「アルミラ!」
「ジュジュ!」
「フィール!」
フィールは湧いてくる敵を次々と弱らせてパスを出した。
あんまり周りに敵がいるものだから、ジュジュから戻ってきたパスに気付きもしない。いや、
気付いてはいるが、あえて捕りに行かないだけかもしれなかった。
「ちょっとフィール!」
「なっ、なんだい?」
雑魚どもを蹴散らし、あと斧1匹になった時、ジュジュがフィールに詰め寄った。
彼女の剣幕にフィールは思わず後ずさりする。
「何だじゃないわよ。どうしてあたしのパス受けないわけ?せっかくもうちょっとでLv.2を
出せたのに…」
確かにそんなチャンスが何回もあった。せっかく自分が協力してやってるのにLv.2が撃てない
ので、気分を害したようだ。
「ごめんよ、でもそのほうがいいかと思って。すぐそこに剣ノッポとか槍ノッポがいて
危なかったし」
それに、ジュジュのパスが受けづらかったのだが、さすがにこれは言えなかった。せっかく
レオン探しを手伝ってくれているのに失礼なことを言いたくは無かったし、キャッチの下手な
自分にも原因があるのだ。
「まて、ジュジュ」
「なによ、おばさんは関係ないわ。引っ込んでなさいよ」
アルミラは睨みつけてくる彼女にかまわず話を続けた。
「もう少し、受けやすいパスを出してやってはどうだ?こう言っては何だが、私もとりにくく
思っていた。これではいつチェインが途切れるかわからん」
「あたしが悪いっての!?」
「いや、フィールにも悪い点はある。大型の敵が来たら、必殺技に頼らずにステップで避ける
ようにしなくては駄目だ。それではいつまでたってもゲージを最大まで上げることが出来んぞ」
フィールも悪い、とちゃんと言ってくれたことに少し機嫌を直したジュジュは、今の台詞を
否定した。
「フィールがちゃんとパスを回してくれれば、ゲージはちゃんと…あたしのレクス達がいれば
すぐLv.2まで上がるわ。充分じゃない?」
アルミラは思わずテンションゲージはその上のLv.3まで上げられると言おうとした。しかし
神からの再度の支配を避けるにはそれが不可能だと気付き苦笑する。
大体フィールが装甲化できるかどうかも分からないというのに。
解放されてからこっち、昔のように冷静に考えていられない自分が不思議だった。
「ああ、そうだな…」
フィールは二人にぺこ、と頭を下げた。やはり自分が至らなかったせいだと思ったのだ。
「ごめんよジュジュ。次はちゃんと優先して受けるようにするから、また助けてくれるかい?」
「頼むわよ、本当に……気をつけてくれるなら、いいけど」
ジュジュは素直に謝る彼に驚きながら少しはパスをやさしく出したほうがいいかしら、と思い
直した。フィールはまだ初心者なんだし、と心の中で言い訳をしながら。
「では、あの残り1匹を倒すぞ」
アルミラの号令の下、3人は走り出した。
「こっちだ」
「了解だ」
言っている本人も、集合を掛ける場面か判断付きかねていた。しかし迷っている暇は無い。
さっきから前後左右からどんどんしもべが出てきてまさに混戦、囲まれては走って灯台の円の
外へ出て…の繰り返しだった。
フィールはアルミラの忠告に従って、なるべく必殺技を使わないようにしている。こういった
場面では確かにジュジュのLv.2が頼りになる(そしてそその弱ったしもべをアルミラが上手に
キャッチしてくれる)ので、先ほどアルミラから指摘された点に気をつけてパスを出していた。
「ふ…あの斧が最後じゃなかったようだな」
激しい戦闘の最中に薄く笑っているアルミラに、ジュジュが怒鳴る様に声を上げた。
「ちょっと!そんなこと言ってる暇無いでしょ!? フィール!」
自分に回ってきたヴォロを、フィールへとダイレクトに弾き飛ばす。
その瞬間、ジュジュは後方から強い衝撃を受けた。
「きゃっ!」
下方から突き上げられ、ジュジュは思い切り跳ね飛ばされる。
軽い体はそれでも受け身をとろうとしたが、宙を舞う姿勢からそれは無理だと思われた。
怪我を覚悟し、ぎゅっと目を閉じる。
しかし地面に激突する瞬間、何か柔らかいものにぶつかる感触がした。それは彼女の体を
寸前で受け止めて、そのままの勢いでジュジュを足から着地させる。
