★1 
「ふぁー」 
 
「あらドロシー、おねむ?」 
あくびをし、目をこする仕草にアルミラが微笑んだ。 
時間はすでに夜の十時半を回っている。子供が起きているには遅い時間だ。 
レオンも眉を上げた。 
「おいおい、大丈夫か?今年は二年参りに行くんだろ。もう少しだから頑張って起きてようぜ」 
からかい混じりにも励ましているのが分かる。 
数日前から滅多にできない夜更かしが堂々と出来る今日を、そして何より四人で過ごす一年の 
終わりのこの日を、少女はとても楽しみにしていたのだ。 
 
ドロシーはコタツの上に頭をのせたまま頷いてよこした。 
「うん……頑張る……」 
そう答えるうちにも瞼は降りてきて、今にも寝入ってしまいそうだ。 
トトが気遣わしげに声をかけた。 
「ご主人、ご主人。こんなところで眠ったら風邪をひきますぞ」 
「そうだよドロシー。眠たいなら部屋に行ってベッドに入っておいで。時間になったら 
ちゃんと起こしてあげるから」 
フィールが言えばレオンが掌を打った。 
「そっか。その手もあったな」 
「何も時間までずっと起きてなきゃいけない事はないものね。……ね、ドロシー。そうしたら 
いいわ」 
「ほら、ドロシー……ドロシー?」 
兄が肩を揺するも、すでに返事はない。 
 
「フィール。俺が部屋まで運んでやるよ」 
レオンはしゃがむと二人に背中を差し出した。 
フィールは妹をコタツから引っ張り出すと、そのままレオンの背中の上にのせた。 
「うー……ん……」 
勝手に移動させられたのが無意識にも気に入らないのだろうか、少女は眉を寄せうう、うう、 
と唸った。 
背中から聞こえる声にレオンが笑いをこらえた。 
「よっぽど眠いみたいだな。ま、まだ子供だから仕方ないか」 
「レオン。もう少し小声で話して。ドロシーが起きちゃうよ」 
「ははっ、悪い悪い」 
 
少女を私室の寝台に横たえると、部屋を出てすぐフィールも大きく欠伸をもらした。 
「なんだなんだ、お前もか?新年になるまでもう何時間も無いんだ。頑張れよ」 
折角の夜に次々脱落していくのがつまらないらしい。 
目を覚ますよう少年の背中を叩くとその力にフィールはよろめいた。背中をさすりながら 
レオンの顔を見る。 
「いたた……僕も早寝のほうだからなあ。……ごめん、やっぱり僕も時間まで眠ってていい 
かな。起こしてくれるかい?」 
「……眠たいものは仕方ないか」 
わいわいやるのを楽しみにしていた彼は諦めをつけるように大きく息をはいた。フィールは 
逆に平気な顔をしている男を見やって頭を振る。 
「どうした?」 
「ううん……レオンもアルミラもよく平気だなって思ってさ。大人になると眠たくならないの 
かい?」 
「そうだなあ……俺も子供の頃はやっぱりよく寝たぜ。成長期って奴じゃないのか?……ま、 
夜更かしばっかりの不良少年になるよりはいいさ」 
うんうんと自分の意見に頷いている。 
「じゃ、またあとでな」 
「うん、あとで」 
 
廊下でのそんな会話のあとレオンは再び居間に戻った。そこではアルミラ一人がコタツに 
入っていた。 
 
★2 
彼女は部屋の入り口に目を向けて首を傾げた。男の後ろにフィールの姿がないのを不思議に 
思ったのだろう。 
アルミラの思いを察し、レオンは肩をすくめた。 
「フィールも時間まで寝るってよ」 
「なあに?それじゃずっと起きてるのは私達だけなの?……折角の夜なのに寂しいわね」 
「なんだよアルミラ。俺だけじゃ不満だって言うのか?」 
自身もアルミラの正面に陣取ってつまらなそうな顔をする。だがこれはポーズだ。彼女を 
からかっているだけで本当に拗ねているわけではない。 
アルミラもそれを分かっていて、だが宥めるように言った。 
「そんなことは言ってないじゃない。あなたと二人きりの時間も素敵よ」 
「ちぇっ、よく言うよ」 
本気か嘘か、こんなときにはあえて追及しないのが大人というものだ。 
レオンはリモコンをとりテレビを付けたが、番組を一通りチェックすると電源を切った。 
面白そうなものはやっていなかったらしい。 
 
静かな室内に、チッチッと秒針の走る音が響く。レオンは時計を見上げた。 
「ゆく年くる年が始まってから声をかけてやれば間に合うよな」 
「そうね。神社が歩いてすぐのところにあるのは楽でいいわ」 
「願い事ねえ……アルミラは何か考えてあるのか?」 
「秘密結社テオロギアを今年こそは壊滅させたいと思ってるけど……そのくらいかしら。でも 
これは自分達の努力次第だしね」 
「俺達は結構頑張ってると思うがなあ。仕事中にも構わず飛び出して、そのうち仕事をくびに 
なるんじゃないか心配になる程度には。ほんのちょっと神様にお願いするくくらいいいだろ」 
「あらあら、強気のレオンらしくない台詞ね」 
男の台詞にアルミラが小さく笑った。 
レオンもそれは自覚しているらしく、彼女の冷やかしに両手を広げて見せるだけだった。 
「世界の平和のためとはいえ仕事がなくなったら食っていけなくなるからな」 
 
アルミラの手がコタツの上に伸びた。あるのはミカンの積んである籠と小さな菓子の箱だ。 
彼女は箱の中から包みを取った。 
「私、これ大好きよ。冬しか食べられないのが残念だわ」 
笑いながら袋を開き、チョコレートを口に運ぶ。 
「……ん〜〜〜っ……美味しい……!」 
「そんなに感動するほど美味いか?」 
大げさな表現にレオンが疑わしげな顔になる。彼女が甘いものを好むことは知っていたが、 
口に入れた途端目を閉じて身を震わせるほど感動するとは思わなかった。 
「美味しいわ。だってこれ、食べると名前の通りだなあっていつも思うの」 
「名前って?」 
「『メルティキス』よ」 
「メルティキス?」 
レオンはいぶかしげな顔になった。意味が分からないらしい。 
「もう……!いくらあなたでも、そのくらい分かるでしょ?」 
眉を寄せる男に、アルミラは憤慨したようだった。 
正面にいるレオンの顔を見つめて離さない。ほっそりとマニキュアもきれいな人差し指を 
紅い唇にもってゆき、口角を上げた。 
「『とろけるようなくちづけ』――それほど柔らかいってことよ」 
レオンは彼女の口元から目が離せなかった。 
 
「あなたも食べる?」 
呆けていた男がはっとなった。 
「ん?な、なにを」 
「だからこれ、チョコよ。他になにがあるっていうの?」 
「い、いや。なにってアルミラが紛らわしい言い方するから……」 
レオンがバツが悪そうに顔をそらすのには知らん顔で、しかしわざわざ袋をむいて彼女は 
チョコレートを差し出した。 
「はい」 
「あ、ああ。サンキュ」 
 
 
★3 
ものが特に溶けやすいチョコレートだというのについ自分も手を差し出す。アルミラは仕方 
なさそうに笑った。 
「ダ、メ、よ。レオンったら、それじゃ手がべたべたになっちゃうじゃない」 
「えっ?」 
「ほら……あーんして」 
躊躇する男にアルミラは手を伸ばした。 
目の前にある茶色で四角いものからは甘い匂いがした。が、それ以上に甘ったるい空気が 
満ちている。 
アルミラの態度のせいかも知れなかった。 
 
レオンはおずおずと身を乗り出すと大きく口を開け、アルミラの指を噛まないように 
チョコレートの部分だけ器用についばんだ。 
ぺろりと自身の唇についた粉を舐める。 
「うん……確かにとろけるな。これ」 
口の中に柔らかく消えていく甘味にレオンも頷いた。 
「美味い美味い」 
「レオン」 
「ん?」 
「さっさと食べてくれないから指先についちゃったわ」 
どことなく恨めしそうな言い方だった。 
彼女の指先には確かに溶けたチョコレートがついていて、指先の白さとチョコレートの焦げ 
茶色の対比がどこか艶めかしい。 
「……」 
自分に向けられた手にレオンが再び前方へ体を傾けた。 
 
さっきよりも控えめに口を開くと冷たい指先が唇に触れる。 
レオンは先端から指の腹をひと舐めした。舌に感じるのは、溶けたチョコレートの甘味と 
形よく整えられた爪の輪郭だ。ちゅっちゅと音を立てて爪の付け根まで口に含む。微笑む 
アルミラの顔を見つめ、とろけるような味わいの無くなるまでしゃぶってやった。 
「ほら、そっち……親指もだろ?」 
人差し指を解放するとレオンは次を要求した。 
「溶けてても甘いでしょ」 
「ん……っちゅ、そうだな……」 
アルミラは男の様子を面白そうに眺めている。 
 
レオンは大人しく親指に舌を這わせていたが、突然体を硬直させた。 
「んん……ッ!?」 
のけぞるように口の中のものを解放すると慌てて相手の名を呼んだ。 
「……っ!っは……おい、アルミラッ!?」 
「なあに?レオン」 
答える瞳には悪戯っぽい光が見える。 
「おま……コタツ……あ、足……!」 
「うん?」 
どもりつつも真意を問おうとしたが、途中まで言いかけて彼女がまぎれもなく故意にやって 
いることを悟った。 
「足がなあに?」 
アルミラはしらばっくれているが、彼はとても落ち着いてはいられない。 
 
コタツというお互い外からは見えない場所で、アルミラの足が彼の下腹部を撫でさすって 
いたのだ。 
両足でしごくように動かされたら服の上からでも、全くその気がなくても反応してしまう。 
予想外の展開に、レオンは一気に緊張した。 
 
