先日、村に新しく小さなレストランが出来た。  
営業時間は昼は11時からから3時、夜は5時から10時までだ。  
席数こそ少ないものの、食事の量も味も盛り付けも、そして置いてある酒の種類も、周囲の  
店に比べると最上と言えるレベルの店だ。  
 
だがしかし、実はこのレストランは秘密結社テオロギアの幹部、三神将が人間社会に潜伏する  
ための隠れ蓑に使っている店であった。  
もちろん村人にその事実は知られていない。  
まさか彼らもこの店の店主、料理人、彼らと共に住む高校生の少女の三人が三人とも村の  
子供達を狙い、果てはこの国の支配を狙う秘密結社テオロギアの手先だとは、夢にも思って  
いないだろう。  
 
 
この日の営業は既に終了して、厨房の片付けまでもきちんと終わっている。  
二階にある住居部分では居間のソファに腰掛けて一人の少女がお茶を飲んでいた。  
そこへ男が入って来る。  
「おや……ガルムは?」  
居間のテーブルで雑誌を読んでいる彼女に、ヴィティスが声をかけた。  
ジュジュは顔を上げると廊下の方を指差した。その先にはヴィティスとガルムの部屋がある。  
「あいつ、明日はクリスマスイブだから朝早く……っていうか夜中みたいな時間からケーキ  
作り出すからもう寝るって。とっくに部屋に行っちゃったわ」  
「ふむ……」  
ガルムは仕事に熱心だ。  
仕事と言うよりも魔神王陛下への忠誠心に篤いと言うのが正しいのだが、時々それが自覚なく  
ずれてゆくことがある。  
特に今回のように任務がうっかり彼の趣味と重なるようなことになると、必要以上に力を  
入れてしまうらしい。それは彼らにとって本来の目的に添ったものでもあり、ずれたものでも  
あると言えた。  
今回の話も、もともと彼は嫌がっていたのだが。  
 
 
「ケーキだと?何故?」  
「クリスマスと言えばケーキだろう?」  
ガルムの問いにヴィティスは不思議そうに答えたものだ。  
この国では既に『クリスマス=ケーキ=プレゼント』の図式が成立している。  
折角のイベントだ。彼としては客がこの時期望むクリスマスらしさを提供し、集客を図る  
つもりだった。  
チェーン店での展開を目指すほど売上を上げたいわけではなかったが、人間社会に暮らす  
カモフラージュとはいえ物事はより完璧に、を常に自分に課しているヴィティスとしては店の  
経営においてもそれは例外ではなかった。  
「べっつにそんなのいいんじゃない。ケーキが食べたきゃケーキ屋に買いに行くわよ。……ま、  
やりたいならやってみれば?味見くらいならしてあげるし」  
ジュジュの投げやりな応援を受け、大人二人は真剣に24日、25日のことについて話し合った。  
ヴィティスは早速彼のために製菓衛生士の免許を(正しくない手段によって)手に入れ、  
ガルムは免許の存在にも考えを致すことなく、ただひたすらに試作品を作っていた。  
 
 
「あんたも用がないならさっさと寝たら?あたしももう寝るし。慣れないことさせられて凄く  
疲れてるのよ」  
慣れないこと、と言うのは店の手伝いをさせられていることに対してだろう。  
少女はここでは女子高生の身分を持っているため、『部活動をしないのならば当然だろう』と  
ヴィティスに押し切られ、しぶしぶレストランの手伝いをしていた。  
「私はまだ今日の売上をつけないといけないんだ」  
壁際に置いてあるPCデスクに座ると早速立ち上げる。  
余計な機能を極力省いてあるのか、目的のフォルダを開くまでの動作はとてもスムーズだった。  
 