驚いて目を開ければ自分を腕に抱えるようにしてフィールが立っていた。
「怪我はないね?」
「う、うん」
聞いた途端、迫る敵に気付いて放り出すように彼女を離す。
「あいつら素早く動くから気を付けて!」
そういいながらフィールは果敢に槍ノッポに突撃して行った。
彼女はぽかんとそれを見送っていたが、背後にヴォロどもが迫っているのに気付いて自身も
再び戦いへと身を躍らせる。
しかし心の中は他者に庇われたことへの戸惑いに満ちて、いつものように敵の殲滅に集中する
ことが出来なかった。
いままでそんな風にかばわれたことが無かったのだ。
彼女はなんだかそわそわと落ち着かず、つい彼の後姿を目で追えば槍ノッポに迫られているのが
見えて我に返る。
慌ててそちらに駆けて行くと、フィールの方を向いているうちにアルミラと二人で背後に
回り込み、攻撃した。
さすがに二人がかりでいけばノッポもたちまちふらふらになる。
「フィールッ!!」
「アルミラ!」
フィールは飛んできた槍ノッポをもう一度アルミラにパスで返し、自らもそこに突っ込んで
行く。
あっという間にゲージをLv.2にすると、すかさずジュジュと必殺技を放った。
「ジュジュ、さっきは大丈夫だった?」
「え?」
昇降装置を死守して一息ついていると、フィールが手をあげて彼女に近づいてきた。
「乱暴に離してしまったから心配してたんだ」
「ああ……。まさかあのくらいで怪我するわけないでしょ?…バカにしないでよ」
助けた相手に怒られてフィールは目を丸くした。それでも自分が悪かったかと素直に謝罪する。
「ごめんよ」
今までの仲間にはない反応に、ジュジュはたじろいだ。
こう下手に出られると、どう返していいのか分からなくなってしまうらしい。
「なによ、別に謝って欲しいわけじゃ……わ、わかればいいのよ…ふん」
「そうだ……ジュジュ、これ持ってて」
彼がも懐から取り出したのは、何かお守りのようなもの。
再生の護符だった。
正体を知らない彼女は両手を隠すように後ろへとまわし、顔を険しくしてフィールを非難した。
「何よそれ……あんた、神の正体を知ってるくせに神頼みしようっての?そんなもの、触り
たくもないわ」
ジュジュの中では既に、神とはカテナの自我を奪い支配するものだと認識されていたため
不愉快さを隠そうともしなかった。
彼は慌ててそれを否定する。
「違うよ!これはトトがエテリアから生成してくれたお守りなんだ。一度テンションLv.を
1以上にすればゲージが消えるまで体を回復してくれる……だから」
持っていて欲しいと差し出す手に、彼女は胡散臭いものを見るような顔でフィールと再生の
護符を見比べた。そして彼の横に浮いている生き物へと目を向ける。
「ねぇ、その……猫……?じゃないわよね、空飛んでるし……なんなの?なんでエテリアから
自在に物を作れるわけ?それもこんな特殊効果がある物を」
当然の疑問だ。きっといままでこんな生き物は見たことが無かったのだろう。
「ふん、うるさいガキだ。おれサマはご主人の第一の従者。このくらいのことが出来なくては
務まらんわ。いいか?ご主人が攫われたのはお前らの責任だ。罪滅ぼしにおれサマ達に協力
するのは当然。それなのにこんな素晴らしい装備品を使わせてもらえるのだ。ありがたかろう」
トトは空中で器用にふんぞり返った。
「はは、口が悪くて変わった特技があるだけで、あとは普通の猫……なんだよ。たぶん。気に
しないで」
フィールが間を取り持つように言う。あれだけの会話で、この一人と一匹は気が合わない事を
感じとったようだ。
「おれサマの正体なぞ見た目通りのかわいい猫に決まっておる!いいからさっさと護符を
しまわんか。休んでる暇はないぞ」
「はいはい、分かったわよ。うるっさいわねぇ」
彼女は面倒くさそうに答えるとトトについては訳の分からない生き物だと言う事が分かった、
と一応の納得をして素直に胸元へと護符をしまい込んだ。
「ねぇ、あいつちょっと変わってるわよね」
全員が灯台の中央に集まり昇降装置が動きだすと、ジュジュはアルミラの傍に行き、ひっそり
と耳打ちをした。
背伸びをして話しかける様子は以前よりも親しげだ。
ほんの少しでも仲間として戦ったせいかアルミラに対する対抗意識が薄くなってきたのだろう。
