一年の長きに渡り繰り広げられた王の試練は終わりを告げ、  
空だった玉座にようやく主を迎えることのできたターブルロンドは今、歓びに沸いていた。  
騎士王の血だけではなく、  
その才やカリスマをも正しく受け継いでいることを示した美しき女王、フィーリア。  
彼女の為した偉業を讃え、ロザーンジュはこれから三日三晩の祝賀に明け暮れるのであった。  
 
楽団が奏でるワルツが聞こえてくる。  
舞踏会は夜通し続くそうだし、城下もお祭り騒ぎだ。  
しばらくは、どこへ行っても静寂とは無縁なのだろう。  
しかし彼だけは、どこか静謐な空気を纏って宵闇に紛れようとしていた。  
闇色のカラスだけを供にして。  
 
「レミー」  
大抵のことでは驚かない、  
むしろ人を悪い意味で驚かせる方が多い彼だったが、さすがにこれには驚いた。  
鍛錬場を抜け旅立とうとしていたレミーを呼び止めたのは、  
まさに今日、女王の座に即位したフィーリアその人だったからだ。  
「…フィーリア様」  
今のフィーリアは宝冠と豪奢なマントに彩られた女王の姿ではなく、  
彼も見慣れた清楚な青いドレス姿だった。  
こうして髪にリボンを飾っただけの彼女はやはりまだ、可憐な姫君といった印象が強い。  
 
しかしこのお姫様は決して可憐なだけではなく、  
強い意志と清浄な魂と、  
そして時にレミーでさえ舌を巻く大胆さを持ち合わせていることを彼は知っている。  
例えば今、彼女が主役である舞踏会をこっそり抜け出して来るような。  
「いいのかな、女王陛下がこんなところで夜遊びしてて」  
せいぜい皮肉めいた口調で言ったのに、フィーリアはクスクス笑う。  
「レミーったら。  
 ずっと騎士らしい振る舞いなんかしていなかったのに、  
 どうして今日に限ってそんな正論を言うの」  
「…確かにね」  
肩のカラスがカァと鳴いた。  
彼の胸のざわめきを警戒しているのか。  
「で、フィーリア様は舞踏会を抜け出してまで、どんな悪さがしたかったんだい」  
「…あのね、レミー」  
すっかり旅支度を調えているレミーの姿を見れば、  
彼がもうここから去ってゆこうとしている事は明らかだ。  
何故かははっきりとは解らない、  
でもこの旅立ちが彼にとって必要だということは解っている。  
だからもう引き留めはしない。でも。  
「きちんと伝えておきたくて。  
 …わたし、あなたが大好きよ」  
珍しいことに、レミーがはっきりと表情を揺らがせる。  
しかしフィーリアがそれを見ることはなかった。  
そのときにはもう、フィーリアはレミーの胸に飛び込んでいたから。  
 
レミーは反射的にその無防備な彼女の脳天を庇った。  
彼の相方はカアァと鋭く鳴いたが、嘴を振るうことまではしなかったのでホッと安堵する。  
 
なのでそれらは後からやってきた。  
柔らかな髪、華奢な肩、鼻腔をくすぐる甘やかな香り。  
初めてこんなに近づいた距離、囁かれた愛の言葉。  
それらを感じて意識して、沸いてきたこのむず痒さや居たたまれなさ、  
そしてどうしようもない幸福感。  
それと背中合わせにある寂寥感まで混ざってきて、  
もうレミーはぐちゃぐちゃだった。  
 
「…本当、フィーリア様は物好きだよね。  
 まあ僕を騎士として迎えてる時点で解りきってることかもしれないけどさ」  
相方の挙動に気を配りながらレミーは言う。  
「生憎だけど、僕はその言葉に返事をすることができないんだ。  
 今だって、こいつが好き勝手やりすぎないように結構気を使っているんだよ」  
この心が、魂が他の誰かに持って行かれているかのような言霊を口にはできないのだ。  
奪われるよりはと、ぐしゃりと潰されてしまう。  
文字通りに、この心臓を。  
 
だけど、フィーリア様。  
「昨日言った事の繰り返しになるけど。  
 僕は、フィーリア様の側にいたいと思ってる。  
 だから、僕は行くよ。  
 …この続きの言葉は、帰ってきてから、ってことにしてくれない?」  
 