「足が?」 
重ねて問うてくるがレオンには答えられない。 
「っ……だから、足がよ……!」 
何もかも分かっていて挑発しているに違いない。 
 
 
★4 
今はフィール達が起きたら初詣に行こうというときであまり時間がない。それを一体どういう 
つもりなのかと苛立たしく思いながらコタツからそろ、そろと後ずさった。 
 
彼女の足も途中までレオンを追いかけたが届かなくなったのだろう。一瞬目を細めると暖気の 
名残を惜しむことなくさっとコタツから立ち上がった。コタツをぐるりと迂回し、足首まで 
ある長いスカートもものともせずに、ぽかんと自分を見ていた男をまたいだ。 
「アルミラ?おい?……っと……!」 
男の目はますます丸くなる。 
アルミラの動作のあまりの勢いに、のけぞり過ぎて後ろに倒れ込んでしまった。 
いくら豪胆な彼でもいきなり自分の上で仁王立ちされれば仕方がないかも知れない。 
 
「お、おい」 
ようやく声をかけるとアルミラはすっと腰を落とした。 
レオンの体はまだ膝から下がコタツの中に残されている。彼女は男の足の付け根あたりに 
座るとその顔を覗き込んだ。 
よく見ると彼女は平らではない座り心地にわずかに体を浮かせている。 
「こんなにすぐ反応して。レオンってば本当に可愛いわね」 
「……!」 
上半身を回してコタツを振り返りチョコレートを手に取った。鼻歌でも歌いだしそうな 
明るさで彼女はそれを口にした。 
「ん、美味しいわ。レオンも食べたい?」 
アルミラの行動にため息しか出てこないのか、彼は深く嘆息して首を横に振った。 
「いいや」 
「じゃあ違う物でも食べる?」 
そう言って片目をつぶってみせる。 
「違う物ってなんだよ……」 
「ふふっ。分かってるくせに。知らない振りするなんて見栄っ張りね」 
ちょんとレオンの鼻を突っつくと下半身を擦りつけるように腰を前後させた。 
下敷きになっている男は思わず目をつぶる。 
「ねえレオン……欲しくないの?」 
 
「……すぐ出かけんだろ」 
眉をひそめてアルミラを見上げる。すぐに乗ってこないないあたり、彼にしては耐えている 
方だ。 
「まだ時間はあるわ」 
腰を浮かせてレオンの下ばきをわずかにずり下げると、すでに硬くなったものが顔をのぞか 
せる。アルミラはひそやかな笑みを浮かべた。 
「ね、ほら……」 
膝立ちのまま彼の手を取ると、幾重にも薄い生地の重なるスカートをくぐり自身の大腿に 
もっていった。男が逆らわないのを確認し手を離すと捲り上げた生地が裏地に滑って流れ 
落ちる。ちら、と一瞬だけのぞいたアルミラの白い大腿は再び見えなくなった。 
「手際よくすれば問題はないと思わない?」 
 
楽しそうに言う彼女に、レオンはついに我慢が出来なくなった。 
「おい……」 
「なあに?怖い顔して」 
「いい加減、その言葉遣い止めろよ。俺と二人ん時は普通にしてろ。俺だってそうしてん 
だろ?」 
舌打ちをして、本気で嫌がっているらしい。 
「大体何なんだよ」 
「うん?」 
「なんで下に何も着けてねえんだよ!」 
目に見えずとも撫でただけで肌のきめ細かさが分かる。腿から臀部へと向かって行った掌を 
一旦離すと、レオンはぺちんとそこを引っぱたいた。 
「ふ……細かい奴だな。今脱いだに決まってるだろう。乗っかるのに邪魔だからな」 
さっきの今で言葉遣いががらりと変わってる。 
男のような口調にもレオンはこの方が落ち着くらしく、寝転がったまま器用に肩をすくめた。 
 
 
★5 
「そっちのがよっぽどお前らしいや」 
「お前はこちらの言葉遣いのほうが慣れてるからな……っ、ん、レオン……」 
「……んだよ、人のこと勃ってるとか言っといて、自分こそぐしょぐしょじゃねえか」 
茂みが濡れそぼっているのにレオンがからかった。 
 
指先に絡まる繊毛をかき分けて入り口にたどりつく。熱く彼女の体温を伝える膣内は最前から 
男を待っていたようで、動かせば動かしただけ愛液のまとわりつく手は、そのたびアルミラの 
腰を震わせた。 
露出しているのはお互い局部だけだ。しかもそれすらアルミラの衣服に隠れて直接は見えない。 
肉芽を濡れた手でしごき捏ねれば、上からは嬌声になりきれないと息がもれ聞こえた。 
レオンは空いている手で大腿を撫で臀部を撫で腰を撫でた。そしてそのまま彼女を引き寄せた。 
「あ、ん……っ……待って……」 
 
アルミラは男の力に逆らって、その厚い胸板に手を置き体を支えた。前のめりの姿勢で剛直に 
空いた手を添える。レオンとの隙間を埋めるようじりじりと体を沈めた。 
「……っ」 
レオンも瞬間息を詰めたが、彼女はそのまま身を伏せ男の唇に自身のそれを重ねた。 
押しつけられる肉感的な体にレオンは口付けの合間に荒く息をつく。元々積極的なのか 
アルミラは彼の行動を待たずに舌を差し込んだ。くちゅりと唾液の絡まる音を響かせながら、 
舌に噛みつき口腔の内部をなぞった。 
「っふ……レオン……っ、ちゅ……あぁんっ……」 
レオンの顔を両手につかまえて浅く深く腰を動かす。男が合わせて動こうとしたが、彼女は 
首を振って私が動くから、と切れ切れに言った。 
徐々に高まってゆく快楽への集中力に、レオンは胸元の手をつかまえて彼女の動きを支えた。 
 
と、その時廊下の方で物音がした。 
ぎくりと居間にいる二人は動きを止める。高まった感覚の冴えは外にも向けられており、 
いつもなら聞き逃すような小さな音にもこの時の彼等は気が付いた。 
大きくなる心音に気付かない振りをして部屋の入り口を見据えると、少ししてドアが開いた。 
 
「ふあぁ……ごめんよ、二人とも。一応目覚ましをかけておいたんだけど、ちょっと寝すぎ 
ちゃったかな」 
 
フィールは大きく欠伸をしながら居間に入ってきた。 
柱時計に目をやってもう一度時刻の確認をするとばつが悪そうに笑った。 
「……ドロシーを起こしてくるから待っててくれる?」 
レオンを体内に咥え込んだままの姿勢で、だがアルミラはどこまでも冷静だった。 
「ええ。でも急がなくてもいいわよ。私達も支度がまだ出来てないから」 
ようやくフィールは二人の体勢にけげんそうな表情になった。しかし直前までそこに漂って 
いたいかがわしい雰囲気には気が付かないらしい。 
「そんな格好で何をしてたの?」 
「あん?」 
当然の質問だろう。 
一人は仰向けに。もう一人はその上に馬乗りになっている。これが子供達なら喧嘩をしていた 
とでも思ったかもしれないが、二人は大人だ。しかも険悪な雰囲気でもない。 
 
何と答えるべきかと一瞬詰まったレオンに、アルミラが覆いかぶせるように言った。 
「レオンったらこのチョコの美味しさが分からない、なんて言うんですもの。無理矢理に 
食べさせていたの」 
「ふぅん……?アルミラ甘いもの好きだからなあ……でもあんまりレオンの嫌がることしたら 
駄目だよ」 
性格を考えれば、彼女はそんな強引な真似はしないと断言してもいいほどだ。しかし本人が 
平然と言うものだから、フィールは素直に頷いた。とはいえ微妙な表情を見ればすっかり 
納得したとは言えないと分かる。 
アルミラはそこまで見てとって、それでも聞き分け良く返事をした。 
「分かってるわ」 
 
「〜〜〜っ!」 
なお首を傾げる少年の後ろ姿を見送って、レオンがうめいた。 
★6 
このままの状態で置いておかれるのはつらい。初詣に行く都合もある。なによりさっさと 
昂ったものを吐きだしてしまいたかったのだ。 
「おい、アルミラ!さっさと――」 
「終いだ、レオン」 
「あぁ!?」 
 
アルミラは短く告げると乱れた裾を捌いてさっさと男の上から立ち上がった。 
レオンも慌てて体を起こす。彼の一部はいまだ天を仰いでいた。 
「これどうすんだよ」 
自分の股間を指し示して彼女の責任を追及するも、アルミラはつれなかった。ちらりとそこに 
目をやってなおも突き放す。 
「トイレにでもいって適当に処理して来い」 
「て……!?おま、ちょ……あのなあ!ここまでしておいてそりゃねえだろ!?」 
男の剣幕にアルミラはしっ、と口元で人差し指を立てた。 
「夜中だぞ、大声を出すな。――仕方がないだろう。いくら私でもだ、さすがに二人がいつ 
入って来るか分からん状態でさあ続けようとは言えん。それにお前は文句を言うが、こっち 
だって中途半端な状態なんだぞ」 
そう言って足元をもぞもぞさせた。 
 
「ちぇー……なんだよ……」 
レオンは億劫そうに立ち上がると衣服を整えドアに向かった。 
「まさかこんなところで中断されるたあ思わなかったぜ……いてっ!」 
「男がいつまでもぐずぐずと――二人に気付かれるなよ?」 
「そんなドジ踏むかよ……意外と乱暴者だよな、お前」 
叩かれた頭を撫で、これ以上言うことはないとドアノブに手をかける。 
と、そこにアルミラの手が重なった。 
 
