだ子供だから、もう少し大きく  
なったら……だめですか?」  
ガルムさんとお仕事ができたらどんなに楽しいでしょう。  
「ふ……そうだな、では考えておこう」  
「本当ですか!?じゃ、私、がんばって早く大きくなります!」  
後から考えると、ガルムさんは私があんまり期待いっぱいの目で言うのでほかに答えようが  
無かったのかもしれません。悪かったかなぁ。  
「さて、あとは弱火でじっくりと煮るだけだ」  
鍋の中をのぞいてフタを閉めます。  
「じっくり…に、る……と。時間はどのくらいですか」  
ガルムさんの話を聞きもらさないように要点はなるべくメモをとります。作るのを見てる  
だけでみんな覚えられればいいんですけどね。  
「そうさな…いや、時間ではない。中の塊肉に串がすっと通るまでだ」  
「くし、が、とおる、ま、で……はー、書けました。ありがとうございます」  
「こういう経験がそのうち役に立つ。自分で作る日が来れば思い出し、思い出しで料理をする  
こともあろう。それにそのメモがあるしな」  
「はい。えへへ」  
「では出来上がるまでお茶でも飲むか」  
 
そっちに座っていろと言われたので、居間に戻ってきました。本当はお茶の支度もお手伝い  
するべきなのかな?でも勝手がわからないし。こういうことを聞ける人がガルムさんくらい  
なので、さすがに本人には聞けません。うーん……お手伝いしましょうか、ってもっと早く  
言えばよかったです。  
静かだな、と思ったら今日はトトを家ににおいてきたのでした。だってトトったら、ガルム  
さんに向かって犬野郎、なんて言うんです。私、はずかしいやら、申し訳ないやらで。  
怒っても珍しく聞き分けがないので、罰として留守番をさせたました。白い眼を細めて窓から  
私を見送っていたのでちょっとこわかったな。  
 
 
大きな窓から入ってくる風がとっても気持ち良くて、ああ、なんだか……。  
……はっ!いけない、いけない。寝てしまうところでした。歩いてきたので疲れたのかな。  
近いようでも森の中の道は歩きにくいからガルムさんのお家までけっこう時間がかかるんです。  
大きな窓からの景色でも見て…庭にはちょっとずついろいろな野菜が植えられています。季節  
が終わったら違うのを育てるのだそうです。  
そういえば台所の窓には小さな香草のはちがあって、あれはちょっと使うのにべんりだなぁ  
って思いました。言ったら分けてくれるでしょうか?  
香草を使うような料理は、あんまり…お家では…しない、けれど…………。  
 
 
「ん……」  
「起きたのかい?ドロシー」  
お兄ちゃんだ…うん、起きなきゃ……は!ええっ?お兄ちゃん!?  
「お、お兄ちゃん!?」  
思わず起き上がり、自分が寝ていたのは自分のお家の長椅子の上だと知りました。  
「ドロシー」  
私の名前を呼ぶとお兄ちゃんは長椅子の前に膝をつきました。ああ、なんかお説教したそうな  
顔をしてます。どうしよう、怒られるんだ。  
「ドロシー、どうして自分が家にいるんだと思ってるんだろう?」  
「う、うん」  
「ガルムがわざわざ送ってきてくれたんだよ」  
「はい……」  
ガルムさんのお家から自分で帰ってきたのでないなら、それしかありません。  
お茶を、ってところからずうっと寝てたなんて、どうしよう!面倒ばっかりかけちゃって  
ガルムさんに嫌われたかもしれない。人のお家で寝ちゃうなんてどんな娘だ、って呆れた  
だろうな。  
 