ジュジュはそんなヴィティスの背中を見ながらうーんと両手を上にあげて伸びをする。  
「ホント、学校行くの面倒なのよね。朝早いし、遠いし、あたし低血圧だし」  
呟きを聞き咎め、ヴィティスが口を開いた。  
「学校が遠いのは君が制服だけで高校を決めたからだろう。自分で選んだことに愚痴を言う  
のはあまり褒められたことではないな」  
説教は御免と少女は横を向く。  
「それにしても、なんでこんな面倒なことしなきゃならないのかしら。人間に交じって暮らす  
なんて……」  
「魔神王陛下のご決定に不服が?」  
ヴィティスは液晶画面から目を逸らさずに問いかけた。  
余計な報告をされては堪らないと、少女は慌てて言い訳をした。  
「べ、別にそう言うわけじゃないけど……必要があるのかしら、って」  
もともと物事を深く考えない性質の彼女は言われるままに高校生として生活を始めたものの、  
その身分を維持するあれやこれやの面倒にやっと疑問を持ち始めたのだろう。  
「ここには大きな地下室があるだろう?」  
「うん。それが何よ」  
「子供を攫って一時的に隠しておくのに都合が良いと思わないか?」  
「そりゃそうだけど、隠れ家なんていくらでもあるじゃない」  
村にも森にも、それこそそこら中にあるのだ。  
もちろんのんきな村人達は全く気が付いてないだろう。  
「人間たちと接しその生態をよく知れば、攻略がた易くなると魔神王陛下はお考えなのだろう。  
それにオズレンジャーのことがある。いつも敵として現れるだけの彼らだが、今日だって道で  
すれ違っていたかもしれない。向こうもきっとただ人の振りをして生活しているのだろうから、  
……例えば、あのオズレッドだ。君と年の頃は同じだろう?同じ学校に通っている可能性だって  
ある。常にそう言うことに気を配っていれば――」  
親切な説明にもあまりの長さにうんざりして口を挟んだ。  
「だからって人に身をやつして、人に交じって働くなんて意味分かんないのよ。あたしたち  
幹部がわざわざこんなことする必要があるのかって聞いてるの!」  
話の分からない彼女にヴィティスは深くため息をついた。  
どうも面倒くさいのがいや、という気持ちが話の端々からうかがえる。  
 
「理解する必要はない。君たちはただ命令に従えばいいのだ」  
「それってあんたもでしょ!?大体ねえ、いくらあたしたち三神将の中の筆頭幹部だからって、  
あんたに偉そうに言われる筋合いは無いのよ。ゲゲルギアと違ってあたしたちは部下じゃなく  
同僚なんだから!」  
「そうは言っても今は君の保護者を兼ねているのでね。多少は偉そうにもさせてもらう」  
彼が言うのは少女が高校生の身分を得た時に保護者役をしたことだろう。  
人の世界に紛れて暮らす以上どんなに面倒でも、些細なことでも穴があってはならないと  
いうのが彼の考えだった。  
大の大人二人が無職でいるわけにもいかないからとレストランを経営しているのも、そのため  
だった。  
 
彼はPCでの作業を終えて立ち上がる。  
居間の片隅に置いてあった紙袋を持つとテーブルを挟んで少女の正面に腰を下ろした。  
「……何それ」  
何やらごそごそと取り出したそれはまず真っ赤な色が目につく。そしてまっ白いふわふわの  
毛皮のような。  
「はっはぁ……あんたサンタのコスプレするのね?」  
少女は納得がいったと頷いている。  
確かにそういった格好の方が客(特に子供達)には受けがいい。そこまで商売っ気を出さなく  
てもいいだろうとも思うが、いかにもクリスマスな雰囲気を味わえてわくわくするのも確か  
だった。  
「この時期だけのものだからな。お客様も喜ぶだろう」  
客に対する姿勢が真剣なのは店主としては当然だが、人と敵対する立場の者としてそこまで  
しなくても、と彼女は思う。  
それでも口に出しては賛同の意を示した。意見するのも面倒だったのだ。  
 
「そうね。確かにいいんじゃない?」  
「これでケーキを買う気のない男性客を取り込むぞ」  
ジュジュは眉を寄せた。  
どうして男性客と限定するのだろう。  
嫌な予感に窺うような目つきで彼の様子を見ていると、はたして彼が広げたのは女性用の  
サンタの衣装であった。  
一瞬目の前が暗くなる。  
「……それ……誰が着るの?」  
「愚問だな。我々三人の中でこれを着られるのは一人しかいないと思わないか?」  
「ば……!」  
っかじゃないの、という決め台詞を最後まで言うことはできなかった。  
テーブルを回って真っ赤な服を手に彼女のそばににやってきたヴィティスは強引に少女を  
立たせると、衣装を細い肩のあたりに合わせる。  
納得したように頷いた。  
「サイズはちょうど良い」  
 
