今日も今日とて彼はジュジュと口論しつつ任務を遂行し、テオロギアへと戻ってきた。
いつものことと苛立ちを感じながら、荒々しい足取りで自分へと割り当てられた部屋へ向かう。
幸いにも、当分三人での行動予定はない。
気持ちを切り替える為に早く眠ってしまおうと本人としては前向きに考えながら自室への扉を
開いた。
ところが明かりもついてない部屋に何者かの気配がある。
「誰だ!?」
彼は鋭く誰何した。
しかし返ってきた声はガルムの思いつく人物の誰でもなかった。
「自分の気配も分からんのか」
「何!?」
相手に敵意が無いのを感じながらも警戒を解かぬまま明かりをつける。
その人物を見たときにガルムの受けた衝撃は、筆舌に尽くしがたいものだった。
驚いた、などという言葉では到底表現できない。あまりのことにそれを隠す余裕もなかった。
それもそうだろう。目の前にいる相手は自分と瓜二つだったのだから。
しかし微妙にガルムの服とは色が違っている。
向かい合う相手のものは彼に言わせれば軽薄な、暗闇で光るのではないかというくらい明るい
緑色をしていた。
「き、貴様は……いったい……?」
「そのくらいすぐに察してもらわねば困る。神々のわざでなければなんだというのだ」
正面に立つ男がため息をついた。
それを馬鹿にされたとでも感じたのか、ガルムは怒鳴りつけるように反論する。
「そんなことは分かっている!なんの必要があって、と尋ねているのだ!!」
「分からんか……まあ、無理もないだろう」
「任務に関係があるのか?いや、しかし貴様らしもべがどれだけ精巧に作られていても、
レクスまで備えているとは聞いたことが無い……」
目の前の相手が自分と同じように頭部をレクスで覆っているのを見てガルムは唸った。
「神々を侮るな。俺を見ろ。その気になればこのように貴様そっくりの人格を持ったのもさえ
作ることが出来るのだ。……それをしないのはヴォロ達のような単純な作りのしもべを大量に
つくり、御使いの指示に従って働かせた方が面倒がないからだろう」
肝心のことを言わない相手にガルムがしびれをきらして口を開いた。
「なんの必要で、と聞いているだろうが!まさか俺の代わりに任務をこなしてくれるという
わけではあるまい」
「ふん……いや、口で言うより早いか。――おい、こっちへ来てみろ」
「……?」
敵ではないという事がはっきりしているから訝しみながらも偽物へと近寄ってゆく。
彼が他人に対してこれ以上傍へ行けば落ち着かない、という距離まで近づいた。
神々の創造物に対して敵ではないと油断した。
あっと思った時には手を掴まれ、長椅子へと押しとばされる。
突然のことに茫然となり、次いで正気に返ったガルムはこの相手を味方ではないと判断した。
この男が神の造った物だということは理解したがそれはそれ、こういう真似に出られては彼も
容赦は出来ない。
壊さぬよう、なるべく乱暴にしないようヴィティスに引き渡そうと立ちあがる。
しかし偽物は彼の肩をガッチリと捕らえると、手加減のない力で下へと組み敷いた。
「む……?ぬぅ、貴様……なんのつもりだ……!」
二人のガルムが力比べをする。
だが同じだけの力、持久力をもっていたら、どうしたって上にいるものが勝つに決まっていた。
息を切らせる彼に、そっくりのしもべが口元を上げて見せる。
「神々の気遣いだぞ。感謝するがいい。戦いを常とするならどうしたったそっちの処理も
必要になってくるからとな」
「な――!?ば、馬鹿を言うなっ!そんなもの俺には必要ないわ!戦闘によって生じた欲求
ならば、戦闘によって昇華させればいいだけのことだ!!」
男の言葉の意味を察し、珍しくガルムは狼狽した。
自らに圧し掛かる相手をなお責め立てる。
「だいたい自分そっくりの者に慰められたいなどと思う奴がいるわけないだろうが!気色の
悪い!」
上にいる男は納得したように頷いた。
「なるほど。女でないのが不満か。しかし……こうなるまでにいろいろ意見が出たらしくてな、
異性だと色に溺れて任務をおろそかにするのではないかとかな……仕方がないだろう。それに
文句を言うのは最初のうちだけだ。どこをどうされれば気持ちがいいのかは、自分が一番よく
知っている。そのために俺は造られたのだ。大人しくしていろ。天国を見せてやるぞ」
にやりと笑う相手のいっそう力が強くなった。
ガルムの腕がじりじりとさがってゆく。
「ぐ……離せ、離さんか……!」
「こちらも神命だからな、手加減はせんぞ。出来るならやってみるがいい」
「「ぬぅぅぅぅぅぅぅん!!」」
翌日。
「ヴィティス!」
朝一番に彼のもとへ行くと、そこには先客がいた。
「やあ、おはよう」
彼らの長はにこりとするでもなく普段通りの無表情で朝の挨拶をしてきた。
「ちょっと、挨拶なんてあとにしてくんない?話を逸らそうったってそうはいかないんだから。
どういうつもりであんなの用意したのか説明してみなさいよ!!」
ヴィティスがよそを向くのを、服を掴んで振り返らせる。
ガルムは少女の言葉に目を見開いた。
つまりはそういうことなのだろう。
