かりかりかりかり。  
「んー ……あー、ねむ」  
そういった金髪の女の子がふわあ、と大きなあくびをした。  
時刻は午前1時。静かな、本当に静かな部屋の中で、ペンを走らせる音だけがやたら耳につく。  
耳が痛くなるほどの静寂。沈黙。普通の人間であればCDなりテレビなりをつけて  
不安をごまかすのだろうが、この部屋の主である彼女…レベッカ宮本、ことベッキーは  
こんなことには慣れっこだ。  
若干11歳で高校で教育の鞭をとる天才少女である彼女は、しかし生活態度は怠惰な  
隠遁生活者と同じようなものだった。  
先ほどから机に向かって来週提出のレポートと格闘してはいるものの、部屋の中で  
まともに空いているスペースといえばその机の上のわずかなスペースだけ。  
机の残りのスペースはおろか、床一面、本棚の上にまでブ厚い参考資料やら、何に  
使うのかわからない専門誌やら、食べかけのポテトチップスの袋なんかが本当に  
座るスペースもないくらいにとっ散らかっていた。  
そんな中で、ぼーっとしながらもベッキーはひたすらペンを走らせてはため息をつく。  
「…… ふう」  
それだけ言ってペンを放り投げ、背もたれに体を預けると天井を仰いだ。  
「… サオトメ」  
ぽつりと同僚の名前をつぶやく。とたん、胸が激しく高鳴り、すぐに顔が真っ赤になった。  
そのまま頬に両手をあててみる。熱い。すごく。  
自然と顔がほころび、ふぅ、という歳のわりに艶っぽいため息が出てしまう。  
 
彼女がサオトメ、こと体育教師の早乙女を意識し始めたのは割と最近のことだ。  
バカで、空気が読めなくて、オマケに教養もない。  
最初はそんなすべてがウザったかったっけ。  
でも、いつでも、どんなときも笑顔を絶やさなくて。私がバカにするとちょっと困った  
顔をして。  
でも、怒るべきときには本当に怒って。悩んでるヤツには親身になってあげて。  
…本当は、アイツが一番しっかり『教師』してるのかもなあ。  
いつからか、そんなこと…知らなかったアイツの側面が少しずつ目に付くようになった。  
思ったよりいいやつだな、って思うようになって。  
少しずつアイツを見てる、アイツのことを考えてる時間が増えていくのが実感できた。  
ちょっとずつ、ちょっとずつ、私の心の大きな部分を占めてきて。  
見てるだけで、考えるだけで…すごく、嬉しいような、なんていうか、そんな気分になってきて。  
それで、ドキドキが止まらない。  
…多分、これが『好き』、ってことなんだと思う。  
ううん、多分じゃない。私      …私、サオトメが好きだ。  
好き。  
「… …… あう」  
そこまで考えると、ぼふ!という音とともに真っ赤な顔で頭から煙を噴き出した。  
「…  …あうあう」  
誰も見ていないのをいいことに頭をふりふり、幸せを噛み締める。  
彼女を良く知る人間が見れば確実に『信じられない』というだろう心底幸福そうな笑顔だった。  
 
しかし。  
そこでふと、さびしそうな顔をする。  
これが初恋である彼女には、どうやってこの気持ちを伝えたらいいのか。  
…考えたくもないけど、断られたらどうしたらいいのか。  
それが全くわからなかったし、わかったとしてもそれをするだけの勇気は多分、ない。  
天才ともてはやされていても実態は年相応のオンナノコなのだ。  
「はあ…」  
幸せな気分から一転、少しだけ憂鬱な気分になったベッキーはふう、とため息をつく。  
一歩。一歩を進めたい。サオトメに、お前が好きだって伝えたい。  
でも  …怖い。  
拒絶されたら。受け入れられなかったら。  
きっとあの人懐っこい顔を辛そうにして『ごめんなさい』っていうんだろう。  
その顔が、きっと、多分、私にはつらい。耐えられない。  
だから、私は進めない。今は、ただサオトメと一緒にいられるだけで十分幸せ。  
だから、今は進まない?  
…私は  
 
「……ああああ、もう!もう!」  
ベッドにダイブして、ばふばふ!と枕をたたきつける。  
地に足が着いていないのが分かる。頭の整理もまるでできない。  
ものごとには明確な解等を導き出さないと落ち着かない彼女からすれば、この  
どうしようもない状態は少し不快なのだった。  
…ああ、なんだか、今日はいやに疲れてしまった。もうこのまま寝てしまおう。  
そう思うと一張羅の白衣を着たまま、ベッドにごろん、と横になる。  
すうっとゆっくり息をすると早乙女の笑顔が見えた気がした。  
「サオトメ…」  
思ったよりも疲れていたらしい。もう意識はほとんど落ちかけている。  
そのぼうっとする頭で、確かに一言、つむいだ。  
「… 好きだよ」  
 
キーンコーン カーンコーン。  
「…あー、かったる」  
言葉と顔が一致した本当にかったるそうな顔でベッキーは職員室のドアを開けた。  
「お、ベキ子ちゃんおつかれー」  
「あー、おつかれです」  
A組担任の五十嵐がいつもの軽い調子でねぎらう。  
もうすでに弁当箱をひろげ、ウインナーをつついている。ビールの缶がいくつか  
転がっているが、もう慣れっこなのか誰も気にしていないようだ。  
いいのかな、と力なく苦笑したベッキーだったが、机に教科書とプリントを置くと、  
はあ、とため息をついてしまう。  
五十嵐が玉子焼きを口に入れたままふと気づいたようにたずねる。  
「ん?ベキ子ちゃん本当に疲れてる?」  
「…いえ、そんなでもないですよ」  
「そう?ならいいんだけど…うーん、やっぱお弁当にはウインナーよねー」  
五十嵐は大して気にしたふうでもなく、また弁当をつつきはじめたが、ベッキーは  
実際にはかなり疲れていた。  
ここ最近、ずっと早乙女の顔が頭にちらついて仕方がなく、気持ちを伝えられない  
フラストレーションがどんどん強くなる上、それをぶつけられる相手がいないのも  
負担になった。いくら早乙女が相手でも自分勝手に怒るわけにも行かないし、押さえ  
切れない心はもう限界に近いのだった。  
 
「…はあああ…」  
憂鬱な表情で彼女の姉が腕によりをかけて作った弁当をつつくが、何故かあまり  
味がしない気がした。  
…このままだと、本当にどうにかなってしまいそうだった。  
「  …ふう」  
「宮本先生、ちょっといいですか?」  
 
     え  
 
「うひゃああああああああああああ!!??」  
大声を上げてイスを蹴倒し、壁際まで思いっきりハイスピードで後ずさりする。  
突然心拍数が跳ね上がり、心臓がドキドキするのがわかる。息が切れてる気がする。  
大きく目を見開いて声の主…ものすごく驚いた様子の早乙女を見た。  
「あ、あの…どうしたんですか?」  
「…い、いや…こ、こういう健康法があるんだよ!こう、大きい声だして後ろ向きに走ると  
だな、脳のはたらきが活発になってな…」  
「…あの、そんな話きいたことないんですけど」  
「う… さ、サオトメのくせにうるさいぞ!黙ってろ!」  
「うう… そりゃちょっとひどいですよぉ…」  
また、だ。いつものちょっと困った笑顔。ああ、この顔を見てるだけで胸があったかくなる。  
…い、いかんいかん。いくらなんでもコイツの前でこんな顔見せられない。  
 
「そ、それで?何か用か?」  
なんとか言葉を搾り出し、イスを立て直すとゆっくり腰を下ろす。  
声は少し震えていたが運良く早乙女には悟られなかったようだ。  
「あ、そうそう。今度の日曜日なんですけど」  
「?」  
頬をぽりぽり、少し照れたように、そして控えめに言った。  
 
