「はぁ……」  
 
土を掘り返してはため息をつき、穴の中に遺体をおいてはため息をつく。  
あれから何度目か数えるのもばかばかしい。それほど回数を重ねても、私はこの作業に慣れる  
ことが出来なかった。  
気分は滅入るばかり、土を掘ろうとすればおれサマは鍬ではないぞと文句を言われながらの  
作業だ。私の方も大抵くたびれているから、うんごめんよ頼むよと適当に機嫌を取るのだが、  
あまり心がこもっていないことは彼にもきっとばれている。  
 
手袋をしたままの手でせっせと土を埋め直すのだが、これもまた地道な作業だ。それこそ  
鍬なんか土を扱う道具があったら楽なんだけれど、まさかそんなものを担いで逃げるわけにも  
いかない。これについては仕方のないこととすでに諦めていた。  
 
捜索されても見えにくいだろう茂みの影になる場所で『仲間』の遺体を処理していると、彼が  
声をかけてきた。  
「何をぼうっとしてる。さっさと終わらせんか」  
「ああ、うん。ごめんよ。ちょっと昔のことを思い出してた」  
昔と言ってもあれから――味方を増やそうという試みをした時から――ひと月も経っていない。  
あの時自分はすっかり見守る態勢でいたから、もしこの猫の働きがなかったらあの子は  
無事ではいられなかっただろう。最悪の事態を思うと今さらながらぞっとする。  
「昔……?まあいい。おい」  
「なんだい?」  
しゃがみこみ背を向けたまま返事をすると彼は驚くようなことを言ってきた。  
「済んだらあの娘のところに行くぞ」  
「……え?」  
 
思わず手を止めて振り返る。  
「どうして急に?」  
「間の抜けた面をしおって。もっときりっとせんか」  
「なんだい?行くのはもう決定事項なのかい?」  
相談するふりくらいしても良さそうなものだけど、私の意思など構った事ではないのだろう。  
「そうだ。貴様の意志よりご主人の都合が優先だ。当然のことだろう」  
「まあ君にはそうだろうけど……迷惑じゃないのかな?」  
「いつでも来いと言っておっただろう。それに迷惑になるかならんかはお前次第ではないか?」  
「それはそうかもしれないけど……」  
とんとんと靴裏で地面をならす。  
遺体を埋めた所はいまだ濃く生い茂る緑の影になっているから、掘り返して土が新しいのにも  
気付かれにくいのだ。  
 
口車に乗せられたような気がしないでもなかったけれど、きっぱり断る理由もなかったから  
すっかり墓穴を埋めてしまうと私は裾の埃を払った。  
「おまたせ。それじゃ、行こうか」  
 
彼に逆らっても無駄なこと。そう思い前向きに言ったが実は心中それほど穏やかではない。  
あの少女について半端な社交辞令を言う子には見えなかったが、万が一村人に見られたら  
という不安もあった。  
しかしそんな風に彼女の本音や立場を慮るのも本心なら、屋根の下での睡眠や温かい食事より  
なによりまた彼女と話が出来る、それを楽しみにしていたのも紛れもない本心だった。  
葛藤というにはささいなものだが動悸が速くなったのは、多分気のせいではないだろう。  
「ねえ」  
「なんだ」  
「君のご主人の都合ってなんのことだい?」  
それが必要というなら何かしら関わりがあるはずだ。でも二人は接触どころか互いの姿を  
近くに確認しただけにすぎない。あの時あの子にはおかしな様子は見られなかったし、あの  
少女からも神々の子についてあれは何かと聞かれただけ。  
一体何があるというのだろう。それともなにかあったとして、私が鈍くて気付かなかっただけ  
なのだろうか。  
     