「…は」  
フィーリアが、レミーの胸に顔を埋めたまま何か言った。  
レミーが聞き返すと、フィーリアは顔を上げてもう一度言った。  
「…行動には、制約はないの?」  
「うん、まあね」  
彼にとって最大の禁忌は言葉だった。  
昨夜彼女に呼ばれた時だって、まともに事情を伝えることはできなかった。  
何も言えないのだから、信じられないのが普通だとレミーだって思う。  
だからもし彼女が望むなら、このカラスを殺したっていいとさえレミーは思っていた。  
それは別に出来ないことではない。  
ただ自分も共に死ぬというだけで。  
 
禁忌を犯し、命と魂を一方的に奪われるのは癪だけれど、  
フィーリアにだったら、相方ごと道連れにしてくれてやっても…  
命も魂も、捧げてもいいと思ったのだ。  
それこそ、まるでご立派な騎士様であるかのように。  
自分でも笑ってしまうくらい一途に、そう思っていた。  
 
「なら、レミー…  
 わたしに、思い出をくれないかしら」  
目を伏せ、微かに頬を赤らめながらフィーリアは言った。  
「淑女失格よね、こんなことをお願いするなんて。  
 でもレミーは、わたしを叱らないわよね?」  
「僕がフィーリア様に淑女であれとお説教かー。  
 ちょっとすごい構図だね、それ」  
 
クスクス笑いながらレミーは言う。  
「だけどフィーリア様、一つ忘れてないかい?  
 ここには観客がいるんだよ?」  
レミーは肩に留まる相方に視線を走らせた。  
カラスは何故か自慢げな様子で鳴いている。  
「レミーとそのカラスは切っても切れない関係なのでしょう?  
 なら、わたしは気にしないわ」  
「…結構大胆なんだね、フィーリア様は。  
 でも、僕は」  
レミーは唐突に腕を大きく振り上げた。  
カラスが抗議の声をあげながらばさばさと飛び立つ。  
舞い散る黒い羽に紛れながら、レミーは素早くフィーリアの唇を奪った。  
「独占されるのは嫌いなんだけど、独占するのが好きなんだよね。  
 覚えておいてくれたら嬉しいな、フィーリア様」  
ギャアギャアと悪態をつくカラスに、野暮なことはするなよなと睨みをきかせてから  
改めてレミーはフィーリアに向き直る。  
「ま、とにかく。  
 僕はこういう『悪さ』は専門外だから、  
 フィーリア様にあげられるのは、綺麗な思い出なんかじゃなくて  
 酷い爪痕になっちゃうと思うけどね…。」  
 
 
手近な枝に留まり、監視するようにこちらを見ているカラスにチッと舌打ちして、  
レミーはその視線からフィーリアを隠すように導いた。  
 
再び重なり合った唇は、身体が震えるようだった。  
その柔らかさも暖かさも、今のこの時が現実なのだと教えてくれる。  
突如荒っぽくねじ込まれてきた舌にフィーリアの息は乱れる。  
レミーが甘ったるい口づけだけを寄越すなんて有り得ないと、もちろん解ってはいたけれど。  
「ふふ、久々に僕がフィーリア様を翻弄する立場になれて嬉しいよ」  
深い口づけにてらてら濡れた唇を歪めてレミーは笑った。  
「…ということは、最近は、わたしがレミーを翻弄していたということ?」  
「おや、自覚してなかったのかい。それはますます恐ろしいねぇ」  
真白い首筋に舌を這わせる。  
 
あ、なんて、色っぽい声をあげてる場合じゃないんだよ、フィーリア様。  
フィーリア様は怖くないのかい、僕に弱みを晒すことが。  
例えば僕がフィーリア様のこの無防備な首筋を喰い破るかも、なんて思ったりはしないの?  
きっと思わないんだろうね。僕はそんなフィーリア様が怖いよ。  
そんな瞳で僕を見て、僕に全てを委ねるフィーリア様と、  
その歓びに震える僕自身が、怖くて仕方がないんだ。  
 
青いドレスに包まれた胸にレミーの手が重なる。  
ドレスと下着、そして彼の手袋越しの柔らかさがもどかしく、  
手袋の留め具を外してめくり、唇でくわえて脱ぎ捨てる。  
 