ぽかんと口をあけている少女に一式を手渡すと早速着替えてくるように言った。  
ジュジュは無理やり持たされた服を見つめて呆然としたが、受け取ってしまった服を慌てて  
相手に押し返す。  
ほんの少しだけ可愛いかもと思ったのは内緒だ。  
「いっ、いやあよ!なんでこんな恥ずかしい真似……!」  
「そんなことを言って。君、さっきこれを出した時は嬉しそうな顔をしただろう。サンタは  
好きでも自分が着るのは嫌だと?勝手だな」  
「勝手で結構!何とでも言えば!?」  
「何とでも?ふむ……」  
彼は腕を組んで窓の外を見た。といっても暗闇にぽつりぽつりと明かりがあるのしか見えない  
のだが。  
しばし沈思したのち、再び少女に目を向ける。  
「売上が良ければアルバイト代に君が欲しいものを何でも一つ買ってあげよう。アクセサリー  
でもバッグでも何でもだ。君の身分は一応高校生ということになっているし、欲しい物も沢山  
あるんじゃないか?」  
「えっ……?」  
命令だ、の一点張りできたら断固断るつもりでいたのに取引を持ち出され、彼女は言葉を  
詰まらせた。  
 
何でも。  
 
一瞬で欲しい物のあれこれが頭の中に浮かんでくる。さっき見ていた雑誌に素敵な服が、鞄が、  
靴が、載っていた。  
天秤に掛けるまでもない。たった二日の我慢で済むのだ。  
何にするかは決めかねたものの、とりあえずの確認をした。厳しい目で男を見詰める。  
「ぜぇーったい!に、嘘つかないでよ?」  
「二言はない」  
「何を買ってもガルムに文句言わせないでよ?」  
「彼は自分の出す料理に満足できればそれでいいんだ。他のことにはあまり口を出さないし、  
何か言われても君の小遣いで買ったと言い通せばいい」  
そこまで話が決まってもまだ迷いがあるのか、手にした服を見て上目づかいに問いかけた。  
「当日に着るんじゃダメ?」  
「サイズが合わなかったら困るだろう」  
その通りだ。  
少女は今度は大人しく自室へと入っていった。  
 
暫くして再びドアを開く音がする。  
そちらに目を向けるとジュジュが隙間から顔だけを出して彼をうかがっていた。  
「どうした。早く出てきたまえ」  
服を着て見せるという行為に照れがあり、しかしそれを悟られるのも恥ずかしく悔しいのだ。  
少女は出来るだけなんでもない風を装ってヴィティスの目の前に立って全身を晒す。  
 
「……」  
彼の目は真剣だ。  
「ど、どう?」  
やや俯き、上目づかいにヴィティスを見ながら問いかける。隠しきれない心境が顔色に表れて  
いる。ほんのりと染まった頬が愛らしい。  
だが彼は変わらずただ睨みつけるような鋭さで彼女を見るばかりだった。  
「……」  
「聞いてるの?なんとか言いなさいよ」  
「ふむ、――ちょっと回ってみたまえ」  
手でくるんを回る仕草をする。  
えー、と言いながらも彼女は素直に言われた通りにした。  
赤いスカート、その縁を飾る白い毛皮が見た目に反してふんわりと軽く広がった。  
ヴィティスはそれに満足そうに頷く。  
「結構」  
「ハイネックのは珍しいわね」  
確かに女性物のサンタの衣装は肩のない、胸元が開いたワンピースの方が一般的だ。  
 
ジュジュはバルコニーの近くまでいくと外の暗闇に室内の明かりを映し、窓ガラスを姿見の  
代わりに改めて自分の恰好を眺めた。  
首元に手をあてる。  
そこにもやはり白がやわらかく縁取っていて顎の下をくすぐった。  
肘まである手袋も、足首でくしゅっとだぶついた長靴も、今はつけてないが帽子もやはり赤く、  
その際はファーが覆っている。ボレロのリボンの先と靴の先端にもそれは丸くついていた。  
後ろから声がする。  
窓に映ってヴィティスが自分の方を向いているのが見えた。  
「胸元が開いているのもいいが冬にはやはり寒いだろうからね。肩が出るのは一緒だが、  
上を羽織ればそれも見えないし」  
「ふぅん……」  
前を、後ろを確認しながら上の空の返事をする。  
少女は膝下のスカートをつまみ、丈まで見てから納得したように言った。  
「サイズは合っているみたいよ」  
「そのようだな。……それによく似合っている」  
「え……そ、そう……?」  
満足そうな彼の声にも少しの照れを隠してそっけない返事。  
きっと褒め言葉に喜べば、彼が調子に乗るに違いないと思っているのだろう。  
 