「……ふむ」  
彼は私の肩の上で(猫型の時はそこが定位置らしい。重くないから別にいいんだけれど)少し  
考えているようだったが、話しても無駄だと思ったのか単に面倒臭かったのか、説明らしい  
説明はしてくれなかった。  
「事情はあとで話してやる。そのかわり、いいか。戻ってくるときには必ずあの少女を伴って  
来るのだぞ。ご主人にきちんと紹介してもらうからな」  
『よいな?』と小さな掌が頭頂部をぐいぐい押してくる。  
うっかりおかしなことを言うとたちまち爪を立ててくるから、結構な用心をして問いかけた。  
 
「……それは、君がそうして欲しいってこと?」  
あの少女に対してご主人に礼を尽くせ、なんていかにも彼の言いそうなことだ。  
「何故おれサマがそんな僭越な真似を。ご主人のお望みに決まっているだろうが。あの少女  
にはな、お前を休ませてもらったことについてそれはそれは感謝してらっしゃるのだ。自分の  
従者の面倒をみてもらったとな。もったいないことだ。お前はご主人にそれだけ心配されて  
いるということ、ゆめゆめ忘れてはならんぞ」  
「ああ」  
彼の言葉が腑に落ちて思わず頷いた。  
それで興味をもったのか。きっと彼女のことをやさしい人だと判断したに違いない。  
今あの子の近くにいるのは私とこの赤い猫だけだから、あの少女のような相手を知るのはいい  
ことだと思った。  
この世界には本当に色々な人がいるのだと――追う者がいれば、自分に対して好意を持って  
くれる者もいることを――知って欲しかった。相手を知ることが、相手の本質を見抜くことが、  
あの子自身を守る盾になるから。  
きっと彼女もやさしく接してしてくれるだろう。  
分かったよと請け負って、私達はこの間初めて知った場所へと向かった。  
 
 
着いた時にはすっかり日は暮れていた。  
辺りを見回して、人が歩いていないことを確認する。一度訪ねた家はどんな壁だったか、屋根  
だったかをちゃんと憶えていたから、やっぱり上着を脱いで駆け足で向かった。目立たぬ  
ように、扉に張り付く。  
こんばんは、なんて大声を上げるわけにもいかないから控え目に扉を叩いた。  
以前裏口から入れてもらったからとこちらに回ったけれど、礼儀に外れているだろうか?  
よく分からない。  
するとしばらくして返事があった。  
「……どなた?」  
日が暮れてからの客に警戒しているのだろう。  
咄嗟の返事に困った。  
「あ……」  
 
どなた、なんて。  
そういえば前に来た時名乗りもしなかった。御使いです、なんて言うわけにもいかない。でも  
逃げている身で名を名乗るのも躊躇われる。  
どうしようと焦っていると何故か私より先にレクスが返事をした。  
「にゃあ」  
「え?」  
足元の猫に私の方が驚いてしまった。  
いつの間にこんなところまで。こっちは何も心配することはないと分かっているだろうに、  
あの子のそばを離れるなんてどうしたんだろう。  
 
扉はあっさりと開かれた。  
「まあ……こんばんは」  
少し眉をあげているのは、まさか来るとは思っていなかったからだろうか。それにしても扉を  
空ける前にはもう少し用心した方がいい気がする。  
他人ごとなのに心配になるほど、彼女はあっさりと私達を受け入れてくれた。  
「こんばんは。この間はありがとう。その……」  
先に続いて言葉に詰まった。  
     
休ませてもらえるかな?  
ご飯を食べさせて欲しい?  
 