そんなレミーの仕草はやはりカラスを連想させた。  
そしてその連想のとおりに、獲物を啄むカラスのように  
レミーはフィーリアの耳たぶや首筋を甘噛みし、気紛れに赤い痕を残してゆく。  
彼がフィーリアに与えるものは熱と微かな痛み、  
そして彼の唇が離れたあとの冷たさばかりで  
レミーの言った『爪痕』という言葉の意味を、フィーリアは身体で理解した。  
でも初めて知る悦びと共にくるそれらは、レミーが言ったような酷いものではなく  
甘やかで優しかったから、とても切なくて、愛おしかった。  
 
「…んっ」  
ぞっとするほど冷たいレミーの素手がドレスの胸元から滑り込んできた。  
その手はフィーリアのささやかな膨らみの柔らかさを愉しみながらドレスの下で暗躍し、  
寒さと快感で硬くなっているその先端を捕らえてなぶる。  
「あっ、レミーっ…。」  
甘い声が漏れ出てしまう自身の唇を塞ごうと泳いだ彼女の手を、  
レミーは難なく捕まえてしまった。  
片手はくりくりと先端を弄び、  
もう片方の手でフィーリアの指に指を絡めて捕らえながら  
レミーはいつもの意地の悪い笑みを浮かべる。  
「駄目だよフィーリア様、その可愛い声を聞かせてくれなくちゃ。  
 そのために僕は、」  
 
頬をぺろりと舐めながら、いじらしい先端を挟む指先に少し力を込める。  
「ゃあんっ…!」  
「こうして、悪さをしてるんだからさ」  
耳元で囁きながら、繋いだ手を離して今度はスカートに手をかけた。  
 
本当は全部脱がせてしまえば楽だし、もっといろいろと愉しいこともできる。  
今自分の手の言いなりになって形を変えているのだろう胸や、  
その他にも恥ずかしくて可愛らしい彼女の全てを見ることも出来るだろうし、  
事実見たくて仕方なかったが、  
そうすればそれらは全て、彼の頭の斜め上あたりにいるカラスの目にも晒されるのだ。  
それだけは絶対に嫌だった。  
自分自身さえ自分のものとは言えないレミーだったが、  
フィーリアだけは相棒に分けてやるつもりはなかった。  
今はその目に映すことは叶わなくとも、  
このぬくもりと柔らかさだけは、全部自分だけのものにしておきたかった。  
 
幾重にも重なり大きく広がるペチコートの中へと侵入するのはなかなか骨が折れた。  
しかしこれがペチコートだからまだマシだった、  
クリノリンで支えねばならない豪奢なドレスだったら完全にお手上げだっただろう。  
自分の肩に寄りかからせるようにしてドロワーズを片足分だけ脱がせる。  
 
滑らかな太股をいたずらっぽく撫で回されながら脱がされて、  
フィーリアの膝はもうガクガクと言うことを聞いてくれない。  
皮肉っぽい笑みはいつもと変わらないくせに、  
それとは裏腹の優しさが感じられる所作で、レミーはそうっとフィーリアを座らせた。  
自分と彼女を隔てるスカートのボリュームを潰すように強く抱き寄せて、  
その中にある秘密に指を滑らせる。  
「ああっ!」  
戦慄いたフィーリアをなお強く抱きしめたレミーは、  
慎重に、繊細に指を動かしてぬめる秘裂を探ってゆく。  
愛液が絡んだ、どうやら淡いらしい茂みやふにふにと柔らかい恥丘、そして。  
「見ーつけた、っと」  
「やああぁん!!」  
その小さな花芽にレミーの指が触れた瞬間、フィーリアは大きく仰け反った。  
しかし抱き締めるレミーの腕は逃げることを許さない。  
残酷なくらいに鋭い快感で、初めてのフィーリアを容赦なく追いつめる。  
「ほらほらフィーリア様、暴れないで、いい子にしてて。  
 気持ちいいんでしょ?もっと苛めてあげるから、ほら」  
「あ、ああっ、だめぇっ、レミーっ!あぁぁ…」  
レミーに縋るように抱きつきながら、フィーリアは怖いくらいの快感に身を委ねる。  
 