ふう、と耳元に息を吹きかけられ、レオンはくすぐったそうに体を縮めた。並ぶと丁度良い 
身長差の二人、アルミラは男の背中に豊かな胸を押しつける。 
背中に感じる魅惑的な弾力にも、だが男の口からはげんなりした声しか出てこなかった。 
相手を責めるような口調になったのは、彼の気持ちを考えれば仕方のないことだろう。 
「あのなあ……寸止めしたり挑発したり……この上一体俺をどうしたいんだよ!」 
「帰ったら続きをするぞ」 
「なに?」 
吠えるように振り返り、しかし次の言葉に眉をわずかに動かす。レオンの目が鋭く光った。 
「姫始め、だ。知っているだろう?」 
「……」 
「一年の計は元旦にありと言うし、一年の始めがよければいいだろう?」 
ちょっと意味がおかしい気がするし誤魔化されたような気もするが、続きをしようと言われて 
怒る男はいない。 
つながりを解いてからこっち、ずっとしかめっ面だった男の顔が緩んだ。 
彼女から他意は感じられない。居間のドアを背に立つとアルミラの腰を抱き寄せた。そして 
念を入れる。 
「今度は中断はなしだぞ」 
「そうは言うがな、今のことだって私の本意ではないのだぞ」 
「わぁーかった!もう言わねえよ。お楽しみは後にとっとけってな」 
「やれやれ……やっと機嫌が直ったか」 
仕方のない奴だとアルミラが笑う。だがそこには相手への柔らかい感情が見え隠れしている。 
レオンはレオンで機嫌の直った自分が恥ずかしいらしい。 
照れ隠しにアルミラの肩を掴んで洋服掛けのほうへと押しやった。 
「ほら、さっさと上着持ってこいよ。そうと決まったら初詣、さっさと行ってこようぜ。俺は 
フィール達を呼んでくるから――」 
「こら……待て、待て!レオン、お前はその前に行くところがあるだろう」 
そのまま居間を出て行こうとする男を小さな手が引き止める。 
「行くところ?」 
オウム返しに言う彼に、アルミラは容赦なくこぶしを振り上げた。 
 
「トイレだ、ばかものっ!」 
 
★7 
「レオン、駄目だよ。こっちこっち」 
「ん?並ぶんだろ?どこに行くんだ?」 
 
 
日付が元旦となって数十分。歩いてすぐの小さな神社は沢山の人でごった返していた。 
いつもの閑散とした風景が嘘のようだ。社務所の前では大きく火がたかれている。そこには 
すでに参拝を済ませた人達が甘酒を手に友人、家族と談笑しながら暖をとっていた。深夜の 
刺すような寒さも、新年を迎えたというどこか心浮き立つような雰囲気に、人々は口々に 
『寒い』と言っているが、しかし表情は楽しそうだった。 
 
 
家を出て十分と経ってはいなかったが寒いのが苦手なのだろう。レオンはさっさとお参りを 
済ませようと一直線に行列の最後尾に並ぼうとした。 
しかし少年がそんな彼を引き止めた。 
 
手水舎を指してレオンの注意を引く。 
「お参りの前に手を洗わなきゃ」 
「手ぇ!?この寒いのにか?」 
フィールの発言にレオンが眉を上げた。この寒さにわざわざ冷水で手を洗うなんて、と思った 
のだろう。手水舎を見てもそんなことをしているのは作法にうるさいお年寄りくらいのものだ。 
「どうせ僕達年に一回くらいしか来ないんだからさ、お願い事する前くらいきちんとしようよ」 
「フィールの言うことにも一理あるわね。礼儀を重んじない無礼者と願い事に知らんぷり 
されたら困るもの。レオン、ここはちょっと我慢しましょ?」 
なおも嫌そうな顔をしている男の背をそこまで押していき、四人は柄杓を手に取った。 
板に大きく書いてある作法を斜め読みしてレオンが手を洗う。あたりに水が飛び散るような 
大雑把さだったが、彼の性格を知る三人はあらかじめ距離をとっていたため被害を免れた。 
 
それから改めて人ごみをかき分け列に並ぶ。 
本社に近づいて行くとドロシーがアルミラの手を引いた。 
「どうしたの?」 
「アルミラさん。お賽銭って沢山入れた方がご利益あるんでしょうか」 
するとレオンが横から口をはさんだ。 
「だよな。俺だって本当に願い事を叶えてくれるなら一万円札を投げ込んでもいいんだが……」 
願掛けをするすべての人の気持ちを代弁する。 
そうですよね、と笑う妹の頭をやさしく叩いて少年が諭すように言った。 
「お金をいくら入れる、なんてことよりそれに向かって努力することが大事なんじゃないかな」 
「そっかあ」 
納得したようなしない様なドロシーの手をアルミラがぎゅっと握りしめた。 
「まあお願い事が何にしろ、本気で願うことが大事なんだと思うわ。努力する、ってことを 
含めてね」 
 
 
そうこうしているうちに賽銭箱の前にたどりついた四人は、思い思いの願いを込めて賽銭を 
放った。そしてやはり作法に則って祈願すると後から後から押し寄せる人波を逃れ、早々に 
そこを離れた。 
お参りを済ませた人達が三々五々甘酒を配っているところに並ぶ。 
彼等も小さな紙コップを受け取るとたき火のほうへと向かった。 
火はかなり大きなものだったがすでに幾重にも人が周りを囲んでいて、それと感じるほど 
近寄ることは出来なかった。 
 
ところどころにあるかがり火が暗闇を払っている。破魔矢や熊手など、参拝客が投げ込む 
たびにそこからは火の粉が舞って上空に幻想的な模様を描いた。 
 
「ドロシーはどんな願い事をしたんだ?」 
甘酒から立ち上る湯気を嬉しそうに吹きながらレオンが笑いかけた。 
「えへへ……内緒です。アルミラさんは?」 
 
 
 
★8 
一体なにを願ったのか、恥ずかしそうにする少女にアルミラは少し考えた。 
「そうね……レオンは?一体どんなお願いをしたの?」 
「俺か?俺はまぁ……よ。フィールは?」 
二人とも言葉を濁して少年に話を振る。 
当の彼は少し照れくさそうに頭をかくと一言だけ答えた。 
「多分皆と一緒だと思うよ」 
 
その言葉に三人は同じ表情になった。少し目を丸くして、心当たりがあるとばかりににっこり 
と、あるいはにやりと笑った。 
「あれ、か」 
「だよなあ」 
四人はそれぞれの顔に視線を巡らせると辺りを憚ってか小声で言った。 
 
「秘密結社テオロギア!!」 
 
「やっぱり!」 
「これは外せないよな」 
ドロシーが笑えばレオンもうんうんと頷く。 
アルミラは微笑みを消すと真剣なまなざしになった。 
「奴等がいる限り、子供達とその家族に平和は戻らないものね」 
「うん……。家族にドロシーくらいの子がいる家の人は毎日気が気じゃないと思う」 
「だよね。私はお兄ちゃん達がオズレンジャーだって知ってるから――」 
「しっ!」 
ぽろっともらしてしまった妹にフィールが厳しい目を向ける。こんな人ごみの中、どこで誰が 
聞き耳を立てているのか分からないのだ。その名を安易に口にしないよう普段から言い聞か 
せていたのだが、彼女はまだ子供のせいか、勢いで話を出してしまったのだろう。 
「ご、ごめんなさいっ!」 
慌てて謝るも皆が怒ってはいないのを見て取ると、改めて口を開いた。 
「その……ね。私は皆のこと知ってるからね、前みたいに攫われて港に連れて行かれても 
大丈夫だって――変な人達に囲まれて、にらまれてたからすごく怖かったけど――信じて 
たから安心していられたの。でもその『正義の味方』が本当にいるのかすら分からない人達も 
いるでしょう?早くそういう人達も安心して暮らしていけるようになったらいいな、って……」 
話しているうちに声がだんだんと小さくなって、終いには三人とも体ごと耳を傾けて聞いて 
いた。 
ドロシーはそんな彼等をこわごわとうかがうような目つきになったが、これは自分の言い方 
では、三人に秘密結社テオロギアの責任をまるまるかぶせるような気がしたからだろう。 
 
そんな少女の思いを察したのか、レオンが大きな手でドロシーの頭をぽんぽんと叩いた。 
「あんまり大声で話されても困るが、あんまり小さな声だと俺達にも聞こえないぞ?」 
少し痛かったがそれでも力をセーブしたのだろう。そのまま頭を撫でる仕草にドロシーは彼が 
自分を慰めてくれているのだと知った。 
その気持ちが嬉しくてえへへと笑ってみせた。 
「任せておいて。今年こそ連中を一網打尽にしてみせるから!」 
アルミラが力強く請け負うと、フィールも握りこぶしで頷いた。 
「少しずつ連中の戦力を削ってきてるし、あとはもう雑魚と三神将が残るだけだ。時間は 
かからないよ!」 
「ああ。俺達に任せとけって!」 
ドロシーも慌てて手を上げる。 
「あの、あの……私にも出来ることがあったら何でも言ってね!おとりでもなんでもやるから!」 
まさかそんな危険なことを頼む気はさらさらない三人だったが、一生懸命な様子に、少女の肩を 
叩き頭を撫でて、口々に言った。 
「よし、じゃあその時はよろしく頼むよ。他の家の子には頼めないからね」 
「ああ。あんまり平気そうにしてたら怪しまれるからな、俺達が助けに行くまでちゃんと 
怖がってるんだぜ?」 
「私達が絶対に助けるから、お願いね」 
「うん!」 
 
 
 
★9 
「ただいまー」 
「ドロシー、フィール。お風呂はどうするの?体が冷えたでしょう、もう一度入る?」 
すでに入浴を済ませていた二人は顔を見合わせた。 
「うーん……私、このまま寝ます。こんなに夜更かしすること無いから、やっぱり眠たくって」 
ドロシーが恥ずかしそうに答えるとフィールも頭をかいた。 
「僕も。やっぱり普段から起きてないと駄目だね。まだお腹も一杯だし、余計に眠いよ」 
四人は上着を廊下の洋服掛けに掛けるとまっすぐ洗面所に向かった。順番に手を洗い、この 
時期のこと、アルミラの指導のもときちんとうがいまで済ませる。 
兄妹は就寝のあいさつをすると早々にそれぞれ自室へと引き上げて行った。 
 