「戦闘中に人のこと気にかけたり……あたしなんてこの間まで敵だったのに。なんて言うか、
果てしなくお人好しって感じ。よくあんな性格で神々を倒そうなんて思いついたわよね」
呆れて肩をすくめる彼女に、アルミラは口の端をあげた。
「ふふ……確かに変わっているな。我々はあまり仲間を庇うなんて事はしないから。そのおかげ
はか知らんが、今ではレオンも近くにいれば手を差し伸べてくれるようになったぞ」
ぱち、と片目を閉じて語る姿は彼女には珍しく悪戯っぽい仕草だった。
「しかし神々を倒そうと言うのは我々――私とレオンの都合で、フィールにとっては多分妹を
助けるついででしかなかったと思う。……さっきまではな」
ジュジュの口から明らかになった実験台にされる者たちの不幸、神々の人やカテナに対する
仕打ちに彼が憤っているのを二人は知っている。
当の本人は少し離れたところで女性達のヒソヒソ話に不思議そうな顔をしていた。まさか
自分のことを話しているとは夢にも思ってないだろう。
アルミラはちらりとジュジュを横目で見ると話を戻した。
「お前は負けず嫌いだからな」
「へ?」
「助けてくれたからって同じことをしてやる必要はないぞ。男と女では体のつくりが違うし、
ヘタに受け止めようとしたらこっちが怪我をする」
問題の場面を彼女は見ていたらしい。
「べっ、別に助けてやろうなんて思ってないわ!……だからって、か弱い女扱いされる気も
無いけど」
どうも庇われるばかり、というのが気の強い彼女には我慢できないのだ。この歳でOZの一員に
なる実力があるのだからなおさらだろう。
口を尖らせてそっぽを向く彼女にアルミラは言い添えた。
「そんなことよりちゃんと礼は言ったのか?お前、そういうの苦手だろう」
「――!」
「それとな……あいつにもう少し優しくしてやれ」
「お礼くらい言ったわよ!確か。……?言ってなかったかしら?」
どうだったかしらと眉を寄せ、先程のことを思い出す。一通り考えてからやっと気付いた
ように問い返した。
「ん?なんであいつに優しくしなきゃなんないの?」
このあたしが?どうして?と思っているのが口に出さなくてもしっかりアルミラに伝わった。
「我々はお前の性格を知っているから気にならないが、フィールはあの通り素直だ。お前の
言葉をそのままの意味で受け止めるから、落ち込んでる」
「はぁ……!?」
アルミラは予想もしてなかったというジュジュの反応に苦笑した。
「そのくらい分かりなさいよ、って顔だな。お前達はまだ知り合って間が無い。お前の
言い方じゃお前が照れているのか、喜んでいるのか、本当に怒っているのかフィールには
区別がつかないんだ。もう少しその口が悪いのを直せばいいんだが」
しょうがない妹をもったような気持にアルミラは眉尻を下げる。
「余計なお世話よ!」
「相手に伝えたいことがあるなら、ちゃんと通じる言葉で言わなくては意味がない。だろう?」
「そりゃ、そうだけど……」
「ではフォローしておくことだな。しばらくは共に行動するのだし、気がかりは取り除いて
おくに限る。それにこれは今まで一緒にいたから断言するが、戦闘中助けてもらうよりも
普通に、にこやかに接してもらう方が、フィールはずっと喜ぶだろうよ」
諭すように言われ、ジュジュは渋々と頷いた。
「わかったわよ……なによ、もう……手間のかかる奴!」
「………」
どっちがと思ったがアルミラはあえて何も言わなかった。
フォローをするとは言ったものの、その性格からジュジュがなかなか行動に移せずいるうちに
三人はとうとう火神と戦った場所まで戻ってきた。
その後も戦闘を繰り返しながら先へと進んでいったが、背中へ感じるアルミラの視線に彼女は
苛立ちを感じていた。言わなきゃ言わなきゃと焦るほど態度はぎこちなくなり、なんとか隙を
見つけようとフィールを見る目は鋭さをもつ。
フィールもそんな様子のジュジュになんとなく隔意を感じてあまり彼女に話しかけようと
しなかった。
二人を見守っていたアルミラはこれでは埒が明かないとジュジュを手招きした。
「なによ」
「なによ、ではない。まったく……大体あれから意思の疎通もまともに出来てないだろう?