ガルムは内心ため息をついた。
腕組みをして問いかける。
「俺もそのことで話があったのだ。どういう事だ?あれは」
「あんたも!?」
「そうだ……驚いたなんてものでは済まなかったぞ、あれは……ヴィティスの差し金か?」
「そうですってよ!信じらんないわ、ほんっと!!あんた、頭おかしいんじゃないの!?」
ジュジュは吐き捨てるように言って彼を睨みつけた。
本人は彼女の視線など全く気にしないようだ。二人からの苦情にもわずかに首を傾げただけで
ある。
「差し金などと人聞きの悪い……。君たちに気を遣ったつもりなのだが」
ガルムは嫌そうな顔で首を横に振った。
「引き取って欲しい。さすがにああまで喋られると自分でエテリアに還るまで攻撃するのは
躊躇われてな。使い道があるならそっちに回してもらっても構わん」
「あ、あたしだって!いらないんだから、あんなのどっかにやっちゃってよ!ぎゃあぎゃあ
うるさくてたまんないわ」
「……」
二人とも、元が元だからうるさいのは仕方がないのではと思ったが賢明にも口には出さな
かった。余計なことを言えばさらにうるさくなるのが目に見えていたからである。
「そうか……不評なようで残念だが、必要ないというのもは仕方がない。あれらはレクスを
備えていてもその性能は飾りのようなもの、用途から色事へと特化してあるので戦闘に使用
するのには向かないしな。……まあ、なんとか使い道を探そうか。二人とも、もう戻りたまえ。
あとで回収させる」
「早くしてよね、まったく……。あんなの部屋に置いとけないもの、気色悪い」
ガルムは全面的に彼女の言い分に同意していた。
あんなのと同じ部屋に居るのは精神衛生上良くない。しかもガルムの場合、相手は力づくで
迫ってくる。
ある種の恐怖心と偽者に力負けすることの悔しさになんとか押しのけ縛り上げてきたが、誰も
通らないのであれば部屋の外へと転がしておきたい位だった。
「あ!」
ジュジュに続いてヴィティスの前から下がろうとした時、不意に彼女が声をあげた。
行く手で立ち止まったため、ガルムは後ろ姿にぶつかってしまう。
彼女はすぐに文句を言うため、ガルムは先手を打って口を開いた。
「急に立ち止まるな――危ないだろうが」
「いちいちうるさいわねー……いいこと思いついたのよ」
「……?」
それだけでは彼女が何を言わんとしているのか察することもできずに眉を寄せる。
はたして彼女の言う『いいこと』を額面通りに受け取っていいものだろうか。だいたい誰に
とっていいことなのか。
そんなことを考えていると意外にも彼女はガルムを見上げて提案してきた。
「あんたのしもべ、あたしが貰ってあげてもいいわよ?」
「何だと?」
ガルムは眉をひそめた。
彼女が自分を嫌っていることを知っている。だから何の為にそんなことを言い出したのか、
すぐに察しがついた。
「どうせ要らないんでしょ?」
「……ふん、好きにしろ」
姿が自分とそっくりなだけのしもべだ。処分の仕方に文句など無い。
その様子に頷いてジュジュは振り返って確認をとった。
「ヴィティスも、文句ないでしょ?」
「有効利用できるなら君たちの間で好きにしてもらって構わない。……ジュジュ、君の方は
回収していいんだな?」
「ええ、すぐにでも持って行って欲しいわ」
深く考えなかったことを後ほど悔やむことになるが、このときの彼女の声に迷いはなかった。
油断した、としか言いようが無いだろう。
自慢の羽根型レクスで鬱憤を晴らした少女がそこまで近寄ったのは。
男はガルムにそっくりだった。
本人がいらないならばと憂さ晴らしに使おうともらいうけて来たのだ。
ヴィティスの許可も得た。たぶん彼にはジュジュの意図が分かっていただろう。ガルムにも。
彼は自分そっくりのしもべの末路になど興味ないに違いない。
彼女がそれを連れて行ったのは人気のない通路だった。誰かに見られたら面倒なことになると
思っていたからだ。
出来そこないの男の出来そこないのしもべ。そのまま死んでしまってもいいと思った。
ヴィティスに言えば後始末は適当にしてくれる。
なのにまさか、まだそれだけの元気があるとは思わなかったのだ。
「ざまぁないわね」
ジュジュはガルムそっくりの男を眼下に小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「どうかしら……いつもあんたが馬鹿にしていたあたしのレクス。なかなかのものでしょ。
ちょっとくらいはあたしの実力を思い知った?」
ころころと笑い声を上げる姿は人を傷つけてのものとは思えないほど嬉しそうだった。
倒れている男に意識はあるのかどうか。確認しないのは聞いていてもいなくても、どちらでも
構わないからだろう。自分の言いたいことを言えれば満足なのだ。
近寄ったついでとつま先で投げ出された腕をこつんと蹴った。
それは考えてしたのではない、無意識の行為。普段から彼を馬鹿にしているその気持ちが
ふとした拍子に表れた。
瞬間、足首をつかまれ引き倒された。
「きゃ……!?」
ジュジュはどたんと音をたてて尻もちをつく。倒れ方が悪かったせいで腰を打った。怪力で