「ボレロを外してみてくれないか?」  
「えっ?」  
続いての台詞に小さく心臓が鳴った。  
ヴィティスが少女に向かって脚を一歩踏み出すと、何を察知したのか彼女は男の方を向いた  
まま、さらに窓際へと後退する。  
何となく逃げるような仕草に見えたのだろう。彼は首を傾げた。  
「どうした?」  
「別に……」  
別にと言いながら少女の脚はなおも接近する彼を避けるように壁際を後ずさった。  
「上を脱いで見せて欲しいんだが」  
「……やだ」  
着て見せるのが嫌だという段階はとうに過ぎている。上に羽織っているものを脱ぐだけなのに  
何か気に入らないことでもあるのだろうか。ヴィティスはその理由に見当がつかなかった。  
「そうか」  
彼は少女の拒否に了解したともとれる呟きを発した直後、一瞬で間を詰め少女の目の前に  
立った。  
華奢な体を壁に挟むようにして顔の両側に手をつき檻になる。  
「――!」  
突然の接近に思わず肩を縮こまらせる彼女をよそに、リボンの先に揺れるファーを手にとり  
尋ねた。  
「これを取るだけのこと。何をそんなに嫌がる?」  
 
「……わかったわよ」  
抵抗の無駄を悟ったのか、ジュジュはしぶしぶそれを脱いだ。  
肩が露わになる。  
ほっそりとした体はあくまで色が白く、縁取りの毛皮と共にクリスマスカラーの赤をひどく  
際立たせていた。  
だがそれは逆を返せば赤い衣装が彼女の色の白さを引き立たせるということでもあり、実際  
ジュジュの肌は雪のように白かった。  
眩しいものを見るようにヴィティスは目を細める。  
 
「もう一度まわって見せてくれないか?」  
「それはいや」  
断られるのを予想していたのか、彼はもうまどろっこいしい真似はせず実力行使に出た。  
両手で肩を掴むと強引に後ろを向かせる。  
「きゃ……!」  
少女の背中を見て彼は眼を丸くした。同時に何故ジュジュがあそこまで上着を脱ぐことに拒絶  
の意を表していたのか理解する。  
肩をしっかり掴まれながら悪態をつく少女に、ヴィティスは小さくため息をついた。  
「信じらんない!ばか!すけべ!!」  
「言えば上げるくらいのことはするものを」  
背中の薄く開いて下着が見える部分を、彼の手がジ、と音をたてて上に閉じた。  
「う、う、うるさいっ!届かないんだからしょうがないじゃないの!」  
「だから言えと言っている――閉めてもきつくはないね?」  
苦情を聞き流し、再度確認する。  
 
仕事をする上で動きにくい格好は勧められない。彼は必要ならサイズの交換などという手間を  
かけることも厭わなかった。  
「あ――、うん。それは平気」  
少し距離を開いた彼に対し手を前後左右に動かして答えた。  
もともと胴体さえきつくなければ肩も空いているし、そんなに動き辛い服ではないのだ。  
「ならいい……ほら」  
「……?なに?」  
「おいで。脱ぐんだろう?」  
今度はファスナーを下げてやるということらしい。  
しかし彼女としてはお願いします、などと言えるはずもなく、表情を硬くして首を横に振った。  
「いい、自分でする」  
「出来ないだろう」  
『上げることもできなかったのに?』という彼の心の声が聞こえてくるようだが、それでも  
あえて頼む気にはなれなかった。  
少女は逃げるように自室へと向かう。  
ドアを開ける後ろ姿にヴィティスが声をかけた。  
「ジュジュ、お風呂は?」  
「何時だと思ってるの?とっくに入ったわよ――おやすみ!」  
「ああ、おやすみ」  
彼の挨拶は勢いよく閉まるドアの音に紛れて聞こえなかったに違いない。  
 
自身も風呂を使うと、ヴィティスは新聞とコーヒーを手に再び居間のソファに腰かけた。  
人間社会に秘密結社テオロギアの足がかりを増やしてゆくため、この国で起きていることは  
なるべく知っているべきだと彼は考えていた。  
そういうことを一時も忘れずにいるあたりが彼を筆頭幹部たらしめるところなのだろう。  
つい料理に夢中になってしまうガルムやファッション雑誌を読みふけってしまうジュジュとは、  
目的と手段の境目が曖昧になってきている二人とは違うところだ。  
 
30分も経った頃だろうか。  
小さな音に新聞から顔を上げると、ジュジュの部屋のドアがわずかに開いていた。しかし  
それ以上開く様子も閉じる様子もない。  
訝しく思って部屋の主を呼ぶと、はたして先ほどのようにゆっくりと少女が顔をのぞかせた。  
 
「どうした?」  
返事はないがどこか気に入らなそうな、彼を睨みつけるような顔をしている。  
「……げて」  
「なに?」  
あまりに小さな声で聞こえない。  
眉をひそめて聞き返した。  
「ファスナー」  
 