「レミー、やっ、わたしっ、おかしくなっちゃ…  
 ああぁあぁぁっ…!」  
 
跳ねてピンと身体を強張らせて、  
その後ぐったりと脱力したフィーリアの身体を支えながら  
レミーはそっと相棒のカラスの様子を窺った。  
趣味の悪いことに、カラスは未だにじいっとこちらを見ている。  
出歯亀め。内心で悪態をつきながらもレミーは止めない。もう止められない。  
彼女を自分だけのものにしてしまいたくて堪らない。  
代わりにあげられるものなど、今は何も持たない彼だったけれど。  
 
初めての絶頂に上気した頬も、潤んだ瞳も、熱い吐息も全部全部自分だけのものにしたかった。  
相棒の視線から覆い隠すようにしどけないフィーリアを胸にかき抱いて、  
噛みつくように口づける。  
絹とレースの陰に隠れて、レミーはフィーリアを一思いに貫いた。  
「…ッ!!」  
絶頂の余韻にまどろんでいたフィーリアは、  
身を裂かれる痛みに強く唇を噛んで悲鳴を噛み殺す。  
ごめん、という囁きが聞こえたような気がしてフィーリアは少し笑った。  
レミーの表情は見えない。今の囁きも幻聴かもしれない。  
でも今、彼は動かずただじっとフィーリアを抱き締めていて、  
それは純潔を失った痛みに耐える自分への気遣いなのだろうな、ということは解る。  
 
別にレミーが自分の痛みを気遣う必要はないのに、とフィーリアは思う。  
彼と共にあった道はいつもどこかに痛みや影があって、  
フィーリアはそんなところも承知した上で今日まで彼と共に在ったのだから。  
散々憎まれ口を叩いて、時には牙さえ剥いて。  
僕はこんな性格だから、なんて卑怯な台詞も平気で吐くのに、  
そのくせ変なところで誠実だったりするのだ、レミーは。  
「…レミー。わたしなら、大丈夫よ。  
 あなたの、思うように。…して、頂戴」  
引かない痛みに切れ切れになる息を継ぎながら、  
それでもフィーリアは微笑んでそう言った。  
「…フィーリア様」  
疎まれ、遠ざけられることには慣れているけれど、  
受け入れられ許されることには未だに慣れることが出来なくて、  
レミーはどうしても戸惑ってしまう。  
「あんまり僕を好き放題にさせない方がいいよ。  
 どんな悪さをするか解ったもんじゃないからね。  
 ま、今更かもしれないけど」  
フィーリアは、少しは痛みも引いてきたのか、いくらか安らいだ微笑を浮かべて  
本当、今更ね、と可笑しそうに囁いた。  
レミーはその言葉に苦笑する。  
 
困るんだ、本当に。そんなふうに微笑まれて許されてしまうと。  
それが嫌じゃなかったりするから、本当、すごく、困るんだ。  
 
レミーがゆっくりと動き始めた。  
つい先程まで生娘だったフィーリアの漏らす吐息は、  
まだ快感の色からは程遠い。  
膝の上に乗せられて、下からレミーの槍に突き上げられるこの体位も  
初めての彼女には少々辛いものなのだろう。  
青と白の絹地をかき分け小振りな尻を抱え、  
レミーは膝で子供をあやすようにフィーリアを優しく揺すって、  
ごく浅い箇所で抜き差しを繰り返す。  
少し自分の背を倒してフィーリアを寄りかからせ、  
獲物を追いつめる狩人のような冷静さで  
まだ狭くてきついフィーリアの中を肉棒で探ってゆく。  
「ぁ…」  
ある一点を擦り上げる角度でフィーリアが微かに鳴いた。  
ここか。  
レミーはニヤリと口元を歪め、ごく小刻みなリズムでそこを苛めてやった。  
「あ、あぁ、だめ、そこ…っ」  
「何で駄目なの、フィーリア様?  
 さっき僕の好きにしていいよって言ってくれたじゃないか」  
スカートの中での痴態を、もちろんレミーも見ることが出来ない。  
だが、さっきまでは未知の侵入者を拒んでいるかのようにきつかった彼女の中が熱く解けて、  
ねっとりとした蜜を垂らし始めたことを  
レミーは自身の槍で生々しく感じることができる。  
 