ほら、さっさと行ってこい!」
アルミラはそう言って彼女の肩を捕まえるとフィールの方に押し出した。
こういうお節介の仕方は今までのアルミラには無かったものだ。
「ちょ、ちょっとぉ!?」
「いいから!お前たちが戻ってくるまで私は休ませてもらう。ここはとことん腹を割って話を
して来い。年の頃だって近いんだし、お前の態度に対する誤解が解ければ話は合うと思うぞ」
「誤解って何よ」
背中を振り返って問い質す。
「お前に嫌われているっていう誤解さ。フィールは多分そう感じてるはずだ」
「えぇっ!?」
思いもしなかった可能性にジュジュは驚き、アルミラから背を押されるままフィールへと
近寄って行った。
「ねぇ……ねぇったら!」
突然声をかけられてフィールの体が一瞬硬直した。しかし振り返って彼女に微笑みかける。
「どうしたの?」
「どうって別に……ただ、ア、アルミラが――」
彼は首を傾げた。
何か用があるならアルミラは直接言ってくるだろう。
「アルミラが何か言ってたのかい?」
「うるさいわねっ!用がなきゃ話しかけて駄目って言うわけ!?」
「そんなこと言ってないよ。気に障ったなら謝るから」
ジュジュが怒ったように返すので、彼はなだめるように言った。
気まずい沈黙が二人を包みこむ。
互いに口を開けば口論になると思っているのだ(原因はほとんどジュジュの方にあるのだが)。
彼女は暫くもごもごさせた後、やっとのことで口を開く。
「ア、アルミラがねぇ…うるさいのよ」
「え?」
「あんたにもう少し優しくしろって……幸せね、あんた。ママにお世話してもらって」
さすがにこの言い方には気分を害したようで、フィールは眉をしかめた。
「そういう言い方はないんじゃないかな。アルミラは面倒見がいいだけだよ」
直後、つい表情に出してしまったことを後悔する。
彼の口からため息がもれた。
「――止そう。喧嘩をしたいわけじゃないんだ。…僕が早く面倒見られないくらいになれば
いいだけの話だものね。アルミラの言ったこと、気にしないで」
彼女にどんな事を言われても、フィールはなるべく理性的でありたいと思っている。根っから
争い事が嫌いなのだ。
少しの間を置いて、向かい合っていた少女が上目づかいに彼を見た。
「……ね…」
「なんだい?」
「その……猫?どっかにやってくれない?」
「トトを?どうして」
フィールのレクスは例によって猫型となり宙を漂っていた。
「いられると不都合だからよ。決まってるでしょ」
「ふん!お前らのやり取りはかゆくて聞いてられん。おれサマはねーちゃんのところにいる」
フィールが何か言うより早くそう答えると、赤い猫はさっさと行ってしまった。
後姿を見送って、フィールはなんの為だろうとジュジュの顔を不思議そうに眺めた。
彼女は同じく去りゆくトトを見て猫は飛ばないわよね、とぶつぶつ言っていた。
目を戻すと正面にいる彼の視線とぶつかったのにまた目をそらす。
一瞬気まずそうな表情になり、だがすぐにいつもの気の強そうな、相手を見据えるような目を
するとフィールに手を差し伸べた。
「来て」
反射的に出されたフィールの手を取ると、彼女は背後のアルミラ達から遠ざかるように歩き
だした。
フィールは手を引かれるままついていったが、あたりを見回しながら訊ねる。
「ジュジュ、いったいどこまで……敵はいないのかい?大丈夫?」
「この辺りは守るまでもない場所だからヴォロ達もいないの。心配しなくても平気」
フィールに背を向けたまま彼女は返事をした。
そのまま二人はどのくらい歩いただろうか。とうにアルミラ達の姿は見えなくなっている。
距離的にはそんなに離れていないのだが、上り坂だったり下り坂だったり、右へ曲がったり
左へ曲がったりしているうちに、すっかりフィールは自分の場所が分からなくなっていた。
「このへんでいっか……。座って」
ジュジュは振り返ると彼にそう促した。
彼は黙って言われた通りにする。
この辺りはごつごつと岩のような地面が続いていて硬く、座り心地がよいとはあまり言えな
かった。
するとジュジュも当然のように彼の横に腰をおろす。
「……!」
ぴったり寄り添ってくる彼女に、フィールは顔にこそ出さなかったが内心慌てていた。
しかしジュジュはそんな彼の心情には気付かない。小さく咳払いをし、座った勢いで口を開く。
ここで黙ったらまた切っ掛けを失ってしまうと思ったのだ。
「あのね……あたしって……言い方がちょっときつい、みたいだから…」
「う、ん?」
あまりに近距離で腕と腕とが接している。
服の上から感じる彼女の感触に、心臓に落ちつけ、と念じながら彼は相槌を打った。
続きを待って横顔をみつめているとその頬がほんのりと紅く染まっていった。
それを自覚しているのか、彼女は顔を抱えていた膝の中に埋めてしまう。
いつまで待ってもそのままでいるのでフィールは細い肩に手をやり顔をのぞきこんだ。
「ジュジュ?」
「きゃあっ!」
激しい反応に声をかけたほうも驚く。
「ど、どうしたの?具合でも悪いのかい?なんだか赤くなったり、顔色が……」
本気で心配している彼の鈍さに腹が立って、ジュジュは思わずフィールを詰った。
「だから、そうやってあたしの表情見てれば、本当に怒ってるかどうか分かるでしょ!?