強引に引き倒されたため捻挫でもしたのか、足首に手をあて涙を浮かべている。
「いったぁい!何すんのよ!?」
「軟弱だな」
さっきまでとは逆に今度は起き上った男が座り込む彼女を見下ろしていた。
薄く笑いながら華奢な体を床に押し付ける。腕をはがそうとする少女の手など、妨害と言う
ほどの効果も無かった。
「放しな、さい……よ……!」
大きな手で首を掴まれ弱々しく抗議の声を上げながらも、ジュジュは真上に見える男の顔が
遠くなってゆくのを感じた。
次に目を開いたとき視界に入ったのは見慣れた天井だった。
そこは自分の部屋の寝台の上。
いつの間に戻ったんだっけと思った途端声がした。
「気がついたか」
その声に最前の出来事を思い出し、体を起こす。
「や……ちょっとあんた、何でここにいるわけ?勝手に入ってこないでよ」
彼女は自分の横に椅子を置いて腰掛けている彼に、理由も聞かず拒絶の言葉を吐いた。
それに瞳の小さな目がじろりと彼女を睨む。
「部屋まで運んでやった者への感謝の言葉もないのか?」
「馬鹿言わないでよ。あんたがあたしを気絶させたんでしょう?なんでそんなのにお礼なんか
言わなきゃいけないのよ!」
勢いよく掛布を剥いで寝台から降りる。
しかしその肩を押され、再びジュジュは小さな悲鳴をあげて寝台にひっくり返った。
「まだ寝ていろ」
「あんたが出てってくれたらいくらでも寝てやるわよ。早く出て行きなさいよ。ヴィティスの
所にでも行って今後の相談でもしなさいよ」
彼はため息をついた。
少女のどこまでも自分勝手で乱暴な言葉にやれやれと首を振る。その姿は本物よりも穏やかに
さえ見えた。
「今さらだが勝手ばかり言う女だな、貴様は。あいにくそっちに用がなくてもこっちには
あるのだ」
「うるさいわね、これが普通よ!……なに?……用?」
「そうだ。自分ばかり憂さを晴らしてはいさようなら、というのは間違っていると思わないか?
俺の都合にも合わせてもらいたい。……大分痛かったぞ、先程の攻撃は」
この言葉に、偽物と侮って思って相手をしていた彼女もほんの少し気分が良くなった。眉間に
入っていた力が緩む。
もちろんさっき首を絞められたことは忘れてはいないが。
「偽物のくせにずいぶん偉そうじゃないの。でもあたしのレクスの攻撃が効いたって素直に
言うところはなかなか気に入ったわ。あんた本物と交代しちゃえば?」
可能か不可能か、考えないでも分かる提案に男は鼻をならした。
「こんななりをしていても、我々は戦闘のために造られたわけではないのだ。神命と言われ
れば異論なく従うが、今のところ俺は与えられた本来の役目にしか興味はない」
こんななり、と言うのはレクスを備えているその獣人の姿を指しているのだろう。
いったん言葉を切ると彼はジュジュを真っ直ぐに見据えたが、身動きを禁じられたように
思うほど、その視線は鋭かった。
「用というのはそのことだ。折角だから一度くらい本来の務めを果たそうかと思ってな」
「……?」
眉を寄せ意味を問う目に、男は頷きながら言葉を継いだ。
「本人にああも拒否されては諦めるしかないが、貴様はわざわざ俺をもらってくれたのだ。
役に立ってやろう。神々の意思には反するが、まぁこれきりのこと。気にはなさるまい」
口の端を僅かに上げるだけの、だが本来のガルムには見られない種類の微笑みに違和感ばかりが
強調され、ジュジュは背中を冷たい汗が流れたのにも気付かなかった。
彼女がこの男から感じたのは、分かっていてとぼけているようないやらしさ。
本人がいたら、これがあんたの本性かと問い詰めたいところだ。
しかし今はそれどころではない。
女として身の危険を感じるのは間違っていないだろう。彼は今確かにそういう意味のことを
言った。
ジュジュは寝台の上にしゃがみ込んだままじり、と後ろに下がる。わずかに顎を引いて男を
睨みつける。
そんな少女に男はわずかに目を細めた。
人を馬鹿にしたようなそれもやはり、本人とは違うねじ曲った感情をうかがわせる。
「恋人がいるらしいな」
「――!」
唐突な台詞にあれは恋人なんかじゃないと思わず言い返そうとしたが、そんなのは意味のない
ことと口を噤んだ。
この男はそんな話を持ち出していったい何を語ろうと言うのか。
少女は彼の真意を警戒したまま、痛む足首をなだめつつ寝台の向こうへと降りた。
いったい彼らは――二人に似せて造られたしもべはどこまで本物と同じ部分を持っているの
だろう。ガルムはいまだジュジュの相手がヴィティスであることを知らないようだが、やはり
知らないらしい今のこの男の言葉は、記憶もそれなりに共有していることの証明ではないのか。
自分そっくりのしもべにそれを確認せずヴィティスへ返したのは早計だったかもしれない。
こんな時だがほんの少し後悔しつつ、視線はガルムもどきから離れることはなかった。
彼女の表情は普段本物を見る時よりさらに険しい顔つきになる。
「あんたには関係ないでしょ」
「ああ、その通りだ。これは俺の都合だな。しかしこれは貴様にもいい話ではないか?男を