分からない。  
自分はもう少し機転の利く男だと思っていたけどそうじゃなかったみたいだ。  
「早く入って」  
ええと、と口ごもる私を彼女は小声で促した。  
姿を見られたら困るのは私も彼女も一緒だ。慌てて中に滑り込むと、背後で声がした。  
「あなたもどうぞ」  
あの猫に対しての台詞だ。しゃがみこんで扉の隙間から外へ手招きしている。  
だが彼は少女の顔をじっと眺めると、ふいと外へ駆けて行ってしまった。  
「あら……行ってしまったけれど、いいのかしら」  
これは私に向かってのもの。  
「気にしないで。自分の主人の所に向かっただけだから。本当は『あの子』から、少しだって  
離れていたくはないのさ」  
「それじゃ、あなたは?あなたはあの猫にとって大事なものではないの?」  
 
そう言われてはたと思う。  
彼のことだ、あの子に対する立場では多分自分が上だと思っているだろう。  
「なんだろう……同僚、かな?」  
まさかどうやらあの猫の下の立場のようです、とは言えない。あの子を助けるためには  
それなりに重要な存在だとは思っているようだけれど。  
「まあ。ふふっ」  
私を入れて改めて裏口の鍵を閉めるとさっそく私を台所に通してくれた。  
前と同じように私に手を洗わせて、その間に彼女は竈に火を入れ小さな鍋をのせる。どんな  
客が来ても、彼女の流れるような動作に変わりはないのだろう。  
 
「本当はね、もう来ないかと思った」  
こちらを向いて微笑んだ顔の嬉しそうなこと。  
……嬉しそうに見えただけかもしれないけれど。とにかく迷惑そうではないことに私はほっと  
胸をなでおろした。  
「何故?」  
「あなたのことを色々と知ったでしょう?村の人に話したんじゃないかとか……私、疑われた  
かしらって」  
「……君は……そんな人には見えなかったから……」  
「そう?なら良かった」  
「いや……それに私のほうこそ君の言葉に甘えていいものか判断がつかなくて。でも色々  
あって結局こうして図々しく君の前に座ってる」  
「いいのよ。訪ねてきてと言ったのは私の方ですもの」  
そんな短い会話の間にも強い炎に水はあっという間に沸騰し、彼女は茶葉を鍋にひと匙すくい  
入れた。途端、室内に苦みのある香りが広がる。火から鍋を外し、茶漉しを間において碗に  
注ぎ淹れた。  
どうぞ、と置かれたものを両手に持つとやはり温かい食べ物、飲み物は手にするだけで  
心休まるような気がした。  
 
「ね」  
「うん?」  
「甘いものは好きかしら」  
甘いもの?  
甘いものというと菓子だろうか。そういえば菓子など久しく口にしていない。特に食べたいと  
思ったことはないが、暫く食べていないと思うとどうしてか欲しくなる。天の邪鬼なのだ。  
嫌いではないという意味で頷くと彼女の顔がぱっと明るくなった。  
「それじゃ、あとでお茶にしましょう。今日の昼間、お菓子を焼いたの。まだ少しあるから  
味を見てくれる?」  
「お菓子も作るの?」  
「ええ。得意って言うほどでもないししょっちゅうは出来ないけれど、子供達に食べさせて  
あげたくて。……何を優雅にって周りはあまりいい顔しないんだけどね」  
     
人のことだろうにと眉を寄せると彼女は小さく肩をすくめた。  
「でもねえ、こんな時にっていう皆の気持ちも分かるし」  
時々のことだから見逃してもらいたいわと呟く。  
本当はこんな時だからこそお菓子を焼いたり子供達に楽しみを与えたいのだろう。逃げ隠れる  
日々を送っていては娯楽だって少ないから。  
ただ人々は農地を離れ実際に食料の調達に苦労しているから、菓子なんか作っているのを  
見るとどうしても後先を考えない行動に映る。それを知っているから彼女も責められたら  
謝るしかないと、そう思ってやっているのだ。  
それでもこの少女のこと、ちゃんと食糧には余裕を見てのことだと思われるが。  
 
 
彼女は普通の人とはなにも変わらぬように私をもてなしてくれた。  
ゆっくり休めるように、気兼ねせず過ごせるようにと心を尽くしてくれる。  
私に対して無理をしているのではないということが伝わってきて、嬉しかった。  
 
