「司教ウィーギンティ。盟約によりここへ参りました。全ては人の子らの未来の為に」
背後から抑揚の無い男の声がした。
フィーリアが振り返ると、そこには仮面で顔を覆い、全身を白装束に包んだ長身の男が立っていた。
相変わらず、人間離れした得体の知れない神秘的な空気を纏っている。
彼は謎の組織「協会」から派遣された司教ウィーギンティ。
協会から提供されている王城設備の定期点検にやって来たのだ。
エクレールによって執務室に通されて来た彼に対し、いつもの様に優雅な貴婦人の礼をとってフィーリアは迎え入れた。
今日の整備業務を終えると、フィーリアとウィーギンティは王城庭園で一緒にお茶を楽しんだ。
と言っても、ウィーギンティは世俗の飲食物を口にする事が敵わない為、出されたお茶に手をつけはしない。
「王の試練」が始められてから半年以上の時が過ぎていた。
この期間を通し、フィーリアとウィーギンティの距離はぐっと近くなり、保守点検の後こうした個人的な時間を持つまで親しくなった。
今まで彼との間には様々な出来事があった。
ブラッドベリーにある協会の館へ招かれた事や、国内で流行した深刻な疫病に対処して貰った事、
またミルトン領主クレメンスから司教との付き合いについて忠告の親書を受け取った事もあった。
つい最近は、ウィーギンティから愛の告白めいた発言もされ、今や二人の関係は親密と言えるものになっていた。
ウィーギンティと他愛ない会話をしながら、フィーリアは他に考え事をしていた。
「目の前のこの男は、自分をどう思っているのだろうか?」と。
勿論こちらは彼を異性として意識している。自覚がある。
エクレールも王女と司教の特別な関係を察して、この時間だけは二人きりにしてくれている。
日頃は常にフィーリアに付き従う侍女だったが、お茶の用意を手早く済ませると早々に庭園から去って行った。
以前ウィーギンティは言った。
「私を好きということ?」と尋ねたフィーリアに「そうかも知れません」と。
彼の方もフィーリアをにくからず思ってくれているのだろう。
彼の気持ちを確かめてみたい。
何を考えているのか良く分からない、謎めいたこの男の気持ちを、はっきりと目に見える形で示して欲しい。
そういったフィーリアの想いが彼女に大胆な行動を起こさせた。
単純に魔が差しただけかも知れない。
雑談が途切れ、ふと沈黙が落ちる。
フィーリアは手にしていたティーカップをテーブルの上に置くと、たおやかに微笑んで「司教殿、」と呼び掛けた。
「はい。フィーリア殿下」
いらえを聞くと同時に、フィーリアは衣装の裾を引き上げ片足だけ靴を脱ぐと、テーブルの中に足を差し入れた。
テーブルの下で彼女の細く白い足先が、向かい合って座るウィーギンティの足をサラサラと撫でてゆく。
暫く探っていると、指先が彼の太腿の間に割って入り、目当ての場所に辿り着く。
(司教殿にもあるのね……)
足の先に当たる感触を確かめながら、フィーリアは意外な思いでいた。
しかし当然と言えば当然だろう。
いくら不可思議で神々しい雰囲気を持つ司教であっても、彼の発する声は男のものなのだから、
肉体の構造は立派に男のものを持っているはず。
フィーリアは足の指の腹で膨らみを弄んだ。
白いローブの上から上下にゆっくりと擦る。
「…………」
王女から淫らな戯れを受けている当のウィーギンティは、無言だった。
素顔は不気味な仮面に隠されている為、何を思っているのか表情は読み取れない。
フィーリアは今の自分自身に驚いていた。
慎ましい王女として大切に育てられ、年端もゆかぬ少女である自分が、男性にこんな卑猥な行為をしているなんて。
しかも相手は仮にも聖職者。
恋心から来る不安のせいか、それともただの悪戯心や好奇心からだったのか。
こんなはしたない行為が自分に出来たとは、信じられなかった。
ウィーギンティの男性自身にまだ変化は無い。
暫く愛撫を続けていると、自身の体がだんだん熱くなってゆくのがフィーリアには分かった。
心なしか呼吸も荒い。
自分は、この卑猥な状況に気持ちが高ぶっている。興奮している。
しかしウィーギンティの静かな言葉によって、フィーリアは我に返った。
「……いけません。世俗の人間とのこうした関わりは我々にとっては禁忌です」
穏やかな口調で窘める。
突然の出来事だったというのに、微塵も動じる様子は無い。
フィーリアは足の動きを止める。
ウィーギンティの反応に、悔しく惨めで寂しい気分になった。
そんな落胆を隠す様に、フィーリアは頬を紅潮させながら挑発的な笑みを浮かべて言い返した。
「つまらない反応。それでも男なの?」
それから暫くの時間、二人は無言で対峙していた。
フィーリアは仮面の虚ろな眼窩を真正面から見つめた。
相手からの言葉を待っていると、ウィーギンティは微かに怒気を含んだ声色で言い放つ。
「分かりました。では、今夜また改めて、フィーリア殿下の元へお伺いしましょう。よろしいですね。
……ああ、そうだ。どのような中身がお好みですか?」
「え?」
予想もしていなかった返答に、フィーリアは言葉を失い赤面してしまう。
最初、彼が何を言っているのか理解出来なかった。
自分からウィーギンティを試す様な事をしておいて、二の句が継げない。
「……特にご希望が無いようですから、若い女性の好みそうな容姿を適当に見繕って参りましょう。
そろそろ失礼させて頂きます。全ては人の子らの未来の為に。――では後ほど」
そう言い残して立ち上がると、司教は一瞬のうちに姿を消してしまった。
フィーリアは呆然と座っていた。
彼女から誘惑した形になったのだから自業自得といえ、まさかウィーギンティが誘いに乗るとは思っていなかった。
頭が混乱している。
先程の情事の余韻がまだ残っていたが、いつまでもこうしてはいられない。
フィーリアは気持ちを切り替えようとした。
今日の公務はまだ終わっていない。
やらねばならない仕事は山積している。
「あ……」
立ち上がろうとした時、彼女の太腿の間にぬるりとした感触があった。
その時初めて、自身の秘所が濡れていることに気がついた。
最中は緊張していて分からなかった。
フィーリアの中に、今頃になって羞恥心が込み上げて来る。
自分は淑女にあるまじき振る舞いをした。
王女として恥ずべき行動を、軽はずみにとった。
ウィーギンティにも嫌われてしまったかも知れない。
呆れられたかも知れない。
それでも、今夜自分とウィーギンティが結ばれるのだと思うと、罪悪感や恐怖と供に震える程の喜びを覚えてしまう。
愛しいウィーギンティに、この身に触れて欲しいと思う。
終