一人しか知らんより、二人、三人と知って経験を積んでいた方が、そいつを喜ばせることが
できる」
独り言のように言いながら、彼は寝台を迂回しジュジュに近付いていった。
「何よ、その勝手な理屈。あんなの別にそんなんじゃないし。そもそもあんたなんかお断り
なんだから!気持ち悪いこと言ってないでさっさと出て行きなさいよ!」
きっぱりと言い切り伸びてきた男の手を払う。
ささやかな抵抗に彼は眉をあげた。
「ほう……出ていかなければどうするというのだ」
「そんなの、決まってるじゃない。あたしのレクス達で今度こそコテンパンに――!」
叩きのめしてやる、と最後まで言い終えぬうちに再び男の手が伸びる。
さき程は手加減していたのか、今度は振りほどかれることなくしっかり彼女の手を掴まえると
抱えあげ、軽々と寝台に放った。
「や……」
彼女はあっけなく彼に組み敷かれ、体に感じた衝撃よりもその態勢にぎょっとして青くなった。
さすがに体格の差がありすぎて、上に乗った男をのけようとしてもびくともしない。
少女が身をよじるのを感じたのか、彼はさも面白そうに彼女を見下ろした。
「ひ弱な体で俺に抵抗する気か?無駄な事を」
「あんた……あたしの攻撃くらってたんでしょ!?なんで、そんなに…元気なのよ……っ!」
またしても首を押さえつけられ言葉が詰まる。
「体力が違う。あれしきのことでばてるほど、俺はやわではないぞ。あれだけ三人で任務を
こなして来たというのにそんな事も分かっていなかったとは。相変わらず愚かな娘だ。だから
こうして」
「……っ!」
彼女の細首を捕まえる手に、力を込める。
「痛い目を見るまで分からない。想像力のない者は悲しいな」
台詞だけ聞けば同情的だが声には嘲りの響きがあった。
言葉を交わすだけでは、姿を隠していたら、圧し掛かる相手の元にした人物がガルムだとは、
きっと誰も分からないだろう。
ジュジュに言わせれば馬鹿がつくほどの生真面目さが特徴のガルムだが、彼女を押さえつけて
いる男からはそれが微塵も感じられなかった。
「あんた、本当にあいつの……」
わずかに緩められた手にやっと疑いの声をあげるが、きつく睨みつけても彼はどこ吹く風だ。
「ふ、体つきはまだまだ小娘だが……さて、どうかな?」
長い舌が彼女の喉をちろりと撫でた。
「……!」
少女は思わず顔を背ける。
「くっくっ……いい格好だな。いつも言いたい放題言ってきた貴様が。この距離では貴様の
レクスも当たらんし、せいぜいそうやって俺を睨んでいることだ」
彼女の両腕を頭の上に追いやると、片手でそれを押さえつけ、片手は横を向く彼女の顎を
なぞった。
「止してよ!気持ち悪い……触んないで!」
「口のきき方に気をつけろ。この場を支配しているのが誰なのか、忘れないことだ」
太い指が白い胸元にある飾りに触れる。
しゃら、と音をたてて落ちるそれに構わず指はそのまま胸の中心向かって滑っていった。
「や……ぞっとする……」
少女は背中を上ってくる悪寒に肩を、掴まれた腕を震わせる。
「そうだろう。だがそれもほんのわずかの間だ」
「知らないっ、そんなこと!……あんた、こんなことして本気で……神々の命に逆らうって
いうの?」
「まだ言うか」
「あたしだってちゃんとあれに聞いたんだから!『異性に溺れない』ための自分のしもべ
なんでしょ?それなのに男のあんたが女のあたしを抱こうってわけ!?」
「そう。貴様にしてはよく出来ました、だな。愚かな頭の割によく覚えた――が、一つ貴様が
知らん事実がある。ヴィティスもわざわざ言う必要が無いと思ったのだろうがこの俺とお前の
しもべ、両方とも本物の持つ欠点を改善されていてな」
「欠点……?ガルムはともかくあたしのどこに欠点があるのよ」
言ってから気付いたように彼はくっくっと笑い声をあげた。
「そうか、こういうことを言うと貴様らが気分を害すとヴィティスは思ったのかもしれんな」
「ど、いう……こと?」
「聞け。いいか、貴様は神命をいただいても気分で行うことが多い。一方俺の本物は真面目で
融通がきかな過ぎる。そのままそっくりに造ったのでは、到底どちらも性欲処理のしもべ
としては役に立たんだろう。だから貴様のしもべは神命を守る程度には真面目に、この俺は
自分自身が相手でも気にしないくらいの……ふむ、寛容さ、とでも言えばいいのか?……を
持たされたのだ」
「それっていい加減な性格、っていうんじゃない?」
きっちり説明をするあたりは本物の持つ性格のままだがと思いながら彼女は悪態をついた。
「互いの認識の違いだな。さて、いつまでも下らない話にかかずらっているつもりはない」
うるさい少女を嘲笑すると、彼の手は一気にジュジュの服を引き下げた。
「きゃ……や…やだぁっ!止めて、やだ……見ないでよ!信じらんない……!」
「やかましいぞ。口に布でも詰めてやろうか?知ってるか、あんなものでも意外と苦しい
ものだ。これ以上喚くなら黙らせるぞ」
「……っ」
羞恥よりも激しい怒りと屈辱に、彼女は耳まで真っ赤に染まった。
口をつぐんだジュジュに顎の先から喉の下、と徐々に下へと彼の顔が移動してゆく。牙がある