「もしよかったら、一緒に買い物行きませんか?」  
 
「…………………………………………    へ?」  
時間が、止まった。  
…買い物?二人で買い物?町に繰り出して?男と女で?  
「…あれ?宮本先生?みや」  
 
−−−デート−−−!?  
「い、行く!!」  
「うお!?」  
デート。その言葉を意識するや否や突然顔を上げ、大声で、加えてつかみかからん勢いで言う。  
早乙女がまた驚いたような顔をしているのを見て、はっと我にかえった。  
「…あー、げふんげふん。行ってやってもいいぞ」  
「そ、そうですか。いやあ、助かります」  
「うんうん、ありがたく思えよ…  ん?」  
あれ?  
「助かる?」  
「ええ。ちょっと、知り合いの女の子がもうすぐ誕生日だって聞いたのでちょっと  
プレゼントを見繕ってみようかと思ってるんですよ」  
「… ………へ、へえ」  
知り合いの女の子にプレゼント。  
そう聞いて思わず片眉が上がりそうになる。  
正直、とても看過できないセリフだが少なくともここでそれを顔に出してはいけない。  
平静を装いつつ、言葉をかえす。  
「…で、なんで私を誘うんだ?」  
「いやあ…僕、女の子の好みって全然わからないんで…宮本先生なら流行にも  
詳しそうだし」  
 
「…ふーん…」  
がっかりした。また、ほめられたことではないが、早乙女を心の中で100回殴りつけた。  
まあ、早乙女も実は私のことが好きだった、なんていう都合のいいことがあるとは  
思っていないが、せめてこういうときは気をきかせて他の女の子の話なんてするべき  
じゃないだろ。  
…やっぱ、断ろう。  
玲あたりに頼めば妨害工作はバッチリだろうし、心配はしなくていいだろう。  
そう思って声にしようとしたところで、ベッキーの頭にぱっとある考えが浮かんだ。  
…最悪センスなプレゼントをとことんぶつけてやれば一緒にいられる上にその女の子も  
愛想を尽かすんじゃないか?  
はっきりいって人間として考えてはいけないことであったが、恋する暴走列車といえる  
今のベッキーにそこまで考えはまわらない。  
……見てろよ、すっげえヘンなの選んでやる。  
「わかった。ま、適当に選んでやるよ」  
「そうですか!いやあ、よかった」  
心底安心したように胸をなでおろす早乙女。その顔に安堵以外の何かが少しだけ  
含まれていた。  
「それじゃあ、僕これから授業の打ち合わせがあるんで…あとでメールしますね」  
「ん。待ってる」  
そういって早乙女は職員室をあとにした。五十嵐の前を通るとき、軽くウィンクした彼女に  
照れたような笑顔で会釈する。  
早くも日曜の計画を練り始めたベッキーはそのやりとりに気づかなかった。  
 
「…んーーーー」  
机にひじをつき、色々と考えてみる。  
なんだかんだ言って楽しみなのだ。気持ちを伝えられない相手から、予想外の  
デート(だと思う)のお誘い。  
これ以上のチャンスってあるか?  
…ライバルもつぶせるかもしれないし。  
「ふーん?デートなんてマセてるわねぇ、ベキ子ちゃん?」  
「ん…ん!?い、五十嵐先生!」  
顔をあげると五十嵐が妙にニヤニヤしてベッキーを見つめていた。  
まるでご近所の恋愛事情に興味津々なおばちゃんみたいだった。  
…こんなこと本人に言ったら殺されるだろうから絶対言わないけど。  
「そーかそーか。ベキ子ちゃんにも春がきたかぁ。いや、めでたいめでたい」  
「んな…何いってんですか!そんなんじゃないですって!」  
「うははは、照れるな照れるな!ま、ゆっくり楽しんできなよ」  
「うう…もう!」  
頬をふくらませ、ぷりぷりと怒ったふりをして職員室をあとにした。  
しかし、さんざんからかわれながらも、ベッキーはもう日曜を楽しみにしている  
自分に、またからかわれてもイヤじゃない自分に気づいた。  
…あー、私ってクールなキャラ…だったのになあ…  
そう思っても、もう後の祭り。恋してしまったオンナノコは、冷静ではいられないのだった。  
職員室のドアを開けるベッキーの背中を見ながら、五十嵐は楽しそうな笑顔を浮かべた。  
ぎいっと音をさせ、天井をあおぐ。ビールの残りをぐいっと飲み干すと、普段は絶対  
使わない優しい声でつぶやいた。  
「うまくやんなさいよ、早乙女君」  
 
「それで、この点Xは点Yと直線で結ばれるわけでー…」  
5時間目が始まり、彼女は自分の担任クラスであるC組で数学の授業をしていた。  
相変わらず背が足りないのでイスに乗って黒板に板書している。なかなか微笑ましい  
光景だ。  
まったくいつもどおりの光景…に見えるのだが、いつもベッキーと一緒にいる姫子や玲は  
ベッキーの様子がいつもと違うことに目ざとく気づいていた。  
姫子が心持ち玲に席をよせ、いつものように小声で話しかける。  
「(…ねえねえ玲ちゃん。ベッキー、ちょっとヘンじゃない?)」  
「(ああ、そうだな。なんつーか…嬉しそうに見えるな)」  
「(だよねだよね。なんかいいことあったのかな?)」  
「(さあて、ね?)」  
玲と姫子の見立てはあながち外れてはいなかった。いつもだったら不機嫌そうに、または  
面倒くさそうに解説をするベッキーが今日はやけに乗り気だったし、今やった小テストの  
最中、ベッキーが本を読んでいながら何故か肩をふるわせているのを、特に玲が見逃す  
はずがなかった。  
さらに玲にはベッキーの異変の原因になんとなく察しがついていた。新聞部であり、  
C組の魔女とまで言われる彼女には情報収集などお手の物だったし、最近ベッキーが  
早乙女に特別な感情を込めた視線を送っているのも知っている。  
(…こりゃ、進展あったな?)  
玲がそう思った矢先、頭にこつん、と何かが当たった。  
「…?」  
 
ノートの切れ端を丸めたものだ。ちらり、と右を見るとくるみが自分の方を見て『中を  
見ろ』、というジェスチャーをしている。  
かさかさ、と開けてみるとやけに綺麗な字で小さく書かれていた。  
『ベッキーがおかしい理由、あんた知ってるんじゃないの?』  
(…やれやれ)  
なんとなくちらりと前の方を見ると、一条も肩越しに自分の方をあのぼうっとした目で見ている。  
多分、考えていることはくるみと同じだろう。  
どうにも自分の友人たちは他人の機微を読むのに長けている気がする。…まあ、  
姫子は除くけど。  
玲はベッキーと早乙女の微妙な関係のことを、だれにも話していなかった。  
いくらベッキーが彼女にとって茶化しの対象であったとしても、それはそれ、ベッキーは  
大事な友人だ(こんなことはずかしいから絶対言わないけど)。  
ここまでプライベートなことは誰にも話すべきではないと思っている。  
 
しかし今、くるみが、一条が…多分、姫子も『何か』に気づいている。  
玲は考える。彼女たちに話していいのかと。  
それは、もしかしたらベッキーを傷つける結果になるかもしれない。それでもいいのかと。  
…だが、彼女たちもまた大事な友人であることに変わりはない。できることなら隠し事  
なんかしておきたくない。  
それに、影から何かベッキーの力になってやれるなら、人数は多いほうがいい。  
…信用するからな、お前ら。  
意を決した玲は切れ端の裏側に『放課後、少し待ってろ。あとコレ一条にまわせ』と  
書いてくるみに投げ帰した。  
中を見たくるみは少しだけ不満げな顔をしたが、やがて仕方ないと思ったのか前を  
向いて切れ端を一条に向けてぽいっと投げると、授業に専念することにしたようだ。  
「(くるみちゃん、なんだって?)」  
「(ベッキーがらみだけど…姫子。お前、ベッキーが少しヘンな理由、知りたいか?)」  
「(おおぅ!当たり前だよー!)」  
「(んじゃ、放課後少し待ってろ。今ここで言うのはちょっとまずい)」  
「(ん、オッケー)」  
そこまで話すとベッキーの檄が飛んだ。  
「こら、姫子!玲!授業中におしゃべりすんなよな!」  
「あー、ごめんごめん。気にしないで続けて」  
「まったく…」  
さーて…どうしたもんかしらね。  
玲の目が、眼鏡の奥で珍しく迷いの色を見せていた。  
 