 
「え?」  
翌朝、帰りがけに少し森まで付き合ってほしいと言うと彼女は数度目を瞬かせた。  
「ぜひ連れて来て欲しいって。君に会いたいらしいんだ」  
「でも……」  
躊躇するのはあまり関わり合いになりたくないからだろうか。それともあの子が恐ろしい  
からか。些細なことに物怖じするような少女ではないと思ったのだが。  
わけを尋ねると言いづらそうに口を開いた。  
「あんまり良くないんじゃないかって思うんだけど……」  
「良くない?何がだい?」  
上目づかいにこちらを見る彼女はそっと目線を外して申し訳なさそうだ。  
「あんなこと聞いておいてなんだけど、部外者が余計な事を知るのは良くないと思うの」  
組んだ手の親指をくるくるとまわして。  
自分が突っ込んだことを聞いたくせにと思っているのに違いない。こうしたことからも自分の  
行動に責任が持てる少女だということがよく分かる。まだこんなに若いのに。  
そんな思いが顔に出たのか、自然と顔がほころんだ。  
「本人がそれを望んでいるんだ。君が構わなければあの子に会ってあげて欲しい――駄目かな」  
玄関の扉に手を掛けて、私は彼女を促した。  
 
取っ手の上に置いていたがその上に小さな手が重なった。  
「私が先に出るわ」  
確認するように語りかけてくる。  
自分が先に出て辺りに人がいないか見ようというのだろう。すでにその目に迷いはない。  
つまり承諾したということだ。  
頷きあうと私達は前回のように森の中へ小走りで入って行った。  
 
 
駆け寄ってくる赤い猫に両手を差し出すと、軽々と肩のあたりまで登ってきた。  
どうやら彼は彼女に正体を明かすつもりはないらしい。  
細い足で自分の上に立たれる危うさに思わず腕をまわして話しかけた。  
「ただいま」  
にゃあと鳴いて、まるで猫のようだ。本当の姿を知っているとなんだか落ち着かない気持ちに  
なる。  
彼は後ろ向きにじっと少女を見つめていよう。顔を回すと彼女が微笑んだのが見えた。  
「こんにちは」  
彼女の言葉にも鳴き声だけ。  
「名前はなんて言うのかしら」  
「名前?名前……は考えてなかった」  
驚いて答えると彼女はさらにびっくりした顔を私に向けた。  
「それじゃ、なんて呼んでいるの?」  
「ねえ、とか君、とかだね」  
「それは名前じゃないわ」  
確かに。  
     
今まで気付かなかったのがおかしなくらいだ。  
でもそれでも用が足りていたし、と自分に言い訳をする。どことなく彼女の目に非難の色が  
あるのは彼を意思をないものとして扱っているように見えたからだろうか。  
きっと人格(猫格?)を認めるならきちんと名を呼ぶべきだと思っているのだ。  
「この間までレクスだったから……そういう発想がなかったんだ。ごめん」  
「別に私に謝る必要はないわ。それでは、あの子には?」  
「あぁ――」  
あの赤い猫の『ご主人』は少し離れた所にいて、遠慮しているというより彼女という存在を  
遠くからうかがっているように見えた。  
「紹介するよ。来て」  
まだ太陽が中天にも昇っていないような時間だったが、戦闘のたび身を隠すように言い続けて  
来たせいか、あの子はより木々の茂る暗い場所にとどまっていた。  
 
彼女と二人近づいてゆくと神々の子はゆらゆらと左右に揺れ動いた。  
知らない人を間近にするのに、緊張しているのだろう。この子自身が彼女との接触を求めた  
とはいっても、ほとんど初対面なのだ。普通の子供だって見知らぬ人には人見知りする。  
強くなったり弱くなったりするエテリアの輝きに、私は顔がゆるむのを感じた。  
さて、何と言って紹介するのが良いだろう。  
少女の方はと後ろに顔を向けると、彼女は見上げるほどの大きさの球体ににっこりと笑い  
かけていた。そして首を傾げ、小声で尋ねてくる。  
「声をかけても大丈夫かしら」  
「この子には言葉は話せないから。君が話しかけてくれたら助かる。でもあまり驚かせる  
ようなことは言わないでほしい」  
最後の台詞には心外そうに眉を上げたものの、頷いてくれた。  
 