からだろうか、舌の先端でちろちろと舐めるだけなのは。
それでも強弱をつけて肌の上を動くそれに体が小さく反応する。
「んっ……ゃ……」
彼女の抵抗を抑え自由にならない片手の代わりに手袋の先を口で咥えると、する、と外して
改めて彼女の素肌の上を大きな手が滑った。
「貴様の男……誰だか知らんが余程貴様に執着しているようだな」
乱暴に彼女を裏返す。
華奢な体は簡単にうつ伏せにされ、手を解放された代わりに今度は背中を抑えつけられた。
大きな指が背中の中心をなぞってゆく。
「見えない部分にこれだけ跡を付けるとは。所有印のつもりか?」
彼の言葉の通り、ジュジュの体には数えきれないくらいの口付けの跡が残っていた。
それでもそれをした人物は遠慮しているのか、衣服に隠れている部分だけだが。
「そんなんじゃないわよ……ばかっ!」
少女が手元にあった枕を後ろ手に投げつける。
それを難なく受け止めると男はうるさげに寝台の下へと放り投げた。
「ち……どうも面倒だな」
小さく呟き後ろから少女の体を起こした。
「……!放して……っ!!」
「まったく何をそんなに怯えることがある。相手が変わっても男と女、することは一緒だぞ」
もう一度ジュジュの手を掴むと前で両の手首を一つに縛り上げる。腕の中で激しく動く彼女に
余裕がなかったのか切らなければ解けないような、あまり動かすゆとりもない結び方だった。
乱暴に背を押される。
下半身を突き出すような格好にさせられて、ジュジュは心臓がきゅうと掴まれたような気が
した。
顔は熱く、しかし背中は汗のせいか冷えている。
「なにすんのよ、この変態!ほどきなさいよ!」
口では勇ましく言うが、それもほとんど恐怖から来るものだ。
手が自由にならないから不安になるのだろうか。
それとも相手がヴィティスではないからか。
あるいは――後ろから覆いかぶさるようにしてくる男が、彼の本来の人格と遠く離れている
ように感じるからか。
ジュジュは体を見られるのが嫌で少しでもと体を動かしたが、男は逃げる体を易々と掬って
自分の前へと据え直した。
力強い手が少女の足首を掴んでぴんと伸ばす。
閉じようとする体を強引に開かせ自身を脚の間に置いた。
無駄な肉の付いていない体に掌を這わせると、小さく震える体から心臓が飛び出しそうな程の
勢いで動いているのが伝わってくる。
さらに向こうへ回せば女性の象徴を形づくる部分は大きくはないもののそれでもやわらかく、
怯える様子と共に男の情欲をかきたてた。
あまりいじらないうちから中心は硬くなっていて、彼の手が少女を愛撫するための手がかりと
なった。
ジュジュは胸のぷっくりとしたところをきつく扱かれ、薄く開いた唇から思わず声をもらした。
縛られた手を強く握りしめても体の震えを止めることは叶わない。それどころか彼の手の動き
によって体の奥がじんわりと熱を持つのがわかった。
思うままならない体に唇を噛んだ。
それを感じたのだろうか、背後から感情のこもらない声がした。
「日頃の恨みと言うわけでもないが……俺は個人的な理由で女に手を上げることはせん。どれ
だけ不満があってもだ。だからこれもせっかくの機会、痛めつける替わりに貴様に許しを請う
まで女の悦びを与えてやろう」
「――ぁ、ひ、ゃ……やだ!いやぁああっ!」
宣言とともに秘所へ伸びてくる手に少女の腰が逃げる。
しかし彼は空いている腕を向こうにまわすとその華奢な体をそれ以上動かないよう固定させた。
もう一方の手は彼女の入口を焦らすようにくすぐっている。
「ん、ん……っ……あっ、ぁあ」
滲みだしている女の反応に男は牙がのぞくほど口元を歪ませた。
「死を連想するほどの恐怖をもって抱かれると反応が格段に良くなるらしいが、さて……これ
はどっちだ?それほど恐ろしい目に会わせているとも思わんが……それとも普段からこんなに
反応が良いのか?まだ軽く触れただけなのに、まるで泉のように溢れされているではないか」
笑含みの声に少女は歯を食いしばった。
涙が頬を伝う。
認めたくないのは濡れている自分か、それともこんな偽物を恐怖する自分か。
「誰か……!やだ、やだ、や……だぁ……」
「一体誰に助けを求めようと言うのだ。それにもし誰かが来たとして、こんな場面を第三者に
見られても良いのか?女のくせにそれくらいの羞恥心もないのか」
嘲笑しながら深く沈めた指がいよいよ中をかき回した。
温かな体内と、温かな粘液。
少女の体と一つになることへの誘惑が、男の心から冷静さを少しずつ奪ってゆく。
「貴様の体の方は俺を欲しがっているようだぞ、そら。……聞こえるか」
女を辱めるような台詞も本物のガルムの口からは決して出てこないものだろう。
わざと音を立てるような乱暴な動きに彼女は震える脚を閉じようとしたが、間に彼がいては
それもままならない。
「っふ、あぁん……だっ……めぇ」
すぐそこにある桃色の芽に太い指が触れると、男の性行からは考えられないようなやさしさで
そこを刺激してきた。
少女の腰が前へ逃げるたびに男の指が中をうごめく。