「外が真っ暗になっても帰ってこない。どこに出かけた、なんて書置きもない。お兄ちゃんが  
どんなに心配したかわかるかい?トトに聞いても頑として口を割らないし…」  
怒ってるんじゃなくて何もなくてホッとしてるような表情に、ざいあくかんで胸がぎゅうって  
痛みます。お兄ちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい。  
「ごめんなさい…」  
「出かけるなっていうんじゃないんだよ。ただ、どこに行くのか、そういうことは僕に分かる  
ようにしておいて欲しいんだ。それは分かるだろう?」  
「はい、ごめんなさい…次はちゃんと言ってから行きます」  
「分かってくれればいいんだ……よし!じゃ、ご飯にしようか」  
お兄ちゃんは大きな手で私の頭をなでると、暗い空気をふりはらうように言いました。  
「うん」  
手を引かれて台所のテーブルにつくと、目の前に出てきたのはなんと昼間ガルムさんと一緒に  
作った料理です。  
「お兄ちゃん?これ…」  
「ガルムがね、お前を送りながらおいてってくれたんだよ」  
「ガルムさんが……」  
「さっき味見させてもらったけどさすがに美味しいんだ。早く頂いてごらん」  
向こうを見ると調理台のほうには鍋ごと(昼間さんざんあくをすくったあの鍋ごと!)置いて  
あって、そのことに私の胸はさっきお兄ちゃんに注意された時よりも苦しくなりました。  
まさか私が寝ちゃって味見できなかったから、鍋ごと置いてってくれたのかな。でもまさか。  
もしかして最初から私たち用につくってくれたのかしら?でもでも、それに、じゃあガルム  
さんは何を晩ご飯に食べるんだろう?  
 
「ドロシー」  
「えっ、なぁに?」  
お兄ちゃんは頭の中がぐるぐるしてる私にしょうがないなぁ、という顔をしています。  
「明日ね、ガルムの家にこの鍋を返しに行ってくれないかい?」  
「え……行っていいの!?」  
「うん。とっても美味しかった、僕がよろしく言ってた、って伝えてほしい」  
お兄ちゃんはいたずらっぽくわらっています。  
「それからおまえはガルムにちゃんとお詫びをすること」  
「う、うん!もちろん!!」  
それはもちろんです。迷惑かけたこと、私だってちゃんと分ってるんですから。  
「それにしても、よく家に来るまで目が覚めなかったなぁ」  
「それは…私もそう思うの……はずかしいね」  
考えると顔が熱くなります。自分でも子供だなぁって。  
こんなんじゃ、ガルムさんがお店もつとき使ってくださいなんて言えないなぁ。あーあ。  
「あ、でもちゃんとトトを連れて行かないと駄目だぞ?」  
「だって…ガルムさんのこと犬野郎、なんて言うんだよ?私はずかしいよ……」  
思わず下を向いてしまいました。  
私、間違ってないよね。  
「トト、お前がドロシーと一緒にいてくれれば、僕は安心して森の中でもどこでも送り出せる  
んだよ」  
「ふん、そんなこと言われるまでもないわ!」  
「じゃ、ガルムにあんまり失礼なことを言わないようにしろよ?恥をかくのはドロシーなんだ  
からな」  
「言われるまでもない。しばらく口をつぐんでいるくらい、わけないわ。おれサマはご主人  
から離れているつもりはないからな」  
わけないわ、ということを聞けなくて今日は留守番させられたのに、トトったら調子のいい  
ことばっかり言って。  
 
でも明日もガルムさんのところに行けるのかと思うと自然と顔が笑っちゃいます。でも  
謝んなきゃっていうのがあるからちょっと緊張もするかな。  
お兄ちゃんはそんな私を見てちょっとやきもちをやいたのか、こんなことを言いました。  
「嬉しそうにして…おまえは本当にガルムが好きなんだね」  
「うん!あのね、なんかね……大きくってすごく優しくて、それで厳しいところもあって、  
お父さんってこんな感じなのかなぁ、って」  
その言葉にお兄ちゃんは少しさみしそうな顔をしました。  
「僕はさすがにお父さんにはなれないからね…」  
「!でも、一番好きなのはお兄ちゃんだからね!!」  
「ご主人、おれサマはどうなのですか?」  
「もちろんトトも同じくらい大好きだよ」  
お兄ちゃんはその言葉にやわらかく笑うと、冷めないうちに食べようと言って美味しそうに  
食べ始めました。トトもガルムさんに文句をいいながらそれでも料理の腕前はほめています。  
私も一口……美味しい!  
ほお張りながらあらためて考えてみました。  
アルミラさん達も好きだけど、ガルムさんは特別。なんでだろう?さっきお父さんみたいって  
言ったけれど、それも本当はなんか違う気がするし…。  
うーん、この気持ちをちゃんと説明できるようになるのは、もっと大きくなってからかも  
しれない。  
 
 
 
 〜おしまい〜  
 
 

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