 
居間に戻ったレオンはテレビの前にしゃがみこんで面白い番組を探しているのか、特番を 
次々に映している。 
アルミラが台所を片付けながら男に声をかけたが、テレビから流れる音声にまぎれて聞こえ 
なかったのか、彼女に聞き返した。 
「うん?なんだって?」 
台所からアルミラが腕まくりを直しつつ戻ってくる。 
「『お風呂は先に入る?』って言ったの。聞こえなかった?」 
「あぁ――……そうだな、体も冷えたしさっさと入るか。……アルミラは?お前が入るなら 
俺は後で構わないぜ?」 
「私こそ後でいいわ」 
「そっか?じゃお先に」 
 
レオンは脱衣所に入るとさっさよと脱衣かごに服を脱ぎ捨てた。かごから袖がはみ出して 
いたが構ったことではない。タオルだけを掴んで浴室に入る。 
こういうところからも性格がうかがえる。フィール達だったら脱いだ物でもきちんとかごに 
収めておくところだ。 
 
「う〜、さみ……」 
次にアルミラが入るということも知っていたし行儀の悪いことだと分かってはいたが、手足の 
冷えにたえられなかった。彼は二度三度申し訳程度にお湯をかぶると、体も洗わずにざんぶと 
湯船に飛び込んだ。 
熱い湯が全身にしびれをもたらす。 
ここで水を足してもよかったのだが、少し我慢すればこの熱さも心地よい温度に変わる。 
背中を焼くような感覚が収まるとレオンは大きく息をついた。 
「ふいー……」 
その表情を言葉に直すなら『極楽、極楽』というところだろう。 
体と同じだけ冷えた顔にも両手で何度もお湯をかけ、それでようやく人心地がついた。 
 
大きな湯船に背中を預けるよう沈み、お湯から出しているのは顎から上だけだ。 
いたずらに鼻の下まで沈んでぶくぶくとあぶくを吐き出していると外で物音が聞こえた。 
外と言うのはもちろん脱衣所だ。 
「……?」 
眉をひそめて湯気に曇った浴室のガラスを睨む。するとそこには確かに人影が見え、それで 
ようやく自分が鍵をかけていなかったことを思い出した。フィールやドロシーは眠っている 
はず。となるとそこにいる人物は一人しかいない。 
レオンは体ごと扉の方を向くと、その影に声をかけた。 
「アルミラか?」 
するとやや下を向いていた影が体を起こした。扉に近づいて輪郭がなんとなくだが見える 
ようになる。 
「そうよ」 
短く答えるも許可なくドアを開けるような真似はしない。 
 
レオンは相手を確認しただけで気がかりが無くなったらしい。タオルか何かをとりに来たの 
だろうと納得し、再び湯船に体を沈めた。その時だ。 
浴室のドアが開いた。 
「お邪魔するわね」 
「アルミラ!?」 
 
★10 
突然闖入してきた彼女にレオンが目をむいた。 
体にタオルを巻いているとはいえその下が全裸だというのには違いない。 
「お、おい!」 
慌てるレオンに構わず浴室の戸を閉めると、アルミラは彼の視線を受け止めたままさっと 
タオルをとった。それでははなからタオルなど巻かなくても良いようなものだが、一応の礼儀 
というものだろうか。 
一方レオンはそれどころではない。 
彼は視界に飛び込んできた曲線美に息をのんだ。 
レオンが彼女の裸を見るのはこれが初めてではない。しかし場所がいつもと違った。 
もうもうと立つ湯気の向こうには女性のわりに長身の体。洗い場に膝をつき、横を向いた 
首筋から背中のラインはほっそりとしているのに、反対側にある存在のなんと圧倒的なことか。 
彼女の特徴の一つであるその大きな果実は重力に負けることなく美しい形を保っている。 
反対に、腰には余分な肉は付いておらずきゅっと締まっていて、そこから続く下半身の輪郭を 
いっそう際立たせていた。 
 
アルミラはスポンジにボディソープをとると何度か握って泡を立て、丁寧に体を洗い始めた。 
レオンははそれをぼおっと眺めていたが蛇口をひねる音で我に返り、自分の視線に気付くと 
慌てて彼女に背を向けた。 
 
アルミラはそれをちらりと横目で見て小さく唇を上げる。 
「ねえ、レオン」 
「お、おう。なんだ」 
上ずった声に平静を装おうとして失敗したのが分かる。 
女の全裸を恥ずかしがるほど純情ではないはずだが、彼は浴室というシチュエーションに緊張 
しているのかもしれない。 
「さっき言っていたこと……今年こそ頑張らないといけないわね」 
「な、何の話だよ」 
「もう!テオロギアの話よ。もう忘れたの?」 
「あー!」 
 
背後からは水を掛ける音が時々聞こえるだけだ。 
洗い場に対して背を向けようとすると、どうしても窮屈な姿勢になってしまう。レオンは 
大きな浴槽の中で、しかしくつろぐという言葉とはほど遠い体育座りのような形で膝を抱えて 
いた。 
アルミラがさらに言葉を紡ぐ。 
「ほんと、今年こそ何とかしないといけないわね」 
「だな……あいつらも実力のわりローカルな組織だが、この辺りだけじゃなくニュースで 
子供が行方不明って聞くたびにどきっとするからな。今じゃどれくらいの範囲で活動してるか 
掴みきれなくなってきてるし。いや、かえって奴らの仕業のほうが、助かる率は高いのかも 
しれないが……」 
「『命が助かる』ってだけならね」 
 
小さな子供達だ。このご時世、一日行方が分からなければすわ事件かとすぐにも命の心配を 
しなくてはならない。 
だが、テオロギアに攫われたなら助けようがある。彼等の目的は殺害でも実験でもなく、 
子供たちを洗脳する事だからだ。アルミラが『命が』と強調したのもこの点によるものだろう。 
親にとって攫われた子供の命が助かる以上の喜びはないのだから。 
――洗脳された子供達を元通りの精神状態まで回復させることが出来るか、またそれは別の 
問題だが。 
 
テオロギアの悪事に対し彼等オズレンジャーは出来る限りの努力をしていたが、今まででも 
攫われた事実にさえ気付かず、助けられなかった子供がいた可能性はあった。それはわざわざ 
口に出さなくでも、オズレンジャーの正体を知る者すべての心にかかる不安だった。 
だが後ろ向きになるのは彼等の性に合わない。 
「全国展開されたらとてもじゃないが手がおっつかねえ。こっちはたった三人だからな」 
「そうね。小さな組織のうちに叩かなきゃ……これ以上の犠牲を出す前に」 
「よおし……!」 
レオンが顔をたたいて気合を入れなおす。ぱしゃんと顔に水がかかった。 
 
★11 
しばらくシャワーの音が続き、きゅっと栓を締める音がなった。 
「レオン、体は?」 
「ん?」 
「ちゃんと洗った?」 
まるで子供にするような質問だ。しかしレオンは答えない。 
アルミラはしらを切る男の顔を肩越しにのぞきこむと、こら、と耳を引っ張った。 
「悪かった!寒かったんだよ!ちゃんとお湯かぶってから入ったから勘弁してくれ!」 
「それは『ちゃんと』じゃないでしょ?まったくこれだから……」 
「あったまったら洗おうとは思ってたんだよ!」 
本当にそのつもりだったのだが、言い訳にしか聞こえない。 
しかしアルミラはその答えに満足そうに頷くと、早速体を洗うよう促した。 
レオンは躊躇した。それもそうだ。彼女がどいてくれなければ、こんな大きな体の者が二人も 
いられるほど、洗い場は広くはない。 
「お前、先にこっち入るか俺が先に出るからちょっと寄ってくれ」 
そう言って彼女が動くより先に壁に掛けてあったタオルを取り、前を隠して立ちあがった。 
言われた通り右側に寄っている彼女を極力見ないようにして湯から出る。 
「おい……早く入れよ。狭いだろ」 
明後日のほうを向いたまま湯船につかるようアルミラを急かした。 
 
彼女は首を横に振った。 
「折角だから背中を流してあげるわ」 
「え――?」 
思ってもみない一言にレオンが目を見開いた。驚く間にもアルミラが彼の後ろに椅子を据える。 
そうまでされてはいつまでもつっ立っていられない。こわごわ彼女の前に背を向けて座った。 
なにより後ろ姿を彼女の眼前に晒しているのが気まずかったのだろう。 
 
それにしてもレオンもいきなりの展開に頭の整理が追いつかない。眉を寄せ、知らず呟きを 
もらした。 
「一体どういうサービスだ……?」 
「何か言った?」 
「い、いや、なんでもねえ!」 
耳聡く聞き咎められぶるぶると首を振る。その頭に触れてくるものがあった。地肌にではなく 
毛先をつんと摘まんでは離している。 
「アルミラ?」 
「あなた、本当に癖っ毛ねえ」 
今さらのことを再確認しているらしい。レオンは髪をいじられながら器用に肩をすくめた。 
「そうだなぁ……ワックスとかつけりゃあいいんだろうけど面倒臭いしな。……この毛の 
お陰でお前に手櫛で直してもらったことないんだよな」 
「あらやだ、根に持ってたの?」 
「そう言うわけじゃねえけどよ……ま、ちっとな」 
根に持つというより構ってもらえるフィールが羨ましかったのだが、そんなこと言えるわけが 
ない。アルミラの言葉に適当に同意して頬をかいた。 
「仕方ないわねえ……じゃ、代わりに髪も洗ってあげる」 
「えっ」 
思わず後ろを振り返ると小さな手が薄金の頭をぐいぐい押してきた。 
「ほらほら、下を向いて」 
真下を向かされた彼の視界には、最早自身の太腿が映るばかり。彼女はそのままの勢いで 
伸びをし、レオンの向こうにあるシャワーを掴んだ。 
 