思わず立ち上がるのを彼女の肢体を這いまわる手が後ろから追いかけ、顎を掴む。
逃げようとする力、捕まえる力にジュジュは体を弓なりに反らした。
首筋に長い舌を這わせるとなめらかな肌にほんの僅か、牙をくい込ませた。
「んっ」
ぷつりと裂けた皮膚から丸く血が盛り上がる。
肌を裂かれる感触に少女が唇を噛んだ。
舌先で何度も丁寧に舐めとると、肩や腕にまで同じようにする。
蜜に満たされた部分と手前にある蕾を同時に刺激され、細い脚が絡みつくよう男の手を締め
付けた。
「ぁ……っあ……いゃぁ……!」
それでも快楽へ導くための動きは止まることなく、頭の奥で何かが弾けるような感覚に彼女は
縛られた腕を胸元にひきつけ体を痙攣させた。
くたくたになった体を男が後ろから支える。
「ふん……あっけないものだな。……だがもう指では物足りないだろう」
少女が青ざめるようなことを言って下ばきを寛げると、起き上がっていた少女の体を再び
前へと押し倒した。
少女の下半身をぐいと自分へ向け、いきり立ったものをすっかり開いた場所へと密着させる。
先端をほんの少し入れただけで彼女の内部がひくひくと震え、どれだけ慰めを求めているのか
を知った。
だが裏腹にジュジュの口から出るのは彼を拒否する台詞だけだ。
「――ッ!やだ……やだ、入って来ないで……抜いてぇっ!!」
「何度も言わせるな。口を閉じていろ。本当はどうして欲しいのか、貴様の体に直接聞いて
やる」
冷たく却下すると男はつき当たるまで少女の中へ進んでいった。
既に一度達した体はジュジュが言葉で表したほどの抵抗はなく、彼を根元までしっかりと
受け入れる。
「う……んっふ……やぁっ」
男はそこで小さく息をつくと途中まで引き抜きまた突いた。
「あ、ん、んんっ」
動物のように後ろから挿入し何度も突いてはそのたびに小さく声が漏れる。
だらしなく開いている口から零れる声は、徐々に抑えると言うことをしなくなっていった。
男への嫌悪より内部を彼のものが擦り出入りする感触に意識がとらわれ始めたのだろう。
彼もそれに気付き、満足そうに牙をむき出しにして笑う。
「ふん所詮は貴様もただの雌よ。そうやって最初から素直に受け入れればいいものを」
答えはなかった。
彼女の唇からは男の動きに添って声が上がり、同じ場所からだらだらと唾液が垂れて敷布に
染みを作っている。
男はその様子に満足し、わずかに体を動かしては違うところにあたるようにいよいよ硬く
なったもので内部をかき回した。
「……っ……やっ、ひぁあぁっ!」
一段と高い声で啼き、彼女が二度目の絶頂を迎えたことを知った。
昂りのため、犯す男をいっそう締め付けてくる。
「――っ!!」
さすがに彼もその感触には耐えかねたようで少女の腰を押さえる手に力を込めると、白い闇の
中に己を手放した。
「……え?きゃっ!」
肩で息をしている少女を男が振り向かせた。
振り向かせたというより正しくは強引に回転させた。つながったままでだ。
「ちょっと、あん―――」
仰向けにされ正常位の体勢になった彼女の唇にに男が舌をねじ込む。
口付けと言うような思いやりあるものではない。複製としてやはり日頃の恨みを晴らしたいの
だろうか。行為と称して彼女を苦しめているようにしか見えなかった。
男の口は少女の顔を噛みつかんばかりに開いて接した部分に牙が当たる。
彼の長い舌はジュジュの口内をおもうまま蹂躙し、舌の付け根、喉に届くほど侵していった。
「ん……んぐっ」
無理やり口で処理させられているような感覚にえずいて男の胸を叩いたが、彼はそんな抵抗を
気にする様子もなくさらにねちねちと舌を絡ませた。
苦しげな少女が目をきつく瞑った直後、男がわずかに表情を変えた。
変えたと言っても狼のようなその外見からでは目に表れるものだけで彼の様子をうかがうこと
しか出来ない。
ジュジュの手が震え、弱々しく彼の胸に置かれたのにようやく解放してやった。
「はぁ……は……はぁ……っ」
苦しそうに息を継ぎ口元を拭う彼女を、男は軽く睨むように目を細めた。
「苦し紛れに噛みついて――だが噛み千切る覚悟もないのか。どこまでも半端な小娘だ。
抵抗くらいまともにしてみるがいい。それでは誘っているのと変わらんぞ」
「……るっさい……!」
馬鹿にしたような台詞にも、言い返す余裕がないようだった。
彼女に対して全く気遣いをしていなかったのか、頬に牙が当たっていたらしく少し切れていた。
「まあ、誘われてやるとするか」
男はジュジュの頬に滲んだ血を舐めとると相変わらず縛ったままの両手を頭の上に押しのけた。
体格差から少し背を丸めるように彼女の胸に顔を寄せる。
左手を離せばさすがに殴られるからか、横になりいよいよささやかなふくらみを口と空いた
手で可愛がってやった。
先端を唇で、指でそっと挟み転がすと、わずかに腰を浮かせる。
周りも掌全体を使って揉んでやると、薄い胸の下から鼓動が伝わりその速度に男がにやりと
笑った。
彼女に沈めたままの自身を一度引き抜く。ずるりと出てきたそれはまだ硬さを保っていた。
互いの下半身にほんの少し距離を置くと、彼女は脚を体に引き寄せるようにして閉じた。