神々の子に向かって少女はもう一度微笑む。  
「こんにちは」  
球体の纏うエテリアがゆらりと表面から立ち昇る。しかしこの輝きは彼女には――彼女達、  
人間には大きな一つの光にしか見えないのだ。それを思うと少しだけ人間達が気の毒になる。  
こんなに気持ちのいい光を、春の木漏れ日のような暖かさをその目に見ることが出来ないと  
いうのだから。  
 
体の前で組んでいた手を球体へ伸ばしかけ、だが届く前にこちらを振り返った。  
「触れてもいいかしら」  
「大丈夫だと思うよ。でもそうっとね。この子も緊張してるから」  
頷く彼女の頬が上気しているのに気付いた。  
やはり緊張しているのだろう。話には聞いても正体の分からないもの。それに勇気を出して  
歩み寄ろうとしているのだ。  
そっと指先が触れる。表面をなでるようにして掌がおりた。  
「真っ白い……ぼんやりしてて、でもあたたかくて。中に小さな太陽がはいっているみたい  
だわ」  
やはり人間には中が見えないのだ。  
だがエテリアそれ自体を視認することはできなくても、あの子を取り巻くエテリアの量に、  
息づくものを感じている。  
「気持ちいい……」  
顔を寄せても目に見えるのはほんのりとした光だけ。目を細めてみたが真の姿になんの  
手掛かりも得られなかったようだ。  
「やっぱり太陽みたい。目を凝らしても中は見えないのね」  
彼女が何かものを言うたびにあの子はふわ、とエテリアを溢れさせた。  
 
どういう反応だろう。  
私と話しているときはこんな風にはならないのに。  
それを口に出すと彼女は唇を尖らせた。  
「残念だわ」  
「何がだい?」  
「あなた達に見えて、私には見えないっていうことが。確かに目の前で起こっているのに  
分からないなんて。エテリアって話には聞いたことがあるの。昔話に……綺麗なんでしょう?  
……私、初めて人間に生まれて損をしたと思った」  
     
他愛のない会話。  
だが赤い猫はそれを注意するそぶりもない。こちらの様子をうかがいながら私達の周りを延々  
うろうろしていた。  
私はと言えば、このレクスがいったい何をしたかったのか、本当に彼女をこの子に会わせる  
ことだけが目的だったのかと内心首を傾げていたが、彼女の質問に答え、あるいははぐらかして  
いるうちに、彼の真の目的をさとったのだった。  
 
結構な時間が過ぎてることに気づき、慌てて彼女を森の出口――村の入り口まで送って行った。  
あまり長時間留守にしていては、村の人に何か感づかれるかもしれないからだ。  
 
少女を見送り二人の元に戻ると赤いレクスは得意そうな顔をしていた。  
「意味が分かったか?」  
近付く私に駆け寄ると、大した助走もせずに肩の上へと飛び上がる。  
「ああ――すごいね。どういうことだい?」  
自然と目が神々の子へと向かう。  
あの少女を連れてくる前に比べると、事情を知らなければ眉をひそめるほどエテリアの量が  
減っていた。  
赤い猫の鋭い眼がわずかに歪む。  
「……結局のところ、寂しく感じていらっしゃったということだろう。おれサマにも予想外  
だった。こんな短時間でこれほどの変化が現れるとは」  
その輝き、弱くなったと言っても天の太陽が月になった程度だが、本人に分からなくても  
地上において光を浴びる者には両者の違いは大変なものだ。  
「そうか……」  
表面を撫でてやると無数の小さな光が漂ってくる。だが一通り私の体の上を泳ぐといつもの  
ように神々の子の中へと還っていった。  
 