「ちゃんと目を閉じててね?」 
言うやハンドルをひねった。 
レオンの頭を左手で揉みながら、まんべんなくお湯をかけてゆく。それからシャワーを彼に 
持たせると、男の横から身を乗り出し鏡の下にあるボトルからシャンプーを手に取った。 
ここでもやはりレオンは顔を横に向けている。 
アルミラは両手に液体をなじませるとレオンの髪に差し込んだ。 
「レオン、目に滲みたら困るから手で顔を覆っていたら?」 
「おいっ!」 
 
 
★12 
男は反射的に声を上げた。こんな風に言われては笑い声しか出てこない。 
「ったく……子供じゃねえんだぞ」 
一体どんな扱いだと問い詰めたくなったが、やはりからかわれているのかも知れない。 
 
いつも少年の寝癖を直しているのと関係はあるのか、アルミラの手は頭皮の上をとても気持ち 
よく動き、あまりの心地よさにぼうっとしていたレオンは、彼女が何か言ったのを聞き取る 
ことが出来なかった。 
「……して」 
「ん……ん?うん?なんだって?」 
「もう!それ貸してちょうだいって言ったの。聞いてなかったの?」 
半ば呆けた頭のまま聞き返すと背中にやわらかな感触があたる。 
彼はシャワーヘッドを膝のあたりに持っていた。それを奪いとるだけのほんのわずかな時間 
だったが、あたたまった背中に密着する女性の象徴は目に見えなくてもかなりの存在感だった。 
彼女の体はすでに冷め始めているのか、のしかかってくるものの先端が立ち上がってるのが 
分かった。 
 
あっという間の出来事だったがレオンの中の雄をかき立てるには十分だった。 
これでは目をそらしていても意味がない。正直な反応を示そうとする体に対し、いよいよ目を 
きつく瞑って冷静になれ、落ち着けと自己暗示をするのがやっとだった。 
頭の中に梵鐘を思い描いていると頭の上から少し熱めのお湯を掛けられた。小さな手が、泡が 
落ちるよう髪をわしわしかき回しながらシャンプーを洗い流している。 
ざーざーという音にまぎれて呟くのが聞こえた。 
「コンディショナーとトリートメント、どっちがいいかしら……」 
男が動揺していることに気付いていないらしい、彼の髪について真剣に考えている声だ。 
 
コンディショナーかトリートメントか知らないが、そのどちらかを付けてまた髪をかき回して 
いるアルミラにレオンは衝動と理性に挟まれて苛立ちすら感じ始めた。 
彼女は数時間前『家に帰ったら』と言っていたが――確かにすでに家の中だし浴室内に 
二人きりという状況だが――さすがにここでしようとは言えない。互いの寝室ならともかく、 
今のように浴室であったりトイレであったり先ほどのように居間であったりというのは、本来 
彼にとっては行為に及ぶのにふさわしくない場所なのだ。 
家族が共有する場所で、というのに抵抗があるといってもいい。たとえ一度は流されそうに 
なったとはいえ、この状況で理性を置き去りにするのは気が進まない。わざわざ挑発する 
ような態度をとる彼女には舌打ちを我慢できなかった。 
「レオン?タオル巻くわよ?」 
「ちっ……いいよ、そんなもん」 
「あら、しっとりさせておけば、寝癖も直るかもしれないわよ?」 
「だから……寝癖じゃなくて癖っ毛なんだって何回言えば……!」 
癖っ毛と言いきってしまうと彼女による手櫛の恩恵も受けられなくなるのだが(実際受けた 
ことはないのだが)、そんな判断もつかないほどレオンはキリキリしていた。 
 
浴室は声が響く。深夜だから余計にだ。自然と二人の声は小さなものになっていたが、つい 
レオンは声を荒げてしまった。 
アルミラは肩をすくめる。 
「わかったわ。それじゃちゃっちゃと体を洗うから、そしたらもう少しお湯に浸かりましょ」 
言うが早いかレオンが目をつぶる前に頭にシャワーを浴びせかけた。髪を保護したり補修 
したりするその何かをすっかり洗い流して次を要求する。 
「レオン。――スポンジとってくれる?」 
レオンは正面の棚からスポンジをとりボディーソープを付けると彼女には渡さず、そのまま 
自身の体を洗い始めた。 
「レオン?」 
「届く範囲は自分でやるから背中だけ頼む」 
両腕を、脚をそして胸から腹にかけてもごしごしやって、それからようやく後ろの相手に 
手渡した。 
「頼む」 
「はいはい」 
 
 
 
★13 
力が無いせいか、それとももともと力を抜いて洗うのが習いになっているのか。アルミラの 
スポンジの使い方は彼に言わせればくすぐっているようなやさしさだった。 
背中をニ、三度往復しただけでレオンはアルミラを振り返った。 
「もうちっと強くこすってくれても構わねえぜ」 
「そんなこと言うけど、力を入れればいいってものでもないのよ」 
背中を滑るスポンジが徐々に下がってくる。 
「ぷっ……くっく……」 
腰を通り過ぎ、臀部にいたるとレオンは笑い声をもらした。 
薄気味悪い反応にアルミラの手が止まる。 
「レオン?」 
「く、くすぐってえっ!頼むからもうちっと力入れてくれ!そんな弱々しく撫でられたら 
くすぐったくてたまんねえよ!」 
もじもじと背中をくねらせる。男がするにはこれもまた薄気味の悪い仕草だ。 
 
アルミラは答えなかった。 
右手に持ったスポンジを押しあてたまま脇腹へと動かす。すると男はいよいよ耐えられなく 
なったのか、体を折って笑いだした。 
レオンはスポンジを奪おうとしたが、彼女の手はそれを上手によけさらに移動した。腰の 
向こう、ちょうど下腹部のあたりだ。 
 
あっと思った時には彼女の手にスポンジはなく、代わりのものに手を添えていた。 
「――!」 
レオンは一瞬で笑いを納め、逃げるように体を浮かせた。しかし急所を抑えられては立ち 
上がることなど出来はしない。 
焦りとともに自分の弱点をつかんで離さない彼女の腕をとった。 
「おい、アルミ――」 
「レオン」 
すでに背後の相手は体全体でのしかかってきている。 
アルミラは逃げられないようにか右手は大事な部分を抑えたまま、左手も男の腰に回した。 
「私にどこまでやらせるつもりだ?……っと、違った。やらせるの、だったわ」 
口調が素に戻ってしまい言い直す。 
ほっそりした指先が男のものの先端をさする。と、同時にレオンの背中にいよいよ豊満な体を 
すりつけた。途端、掌の中のものが硬くなる。 
彼女はあまりに素直な反応にため息をついた。 
「こんなにすぐ硬くなるのにどうして我慢するの?」 
 
レオンはがっくりと頭を落とした。 
つまりなにもかもわざとだったのだ。 
人の入浴中に入ってくるという行動を見れば目的は明らかだと誰もが言っただろう。しかし 
彼にはその判断が付けられなかった。むしろ親しくない女だったら『そういう雰囲気に持って 
いこうとしている』と気付いたはずなのだが相手はアルミラだ。時々読めなくなる彼女の 
行動をそのまま素直に受け取るのは危険だった。 
それにしてもと、彼は思う。 
そういうことなら最初からほのめかしておいてくれれば良かったのだ。いや、もしかして 
前振りをしたら断られるとレオンのポリシーを考えた上での行動だったのかも知れないが、 
いきなりのことだったから動転して思春期の少年でもない、見ないよう触らないよう気を 
遣ったというのに。 
先ほどの途中放棄といい今といい、構って楽しんでるのかと責めてもいい気がした。 
 
鏡越しの表情で何か感じ取ったのか、アルミラは男の太い首筋に頬を押しつけると文句を 
言った。 
「その顔……さっきのこと、まだ怒ってるの?言ったじゃない。私だって凄くいいところ 
だったのよ?それでもあの時私には中断する以外の選択肢はなかったの。だからその分までと 
思ってこんなところまで来たのに、あなたは知らんぷりだし……こっちの方が言いたいわ。 
ねえレオン、どういうつもり?私としたいの?したくないの?」 
「〜〜〜」 
あまりに直接的な質問に、レオンは言葉を詰まらせた。 
 
 
★14 
湯に浸かっていた彼とは違いすぐ冷めてしまったのだろう。背中に密着するアルミラの体は 
彼の火照った体を心地よく冷ました。 
「ねえってば」 
不満げな声が男の回答を急かす。 
レオンは肩口にある顔に手を伸ばすとぎゅうと唇をつまんだ。 
「分かってるくせに聞いてくる意地の悪い口はこれか?」 
「んっぐ、んんッ……!」 
「おまけに俺がこういうところでするの好きじゃないって知ってるくせに。どういうつもりだ」 
「ぷあっ……!なにするのよ」 
「聞いてんのはこっちだろ?」 
離した指でおでこを弾いてやる。 
「いたっ」 
アルミラは子供のように頬を膨らませた。大して痛くもないだろうが大げさに額を撫でている。 
「もう……私のほうが先なのに……」 
ぶつぶつ言ったが彼女は大人しく理由を述べた。 
 