ほら見たまえ、とは彼は言わなかった。  
ただ薄く笑って彼女を手招きする。  
「最初からやると言ったのに」  
「犬っころが起きてれば犬っころに頼んだわよ。あんたに頼むよりマシだもの」  
彼女はなおもぶつぶつ言いながら背中をヴィティスへと向ける。  
「絶対にあんたが上げたところまでしか下げないでよ」  
「どうせ脱ぐのに?」  
「あんたさぁ……少しは自分の日頃の行いを振り返ったら?信用されるわけがないって納得  
出来るから!」  
ヴィティスは散々な言われようにも軽く眉を上げるだけだ。  
少女はもう靴も部屋履きに、手袋も外して本当にワンピースを脱ぐだけだった。あれから  
ずっと届かぬ背中に手を伸ばし続けていたのだろうか。  
大きな手がファスナーをゆっくりと下げてゆく。  
「信用されない日頃の行い、か。何のことだろう」  
「だってあん……っ!……た、ねえ……」  
 
首筋に熱くやわらかい感触が降ってきて彼女は言葉を途切れさせた。  
ちゅっと音をたて、背を覆う部分をめくるようにして唇が下へずれてゆく。  
「や……!」  
彼女は逃げるように身動きしたが、腰にまわされた手がそれを許さなかった。  
「……から、そ、ゆうことするから、あんたに頼みたくなくなるんでしょ!?しもべ見習い  
からやり直したら?」  
「なるほど」  
分かってやっているくせに素直に頷くのは、彼女をからかっているのだろうか。  
それでも目は相変わらず真面目だ。無表情なだけかもしれない。  
「女性のファスナーを下げてそれだけで済ませる男はいない。それもこんな雪のような肌を  
目にしてもう一度おやすみとはとても言えないな」  
開いた隙間から背中の中心にさらに口付ける。  
「私を警戒するのはいいがあまり意味をなさないのではないかな。君もこれまでのことを少し  
振り返ってみるといい」  
ジュジュはうぅ、と唸りながら自分を抱きしめる腕を剥がそうともがいたが、びくともしな  
かった。  
今まで何度も繰り返されたこんな抵抗も、彼を煽るものでしかない。  
 
男は後ろから顎を掴まえて耳の後ろへと唇を落とした。  
耳朶をねぶられる感覚に彼女は小さく声を上げる。背後の男に手を伸ばすも後ろ向きにでは  
力が入るはずもない。  
「やぁ……めて、ってば」  
「なぜ?言われたことは守っているよ」  
「あんたねえ……」  
顎の手を振り切り強引に振り返ればヴィティスの唇が出迎える。  
「っ……ふ、ぁ……ちゅっ……」  
最初は軽くついばむように、次いで深く貪るように。  
少女は無理な姿勢でもなんとか彼の肩を押し退けようとしたが、胸に及んだ彼の手に抵抗する  
力を奪われた。  
「やだ……や……ん、ねぇ……」  
ビロードの手触りとその下にあるやわらかさに、ジュジュの小さく開いた口からこぼれる  
切れ切れの苦情にも彼は手の動きを止めることはなかった。  
 
少女は胸の上を気ままに動く手に一回り小さな手を添えると、薄皮一枚つまんでひねってやる。  
これは多少効いたらしく一瞬動きが止まった。  
次の喘ぎがもれる前にすかさず人間社会の常識を言う。  
「高校生に手、出していいと思ってるの?こういうの淫行っていうのよ!?」  
「良く勉強している」  
彼女の台詞をまったく気にしていないのか、ヴィティスはうっすらと笑むと手の動きを再開  
させた。  
「……が、我々は彼らの法律に従っているわけではないからね。表向き、善良な市民に  
見えればいいだけのこと。家の中でまでそう堅苦しく考えることはない」  
わざとこうも外れた返事をするのは、いっそ見事と言えた。  
どこまでも自分の都合が一番なのだ。  
 
脚を撫でながらワンピースの裾をめくり上げる手に、ジュジュは思わず脚を閉じた。  
それでも大きな掌は外から内側まで、彼女を開かせるようにのぼってゆく。行き止まりに  
達すると、そこを避けて脚の付け根を関節にそって指先でくすぐった。  
「ひゃあ……ん、や、くすぐった……!」  
周辺を何度も往復させてから後ろへと回る。  
途中キャミソールの下をくぐる様に腰を撫でられたものだから、少女は反射的に体をすくめた。  
小さな尻は彼の掌に丁度いい大きさらしく、なめらかな感触を楽しむように繰り返し揉み  
上げた。  
ヴィティスが片手で腰を抱えていなければ、彼の愛撫で力が抜けて膝を着いてしまっていた  
だろう。  
 