「… まだかな……」  
あっという間に日曜日。待ち合わせ場所は駅前商店街前の公園、噴水前。  
携帯のメール着信欄を見る。  
『日曜日の午前10時、商店街前公園の噴水で待ち合わせましょう』。  
…実は、これが早乙女からもらった初めてのメールだ。  
ただの文字列だが、早乙女の声が聞こえる気がする。  
ぱちん、と携帯をたたみ、ポケットにしまうとベッキーは太陽がさんさんと照っている  
空を見上げた。天気予報では降水率0%の快晴。雲ひとつない一面の青。  
見ていると、胸がすくような気分だ。  
今日はかなり気合を入れておめかしして来ている。  
サラサラのストレートヘアはそのままにして、耳のあたりに小さなヘアピン。  
シンプルな白いシャツに、薄手の赤いコートは今日のラッキーカラー。  
彼女のすらりとした足を強調するこげ茶色のジーンズに、黒の革靴。  
肩から下げたバッグは彼女の母親のおさがりだ。  
そしてアクセントに、メガネ屋の安売りで買った銀縁にピンクのレンズのサングラス。  
かなり背伸びした格好だったが、なかなかさまになっている…と自分では思っている。  
うんうん。上出来上出来。  
 
服装にほとんど頓着しない彼女がテスト中にファッション雑誌を鬼気迫る様子で  
読んでいるのは一種異様だったようで、生徒はむしろそっちが気になっていたようだ。  
ちらりと腕時計に目をやる。9時45分。待ち合わせの時間まであと15分ある。  
「… ふ、ふ…わああああ」  
手を口に当てて大きくあくびをする。夕べは今日のことが楽しみで仕方がなく、あまり  
寝られなかったらしい。修学旅行前日にも同じことしたっけなー、と苦笑い。  
もういちど口をふさぎ、大きくふわー、とあくびをすると。  
「宮本先生、お待たせしました!」  
「っ あふっ!?」  
突然声をかけられ、驚いた顔でふりむくと、早乙女が笑顔で見つめていた。  
割と時間ギリギリに来ることが多い早乙女にしてはかなり早い集合だ。  
気合を入れたベッキーとは対照的に早乙女は普段学校でしているようなTシャツ、  
ジャンパーにジーパンというラフな格好。それもかっこいいなあ、と思ってしまう  
自分は心底コイツにホレちゃってるんだな、とも自覚した。  
「な、なんだよサオトメ!驚くだろ!」  
「あははは、すみません。でも宮本先生、眠そうですけど大丈夫ですか?」  
「む、大丈夫だぞ。私、こう見えても夜には強いんだ」  
「それならいいんですけど…」  
 
うう。今日はこう、エレガントにいくつもりだったのに。  
いきなり大あくびを見られた上、いつもみたいに悪態をついてしまった。いけないいけない。  
コイツに釣り合う、大人のオンナになるんだ。がんばらないと。  
出鼻をくじかれたベッキーだったが、こんなことではくじけない。  
うん。これから、これから。  
「…それにしても」  
「ん?」  
「今日はずいぶんかわいらしい格好ですね」  
「… かわいい?」  
「ええ、いつもより…あ、いえ、いつもがそうじゃないって言うんじゃないですけど…  
その、女の子らしいなって」  
 
 おんなのこらしい。  
   
 嬉しい。嬉しい!  
 サオトメが、女の子らしいって。  
 サオトメが、かわいいって言ってくれた。  
 
「あ、う… その…ありがと」  
「あ、いえ…あの、行きましょうか」  
「…うん」  
 
ベッキーの歩幅にあわせてゆっくり歩く早乙女の後ろをちょこちょこ付いていく。  
…まずい。顔、あげられない。  
早乙女に『かわいい』って言われていつものポーカーフェイスが崩れていくのがわかる。  
はずかしい。こんな顔、見せられない。  
「…宮本先生?具合でも悪いんですか?」  
「! そ、そんなこと…」  
思わず顔をあげて早乙女と目が合ってしまい、息がつまる。  
ぼっと顔が赤くなるのがわかる。  
「大丈夫…だぞ」  
「本当ですか?…具合悪くなったらすぐ言ってくださいね」  
「う、うん」  
歩き出す早乙女。背丈がだいぶ違うので彼の腕が目の前に移る。  
ぼうっとした頭で考える前に、勝手に手が伸びた。  
「あ…」  
「え?」  
ぎゅっ。  
気づくとベッキーは早乙女の手をしっかりと握っていた。それはもう、がっちりと。  
自分でも全く意識していなかっただけに戸惑ってしまう。  
でもなんだか…不思議と少し落ち着いてきた気がする。  
ベッキーはまだ少し赤さの残る顔で早乙女を見上げた。  
「… …宮本先生?」  
「…… ………行こう?」  
蚊の鳴くような声で控えめな意思表示。  
勝気な普段のベッキーとのギャップに、早乙女は果たして何を感じていたのだろう。  
「… は、はい」  
ふっと、顔をそらした。  
少しだけ顔が赤くなっていたような気がする。  
…ドキドキしてくれたんだ。  
少しだけはにかんで、早乙女に目を向ける。こっちを向いてくれなかったけど、  
確かに自分を意識してくれているのがわかる。  
そんな彼の反応が只々嬉しかった。  
 
 
「…やっぱりか」  
「うひゃあー…ホントに早乙女先生とデートしてるよぉ〜…」  
噴水の裏側の大きな喫茶店の影から特徴あるアホ毛がぴょこん、と飛び出した。  
言わずもがな、姫子だ。一緒にいた玲もそっと顔を出す。  
「ちょっと玲、もう大丈夫なの?」  
「…隠れるの、疲れます」  
後ろでくるみと一条が様子を聞いてくる。  
4人が4人、帽子に黒のサングラス、さらにマスクまで装着している。  
典型的尾行ルックだ。  
勿論、外見に重きを置く一条の案であることは言うまでもない。  
…が、朝から喫茶店の影に隠れ、こんな格好でしかも4人となれば当然ながら目立つ。  
すごく目立つ。先ほどから通行人の視線が痛いと玲は感じていた。  
「…なあ、この格好なんとかならんのか?」  
「ダメです」  
1秒と間をおかない即答。妙にガンコなところがある一条は、こうなると絶対ゆずらない。  
こんな格好、尾行には全く適していないと思うんだが…。  
それ以前に尾行というものは玲はあまり好きではない。彼女が好むのはあくまで情報収集、  
情報操作、裏工作であってこういうスマートさに欠ける行動は専門外だ。  
…なんでこんなことしてるんだろう。  
まあストレートに言ってしまえば今回ばかりは彼女たちの熱意に負けた、というところか。  
あの放課後、ベッキーが早乙女に気があるらしい、そして日曜に一緒に買い物に行くらしい  
(五十嵐が何故かやたら嬉しそうに話してた)、という話をすると、すぐに三人は尾行しよう、  
と言い出した。  
 