曰く『たまには違うシチュエーションでしたかった』ということらしい。 
あまりに自由な発想に、レオンからは苛立ちを通り過ぎ笑いしか出てこなかった。涙の滲む 
目をこすりアルミラに自分の背から離れるよう言った。 
「俺はな、ここじゃ嫌だっつっても一回始めちまえばそんなことどうでもよくなるんだよ。 
人が来ようがどうしようが構ったことじゃなくなる。でもよ、俺達はフィールやドロシーと 
共同生活をしてるんだ。だからお互いのためにもそんなところ、見たり見られたりっていう 
状況を避けてえんだよ」 
前にも言っただろ、と続ける男にアルミラは不満げな表情を見せる。 
「脱衣所の鍵はかかってるわ。二人ももう寝てるし。……それでも?」 
いつもはフィール達の良き保護者として人に意見を押しつけたり我儘を言ったりすることの 
ないアルミラだが、時々こうして駄々をこねることがある。だがそれはレオンと二人きりの 
時だけだ。レオンもそれを分かっているから叶うときにはつきあってやるのだが。 
 
彼は顔を前に戻してシャワーのハンドルを最大まで回した。体にはじいた水の粒がぱらぱらと 
アルミラの体にかかる。 
「風邪引くぞ。早く風呂浸かれよ」 
「……もう……」 
レオンから離れると桶で軽く湯を浴びて、大人しく湯船に脚を入れた。 
「んっ……」 
彼女が体を洗ってから大分経つ。冷めた体に湯は一気に沈めないくらい熱かったようで、胸を 
両腕で抱きしめるようにしてそろそろと肩まで沈んだ。 
思わず息をつくと横から笑い声が降ってきた。 
「『ふぅー』ってなんだよ。ばあさんか、お前は」 
「失礼ねえ。あなただってこういうときは『はあー』とか言うでしょ?」 
「まあな」 
あっさり頷くとまたもしっしっと手を振る。 
「俺も入るから寄れよ」 
「はいはい」 
アルミラと向かい合うようにしてレオンも湯船に身を沈めた。 
大柄な二人が同時に浸かったせいで湯がざあざあと流れ出す 
レオンは律儀に前を隠していたが、アルミラの脚が伸びて器用にタオルを引っぱった。 
 
「おい……止せっての」 
「どうして?」 
しゃあしゃあと答える彼女にレオンははっとした。一般的にこういう状況で裸を隠すのは 
女のほうだと気付いたのだ。 
「つーか隠すのはお前のほうだろ!?丸出し過ぎるんだよ!隠せ!!」 
しかしアルミラは恥じらう気配もない。上半身は湯船にゆったりと寄りかかり両手のひらは 
底についている。折り曲げた脚の隙間からは本来真っ先に隠すべきところがのぞき、水面に 
揺らいで影を映した。 
 
 
 
★15 
彼女はよほどしっかり足指でタオルを掴んでいるらしく、二、三度引いてもタオルを完全に 
取り戻す事は出来なかった。 
彼女の気を逸らそうというのか、レオンは指先で正面のお湯を弾き、空いている方の手で 
しっかりとタオルを掴んだ。しかしアルミラは今度はタイミングを合わせて力を抜き、 
タオルを引っ張る力に乗じて自身の脚先をレオンの体に密着させた。 
「……!?」 
彼の下半身は先ほどアルミラに指摘されてから落ち着いている暇もない。魅力的な胸を押し 
つけたり見せびらかすような真似をされては萎える余裕もなかったのだろう。見ないように 
との努力もむなしくその存在を主張していた。 
「ちょ……おいっ!」 
アルミラは確かな感触に、にいと口角を上げた。 
「ふぅん?止めろって言う割には……ね」 
足指を器用に動かしてやわやわとタオル越しに先端を扱く。上目遣いにレオンの反応を見ると 
頬がさっと赤くなっている。湯に浸かった為の反応でないのは確かだ。 
「ふふ」 
アルミラはその反応に気をよくしてさらに指を根元へと動かした。 
親指と人差し指の間にそれを挟むようにして上へ上へとすりあげて行った。しかしかさ張った 
部分を乗り越えることは出来ず、今度は指先を揃えて男の先端をくるむように触った。 
 
たとえ布越しの、しかも足指による控えめな刺激であっても、性器を上へ下へと撫でられては 
平静ではいられない。それにもともとアルミラのせいで勃ってしまったものだ。 
レオンは自分の呼吸が荒くなったのを知って思わず唇をかんだ。 
 
彼女にも男の様子は良く分かっていた。風呂のせいだけではなく首筋まで朱が指したのを 
見逃しはしない。本能には勝てないのかレオンが抵抗しないのを良いことにアルミラは目を 
細めて悪戯を続けた。 
と、くんと伸ばした脚を掴まれる。 
あっと思った時には彼女の上体は湯の中へ滑り落ちていた。 
 
「っ……げほ、げほっ……ちょっと、急になにするの?酷いわ!」 
縁に手をかけて慌てて湯から顔を出す。 
湯船の上に引っ張り上げられた足首はすでに解放されていて、体を起こすのに何の障害も 
なかった。 
アルミラが非難すればレオンも忌々しげな顔で答える。 
「こっちの台詞だ。人の話聞いてるのかよ。さっきから止せって言ってんだろうが……寝室 
以外でするのは俺のポリシーに反するんだって何回言やあいいんだ」 
アルミラは唇を尖らせた。 
「居間でしたときはその気だった癖に?」 
「ぐっ……!」 
レオンは言葉を詰まらせた。 
『それを言われると弱い』 
そんな顔だ。 
「好きな女に仕掛けられて立たなきゃ男じゃねえよ」 
言い終わった後に舌打ちをするのは余計なことを言ったと思ったからだろうか。 
「あなたって時々そういうことを言うの……」 
アルミラはレオンの目の前に身を乗り出した。彼の脚の間に自身を、厚みのある胸に手を置く。 
「ね」 
「あん?」 
「そんな風に言われたら押し倒したくもなるわ。女にだって性欲があるの、知ってるでしょう?」 
しかめっ面の男にアルミラは顔を寄せた。 
「ん……」 
 
台詞とちぐはぐな触れるだけの口付けを重ねる。顔を上げると男は体ごとため息をついた。 
「……その喋り方、何とかなんねえのかよ」 
アルミラは眉を上げた。 
 
 
 
 
★16 
「もう、それこそ何回言わせれば分かるの?私達は人間ではないのよ。人々の中に溶け込む 
こと、それがここで過ごす上での目標でしょう?本来の私の話し方は人間の間では奇異に 
映るわ。いざというときにボロが出たら困るから――だから普段から、あなたと二人きりの 
時すら気を付けているのに」 
「そんなの個性だろ」 
「そうもいかないの。なんにしろ目立つのは避けられないわ。近所で有名になっちゃう。ね? 
それじゃ困るのよ」 
困った人ねえと薄金の髪を撫でる。 
彼女の容姿では別の意味ですでに十分目立っていると思ったが、レオンはそれは言わないで 
おいた。 
「それだけ気を付けていても、つい出しちゃうこともあるけど……本当はさっきみたいな 
ことも無いようにしないといけないわ」 
駄目よね、とアルミラは困ったように微笑んだ。 
「それにしてもレオン、あなたこだわるわね……そんなに元の話し方がいいの?」 
「そりゃあな。気取った話し方は好きじゃねえんだ。何より……」 
自分と二人きりのときくらいは本当の姿を見せて欲しい。 
さすがに恥ずかしすぎてそれは言えなかったらしい。ふいと横を向いてしまった。 
 
ぼかした続きを察したのか。アルミラはレオンの顔をつかむと強引に自分のほうを向かせた。 
男は眉を寄せている。 
普段は良い兄貴分であろうと、大人であろうとする男が拗ねているのが分かって、彼女は 
とても嬉しくなった。 
 
何の事はない。 
彼女もレオンに対して、自分の前では本来の自分を出していて欲しかったのだ。 
「だったらあなたが暴いて。本当の、私を……」 
じっと自分を見る男の唇を細い指が辿る。 
いつも強がりしか出てこない意地っ張りな口だ。それでも時々はこうして気持ちを語って 
くれることもある。 
アルミラは顔をほころばせた。 
「装っていられなくなる、くらいに……っ、ん……ちゅ……」 
手を顎の下へと滑らせ上向かせると貪るように口付けた。 
 
 
「あ、んっ!」 
突き出された臀部に腰を打ち付けると、彼女の口からは小さな声が漏れた。体は大きく揺れ、 
下を向いた乳房が前後に振れる。 
浴室暖房が付いていて幸いと言うか、真冬に濡れた体で抱き合っていても寒さで萎えるような 
ことはなかった。 
「結局こうなんのか……」 
「なに……?」 
「いや」 
短く答えて、レオンは一瞬止まった動きを再開させた。 
 
ほとんど寄りかかるようにして壁に手をついている彼女を、レオンはいっそう強く貫いた。 
張りのあるヒップが脚の付け根に当たる。その弾力の心地よさは、うっとりと目を閉じて 
しまいそうなほどだった。傍目にどれだけ間抜け面だろうと自分でも思うのか、目を細める 
のにとどめてはいるが。 
 
レオンはアルミラの背中を眺めながらするのが好きだった。 
この姿勢では口付けることも出来ないし胸に手を回すのだって向かい合っている時ほど 
楽ではない。それでもこの体位をねだるのは出し入れする度に当たる下半身の感触を好んだ 
からだ。 
臀部から大腿にかけてのむっちりとした肉付きの良さ。硬すぎず柔らかすぎない彼女の体は 
レオンの剛直を咥え込む部分とはまた別の心地よさで彼を受け止めた。 
「ぅ、ん……っ、あ……はぁ……ッ」 
レオンは緩急をつけて腰を動かしていたが、アルミラのと息に余裕が見えてきた。 
 