再度前に回った手が今度こそやわらかく茂った部分に分け入った。  
「……っ」  
つい前のめりになるが他に頼るものとてなく、彼女は自身を抱える腕を握り締めた。  
男の体はどこまでも力強く少女が寄りかかっても安定している。  
秘裂をなぞるたび、彼の指は少女の中に沈んでいった。  
ジュジュの手に力が入る様子を見計らって動かしているようだった。確かな反応を楽しんで  
いるのかも知れない。  
 
こうなってしまったらもうなし崩しだ。  
力の入らない体を軽々と抱えられ、ソファに腰掛けるヴィティスに向かい合うように膝に乗せ  
られる。  
彼を跨るような姿勢に恥じらったのかつい膝立ちになるのを、下腹部から離れない彼の手が  
あくまでやわらかく動き、脚に入る力を奪った。  
ジュジュは彼の胸に寄りかかる自分に気付いて顔を上げたが、待ち伏せる男に物言う隙を吸い  
取られる。  
「ぅん……っ……ちゅ」  
絡み合う舌が勝手に体液の交換をする。  
下半身に伸びたままの彼の手の動きと共に、淫らがましい水音がやけに大きく少女の耳に  
響いた。  
 
ヴィティスは深く口付けを交わしながら細い腰をさらに引き寄せる。  
彼女の蜜で潤った部分に、服の上からでもはっきりそれと分かるほど硬くなった自身を押し  
つけた。  
「や……」  
「や、じゃないだろう」  
首を振る彼女に薄く笑うと下半身を覆う真っ赤な生地をたくし上げるようにした。  
しかしそれ自体とてもやわらかなため、すぐに落ちてきてしまう。  
改めて触れると、その衣装自体値段にこだわらずに買ったため、とてもよい手触りと温かさが  
あった。安物にはない厚みと鈍く光る様子には重厚感がある。  
落ちてくるものは仕方がないと構わず彼女の下着に手をかけると、上に乗る少女が拒否とは  
違う意味で首を振った。  
「だめ……ふ、服……、汚れちゃう」  
「汚れないようにして欲しいのか?」  
 
言わされるのが悔しいのか少女は唇を噛んだが、熱っぽい目で見られては、それがどういう  
意味かは理解できる。  
直接の愛撫を求めているのだ。  
 
ヴィティスは再び確認することなく途中まで開いていた背中のファスナーを緩めた。  
肩から袖まで脱がせてやり、残りはジュジュ自身が腰を浮かせてたのに足もとから引き抜く。  
再び膝立ちになった瞬間目の前に愛らしいピンクのレースが大きく映り、彼は薄い背中に手を  
回して抱き寄せた。  
ゆるい曲線を描く胸元に吸いつき、目印を付ける。  
背中のホックを外して肩ひもを落とせば、既に硬くなった部分が上を向いて自己を主張して  
いた。  
指先が胸の先端に触れる。  
きゅ、とつまむようにしながらやさしく全体を揉みしだくと掌に心臓が早めのテンポで動いて  
いるのが伝わってきた。  
それに合わせて途切れ途切れに可愛らしい嬌声が上がる。  
声を押さえようとしてるのは無意識にガルムをはばかってのことだろう。  
 
ふくらんだ部分にじっとりと舌を這わせ先端を唇で揉むようにしてやると、こらえられない  
感触にたちまち背を反らした。  
「ゃあっ……!あ、ぁあん……」  
指先で彼女の中を激しくかき回すとそれにもジュジュは大きく喘いだ。ヴィティスの胸に手を  
付き上体を小さく震わせる。  
彼は溢れる愛液に満足し下ばきを緩めると、いよいよ彼女をきつく抱きしめた。  
すでにぐっしょりと濡れた下着をずらしてあてがうと、蜜の溢れる花弁と硬くそそり立った  
自身、二人の接した部分が隙間なく埋まってゆくよう彼女の腰を掴んで引き下げる。  
腰を掴まれているとはいえまるで自分から求めているような動きに、彼女は羞恥心から眉を  
ひそめた。  
 