…もう少しベッキーの立場にたった意見を言って欲しかった。  
せっかくのデート…と言っても差しつかえは無いだろう機会を邪魔するのはどうかと思う。  
しかし、姫子とくるみはともかく、あの一条までもが微妙にやる気を見せていたのだ。  
ここまできたら止めるに止められず、結局玲が折れてこんなことになったのだった。  
「むー…なかなか出てこないね」  
「そうね…何してるのかしら?」  
「服選んでるんだと思いますけど」  
ノリノリの三人を横目に、玲は大きなため息をついた。  
…まあ、しょうがない。たまにはこんなバカやる日があってもいいだろ。  
腹をくくって、次にすべき行動を考え始めたその時、肩をぽんぽんと叩かれた。  
「… 誰…   あ……」  
「あー…何してるのかね?」  
 
 
「こういうのどうですかね?」  
「うーん…ちょっと控えめすぎじゃないか?」  
ベッキーと早乙女はそこそこ大きな服屋で女の子向けの上着を選んでいた。  
早乙女いわく『女の子が好きそうな柄』ということだがそんなもの個人個人で好みが  
違うに決まってるだろ、と思う。  
まあ、どっちにしてもマトモな服なんて選ぶつもりはないんだけどな!  
「これなんてどうだ?」  
ベッキーが取り出したのは大きなパンダの顔がプリントされたTシャツ。  
LOVE PANDAなんていうロゴまでついている。  
悪趣味とは言わないが女の子にプレゼントするには問題がありすぎると思う。  
「うーん…宮本先生はそういうのお好きですか?」  
「トーゼン。自分が好きでもないやつ勧めたりしねぇよ」  
ウソだ。少なくとも自分がこんなもんプレゼントされたら叩き返してしかる後ハイキックかます。  
…それが狙いなんだけどな。  
その『女の子』ってのがどんな子かは分からないけどこれなら…まあいい印象は受けないだろう。  
うむうむ。形勢は私に傾いてるぞ。  
「…あの、宮本先生。何をニヤニヤしてるんです?」  
「! あ、いや。なんでもない」  
「そ、そうですか…?なんかご機嫌なような…」  
危ない危ない。  
ボケてるくせに妙なところでちゃんとヒトのこと見てるんだからな。  
…そこがかっこいいんだけど。  …あう。  
「じゃあ、これにしましょうか。…?やっぱり、どうかしました?さっきから顔が赤い  
みたいですけど」  
「な、なんでもないっての!!」  
「は、はい!」  
また顔が赤くなってしまったので必死にごまかす。  
最近、自分でもわかるほど赤面してしまうことがすごく多くなった気がする。  
全然イヤな気分じゃないけど…やっぱり困る…ような。  
心と体がふにゃっとする悩みに、ベッキーは戸惑いと幸せを同時に噛み締めていた。  
 
「宮本先生、ありがとうございました」  
大きな紙袋をぶらさげて、早乙女が爽やかな笑顔で礼を言った。  
結局あのあともしばらく店にとどまり、色々と見て回っていたのだ。  
Tシャツ、プリーツスカート、キャップに靴下。  
今もスーパーで女の子が好きそうなお菓子を、ということでう○い棒とか  
ねるねる○るねとかを突きつけた。  
他にも結構な数を買ったが、全部その女の子にあげるらしい。  
「それはいいんだけど…そんなにあげてどうすんだ?」  
「いえいえ、お世話になってるヒトですから。これくらいでいいんですよ」  
「ふーん…」  
サオトメの口からその子の話題が出るたび、複雑な気分になる。  
多分、コレが嫉妬とかヤキモチとか言われる気持ちなんだろうけど。  
…私って、こんなにヤな人間だったっけ…  
それに、嫉妬という以前に純粋にその子がうらやましくもあった。  
サオトメからこんなに慕われて…大事に思われて。こんなにたくさんプレゼントを  
もらっちゃうくらい。  
私も…いつか、そんな人間になれるかな。  
早乙女の大事なヒトに… なりたいな。  
早乙女の顔を見上げる。『?』という表情を浮かべていたが、すぐに優しい笑顔を  
返してくれた。  
「う…あ、 そ、そろそろおなか空かないか?お昼ごはん食べたいんだけど」  
「あー、そうですね。そろそろ昼飯にしましょうか」  
はずかしい気持ちをごまかして提案する。  
まあおなかが減っていたのは事実だし、いいか。  
歩きながら短く相談して、近くのレストラン街でランチ、ということになった。  
 
人通りが多い道路を二人でトコトコ歩いていくと、前から怪しい二人組がすごい勢いで走ってくるのが  
見えた。どうやら警官に追われているみたいだ。…怖いな、犯罪者か?  
しかし両サイドとももうヘロヘロだな。どんだけ走ってんだ?  
…あれ。  
「な…なあ、サオトメ。あの逃げてる二人、どっかで見たことないか?」  
「…奇遇ですね。僕もそう思ってたところです」  
たらり、と冷や汗が流れたのを感じた。  
警官に追われている二人組は、しかし無視するにはあまりになじみのある顔だった。  
「あ、ベッキー!た、たすけてぇぇぇぇぇ〜〜〜〜!!」  
「ちょ、ちょっと姫子!もっと急ぎなさいって!」  
「こら!そこのマスクにサングラスの女子二人組!止まりなさい!止まりなさい!!」  
やっぱりか!!  
マスクにサングラス。あまりといえばあまりにイカニモな格好をした姫子とくるみだった。  
ベッキーは知らず駆け出し、彼女らに声をかける。  
「ったくもう…何してんだよお前ら!」  
その声に応えるかのようにスパートをかけ、なんとか彼女のもとに辿り着いた二人は  
膝に手を置き、激しく息を乱しながらあふれる汗を袖でぬぐった。  
マラソン大会のときもこれくらいがんばればいいのに…と妙に冷静に考えた。  
「い、いやいろいろ、あって…はあ、はあ…」  
「ま、まってよぉ、くるみちゃあん…は、はあ、はあ…」  
「お、おい、大丈夫か?ポカリ飲むか?」  
早乙女がカバンから今しがた買ったペットボトルを出して手渡すと、二人で奪い合うようにして  
すごい勢いで飲む。とにかく飲む。  
どうやら相当な距離を走ってきたらしい。  
飲み終えると安心したのか呆心したのか、二人そろってひざから崩れ落ちた。  
少し遅れて警官も追いついた。すっごい息切れしているが目は真剣そのもの。  
ここまで職務忠実な人間見たの久々だな…  
 
「はあ、はあ…さ、さあ!そこの二人、署まで来てもらおうか!? …げほっげほっ」  
「あの…大丈夫ですか?」  
早乙女が心配して声をかける。  
警官は汗を顔いっぱいに浮かべながらもなんとか笑みを浮かべて応えた。  
「お、おお、心配していただき、恐縮です。し、しかし…私は日本の平和を守るために…  
は、はあ、はあ…げほ、げほっ!」  
「平和って…こいつらが何かしたんですか?」  
息を切らし切らし、警官は事情を話しはじめた。  
息を切らし切らし、姫子とくるみがバツが悪そうな顔を見合わせた。  
 
 
「あー…くるみのヤツ、電源切るなって言ったのに…」  
「メール、送れないのですか?」  
「ああ…弱ったな。今ドコにいるのかわからんと場所の指定もできんしなあ…」  
なんとか全力ダッシュで警官から逃げ切り、一条と合流できた玲は、携帯を  
いじりながらブツブツと愚痴をこぼしていた。  
二人とももうマスクとサングラスははずしている。  
「…もしかしてあの警官に捕まってるのか?」  
「それは…大変ですね」  
「お前、あんまり大変だと思ってないだろ」  
「そうでもないですよ?」  
 