 
★17 
こういう時くらい乱れた姿を見ていたいというのは抱き合う相手として当然の欲求だろう。 
彼は自身を引き抜き先端でアルミラの入り口をなぶった。そしてひと際強く愛液の溢れる 
場所をさし貫いた。 
「――!」 
強く押しつけられたからか、それとも自身の中を駆けあがってくる波に流されそうなのか、 
アルミラの背が弓なりに反った。 
どう力を入れたのか後ろの男は身動きしていないのに、中を犯しているものが膣内を押し 
あげてくる。 
「あっ……うそ、レオン……!」 
体内を動くものに緊張してアルミラは肩を縮こまらせた。 
そんな彼女をリラックスさせようとレオンは一度動きを止め、アルミラの背に覆いかぶさる 
ようにして首筋に唇を落とした。ちゅ、と触れては上へ動きまた口付ける。耳朶に及ぶと 
唾液をたっぷり絡ませながら甘噛みし、ねぶった。舌を中へ差し込むに至っては彼女の中に 
大きく音が響いただろう。 
 
「は……!」 
耳穴を攻められアルミラの体が弾けるように揺れた。 
ねちねちと動く舌が余程気持ち良いのか、自由にならない体をくねらせ、男が焦るほど締め 
付けてくる。 
「くっ」 
レオンは顔を上げ、たまらず腰を動かした。 
ここにきて足元に張った湯の温かさを感じている余裕はなくなっている。 
これ以上はたえられなかった。 
「アルミラ……ッ!」 
「んっ……ぁ……ふ、ぁ、あ――!」 
 
快感の境界線上にいた二人の体は一気に絶頂へと上り詰めた。 
レオンはさんざんに焦らされた思いをそのままアルミラの中にぶちまけた。射精した瞬間の 
震えるような気持ちよさが完全に去るまで彼女の腰を離さなかった。 
 
「アルミラ……」 
男がそっと腰を引くとアルミラはそのまま湯の中に座り込んだ。彼に背を向けたまま顔を 
覆ってしまう。 
レオンは焦った。自分がなにか失敗したのかと思ったのだ。 
「お、おい。どうしたんだよ」 
しゃがみこみ肩に手を置くと、彼女は右肩越しにレオンを振り返った。 
「――泣いてんのか!?どっか痛くしたのか?」 
瞳が潤んでいるどころではない。 
ぽろぽろと何本も滴を垂らしているのにぎょっとしてレオンが宥めるように言った。 
後ろから強く突きすぎて頭を壁にぶつけでもしたのだろうか。 
そんなことを思いながら目元を拭ってやるとアルミラは違うと首を振った。 
「なんだか……いつもより、凄く気持ちが良かったの。だから……」 
「なんだそりゃ」 
眼帯をしている方からも涙がこぼれていて、レオンは壁にかけてある乾いたタオルをとって 
滴を吸い取ってやった。 
「まあ……物足りないって言われるよかいいけどよ……あんまりびっくりさせんなよな」 
「ごめんなさい……」 
男のひと安心、という顔にアルミラも微笑み返す。湯の中で体を百八十度回して、再び男と 
向かい合った。 
「あなたは?気持ち良かった?」 
「俺?」 
尋ねられ眉を上げる。 
 
相手が達した事は分っていても、いつもと違ったのかどうか、どのくらい良かったのか興味が 
あるのだ。それを言葉にして欲しいと思うのは決して彼女の我儘ではないだろう。レオンにも 
そういう気持ちは少なからずあったのだから。しかしそこで素直に答えられないのが彼の 
困ったところだ。 
思案しているのか口元を数回動かして、それでもやはりはっきりした事は答えなかった。 
 
★18 
「俺はいつもどおりだぜ」 
「なあに、それ」 
アルミラは呆れ顔を隠さなかった。 
もう涙などすっかり乾いている。 
「女が聞きたがってる時はちゃんと答えないと、そのうち振られちゃうわよ」 
レオンはその台詞に目を見開くも、面白そうな表情をしてアルミラに顔を寄せた。 
彼女も目を細めて近付いてくる男を見つめている。 
唇の触れ合わないうちから舌と舌とが出会い、絡み合あった。 
「ぅうン……ん、は……はぁっ……」 
顔が離れもう一度見つめ合うと、レオンは彼女の腰にまわしていた手を滑らせ、茂みを越えて 
体内に指を這わせた。 
「なか、きれいにしてやるよ」 
言葉の通り、自身がアルミラの中に吐き出したものをかき出すように指を動かす。 
「ちゅ……ん、あ……駄目よ……お湯が汚れちゃう……」 
「そんなの今更だし、俺達が最後だ。構わねえだろ」 
初めは人差し指だけだったのが二本、三本と増え、精を取り除いているのか愛撫をしている 
のか分からないような状態になった。 
 
男は膝立ちになっている。 
「あ……んんっ……ね、レオン……ねえ」 
アルミラも一方的にされているだけではない。 
湯に透けて見えるあからさまな状態のものに手を伸ばした。両手で包むように握るとレオンの 
顎先に小さく口付けて、にっこりと笑った。 
「縁に腰かけてくれる?」 
 
レオンが言う通りにすると、アルミラは男の首に両腕を回した。 
浴槽と壁の間は洗面道具などを置けるようになっている。 
彼女は片足ずつレオンを跨ぐと両膝をそこについてレオンの上に位置をとった。そして相手の 
腕を自分の腰に持ってきた。 
レオンから見れば、少し視線を上げればしゃぶりつきたくなるような実が二つもぶら下がって 
いる状態だ。思わず喉を鳴らした。眼前に迫る巨乳に迫力の眺めだと思っていることだろう。 
アルミラはレオンの下腹のあたりを見ながら少しずつ腰を落としていった。そして真下の 
屹立したものにいまだ涸れぬ泉を擦りつけた。 
「入れてもいい?」 
「……」 
そこまでしてから許可を求めるのもおかしな話だ。 
レオンの方は先端をくすぐる粘膜の感触にうずき強引に彼女の体を引き寄せたかったが、 
今それをするのは彼女の意思に反するという事だけは分っていた。だが早く入れてくれとも 
言えず、口の端をひく、と引きつらせただけだった。 
どうしてかその奇妙な表情を是と受け取ったらしい。あるいは元々レオンの意思など訊く気が 
なかったのか。彼女は左手で位置だけ確認して、そっと立ち上がったものの上に自身を覆い 
かぶせていった。 
「あ……ん……っ」 
 
ぬぷ、とぬめりのある音とともにアルミラの秘所が男を呑み込んでいった。 
下腹部を押しつけるよう身動きすると繊毛がレオンを撫でる。しっかり根元まで繋がると、 
彼の口から短く息がもれた。 
「ふぅ……っ」 
アルミラはそんなレオンの耳元に顔を近付け、囁いた。 
「しっかり抱えててね?」 
「ん?ああ……」 
ぼうっとした声が返ってくる。 
傍から見るとまるきり抱っこの体勢だが、子供と違ってアルミラは相手に甘えるだけでは 
なかった。レオンの視線を釘づけにしていた豊乳を持ち上げて彼の目の前に据えてやった。 
「キスして?」 
それでも男のプライドを考えて間違っても甘えていいのよ、などとは言わない(たとえ彼が 
どんなに嬉しそうな顔で簡単に頷きそうであっても)。自分からねだる形でもちかける。 
上半身をさらに寄せたものだから、アルミラの手の動きに硬くなったままの乳首がレオンの 
喉をつ、と押し上げた。 
★19 
レオンはごく自然に左胸に口付けた。細腰を左手に任せて右手はやはりもう一方の果実へと 
持ってゆく。ちゅ、とやさしく挟むような口付けの合間にまんべんなく舌を這わせ、頂きに 
辿りつくと今度は容赦なく吸いついた。時折そっと歯を立ててはアルミラから悩ましげな 
ため息を引き出す。右手が意地悪く桃色の先端をつねると弾かれたように肩を縮こまらせ、 
ひねり上げ、押し込められるに至っては左胸への刺激と相まって徐々に息が荒くなるのが 
分かった。 
「んぅっ……ぁあ……は、あん……あ……」 
彼女はかすかに腰を上下させながら、もっとと催促するように胸を高く差し出してレオンの 
愛撫を受けた。 
浴室にぺちゃぺちゃと舐めまわす音が響くのも、彼女を昂揚させる一助になっているだろう。 
そういう意味では場所を選んだ甲斐があったということになる。 
 
男はいつまでも胸を弄って離さない。 
小さな左手が今度はレオンの頬に触れた。顎の下に滑って顔を揚げるよう促している。 
「ふぁ、……ちゅ……ン……」 
頭の裏に直接聞こえるねばついた口付けの音が、アルミラをさらなる快感へと追いやった。 
上下し、前後し、時に回すように動かしていた腰の動きがだんだんと激しくなってゆく。 
「っ!」 
レオンが息をつめたのに彼女は嬉しげに口角を上げた。しかし次の瞬間に余裕は吹き飛び、 
悲鳴にも似た声をもらした。 
「ぁ――?っ!ひ、あぁん!」 
アルミラの体が浮くのを狙って二人の間に手が滑り込んできたのだ。 
動きの止まった彼女に、節くれだった指で器用に陰核を刺激する。摘まんでは扱きやさしく 
撫で上げては小幅な動きで指先を振動させ、アルミラの口からもれる声をさらに濃艶なものに 
した。 
「……ん、ふ……っ、レオン、レオ……」 
「おう……?」 
「やだ……手、駄目、だめえ……!」 
男の手があるからゆるやかになったとはいえ、それでも腰の動きを止めないのは本能だろうか。 
「だめ……おねが……」 
 
弱く震える唇は誘うようで、レオンは堪らずそこを吸った。音が聞こえそうなほど絡ませて 
から離す。少し上下に揺すってやるとアルミラは弱々しく首を振った。切なげな目に涙が 
浮かんでいる。 
「動くな……自分、で……るから……っ」 
「――!」 
弱々しい懇願にレオンは動きを止めた。目を見開いたのは別の理由からだ。 
「……でも気持ちいいんだろ?」 
様子をうかがうような目つきでもう一度大きくアルミラを突き上げる。 
「ふあ……!お前、人の話をき……」 
「もっとなんか言ってくれよ」 
嬉しそうな顔でさらに体を揺する。 
「そんな……よ、ゆう……ん、はぁ……あるか……っ」 
「違いない」 
レオンは苦笑いをしてやっとアルミラの言葉に従った。 
 