そのくらいわかったらどうなのよ……!!あたしの言う事をそのまんまで受け取るから
傷つくのよっ!」
怒鳴られてフィールは目を丸くした。
こう勝手なことを言ってはフォローどころではない。彼をさらに落ち込ませ、あるいは
怒らせるのがせいぜいだろう。
彼女も直後にそのことに気付き、背中が冷たくなるのを感じた。
今のは違う、そういう事が言いたいのではないと説明したいが言葉が出てこない。困った
ような顔になり、それでもしどろもどろになりながら言い訳をしようとした。
「あ……っい、今のはちが……あたし……」
しかしフィールは彼女の因縁を付けているとしか思えない台詞にも怒ることはなかった。
むしろその顔は明るさを取り戻している。あの言い方でと驚くが、彼女の真意を理解したの
だろう。大変に遠まわしではあるが、自分の口の悪さを謝っているのを。
「分かったよ……いままで気付かなくて、ごめん」
「あんたと話してると疲れるわ。それといちいち謝らなくていいから」
理解を得てほっと胸を撫で下ろしながらも、つい余計な一言を言ってしまう。
やはり一朝一夕には直らなそうだ。
「僕、鈍いから……ありがとう」
「べ、別に……」
横で顔をほころばせて礼を言う彼にジュジュはぷい、と正面を向いた。
睨むように前を見ているが今はそれが照れからくる表情だと彼にも分かる。
ジュジュは再び膝を抱えるとしばらく考えごとをしていたようだが、ぽつりと独り言のように
呟いた。
「あたし……優しくしろ、なんて言われても、どうしたらいいのかよく分からないのよ……」
二の腕に顔をのせて隣にいる少年を見る。
「あたしが知ってるのは――男を慰める方法だけ」
「え――」
フィールに言ったのか、自分自身に言い聞かせたのか。
丸めていた体を起こしフィールの方へと体を傾ける。
ほっそりとした体を押しつけてくる感触に鼓動が速くなっていくのを感じ、反射的に彼は
上体を彼女から離した。
15歳の彼に異性との必要以上の接近は、うろたえと心が置き去りの反応しかできないからだ。
しかし彼女は逃げる彼の肩を支えに手をおくと、その耳元に顔を寄せる。
「ジュ、ジュジュ?」
「借りっぱなしとか、我慢できないのよ。だから……出来ること、するわ」
耳に触れる吐息に振り向く彼の唇へ、そっと自分のそれを重ねた。
「ん…っ!?」
薄い服ではないのに、肩に置かれた手から心臓へ、彼女の体温が伝わってくるような気が
した。
動悸はいよいよ激しくなってゆく。
フィールには突然の彼女の行動が理解出来なかった。
「っ……ジュジュ!?何を……!」
「言ったでしょ?あたし、慰める方法しか知らないって。……いいから大人しくしててよ」
染まった頬が愛らしく、軽く睨むような目つきで彼を見るさまは誘惑しているようだ。
もちろん彼女にその自覚は無いが。
どれだけ自分の表情が彼を揺さぶるのか気付いていないのだろう。
ジュジュは動揺するフィールの体を、自分の方へ向けるようにゆっくりと押し倒した。
再度口付けながらスカーフを緩める。
舌を差し込むと彼の口内をやわやわとなぞっていった。彼のそれと執拗に絡ませる様子は
下半身の繋がりが無くても性交と言えるほど濃密なものだった。
陶然とするような快感に逆らって、ようやっとフィールが彼女の唇から逃れた。
「んん……っは、だ、駄目だ……こんなこと、好きな人とじゃなきゃ……僕なんかとしちゃ
いけない!」
彼は自分に体を密着させるように乗り上がってくる少女の肩を押さえ、諌めた。
怒鳴られたわけでもないのに彼女の体がビクンと強張る。
襟を握った力が弱くなったのに気付き、フィールは彼女を引き剥がした。しかし掴んだ
腕が、肩が震えている。その弱々しさは最前と全く様子が違っていた。
「ジュジュ?」
頭を垂れて彼の胸に手をつき、体を起こす。その彼女の仕草を見、その顔へと目を向ければ、
大きな瞳からは涙がこぼれていた。
「ど、どうしたの?」
慌てて上半身を起こした。
気が強く、およそ涙とは縁遠そうな彼女の突然の異変に焦って問いかける。