また苦笑。  
苦手なものは美術と牛乳しかないと思われている玲だが、実のところ一条のことも得意とはいえない。  
何を考えているのかよくわからない人間は玲のようなタイプからすれば苦手だった。  
まあ、それはおいといて。  
「ったくよー…なんで私がこんなことしなきゃならんのだ?」  
「…宮本先生が心配だから、じゃないんですか?」  
「…何?」  
思いもよらない一条の言葉に、思わず目を向けてしまう。  
「…宮本先生が心配だから来たんでしょう?」  
「……  …さあな」  
「…そうですか」  
そこまで話すと一条のほうから目をそらした。…こいつ。  
まあ、一条の言うとおり…結局のところベッキーが心配だから来たんだけど、さ。  
…やっぱり自分の心を読まれるのはいい気分じゃない。  
心持ち自分からも目をそらす。しばらく無言で歩き回っていたが、大きな交差点が見える  
ところまで来たところで一条が声をあげた。  
「…いました」  
「え?」  
一条が指を指す方向に目を向けると確かにベッキーと早乙女がいた。  
…姫子とくるみも。  
早乙女がさっきの警官と話をしている。  
多分、なんとか今回は見逃してもらえるよう説得してるんだろう。  
警官には捕まらないかもしれないけど…ある意味それ以上に捕まっちゃいけないヤツに  
捕まったか。  
ベッキーが気づいたらしくこっちを向く。腕を組んで、なんだか怒っているみたいだった。  
…本ッッッ当についてない。  
頭をかかえてとぼとぼ歩く。ぽん、と肩に置かれた一条の手が妙に優しかった。  
 
一昔前の雰囲気を残したファミレスで、6人という人数にもかかわらずさきほどから  
一言も、誰もしゃべらない集団がいる。  
金髪のチビッコがジト目で4人の女の子をにらみつけ、体の大きな男がオロオロと所在なさげに  
目をきょろきょろさせていた。  
言わずもがな、ベッキーたちだ。  
安くて美味しいフレンチをご提供、がウリのレストランではあったが、ベッキーの放つ一種異様な  
威圧感のせいで店内の空気はずっしりと重い。可愛そうに、若いウェイトレスは営業スマイルすらできず、  
注文をとったあとはそそくさと逃げるように厨房に走っていった。  
「い、いやあ、こんなところでお前たちに会うなんて奇遇だなあ、ホント」  
「サオトメは少し黙ってろ」  
「はい」  
結局、警官と話をする段階で、流れで姫子たちのことを話さざるを得なくなってしまい、尾行が  
バレてしまったのだった。マンガの読みすぎだ、と思うがそんなことを言う気もなれない。  
沈黙に耐えかねたのか、くるみが恐る恐る声をあげた。  
「あ…あのさ、悪かったなーって思ってるんだよ?」  
「うっさい」  
「……あう」  
静かな怒りを込めた声で一蹴された。  
 
しかし彼女が一番怒っているのは、尾行されたことよりも、楽しいランチタイムを邪魔されたことだった。  
早乙女がいる手前、4人に帰れと言うわけにもいかず、結局6人で食べることになってしまった  
のだ。  
かねてから考えていたコーヒーをわざとこぼす→わざと利き腕にかける→熱いだろうけど  
なんとか我慢→手が使えなくなった、といって早乙女に『あーん』ってしてもらう(勿論彼が  
使ったフォークで)、という計画もおじゃんとなってしまい、機嫌は最悪だった。  
「だ、だってさ、早乙女先生を信用してないわけじゃないけど、やっぱり心配だったんだもん…」  
「心配です」  
「…僕、信用されてない?」  
…彼女たちの言い分は勿論わかる。心配してくれたのは嬉しいし、少し過激だけどそれを  
行動で示してくれたこともありがたいとは思う。  
しかし、今回は誰にも干渉されたくないというのが本音だった。  
二人で楽しく買い物してどこか遊びに行きたいだけだったのに…。  
文句を言おうにも、こう言われたら邪険に扱うこともできないじゃないか。  
「…宮本先生、許してやれませんか?彼女たちも宮本先生のためを思ってのこと  
だったみたいですし」  
「うー………まあ、そういうなら…」  
まだいささか納得しかねるところはあるものの、確かにいつまでも怒っていてもしょうがない。  
それに…オトナのオンナはどんなことにも余裕を持って行動するものだ。  
ふん、とイスにふんぞりかえって腕組みをする。普通の女性がやれば少々はしたない  
と言われるかもしれないが、ベッキーくらいの子供がやると可愛らしいものだ。  
「し、しょうがないな。もうこんなことすんなよ!」  
さりげなくテーブルにおいてある観葉植物を右手でぐりぐりいじりながら言う。  
…彼女が右手で何かをいじくっているときは怒っているフリをしているサイン。  
それを良く知る4人はひとまず安心しつつももう一度頭を下げた。  
「う、うん、ごめんね、ベッキー…」  
「えと…ごめん」  
「ごめんなさい」  
「… 悪い」  
 
ベッキーが少し照れた顔でそっぽを向いた。  
謝るのも謝られるのも苦手、っていうのも面倒な性格ね。  
汚れた眼鏡をふきながら玲はそんなことを思った。  
…ひとまず一件落着、か。  
「……ふう」  
なんとかうまく話がまとまったところで、早乙女は自分の喉がカラカラに渇いている  
のに気づいた。つい今まで結構な緊張状態だったので仕方がないことだった。  
「…じゃあ僕、ドリンクバーで皆の分の飲み物取ってきますね」  
「ん、頼む。私コーラな」  
「あー、じゃあ私も」  
5人の希望を聞くと、早乙女はコップを器用に人数分もって席を立った。  
さすがにバランスをとるのが難しいのか足取りはひどく遅い。何回かに分ければ  
いいのに、と皆が思ったが今声をかけると危ないみたいだったので黙っていた。  
「…さて、と。それで?デートは楽しい?」  
「… ……なッ」  
早乙女がいなくなるや、いきなりな玲の問いに思わず声をつまらせる。  
すぐに顔を真っ赤にして、口をぱくぱくさせた。  
「な、な、な、な、何言ってるんだよ!!だ、誰がデートなんか!!アイツのことなんか  
何とも思ってねぇ!!」  
「…あーもういい、わかったわかった」  
「うー、ベッキー…」  
姫子でも言わなくてもわかる。態度は口ほどにモノを言い、今のベッキーの態度は  
早乙女を特別な意味で意識している、と4人に本当だとわからせるのに十分だった。  
「ねえベッキー、説得力って言葉知ってる?」  
「う…うー。…」  
「ベッキー、私たち誰にも言わないよ?私たちに隠し事なんてナシでしょ?」  
「あーもう!だから知らない!そんなこと知らないー!!お前ら尾行したうえにこんなこと  
まで言うのかよー!!」  
 
くるみと姫子に詰め寄られるも、自分の気持ちに素直になるのがことさら苦手な  
ベッキーはそれを認めようとはしない。  
…やれやれ。この様子じゃ、これ以上進展しそうもないか。  
その様子をなかば呆れながら見ていた玲がふとそんなことを思う。  
「…宮本先生も素直じゃないですね」  
「そう…だなあ」  
一条のことばに深く同意する。  
ベッキーはこんな調子だし、早乙女はボケてるしとにかくニブい。これで自分たちで  
一歩を進めろ、というのも確かに無理な話だと思った。  
仕方ない。ちょっとだけ、きっかけだけ用意してやるか。  
 
「…はあ…」  
人数分のジュースを注ぎながら早乙女はため息をついた。  
後ろからベッキーたちの大きな声が聞こえてくる。  
 
『アイツのことなんか何とも思ってねぇ!!』  
 
「…何とも、か」  
たまたま聞こえてしまったベッキーのその一言が気になっているらしかった。  
どことなく憂鬱な顔を浮かべ、コーラを注ぐ。  
「それでも…行くっきゃない、よなあ」  
すべてのコップにジュースを注ぎ終えた早乙女は、上着のポケットにしまってあった  
くしゃくしゃの紙切れに手を伸ばした。  
 