いつまでも開いていられないというのだろう。
それは男を改めて拒絶する動きだった。
だがそこまでの行動を見越していた彼は閉じた脚をそのまま彼女の腹へ押しつけるようにして、
脚の付け根へいまだ屹立したままのものを押しあてた。
自身の精と彼女の蜜にまみれているものを秘所から脚の閉じた部分へ擦りつけるように前後
させる。
ジュジュは目をきつく閉じた。それとは逆に、やはり唇は薄く開く。そこからもれるのは
彼によって乱された吐息と小さな声。
手は解放されたものの今度は脚を抱えられて、彼のものに入口をこすり上げられる。
深く入ってくるわけでもないのに、どうしてか中がきゅうきゅうと締まって体の奥が何かを
欲しがっているのを知った。
もともと紅い唇は、もう噛み過ぎて真っ赤になっている。閉ざそうとしても震えて閉じる
ことが叶わなかった。
そんな彼女に男は気付かない振りをして尋ねた。
「欲しいなら中に入れてやるが……どうする」
少女は首を横に振る。
力ない仕草が彼女の迷いを表していた。
「ふん、強情だな」
体をずらし、わずかに先端を入口へと差し入れる。
ぬちぬちとそこをかき混ぜる音が耳障りに感じるほど、彼女の神経は敏感になっていた。
「正直になってみろ、やさしくしてやるぞ」
「し、信じらんな……ばか、っ――……ちゃんと――するならちゃんとしなさいよっ!」
言うが早いか彼は少女を貫いた。
抱えていた脚を割り、腰を掴んで奥まで一気に突き上げる。
「……そっちこそ、くっ……欲しいなら、欲しいと言ったらどうだ」
「んっ……あぁ……ん、ば……」
律動に添って揺さぶられ、ついに快感が彼女を支配した。
「言えばいいんで、しょっ……やあだ、ぁっ……あぁあ、欲し……」
意地も何もなく喘ぎながらそれを口にしたジュジュに、彼は満足そうな声を上げた。
「始めからそうやって素直になっていれば……いいものを」
再びの絶頂を求め二人が互いに置いた手に力を入れた。
その時だった。
「確かに君はガルムより融通がきくようだね」
その声に少女が入口を向いた。
「え……ヴィティ……ス」
彼は腕組みをして、戸口に寄りかかるように立っている。
いつの間にそこまで入ってきたのか、全く気配がなかった。
「なるほど……ガルムから品と女性に対する思いやりを引けばこうなるのか」
興味深そうに呟く。
「ふん、寛容さを加えた、と言って欲しいものだ」
横目でヴィティスを眺めながらも男は動きを止めない。
「見物したいのか?他人の行為を眺めるなど趣味が悪いぞ」
「そうかな」
ヴィティスは肩をすくめる。
「ちょっと!ばッ……か言って、っ……な、いで、こいつ、何とかしてよ」
さっきまで彼を欲しがっていたのに、助けを求められる人物が現れた途端の彼女のこの態度。
「勝手だな」
ガルムのしもべは鼻を鳴らした。
「私が?何故」
「何故って……だ、だって……」
助けを求めるジュジュに対してヴィティスは不思議そうに首をかしげた。
逆に、それに少女が驚いた顔になる。
以前彼女がレオンと口付けをした時に自分がどれだけジュジュを責めたのか、彼は憶えて
いないのだろうか。
彼の独占欲を思えばたちまち二人を引き離してもおかしくはないというのに、ヴィティスは
入口にもたれて様子を眺めているだけだ。
「――っ、あっ、や、あぁあ……っ、ふぁ……」
見られていても遠慮なく突いてくる男に、ジュジュは肩を縮こまらせた。
かわりにかどうか、男がヴィティスに問いかける。
「部下の求めに応じてやらんのか?」
「どうしたものかな」
なおも首を傾げてこんな場面に立ち会っているとは思えないようなのんびりした答え。
少女は彼が止めてくれるとばかり思っていたのに、その気配はない。
「あんた、前、怒ってたじゃないの……ん、ぁ……あっ」
「まぁ……彼はしもべだからあれほどは気にはならない。それに君が感じているさまは傍で
見ていて興味深いものだ……。こうしてみると私も、自分では冷静でいたつもりでも当事者に
なると行為そのものに夢中になってしまうらしいな」
そんなことを言ってしみじみと最中の自分を振り返っている。
ジュジュに言わせれば彼は最中も冷静だ。
いったいどれだけ客観的に、抱かれている女の様子を見たいというのか。
行為を人に見られることがどんなに恥ずかしいか。
裸にされ、肌の上を這ってゆく指や舌。あちこちにある傷跡がヴィティスへの裏切りを示す
ようでいたたまれなかった。
決して恋人なんかではないのにどうしてこれほどにも罪悪感を感じなければならないのか。
「あッ、あ、あぁああっ!や、だぁ!!や……!」
胸の前で両手を握りしめる少女を男はまだ容赦なく貫く。
「……はっ……は……ん、ふぅ……っ、やめて……」
「さっき欲しいと言ったその口で何がいやだ。だらだらと物欲しそうに涎をたらして。その
ざまでよく大きな口を叩けるな」
嘲笑しながらそそり立ったものを根元までみっしりと埋めて、彼女の胸へ手を伸ばした。
愛らしいふくらみをつんと尖った部分まで包むように揉みあげる。