フィールにはもちろん涙の理由など、彼女の誘いを断ったことしか思い当たらなかった。だが
そんなことで、ここまで辛そうな表情になるだろうか。
「――っ!」
自分でも驚いたようだ。
唇を噛み、慌ててごしごしと目をこするが、止まらない。
フィールの服に細い腕を伝って滴が落ちた。
「ジュジュ……」
腕を伸ばすと、力の入らない手で掴まれ押し戻される。
「触んないで……。なによ、そんなの……」
彼女の声は心細そうに震えていた。
「あ、あたしだって……そんなこと…分かって、る……こんな……っく、っふ……」
フィールの言っていることは当たり前のことだ。
彼女も以前はそう思っていた。
なのに今は彼に――出会って間もない男にすら体で借りを返そうとしている。
『好きな人と』
頭を思い切り殴られたみたいな気がして、彼女は頭を振った。
今までの自分を否定されて。
ヴィティスとのことに慣れてしまっていた自分を思い出して。
いつの間にか愛のない行為がなんでもない事になっていた自分を知って驚いた。
悲しくて、可哀そうだった。
「やだ……やだぁ……ひっく…こんな、こん、なの……あたし……っ、う、わぁぁん」
顔を覆って泣き出してしまった彼女をどう扱ったらいいのか、彼には分からなかった。ただ
妹にするように細い肩を引きよせて背を撫でてやる。
彼女も力強い腕に抱きしめられて、背中に腕をまわしてしがみついた。
すでにフィールに対して意地を張っていたことも忘れている。
ジュジュは心の澱を全て流しだすように声を上げて泣いた。
彼の手はずっとジュジュの髪や背を宥めるようにさすっていて、彼女の悲しみを打ち消す
手伝いをしてくれた。
もちろん簡単に忘れられるようなことではないが、頼れる腕があるということが、彼女には
心強かった。
「っく……くすん……」
涙も落ち着き、そろそろフィールから離れるきっかけを探していたジュジュが違和感を憶えた
のはその時だった。
「……」
彼の胸に押しつけていた顔を起こす。
涙で真っ赤になった目を見られるのも何とも思わなかった。
抱きついてわんわん泣いたことで、彼に対していまさら何か恥ずかしく思うこともなくなった
のだろう。
フィールの顔を覗き込むように首を傾げると、彼は赤面して横を向いてしまった。
彼女に気付かれた、という事に気付いたのだろう。
「ごめん……ちょっと……」
片手で口元を押さえながら空いた手でその肩を押し、体をずらして彼女から距離をおこうと
する。
「あの……ちょっと、離れてもらえる……?」
「どうしてよって、聞いてもいいかしら?」
「……!ごめん、あの……」
本当は聞くまでもなかった。
赤面の原因を体で感じていたからだ。ジュジュの圧し掛かるような姿勢のせいでそのおなかに
あたるのを。
自分の誘いを拒否した癖にとは思ったが、彼女は笑ったりしなかった。生き物の体は異性に
反応するように出来ているのだから。
答えを言い淀む彼に目尻に残る滴を払って少女が微笑みかけた。
「ね、やっぱりしてあげる」
まだ目を逸らしている彼の横顔を微笑ましく思いながら細い指が彼の下半身をなぞった。
服越しにもはっきりと立ちあがっているのが分かる。
「――っ!ジュ、ジュジュっ!」
フィールは焦って彼女の手を自身の下腹部から引きはがした。
ジュジュはと言えば、手首を強く握りしめられているのも気にしない。耳まで赤くなって
恥ずかしがる彼の様子を面白そうに眺めている。そんな状態になった原因は彼女が抱きついた
からだし、そういえばもともとそういう目的だった。
一通り泣いたせいかだろうか。過去のことは過去のこと、そんな風に気持ちがすっきりした
のはジュジュ自身も不思議なくらいだった。どんなに嫌な昔でもやり直すことは出来ないし
今までの経験は経験として、身についたことを活かせるならそれで借りを返せばいい。
もともと頭の切り替えが早く前向きな性格だったのも手伝って、やはり初志を貫徹することに
した。
そうと決めたらあとは困った顔で横を向いている男の抵抗を取り除くだけだ。
「離してくれない?」
彼女の言うとおりにしながらも、彼は念を押すことを忘れない。