「んぐんぐ…んー、このハンバーグおいしいなあ」  
「うん。この店のメニューはみんなおいしいよ」  
しばらくするとメニューがとどき、早乙女が戻ってきたのでひとまずお食事となった。  
おいしいものを食べれば気分はよくなるもので、さきほどまでの空気とはうってかわり、  
皆が皆楽しそうに話をしている。  
「早乙女先生、今度の体育のテスト、点数まけてくださいよー」  
「はっはっは、それは無理だなあ」  
「そんなこと教師に直訴すんなよ、くるみ」  
「では…どうしたらいいんでしょうか」  
「むー、オマケしてもらわないと私また追試だよぉ〜〜〜〜」  
…そろそろかな。  
ひとまず自分のミートスパゲティを食べ終えた玲がさりげなく話題を切り替える。  
「ところでベッキー、早乙女先生。このあとの予定は?」  
「ん…ああ、駅前に大きい水族館ができただろう。宮本先生に付き合ってもらったお礼に  
ちょっと行ってみようかと思ってるんだが」  
「へ!?」  
またしても間の抜けた声。  
早乙女を意識し始めてから、彼の一挙手一投足にさりげなく目をやるようになってからは  
こんなことが多くなった気がする。  
「あ…と、これです。チケットもらったんですよ。すっごく面白いらしくてもう楽しみで!  
…あ、えーと…その、時間あったら、でいいんですけど」  
胸のポケットから桃月大水族館、と書かれたくしゃくしゃのチケットらしきものを取り出す。  
チケットと早乙女の顔を見比べ、またしても腕を組みながら偉そうに言った。  
「………しょ、しょうがない、な。つ、付き合ってやるぞ?」  
どもりすぎだって。  
四人が同じコトを考え、顔を見合わせて苦笑した。  
とにかく、このあとのルートが決まってるなら都合がいい。  
そう思うと、玲が突然大声をあげた。  
 
「あ!外でメキシコの大スターホセが路上ライブしてる!!」  
「え!?」  
「ど、どこどこ!?」  
---チャンス!  
皆の意識が外に向いた一瞬のスキをつき、服の内ポケットから怪しげな小瓶をとりだすと、  
ベッキーと早乙女のジュースにささっと少し黄色がかった粉末を入れた。目にも留まらぬ早業だ。  
「どこだよ、玲?」  
「あ、ごめん。まちがい」  
「何よー、期待したのに…」  
ブツクサ文句をいいながらまた食事に戻る。  
こいつらがみんなミーハーでよかった、といつもと変わらぬ表情で思った。  
「まったくー…ん、ごきゅ、ごきゅ」  
「まあまあ、誰にだって間違いはありますよ。…んぐ」  
気が抜けたのかベッキーと早乙女がジュースを飲む。玲の眼鏡がきらりと光った気がした。  
 
「それじゃ、私たちはここで帰るから。あとは二人で仲良くデートの続きを楽しんできな」  
「だ・か・ら!デートなんかじゃないって言ってるだろー!!」  
「た、橘…そういうわけじゃなくてだな…」  
ベッキーがまた顔を赤くしてわめいた。  
早乙女は早乙女で困ったような顔をして玲に声をくぐもらせて反論したが、当然ながら  
誰も相手にしなかった。  
昼食を終えると、とりあえず姫子、くるみ、一条、玲はここで帰る、ということになった。  
もともと二人の予定だったんだし、邪魔するのも悪い。  
『アレ』まで使ったんだ。ますます他人がいちゃ悪いだろう。  
「ベッキー、ちゃんと事後報告するんだよ!」  
「それじゃ早乙女先生、くれぐれも…わかってますよね?」  
「頼むからもっと信用してくれよ…」  
姫子がベッキーにクギをさし、くるみが早乙女にクギをさす。  
二人ともただただ苦笑するしかなかった。  
ぽん。  
「…? 橘?」  
「がんばってくださいね、色々と」  
「な… 何言ってるんだよ!?」  
「いえいえ。それじゃ」  
意味深なことばを早乙女に残し、玲は去っていった。  
ただ、やけに優しい笑顔だけが印象に残った。  
顔に『?』を浮かべたまま、ゆっくりと歩き出した。  
 
「そんじゃな」  
「ああ、それじゃ」  
短くことばを交わして、玲たちは商店街のほうに、ベッキーたちは水族館のほうに  
足を向けた。  
まだ太陽が照っているが、駅の前でひとまずの解散。  
休日の昼間という時間に、おおよそ若者が求めるものが大概はそろっている場所なので人通りも多い。  
誰も桃月市から出ないのだが、目印としてやはり駅というのは便利だったりする。  
まだまだ家に帰るには早い、ということで玲たちは玲たちでどこかに遊びに行くつもりらしい。  
「ねね、ドコいこうか?私カニ食べたいなあ」  
「私はブタがいいなあ」  
「…牛がいいです」  
「今食ったばっかだろ…」  
4人の背中を見届けると、ベッキーは腰に手を当て、スパっと言葉を切り出した。  
「ほら、水族館行くんだろ?さっさとしようぜ」  
「そうですね。時は金なりって言いますし」  
「ん、そうそう。よし、ゴーゴー」  
またしても二人っきり。  
手をつなごうとする…が、今度はやたら意識してしまってダメだった。  
はずかしいのをごまかして、またいつもみたいに。  
「ほらサオトメ、早く来いってばー!」  
「ちょ、ちょっとまってくださいよ!荷物多いんですから!」  
「むー…オトコが情けないこと言うな!」  
そんないつものやり取り。  
楽しい。すごく楽しい。  
けど…少しだけ。少しだけ物足りなそうだった。  
 
「あーーーーカニたべたーーーーい」  
「いーや、カニより断然ブタだねブタ!」  
「うー、くるみちゃん分かってなーい!カニドリア〜〜〜〜ン!!」  
「牛…」  
姫子たちがひたすら己の食欲に忠実な会話を展開している中、玲は  
ベッキーたちのことを考えていた。  
まあ、大丈夫だとは思うんだけど。  
「どうかしたんですか?」  
「いや。なんでもないよ」  
一条の詰問にとりあえず有体の返事を返す。  
なんでもない、というのはもちろんウソだが…別段深く意識する必要もないだろう。  
あとは本人たちの問題。  
ま、うまくやんなよ。  
ふっと優しい笑みを浮かべ、上着の内ポケットに入っている小瓶をちらっと見る。  
黄色がかった砂のようなさらさらした粉が太陽に照らされてきらりと光った。  
 
「うっわあ…おい、見ろ見ろサオトメ!サメだぞサメ!うわあ、かっこいいなあ」  
「おわ、結構迫力ありますね」  
「わわ、こっちはエイだな。かわいいなあ」  
「…かわいいですか?」  
暗い通路にブルーのライトが照らされる。  
サメ、エイ、ヒトデにマンボウ。  
目をきらきらさせてはしゃぐベッキーに早乙女が続いていく。  
玲たちと別れて、二人は当初の予定通り水族館にやってきていた。  
一日いても飽きないように、という触れ込みでつくられた大型水族館は、しかし  
あまり盛況とはいえず、お客は他にあまりいなかった。  
「あ、おい!オオサンショウウオがいるぞ!…ウチにいるやつと同じカオしてるな」  
「ああ、あのオオサンショウウオですか。そろそろキャンプ場の川に帰してやらないとマズイ  
かもしれないですね。一応天然記念物ですし」  
「えー。やだよ、めんどいし」  
「こらこら」  
確かに見るもの見るものに興味を示し、心底楽しく見物しているベッキーではある。  
しかし、頭の中は早乙女のことでいっぱいだった。  
さっきからなんとかまた手をつなごうと思い、アプローチを試みようとはするのだがどうにも  
ここだ、というところで恥ずかしくなって一歩が踏み出せない。  
朝方彼と合流したときのように自然に手が伸びてくれれば、と思うが意識しすぎると  
そういったことは往々にして起こらないもので、普段強気にしてるくせにこういうことは  
さっぱりな自分がほとほと情けないと思った。  
 