「レミー、の、いじわる…あぁっ」  
今は快楽に吐息を乱すフィーリアが拗ねたように言った。  
少しずつ律動を強めるレミーは改心の笑みを浮かべる。  
「それこそ今更だね、フィーリア様」  
その言葉に笑ったフィーリアは、  
しかし快楽に翻弄されてどこか泣き笑いめいた表情をする羽目になった。  
少しはやり返せたように思えて気を良くしていたレミーは、  
そんなフィーリアの表情に煽られて結局自分の負けを自覚する。  
「ね、レミー、わたし、もう、本当にだめみたいなの、  
 だからお願い、一緒に、一緒がいいの、レミー」  
フィーリアは涙声で哀願した。  
身体の内側から、自分の意志とは関係なしに湧き上がるそれに振り回されて、  
自分の身体であるはずなのに、もう自分ではどうにも出来ない。  
「了解。我が主のお望みのままに、ってね」  
そう嘯いてみたものの、  
自身を柔らかく包み込みながらきゅうきゅうと締め付けられるその感覚に  
レミーももう限界が近づいていた。  
スカートの中からじゅぶじゅぶと卑猥な音が響く。  
ざらざらとした最奥を激しく突いてももうフィーリアは痛がる様子はない、  
ただ甘い声で鳴くだけだ。  
 
フィーリアは譫言のようにレミーの名をただ呼ぶ。  
 
 
さざ波のように繰り返される自分の名前を聞きながら、  
茶飲み話のついでにでも、  
いつか彼女にかつて捨てた名を告げる日が来るのだろうか、とふと思った。  
「あ、ぁ、レミー、わたし…!」  
うん、と吐息だけでレミーは肯く。  
「あぁ、レミー、あぁあ、ああぁんっ…!」  
レミーを促すようにうねり、締まる彼女の熱に彼も素直に従う。  
「…フィーリア、」  
自分の全てをフィーリアの奥にぶちまけながら、  
らしくないほど切実に、レミーもフィーリアの名を口走っていた。  
 
 
 
遠く響くワルツは未だ止まず、  
城も街も今夜は明かりを絶やすことはない。  
だが確実に、二人の間にはひとたびの終わりが近づいていた。  
決して触れ合うことはないだろうと思っていた、  
赤と金、黒と青、闇と光がが寄り添い混じり合って深く繋がった。  
冗談のようにさえ思える今は確かに現実で、  
そして何と幸せな現実なのだろう。  
 
「…じゃ、またね、フィーリア様」  
レミーの腕に舞い戻ったカラスは不機嫌そうだったがそれは黙殺した。  
どうせこいつとは一蓮托生の仲なのだ、  
今くらいフィーリアを優先したって罰は当たるまい。  
その『今くらい』の比重がレミーの中でどんどん増えているから  
今こうして旅に出るわけだし相方の凶暴さも増しているのだが、  
とりあえず今はその辺も纏めて黙殺する。  
 
「…元気でね、レミー。あなたの無事を、祈っています」  
フィーリアの中で様々な言葉が渦巻いていた。  
行かないで。側にいて。好きです。愛しています。  
フィーリアだって決してご立派な女王様ではなかった。  
愛しい人にぶつけたい、少女らしい言葉を山ほど抱えていた。  
その内のいくつかを、感情のままに彼に投げつけたこともあった。  
けれど今は、レミーを縛るような言葉は全部仕舞い込んで微笑んだ。  
彼の翼を、命をもいでしまいかねない言葉は、全部。  
 
フィーリアに背を向け踏み出しかけたレミーは  
ふと思い立ったように振り返り、カラスを振り払いながらマントを翻した。  
その陰で、二人の唇が重なる。  
再びマントが翻ったときにはもう、レミーの姿は闇に紛れて消えていた。  
レミーは意地でも、相棒のカラスに無防備なフィーリアを見せようとはしなかった。  
別れの寂しさよりもその可笑しさが先に立って、フィーリアの唇がほころぶ。  
 
エクレールと再び入れ替わるために歩き始めたフィーリアの耳に、  
もう姿は見えない癖に、手荒な扱いに耐えかねたらしいカラスの鳴き声と、  
痛がるレミーの抗議の声が微かに聞こえた。  
 
フィーリアはどうやら笑顔のまま、舞踏会へ戻ることが出来そうだった。  
 

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