今度はアルミラが腰を微妙にずらしながら上下動を繰り返した。 
『いいところ』を探っているのかもしれない。 
「あ……ン……ッ」 
レオンの体に腰を寄せるような動きになった。 
動くなと言われたがしかし、レオンは目の前に揺れるものを放っておいたりはしない。他に 
見たことがないほど大きな乳房に下から手を寄せると再びその先端にむしゃぶりついた。男の 
手にも掴みきれない果実を揉み上げながら甘噛みし、舌先でくすぐってやる。腰に回している 
左手も脇腹のあたりをくすぐって、アルミラの感度を高めるのに文字通り手を貸した。 
アルミラの声が切れ切れになってきた。すでにさざ波のような感覚が何度も訪れているの 
だろう。 
胸元が朱色に染まっている。 
 
 
★20 
「あっ……は……ぅふう……んっ……!!」 
「くっ――!」 
アルミラは体を男に押しつけるようにして昇りつめた瞬間の自身を支えた。 
同時にレオンも彼女の中に歓喜の証拠を放った。細い腰を抱え込み、吐き出したものを欠片も 
もらさぬようアルミラを引き寄せ結合部を密着させる。 
「アルミラ……」 
「ん……なんだ……」 
アルミラは息があがっている。レオンもだ。 
「なか、まだ締め付けてるぜ……もっかいか?」 
からかうような声にアルミラは肩をすくめた。 
「止せ、まったく……これ以上は体がもたん」 
体は名残を惜しんだらしいが(彼女も内心はそうだったのかもしれないが)、アルミラは体を 
持ち上げ結合を解くと、そろりと後ろに脚を下ろした。 
 
 
「よいしょ」 
アルミラは濡れて重たい髪を軽く絞って肩にかけると湯船を出た。 
「あがるのか?」 
「いいえ。髪を洗ってなかったから」 
 
彼女はまだきちんと湯に浸かっていなかったため、あの後改めて湯に浸かった。だが男の 
好みに合わせて湯温が高かったから、それほど経たないうちに立ちあがった。 
 
彼女は椅子を使わず直接洗い場にひざを着いて髪を洗い始めた。 
目の前の桶に湯を張りそこに長い長い桃色の髪を浸して毛先から丹念に洗っていく。頭皮まで 
たどり着くと、もう一度同じことを繰り返し、最後に何度かお湯を被って汚れを洗い流した。 
「手間だなあ」 
横で様子を見ていた男がしみじみと言った。 
「どおりで風呂に入ったが最後、一時間も二時間も出てこないわけだ。その上、顔を洗ったり 
なんか塗ったりするんだろ?」 
「化粧水なんかを塗るのはお風呂を出てからだけど……そうね、パックをしたりすることも 
あるし、やっぱり時間はかかるかしらね」 
「ひと仕事だな。そんなんじゃあ疲れをとるどころじゃないんじゃないか?」 
聞いていただけで面倒くさくなってしまったのだろう。他人事ながらうんざり、という顔を 
している。 
アルミラは悪戯っぽく微笑んだ。 
「そんなことはないわ。パックしている間はゆっくり浸かっていられるし、マッサージを 
してる間だって考え事をしたり出来るもの」 
「考え事するのも疲れをとるうちかよ?」 
いかにも彼女らしいと思っているのかレオンはそんなことを言った。 
「ええ。さっきみたいに運動するのに比べたらよっぽど休まるわ。あなただってそうでしょ?」 
「ちぇっ……」 
こんな風に冷やかされては肩をすくめるしかない。 
レオンは彼女の髪が毛先から泡だらけになっていくのを見ていた。が、半ばまで行かない 
うちに湯船から両腕を伸ばした。 
アルミラの手からずっしりと重たい髪の毛を取り上げる。 
「レオン?」 
彼女が驚いて顔を上げると、レオンはさらに湯船の中で膝立ちになった。 
「こんな長い髪洗うのおっくうだろ?洗ってもらったお返しに、俺もお前の髪洗ってやるよ」 
そう告げると鏡の前にあるシャンプーのポンプヘッドを押した。 
 
この浴槽は洗い場に半分ほど埋まったような作りになっている。 
先ほどアルミラがしたように湯から出て洗ってやっても良いのだが、いかんせん二人とも体が 
大きすぎる。背が高く腕も長いレオンは洗い場で小さくなって洗ってやるより浴槽の中から 
腕を伸ばしたほうがよほど世話をしやすかった。 
「こうか?」 
シャンプーをとった手でわしゃわしゃと髪をかき回す。人の髪の毛など洗ったことがないの 
だろう。自分の頭を洗うような乱暴な手つきにアルミラはあわてて大きな手を抑えた。 
 
★21 
「待って、レオン。もう少しそっと洗ってちょうだい」 
「そっとぉ……?よく分かんねえな……こう?……こうか?」 
「ええ、その調子よ」 
 
徐々に上へ上へと移動して頭皮に到達すると、アルミラの口からうっとりとしたため息が 
もれた。 
「気持ちいいわ……」 
「そうか?」 
「あなただって人に頭を洗ってもらったら気持ちがいいでしょう?」 
「んー……?どっちかってえとケツのあたりがむずむずしてくるけどよ」 
「変な人ね。じゃ、さっき私が洗ったときも気持ちよくなかったの?」 
予想外の答えにがっかりしているのが声の色から伺えた。彼女は他人の手による洗髪は 
気持ちよいばかりのものだと思っていたのだ。 
 
「や……つうかよ、それどころじゃねえだろ?」 
「なにが?」 
「あのなあ!あんなふうに胸押し付けられて平常心でいられるかって!俺はよ、『気持ち 
良くならないように』真剣だったんだよ!」 
「あ……!」 
ようやく腑に落ちたというアルミラに、レオンはふてくされて言った。 
「お前、男心ってやつが分かってねえ……じゃあこの次は遠慮なく気持ち良くしてもらう 
からな?」 
「次があったらね」 
アルミラは悪戯っぽく笑った。 
 
 
 
  *** 
 
あくる日。 
 
レオンが台所でコーヒーを入れていると、入り口から少年が顔を出した。 
「レオン」 
「うん?どうした?」 
「あのさ……ちょっといいかな?」 
込み入った話だろうか。フィールは辺りをうかがうとレオンを自室へと誘った。 
 
「どうした?テオロギアの事か?それともなんだ、恋の悩み相談か?」 
レオンは少年の気まずそうな顔にそそられたらしく、興味津々という態度を隠さない。彼は 
どんな話をされても頼りになる兄貴分らしく相談に乗ってやるつもりだった。 
「うん、あの……相談、っていうか……あの……」 
「ズバッと言っちまえよ。すっきりするぜ」 
「あ……あのっ、レオン!」 
「おう!」 
思いきった声に勢いよく答える。 
「昨日あの、夜中にアルミラと一緒にお風呂に入ってただろう!?」 
「――!」 
 
レオンは少年が何を言いたいのかを一瞬で悟った。豪快な笑顔のまま表情が凍りつく。 
一方フィールはここまで言ったらもう一気に言いきってしまえとばかりに、殆ど一息で用件を 
言い切った。 
「僕、夜中トイレに起きたんだけど、それで、その、二人が一緒に入るのは良いんだけど 
あの、でもあのもしかしてドロシーもトイレに起きることがあるかもしれないから、その、 
出来たらもう少し声を小さくしてもらえたら嬉しいなって!」 
「……」 
「その……そう思って……」 
「……」 
「二人は恋人同士なんだし、一緒にお風呂に入るのも分かるよ。ううん、分かるっていうか 
当たり前だよね。でも、あの……」 
そういう話題に対する照れからか少年はレオンの顔を直視していなかったが、返事のないのに 
そろりと顔を上げた。 
要するに"二人が特に仲よくしている時の声"を妹には聞かせたくないと言うのだ。 
レオンにもフィールの気持ちはよく分かった。何故と言って、彼がアルミラの誘惑をかわして 
いた理由がまさにそれだったからだ。 
 
「すまねえっ!!」 
レオンは少年の肩を掴むと音がするかと思うほど勢いよく頭を下げた。 
「金輪際そう言うことのないようにするから、許してくれるか!?」 
きっぱりと言いきる。 
今度はフィールのほうが慌てた。 
「そこまでしてくれなくても……ただその、ちょっと声だけ気を付けてくれれば僕だって…… 
一緒に入るのも駄目なんて言わないよ」 
「いいや。俺達は共同生活をしてるんだ。節度を守って互いに思いやりのある行動をとら 
なくちゃいけない。……だろ?」 
正論だ。しかし極論でもある。 
フィールは焦った。 
レオンはそう言ってもアルミラの気持ちだってある。彼女を無視してどうこうと決めるのは 
良くないと判断した。ひとまず思い止まらせようとした。 
「そりゃあ思いやりは大事だけど、でも」 
「いやいや。今回の事は俺のまあいっか、って判断で起きたことだ。こんな事を繰り返して 
たらいずれドロシーにも聞かれていたかもしれない。アルミラには俺から言っておくからよ。 
悪かったな」 
 
にっと笑うとフィールの頭をくしゃくしゃとかき回した。 
いっそ気持ちいいくらい爽やかな笑顔だったのは、実際に彼が危惧していた事が起きたから 
だろう。時と場所を考えなければこうなると彼は思い知ったのだ。 
レオンはこれからはどんな風に仕掛けられても決してアルミラの誘惑に負けないぞと、心に 
硬く誓いながらフィールの部屋を出て行った。 
 
 
  〜おしまい〜 
 

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