とんとん、と階段を上がる。上がった先のフロアにもあまり人がおらず、水槽の水が  
入れ替わるこんこんという音だけが静かに響いていた。  
「お、宮本先生、カニですよカニ。エイよりこっちのがかわいいですって」  
「んー…まあ、こっちもかわいいけどさあ」  
カニと触れ合える特設コーナー。  
ちっこいカニが所狭しとちょろちょろ動きまわっている。  
それを見たベッキーは手を握れない鬱憤をひとまず微妙に晴らすことにした。  
びしっ  
びしっ びしっ  
 
びしっ  
「あ、あの、宮本先生…何かいやなことでも?」  
「ん?(びしっ)… そんなことは(びしっ) …ないぞ(びしっ)…っと」  
…私、何やってんだろうなあ。  
指先でカニを小突きながら自問してみる。ちょっとむなしい。  
ああ…なかなか思い通りになんねぇなあ。  
早乙女と…その、恋人同士になる条件はあとたった一つ。  
つまり、早乙女がベッキーを好きになってくれること。  
それが難しい。  
そりゃあ…私は背もちっこいし、胸もぺったんこだけどさ。  
性格も多分いいって言えないんだろうし、料理とか掃除とかさっぱりだけど。  
天才って言われてるだけで、女の子として全然魅力なんてないかもしれないけど。  
サオトメの好みなんかじゃ全然ないと思うけど。  
それでも、それでも。  
世界で一番、サオトメが好きだっていう自信はある。  
誰よりも。  
誰より  
 
そこで唐突に頭に浮かんだ疑問。  
恋愛というものは、お互いがお互いを好きでないと成立しない。  
まあそれが基本なのだが、自分が好きな人が、別な人を好きだったら?  
自分が好きな人が、別な人を誰より好きだったら?  
…つまり。  
「…なあ、サオトメ。そのプレゼントあげる子って、いい子か?」  
「え?」  
早乙女が腕からさげている紙袋をびしっと指差して言う。  
突然のことに、早乙女は意味がわからない、という顔だ。  
「だからさ、その…プレゼントあげる子って、どんな子だ?」  
「な、なんですか?突然…」  
「いいから、答えろ」  
自分のニブさに腹が立った。  
忘れて…いや、考えないようにしていた。  
ただの友達関係なんだろうと勝手に考えていたけど、それは根拠なんてまるでない  
仮定だ。  
オトコが女の子にプレゼントなんて、よほどの事情がなければしないだろう。  
お世話になってるから、といってもそこには何がしかの意識があるはずだ。  
もし…もしサオトメがその子を… そのとき、私はどうしたらいいんだろう。  
そんなことはまだまだ子供なベッキーには皆目見当もつかなかったが、とにかく  
今はそれだけを知りたかった。  
「え、えーと…いい子、ですよ?」  
「どんな?」  
「どんなって…えーと…その…そう、ですね」  
ものすごく困った顔をする。  
…いや、困った、というよりはあまり答えたくない、という顔?  
「がんばり屋なところ、ですかね」  
「がんばり屋?」  
「ええ。普段はあんまり活動的じゃないんですけど…友達のためだったら一生懸命に  
なれるところが。彼女のそんなところ、好きなんですよ」  
さっきの顔から一転、少しはずかしそうな、誇らしそうな笑顔で言った。  
 
         え  
 
世界が暗転した。  
 
「…その子のこと、どう思ってるんだ…?」  
「え…」  
震えそうになる声を必死におさえ、ストレートな疑問をぶつける。  
早乙女は面食らった顔をするが不意にマジメな顔をして静かに答えた。  
 
「そう…ですね。好きだと…いえ」  
 
いやだ。  
答えるな。  
その続きを言うな。  
そんなベッキーの祈りにも似た無言の訴えはしかし彼には届かなかった。  
 
「好きです」  
 
しばらくの沈黙。早乙女は急に顔を赤くして話題を無理に切り替えた。  
「ま、まあそんなことはいいじゃないですか!ほ、ほら。屋上でイルカショーやるみたいですよ。  
行きましょう?」  
「……あ   …ああ」  
 
 
 
あの顔。楽しそうな。嬉しそうな。少しはずかしそうな。それでいて、誇らしそうな。  
 
『好きです』  
 
頭が真っ白になった。  
聞かなければよかった。  
好き。サオトメはその子が好き。  
 
頭では『失恋』というものを知っていた。  
日本のテレビドラマでは好まれる傾向にある題材だ。  
が、そんなものと比較にならない。  
悲しい。悲しい。悲しい。悲しい。  
不意に目の前の風景がぐらりとゆがんだ。  
目に涙がたまってきたのだ。  
袖でごしごしと拭く。それでもまた涙は溢れ出した。  
 
突然の寒気。早乙女に気づかれないように自分の体をぎゅっと抱きしめた。  
さっきとは違う。違う意味で早乙女の顔が見られない。いや、見たくない。  
今見たら、絶対泣いてしまう。  
 
ふらふらと早乙女のあとに続きながら、もう自分は笑えないかもしれないとさえ思った。  
それでもこみあげる涙を無理やり押さえ、ふらつく二本の足を支えているのは彼女の  
プライドと…それでも早乙女に自分の泣き顔なんて見せたくなかったからだった。  
「さ、行きましょう!」  
「… う、ん…」  
ぎゅっと早乙女から手を握ってきた。  
でも、その大きくてあったかい手が今はただただ辛い。  
顔を伏せていたせいで、早乙女の顔が赤いのにまったく気づかなかった。  
 
「楽しかったですね」  
「あ… うん」  
イルカショーを見終えた二人はそろそろ帰ろうとエレベータに向かっていた。  
ショーの後はイルカとの触れ合いタイムなので帰ろうとしているのはベッキーと早乙女だけだ。  
しかし早乙女にあわせてはいるが、実際はイルカショーのことはほとんど頭に残っていない。  
とにかくそんな気分ではなかったし、もう何も見たくなかったのでほとんど下を向いていていた。  
ここで帰ろうとしているのもベッキーが調子を崩しているように見えた早乙女が促したからだった。  
お前のせいだといえたらどんなに楽だったろう。  
「…宮本先生、今日は本当におかしいですよ?調子が悪いなら…」  
「う…るさい!少し黙れ!!」  
「!!」  
自分でも聞いたことのないほどの怒号。  
理不尽な感情の矛先には何もない。  
天才だとか関係ない。そこにいるのは大好きなヒトに大好きと言えない女の子だった。  
「あ… …」  
ようやく自分が何をしたか気づく。ますます悲しそうな顔をして顔を伏せた。  
「…悪い… でも、もう疲れた。…帰るよ、私」  
「宮本先生…」  
明らかに自分から目をそらし、エレベータに向かうベッキーを見て早乙女は心底辛そうな顔をした。  
屋上へはエレベータを使わないと行けず、また戻ることもできない。少なくとも一階に降りる  
まではベッキーと早乙女は一緒でないといけない。  
降りたら、さっさと走って帰ろう。さっさと帰って、思い切り泣きたかった。  
『屋上でございます』  
チーン、という音とともにエレベータのドアが開く。  
足を伸ばしながらちらりと早乙女がぶらさげる紙袋に目をやる。  
さっき屋上のアクセサリーコーナーで何かを買っていた。  
…もう、知らない。サオトメなんか知るもんか。  
早乙女はあせっているとか、困った顔とかでなく、ただただ悲しそうな顔をしていた。  
エレベータはとにかく大きく、ガラス張りで外の町並みが遠くまで見え、今は夕陽に  
照らされてすごく綺麗だった。  
そろそろ沈みそうな太陽を見ていると少しだけ気分が落ち着いた気がした。  
 