二人が根元まで密着すると、彼は突き上げるように腰を動かした。  
彼のもたらす快感から逃げようと腰が浮くのを下からさらに追いかけるように突く。  
「んっ!ふぁ……いやぁっ……や……!」  
「いいのに嫌、と言うのはまったく……不可解だ……!」  
からかいに彼をうるんだ瞳で睨みつける。  
心とは裏腹に感じ始めた抽迭の心地よさに、彼女の内部がきゅっと締まった。  
雪のように白い体が薄桃色に染まってゆく。  
 
首に回された手に力が入ったのを知って、彼も同じ所を求めて腰を動かした。  
円を描くように、激しく突くように、より具合のいいところを探るように。  
彼女は小柄で下になって動くことに辛さはなかった。  
 
 
律動に合わせて漏れる少女の喘ぎが彼に凝る衝動を追いたてる。  
ジュジュの奥で欲望の塊がはぜるのを、曖昧になってゆく意識の中で感じた。  
 
 
まどろみと覚醒の間を行ったり来たりしながら彼は寝台の上に体を起こした。  
 
「夢か……」  
 
窓の外で小鳥のさえずりが聞こえてきた。  
 
 
 
「やあ、ヴィティス。いらっしゃい」  
扉を叩くと少年はすぐに玄関に出てきた。  
「こんにちは」  
「入って入って。お茶入れるから」  
「いや、用があって寄っただけだ。お気遣いなく」  
手にした鞄からきちんとに畳まれた布を出す。  
それを見てフィールは思い出したように声を上げた。  
端に『9』と書かれているのが見えた。  
「あぁ……マフラー?わざわざ返しに来てくれたのかい?」  
「ああ。長い間借りていて済まなかった」  
「いいよそんなの。夢って見ようとして見れるものでもないしね。アルミラもなかなか見れ  
なかったみたいだし」  
受け取りながら彼はきらきらした瞳でヴィティスを見た。  
「で?どうだった?いい夢見れたかい?」  
期待に満ちた質問にヴィティスは思わず質問で返しそうになった。  
 
『フィール君、君はあんな夢を人に勧めているのかい?』と。  
 
 
 これをして寝ると、細かいことは覚えてないんだけどとても爽快で(変な)夢を見るんだ。  
 いつも同じような印象をもって目覚めるから、多分毎回同じような夢を見てると思うん  
 だけど。ストレス発散っていうか、とにかく凄く気持ちがいい夢だよ。  
 アルミラもレオンも同じことを言ってた。  
 目が覚めてああ、すっきりした!って思うような……でも、肝心の内容は覚えてないん  
 だよね。それはちょっと残念かな?  
 寝る時に首に巻くのは嫌かもしれないけど、よかったらヴィティスも試しに使ってみない  
 かい?  
 必ず夢を見れるってわけじゃないから、返すのはいつでも構わないよ。  
 
 
 
確かにある意味『とても気持ちの良い』夢だったが、声を大にして人に言えるような内容では  
なかった。  
それをつい少年の人格を疑うようなことを言いそうになり、自制し言葉を飲み込んだ。  
「……ちなみに」  
「なに?」  
「誰も夢の内容は憶えていないのかい?」  
「ああ……うん。レオンがね、ヴォロをお手玉にした気がするって言ってた。あとアルミラが  
出てきたけど変だったとも。でもやっぱりそんなには憶えてないみたい『だったような』とか  
『気がする』って感じだったし。本人も結構前の話だからもう忘れてるかもしれないよ」  
レオンに内容を正したい所だったが、確かに憶えていなさそうだ。  
 
気を取り直して改めて礼を言う。  
「そうか、私もとても……気持ちのいい夢を見れたよ。長い間貸してくれてありがとう」  
「そう?なら良かったけど」  
 
マフラーを受け取りながら少年はヴィティスにも夢の内容を尋ねた。  
「……」  
一瞬迷ったが、やはりはっきりしたことは言わないでおくことにした。  
「私もよくは憶えていないんだ。でも君たちの言うとおり、大変に良い夢だったことは確かだ。  
……ところで話は変わるが、少々お願いがある」  
「何だい?僕に出来ることなら」  
「ちょっと調べ物をしたくてね。書斎を見せてもらっても構わないだろうか」  
「もちろんだよ」  
フィールの家にはカインのものかその奥方のものか分からないが、書棚に入りきらないほどの  
本が溢れていて、内容も『今日の晩御飯』から『名前辞典』、『戦場で生き延びるには』など  
多岐にわたるものであった。  
 