「手は離すけど……あの、いいから、本当に……その……」
「どうして?気持いいこと嫌いなの?遠慮しなくていいんだってば」
あけすけな台詞にフィールの顔は一層赤くなった。
顔から火が出そうとはこういう状態かも知れない。
「だから……そういう事じゃないんだよ!ほっといて欲しいんだ!」
「どうして怒るわけ?あんたって変なやつね。なんでそんなに嫌がるのかしら」
彼女は理解できない、という顔つきだ。
「だって、だから……恋人でもないのに、そ、そんなことしてもらったら、後で……気まずいよ」
相変わらず横を向いたままで答える。
彼女の言葉に恥じらう様子はジュジュよりも余程乙女のようだ。
「今さらだと思わない?こんな話をした以上は事実があったって無くたってある程度は
気まずいわよ。それに……だって、どうするのよ、これ。なんとかしなきゃ困るでしょ?」
これ、と言われてフィールは手で顔を覆ってしまった。
指ささんばかりに言われて、もう聞いていられないのだろう。
そんな彼を見てジュジュもうんざりしたような顔になった。
その気になっているけど乗り気でない男を誘うのはこんなにくたびれるのかと思っているのだ。
自分は焦らされているのかもしれないとすら感じていた。
「……あたしだってね、こんな話して、恥ずかしくないわけじゃないんだからね!だけど
あんなに泣いたところ見られたから、なんかもう今さらかなって……だからあんたもあたしの
前で恥ずかしがることないわ。お互いさまよ」
指の間から目をのぞかせて聞いている。
戦闘中の彼からは考えられない姿だ。
「だけど…っん」
そっぽを向いたまま、なお反論するフィールの顔から強引に手を引きはがした。自分の方を
向かせると、今度は触れるだけの口付けをする。彼の視界を塞ぎながら少女は許可も取らずに
彼の下穿きをゆるめた。
じれったいやり取りは彼女の性に合わないのだ。
「ジュジュ……!だから――」
肩に手をやったものの、フィールが少女を押しのけるより早く、細い指が彼のものに触れた。
敏感な部分を直接煽られる感覚に、彼の体が引きつる。
ジュジュにはもう問答の続きをするつもりもない。
彼の体を従わせた方が早いと判断した。
「そんなことより……どうしてこんなになっちゃったの……?教えてよ」
ねぇ、と赤い唇が動く。
年の頃より大人びた、彼女の表情が彼の本能を昂ぶらせた。
普段は理性によって包まれている、決して彼女やアルミラには決して見せない部分だ。
「ジュジュ……ッ」
「ねぇったら」
「き、君の……」
直に触れるジュジュの指が押さえつけようとしていた衝動を突き動かす。
付け根から指先でつい、となぞられただけで彼は堪らなくなった。
頂上を親指と人差し指でやさしく揉まれ、フィールの口からはため息が漏れる。彼女の肩を
押す力が弱くなった。
そんな風にされてはもう抵抗も出来ないのだろう。
ジュジュは彼の先端からにじむ粘液を指先に纏わりつかせて動かしていた。上の方だけを
嬲っていた手がその下へと下へと向い、そのまま指を輪のようにするとやさしく扱いてやる。
それはゆったりとしたものだったが、ぬるぬるとした感触が彼からわずかに残るばかりの
理性を奪った。
「……っ」
抗議をすることは出来なくてもやはり意に反して悦ばされる自分を見たくはないのか、
フィールは固く目を閉じて開かない。
彼女はその瞼に口付けると彼の顔に頬をすりよせ、囁いた。
「言ってみてよ」
「君の体が、あんまり柔らかくって……ん…っ」
「柔らかい?……どこが?」
「あ……っ……む胸、とか……?」
彼を追い詰めるジュジュは楽しそうな声をしていた。
フィールは問われるままに答えているが、自分でも何を言ってるのか分かっていなかったの
だろう。直後に自分の発言に気付き一瞬彼女を見ると恥ずかしそうに目を逸らした。
屹立した部分を細い指で慰められて、焦らされながらも導かれていくような感覚。
今の彼を支配するのは愛のない行為に対する罪悪感とそれ以上の快感だった。
「――っ」