相手は人間だ。私達カテナやこの猫のように意思の疎通が出来るわけでもないのに。  
「あれで満足だったのかい?楽しかった?……彼女、やさしそうな子だったろう」  
問いかけにまた球体の上をエテリアが揺らめいて、私達そうと察する者には神々の子が肯定を  
表していることがわかった。  
それは声なき笑い声のようにゆらゆらと溢れて、とてもとても美しかった。  
 
 
 
次のおとないの時、私は事情を話して彼女の協力を仰いだ。  
君と接触したことであの子の孤独感がやわらいだこと。  
そのおかげかエテリアを無暗に呼び寄せるようなことがなくなったことを。  
 
 
「だから時間のあるときでいいんだけど。あの子のところに行ってあげて欲しいんだ」  
「それ……本当に私のせいなのかしら」  
話を聞いている間から手の中で茶碗の淵をなぞっている。  
 
テーブルに向かい合わせに座って、私達は話をしていた。  
「うん。この間は言わなかったけれど、本当は君がいた時から様子がどんどん変わっていって  
たんだよ。あれにはちょっと驚いた。まさかあんなに……」  
「そんなに変化があったの?」  
目を見張る彼女に私は重々しく頷いた。  
「でなきゃ、こんなことは頼めない。私達の目にエテリアは小さな光として映る。あの子は  
それを一身に集めるから闇夜には大きなともし火のようになるんだよ。だから御使い達は  
神々の子に関しては夜、行動するんだけど」  
「光を目指して?」  
「そう。明るいうちよりも探すのが格段に楽になるからね。だけど君と接することでもっと  
もっと寂しさが薄れたら……きっと今までみたいにエテリアを集めて眩しい光を放つことも  
なくなるし、そうすれば御使い達から身を隠しやすくなる。今までみたいにあちこち逃げ  
回らなくてもよくなるんだ」  
     
そうなれば私としてもありがたい。逃げる分の体力を御使い達を撃退する方に回せるのだから。  
ただ彼女にはしばしば森の中へ来てもらわなくてはならないから、それを怪しまれないかが  
心配だった。  
いや、まずは承諾してくれるかどうかなのだが。  
「どうだろう、協力してくれるかい?」  
 
改めて要請すると、彼女は思いのほか長く考え込んだ。手元を見つめる真剣な眼差しは、  
重ねて言い募るのを憚らせる。  
その表情に私は楽観的になっていたことにどきりとした。彼女のことだから一つ返事にけて  
くれるだろうと思っていたのだ。  
考え方を変えたんだろうかとそんな不安を感じ始めた頃、彼女はようやく顔を上げた。  
 
「役に立つかは分からないけれど……」  
「――!それじゃあ……」  
「私でよければ。じゃ、あなたが帰るとき、一緒に行くわ。そんなに長時間は無理だと思う  
けれど。それでもいいかしら」  
「ありがとう……!助かるよ、本当に」  
自分の表情がぱっと明るくなるのが分かった。  
ここのところ、こんな風に気持ちが素直に出ることが多い気がする。  
御使い達を率いていた時は感情を隠すことをよしとしていたというのに。これも自由意思を  
取り戻した影響なのだろうか。  
 
「そんなことなんでもないわ」  
小さな手をとりぶんぶんと握手をすると、彼女は照れくさそうに言った。  
「そうしたらあなたも少しは楽になるのかしら」  
「かなりね」  
彼女は以前言った通り、出来る限りのことをしようとしてくれているのだ。  
共に闘ってくれる者でこそないものの、本気で私達を支えようとしてくれているのが分かり、  
胸が熱くなった。  
 
 
 
こうしてたびたび彼女の家で休ませてもらうようになり――私達は一度だけ関係を持った。  
 
     
 〜つづく〜  
 

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