案内され少年と帰りには声をかけて、とのやり取りをした後、ヴィティスは大まかに分類  
された棚に、端から目を通していった。  
やはりお茶を持ってこようかとの再度の質問にもやわらかく辞退した。  
一冊の本を手に取ると、中をはらはらとめくって内容を確認する。  
窓際に据えられた机にそれを置くと新たに目当ての本を指で辿って行った。  
暫くして何冊かの本を持ち、台所にいる少年に声をかけた。  
「フィール君」  
「目当ての本はあった?」  
ヴィティスは頷いて返す。  
手にした本を掲げて見せた。  
「借りていっても?」  
「うん。どうせ読まないし、いつまででも借りてくれて構わないよ」  
「ありがとう」  
フィールはちらとヴィティスの持つ本に目をやり、その表題をみて不思議になった。  
「内容がばらばらだね」  
「それぞれに必要な情報が詰まっているんだ」  
「ヴィティス、縫物もするの?趣味?」  
「趣味と言うほどではない。必要があればする程度だ。一通りは出来るよ。誰に頼らなくても  
いいようにね……君と一緒だ」  
 
玄関先まで見送ると少年は声をかけた。  
「また何かあったらいつでも来て。……何もなくてもさ。気軽にお茶でも飲みに来てよ」  
「ありがとう。そうさせてもらうよ。君も近くまで来たら店の方に顔を出してくれ」  
社交辞令以上の好意を持った誘いだったがフィールは曖昧な笑みを浮かべた。  
「うん。でも……」  
「うちにもお茶の用意くらいはある」  
彼がまだお酒を飲めないのを察してヴィティスは助け船を出した。  
途端に表情が明るくなる。  
「本当?」  
「昼過ぎには起きている。君ならいつでも歓迎するよ」  
ヴィティスは彼には珍しく終始穏やかな顔をくずさないまま、少年の家を辞去した。  
 
「お、なんだ?これ」  
 
店内に掛けてある暦を見てレオンが小さく声を上げた。  
この辺りの人間が使っている標準の暦と古い暦(あるいは余所の土地で使われているもの  
だろうか?)と二通り書き込まれていて、一目で違いが分かるようになっている。  
新しい年を迎える日は二つとも重なっているようだった。  
「初めて見たなあ。こっちの……この丸はなんだ?」  
二つ目を指しての言葉にヴィティスは丁寧に説明をしてやった。  
『25』という数字の上を赤丸が飾っている。  
「夢にヒントを得てね。ちょっとした企画を考えたんだ」  
「へぇ〜……一体何するんだ?」  
「お菓子を売る」  
「はぁ!?」  
「のはおまけで。パーティーをする。レオンも誰かを誘って来るといい」  
「何だよ、菓子って。お前が作るのか?」  
訝しげな表情にヴィティスは首を横に振った。  
「アルミラに頼んである」  
「あぁ。あいつが作るんじゃ間違いねえな」  
「その他料理はガルムに頼んである」  
「へぇ〜」  
興味津津という表情だ。  
ガルムは相当な料理上手だから、酒を飲みながら美味いものを食べられるならこんな嬉しい  
ことはないと思っているのだろう。  
 
「この日は子供も歓迎だ。もちろん親子で来てもらっても構わない」  
「なんだそりゃ?酒場なのに子供もいいって?……分かんねえな……どういう企画だよ」  
「古い暦で……ここだな。暮れのこの日にはどの家でもこういう催しをしたらしい。家族で  
鳥を食べたり贈り物をし合ったり、歌を歌ったり」  
「初めて聞いた。でも楽しそうだな」  
「まあ私もなんとなくしか知らなかったのでね、改めて文献で調べて大体こんな感じだろうと  
用意したんだが、どうかな。うまく行ったら来年もやるつもりだ」  
「んー……じゃ、ボウズと嬢ちゃんに声かけとくぜ。あのガキにも知らせといた方がいいか?  
後からうるさそうだからな」  
ぎゃあぎゃあわめくに違いないと、想像しただけでレオンはうんざりした顔になった。  
「いや、ジュジュにはもう声をかけてあるんだ。当日店を手伝って貰う手筈になっている」  
「手伝いだって!?よく説得したな」  
心底感心したような台詞にヴィティスは肩をすくめた。  
「全てその為の企画だからな」  
「へ?」  
「いや……その日は赤い衣装のおじいさんが贈り物をくれる、という伝説があってね」  
「ふうん」  
レオンはもうあまり興味なさそうだった。目が壁に貼ってあるその企画の説明文を追っている。  
 
 
夢は叶えなければ意味がない。  
私は赤い衣装の少女を贈り物にもらう予定だ。  
そう夢を曲解し、ヴィティスは心の中で呟いた。  
 
 
 
 〜おしまい〜  
 
 

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