あまり目立たないようでも掌に伝わる感触はそれなりにあって、愛撫する男を満足させた。
「嬉しいだろう。貴様の貧相な体でも男を煽るには十分なようだ。俺のものが中で反応して
いるのが分かるか?」
「ヴィ……ティスが見てる……っ!」
「俺は気にならんがな。さっきより締め付けてるのは貴様、見られて興奮してるからでは
ないのか?」
彼女に言わせれば昂っているのは自分に覆いかぶさっているこの男の方だ。
繋がっているのを見せつけようとでも言うのか、男の手がジュジュの足首をつかみ持ち上げる。
「……!!やだっ、や……ゃだっ、ひぁ……んっ!」
敵わないと知りながら力が入る。桃色の爪が愛らしい、脚先がくんと丸くなった。
「聞くに堪えないな」
ため息とともに聞こえたのはレクスが何かを攻撃した音だった。
それは主に神々に逆らう人間と対峙した時に聞く――。
「ヴィティス……貴、様……」
男が驚いたような表情でゆっくりとヴィティスの方を見る。
「やはり君とガルムは違う。神々に君達を造ってもらったのは、どうやら私の失敗だった
ようだ」
少女の上に崩れ落ちる男にヴィティスはほんの少し後悔を見せた。
ジュジュはいきなり態度の変わった彼に眉をひそめた。
「なんで……急に……」
「止めさせてと言ったのは君だろう?なにをいまさら……っと、さあ早く出てきたまえ。
……いつまでも繋がっていたいと言うならそれでもいいが」
巨体のしもべを僅かに持ち上げ、彼女を急かした。
ヴィティスにとっても2メートルある体はさすがに重たいのだろう。
「ばか言わないでよ……っ」
体を離すとき、中の擦れる感覚に少女は眉をひそめた。
「どうも邪魔だな。ここでエテリアに還してしまおうか?」
「ば、っか……」
彼女がガルムもどきのいいように抱かれ足腰が立たないのを察してか、ヴィティスが寝台に
座り込んでいる少女に手を差し出した。
ジュジュは浅い呼吸の下から複雑な笑みを浮かべると、疲れからか均衡を失って彼に縋りつく。
ヴィティスは小さな子を叱るようなやさしさで彼女を睨んだ。
「やはり私の名を呼ばなかったな」
「それ、前にも言ったじゃない……」
本気だったのだろうか、『名を呼べ』とは。
からかっているのだと思っていたし、今でも彼女はそう思っている。
「彼はガルム本人ではないのだし、他の誰がいるわけでもないのに?」
「あいつそっくりのしもべにあんたが相手かって言われるのよ?勘違いされるの……そんなの、
御免だわ。言えるわけない」
もし、と。
呼んでいれば展開は変わっていたのだろうか。
ヴィティスの腕に込められた力はやわらかく、彼女を労わっているようでもあった。
しっかりと抱きしめられたまま、頭をゆるく振って慌ててその可能性を打ち消す。
あのしもべが言ったように相手が――彼が本当に恋人だったなら、躊躇いなくその名を呼んだ
だろう。
まさか、待っていたのだろうか。自分の口からその名が出るのを。
独占したいわけではないのだろうか。無理やりに抱かれて傷つく自分を見たいのか。
分からなかった。どう考えればいいのか。
彼の本心が。
「まさか……ずっと扉の外に張り付いていたんじゃないでしょうね。――あんた、本当は
あたしのこと好きなんじゃないの?」
ヴィティスはふ、と小さく笑うと少女の髪に口付けた。
「どうせ何を言っても信じないのだろう?君のしたいように解釈したまえ」
「――っそ」
力強い腕が彼女のひざの裏に回り、軽々とその体を抱えあげた。
ジュジュにはもう抵抗する気力も体力もない。ようやっと疑問を口に出す。
「何……?」
「風呂に入れてあげよう。気持ち悪いだろう」
「悪いに決まってるわ……」
「嫌がらないのか。一言の文句も出ないとは、よほど疲れたようだ」
彼は軽い布でも抱えたような身軽さで少女の部屋についている風呂へと向かった。
風呂のふちにジュジュを腰かけさせると、彼はゆっくり、深く、前の男の感触を塗り替える
ように舌を絡ませた。
彼女は応えるのも億劫でヴイティスのしたいようにさせる。
心の中に笑いがこみ上げてきた。
どうしようもなく嫉妬深い男だ。
最初から見栄を張らなければいいのに。
相手がしもべだろうとなんだろうと、結局は自分のものに手を出されるのが許せないのだから。
『私の玩具をとるな』
誰に対してもそう言えばいい。そんなことは十分分かっているし、今更気にならない。
面と向かって言われても、もういつかのように泣いたりはしないのだから。
「何か楽しいことでも?」
表情に出ていたらしく、彼が訝しんだ。
「あんたってほんと……複雑よね」
呟くと自分からヴィティスの額に口付けた。
自分に対して無茶ばかりさせる男が、何故か愛しくさえ思えたなんて本人に向かっては
とても言えず、ただ笑いかける。
彼女の性格にそぐわぬひそやかな微笑みは、見慣れないせいか寂しげなものだった。
さすがのヴィティスもそんなジュジュの心中を全て洞察出来るわけがない。
「乱れている君は美しいよ。私の前でもそんな風になってくれればいいのだが」
少女の口元を拭ってやりながら、その顔は満足そうに笑っていた。
〜おしまい〜