声を上げるのを我慢する為かフィールが唇を噛んだ。
そこに隙を見つけた彼女は体を下方へと移動させ、下腹へと顔を近づける。手を添えていた
部分へ舌を這わせた。
「ジュジュ!?」
フィールもさすがにそれには驚いて声を上げたが彼女は意に介さなかった。彼に目を向けよう
ともしない。
ゆっくりと唾液を絡めながら上へのぼってゆく。途中小さく口付ける度に彼の体が揺れ、
いよいよ昂っていくのが彼女に伝わった。
先端を口に含んで舌先でくすぐってやる。
さらに口中のものが硬くなるのを感じていたが、それはまだ先のことだと思っていた。
「あ、っ……だ…――ジュジュっ!」
「え?」
小さく叫ぶように呼ばれ、思わず顔をあげた。
その瞬間顔に感じた生温かい感触。
「……きゃ……!」
顔に精を放たれ、ジュジュは顔をしかめた。
目に入ったようで涙を流している。
「い、ったぁ……」
「ご、ごめん!」
フィールは大慌てで手元に落ちていたスカーフで彼女の顔を拭ってやった。
「んっ、んぅ……」
「本当に、ごめん」
彼女はその申し訳なさそうな顔に免じて許してやることにした。
「大丈夫……油断した。でも泣いてばっかりで体中の水分が無くなっちゃいそうだわ」
目尻を拭ってふー、と息をつくと再び彼のものに手を伸ばす。
一度出したせいか多少やわらかくはなっていたが、まだ元気があった。
「ちょ……ジュジュ!もういいよ!」
「もう一回だけしてあげる……なんか負けた気分がするから」
「えっ?」
問い返す声にも応えず、再び彼女は彼自身を口に含んだ。
多分その種の刺激に慣れていないからだろう。
二度目の絶頂もほどなくだった。
「――っ」
「んん……っ、ちゅ……」
彼女も今度はちゃんと彼の出したものを口で受け止めてやった。
だが飲んでやるつもりはなかったようで、やはり先程のスカーフを口に付けるとそこに口中に
満ちたものを吐き出す。
そのまま口を拭って、フィールに手渡した。
「あんた、スカーフはもう一枚持ってたでしょ?そっち巻いてなさい」
「あ、うん」
服を正しながら、いつも通りのジュジュに感心しながら頷いた。
彼の方はやはり恥ずかしいようで目を合わせようとしない。
「ね?」
「うん?」
「気持ち良かったでしょ?」
彼女の直接的な言葉を聞いていられず、彼は俯いた。
「あ、う、うん」
「どのくらい?」
「その……凄く……」
その言葉にジュジュは満足そうな顔をした。立ちあがると彼へ手を差し出す。
すっかりいい気分のようだ。
「ありがとう」
「またしてあげよっか?」
いったいどれだけ機嫌を良くしたと言いうのか。それともそれだけ慣れたという事か。
フィールは彼女の台詞に、とろうとした手を思い切り引いてしまった。
顔をぶんぶん横に振って辞退する。
「何でよ……あんたってやっぱり変な奴ね」
不思議そうな顔の少女に、彼は躊躇いのある視線を向けた。
「あのさ」
「ん?」
「そんな……誰が相手でも気にしないみたいな態度、止めた方がいいよ。僕にだってもう……
そりゃ気持ち良かったけど……こんなことしてくれなくていいんだ、ぁっつ!い、たっ」
頬をつねられて、彼は思わず声を上げた。
涙をにじませながら相手を見ればまたしても険しい顔をしている。
「あんたって天然なだけかと思ったら、本当にぼけぼけしてんのね。誰でもいいわけないで
しょ!?これでも相手選んでるんだから!誰でもなんて、相手にするわけないじゃないの。
もう少し考えてものを言いなさいよね!本当に失礼な奴!!バカ!」
「ご、ごめん」
謝る彼の頬を一層引っ張る。
「たっ……!」
「ほら、さっさとついて来なさいよ。急いで妹助けなきゃいけないんでしょ!?ちんたら歩かない!」
ひどく立腹しているらしい。フィールに対する自分の態度について謝ったことなど憶えて
いないようだった。
ここまで連れてきたくせに勝手な事を言う。
頬をもったままではサクサク進めないと分かったのだろうか。
ジュジュはいい加減爪の跡のついた頬から手を離してやると、かわりに9と書いてあるマフラーを
掴みアルミラたちの元へと戻って行った。
〜おしまい〜