ブーーーン…  
エレベータが静かに下降する音を聴いて、二人は声を交わすでもなく夕陽を  
見つめていた。  
ベッキーは思う。  
もうサオトメと顔をあわせることはできない。明日になったら校長にかけあって…  
学校、やめよう。  
もはや何をしたいのかもわからなくなっていたベッキーは、ぼうっとする頭で  
漠然とそんなことを考えていた。  
そのとき、  
 
ギギギ… ガタン  
 
「…え?」  
「あれ?」  
同時に声をあげた。  
エレベータが止まった。  
「…なんだってんだよ」  
「なんなんでしょうか…えーと、連絡スイッチ…と」  
早乙女が業者に連絡するスイッチを押すが何の反応もない。  
かち、かち、かち、かち。  
なおもスイッチを押すがまるで反応しない。  
「うーん?」  
よく見るとドアの上の階数表示のランプも消えている。  
下を見ると入り口のネオンはついているので停電ではないようだ。  
…となると考えられるのはひとつ。  
「……マジかよ…」  
「え?え?宮本先生、どういうことですか?」  
イマイチ状況を把握できていない早乙女の間抜けな声。  
もはやその声を聞くことすら耐えがたい苦痛。  
しかも今…よりによって。  
「…故障、だよ」  
 
「故障?」  
「ああ…故障。できたばっかだからな、ココ。別に起こってもおかしくない」  
はき捨てるように言う。  
神様というものを信じないベッキーだったが、今回ばかりは神様にツバをはきかけてやりたい  
気分だった。  
「えーっと…つまり」  
早乙女がまだ緊張感を感じさせない声であれこれ言おうとする。  
しかしそれはベッキーの言葉にさえぎられた。  
「…しばらくここから動けないってことだよ」  
「あ、なるほど」  
「なるほどじゃねぇよ、バカ」  
「…すみません」  
そこで会話を打ち切るとベッキーは壁によりかかり、ずるずると腰を下ろすと、力なく  
ため息をついた。  
少し距離をおいて早乙女も腰を下ろし、所在なさげに視線を外に向ける。  
暖かい日の光が入ってくるのが唯一の気休めだった。  
 
「…………」  
すでにエレベータが止まってから数十分がたっていた。  
その間、ベッキーと早乙女の間には一言として会話は交わされていない。  
相変わらずひざに顔を埋めてベッキーはこの不運を嘆いていた。  
「(…なんで、こんなときに…)」  
一刻もはやく早乙女と別れたいこのときにこの事故は本当にひどいと思う。  
もう同じ空間にいるだけでつらくなってきていた。  
とにかく今はこうしていれば早乙女の顔を見なくて済むし、この状態で私に話しかけると  
いうこともしないだろう。  
しばらくすれば業者が修理に来るはずだ。  
エレベータが復旧するまではずっとこの状態でいようと思ったが、はやくも予想は  
裏切られた。  
 
「宮本先生」  
 
「…え?」  
まったく予想していなかった早乙女の声。  
思わず顔を上げて彼の顔を見る。夕陽に照らされてよく見えなかったが、なんだか  
怒っているようだった。  
「なんで何も言ってくれないんですか」  
「な…何、を」  
彼のことばが心に突き刺さる。  
彼の目が自分をまっすぐ見ているのがわかる。  
「どうして僕を頼ってくれないんですか」  
「…うる、さい」  
おまえのせいなのに。  
おまえのせいなのに!  
もうほっといてくれよ!!  
もう…もう私にかまわないでくれよ…  
「うるさい…うるさいうるさい!!黙れって言っただろう!!」  
もうイヤだった。  
こんな気分になるんなら、早乙女を好きになんかなるんじゃなかったとまで思った。  
だからせめて…いっそのこと、彼に嫌われてしまおう。  
半ば以上自暴自棄になっていたベッキーはさっきとは比べ物にならない大声で彼の  
ことばを律しようとする。  
しかしそんなベッキーのことばを、早乙女は正面から受け止めた。  
 
「黙りません!!」  
 
「ひっ……」  
びりびり、とエレベータが揺れた気がした。  
ここまで本気で怒った早乙女を見たのは初めてだった。  
すっくと立ち上がり、ベッキーの目を真正面から見つめる早乙女。こんなことになってしまっても  
まだ早乙女のことを好きな自分を感じながら、ベッキーも彼の目を見つめ返した。  
「どうして誤魔化すんですか!朝からずっとそんな状態じゃないですか!そんなに僕は  
頼りないですか!?」  
「う、う…」  
彼のことばは自分を心配してくれているからこそのもの。  
なんで。なんでだよ。  
なんで優しくするんだよ。  
どうして好きでもない女の子に優しくするんだよ…ッ  
「うるさい…うるさい!お前には関係ない!!私に話しかけんな!!」  
「そんなことできません!」  
「なんでだよ…!なんで!なんで!!」  
もう押さえがきかなかった。  
自分でも何がしたいのかまるでわからず、頭はぐちゃぐちゃになっていた。  
それでも無理やりことばをつくり、どうしようもない怒りと悲しみを早乙女にぶつけた。  
「なんで私に構うんだよ!!」  
「だって!!」  
 
突然のことだった。  
ふわっと、ことばと裏腹にとても優しく、早乙女がベッキーの小さな体を抱きしめた。  
きゅっと力をこめて、心に手が届くようにことばを紡いだ。  
「宮本先生、泣いてるじゃないですか」  
「え… …」  
突然優しくなった彼の声色に驚きながら自分の顔に両手をあてる。  
もう涙でぐちゃぐちゃだった。知らないうちに泣いてしまっていたのだ。  
あとからあとから、ぽろぽろと止まることなくベッキーの青い瞳から涙があふれだしていた。  
「あ、れ… わ、たし…」  
「…何があったかはもう聞きません。でも泣きたいときに泣けるのは子供の特権ですよ?  
…僕でよければ胸くらいは貸せますから」  
「ば、か…私は子供じゃ… う…」  
この男のせいで私はつらい思いをしているのに。  
この男のせいで私は泣いているのに。  
それでもこの男の胸は大きくて。この男の手は優しく私をつつみこんでくれる。  
あったかい。  
「う、ぐす…う、うう…うわああああああああああああああああああああん!!」  
「…よしよし」  
「ひっぐ、ひぐ…うぇ…う、うわああああああああああ…サオ、トメ…」  
大好きな人。世界で一番大好きな人。  
その人の胸の中ですべてをぶちまけて泣く。  
自分の中のすべての黒い感情が瓦解していくようだった。  
いつまでもいつまでも、早乙女は優しい笑顔でベッキーの背中を叩いていた。  
 
「… ……宮本先生?」  
「ありがと」  
「え?」  
「…ありがと。一応礼は言ってやる」  
「…どうも」  
ひとまず泣き終えたベッキーがいつもの調子で早乙女に声をかける。  
彼女の勝気なことばを聞いた早乙女は安心したようにベッキーから体を離そうとする。  
「 あ……ちょ、ちょっと待て」  
「? なんですか?」  
「その…もう少しだけ…な?」  
きょとんとした早乙女の顔を見上げる。早乙女は照れたようなベッキーの顔を見ると顔を  
赤くしながら答えた。  
「…い、いいですよ」  
「… あ」  
きゅっ。  
ベッキーの頭を手でおさえ、自分の胸に押し付けるかたちになる。  
気持ちいい。あったかい。  
顔を真っ赤にしながらも目を細め、『ほぅ』っと妙に色っぽいため息をつく。  
もうずっと、ずっとこのままでいたい。どんなことがあっても、たとえ世界を敵にまわした  
としても、最後にサオトメがいてくれれば私はずっと笑っていられる。  
早乙女の暖かさを感じて、もうベッキーは吹っ切れていた。  
この時間が終わったら…今度は私はもう退かない。もう泣かない。  
早乙女の背中にそっと手をまわして、きゅっと抱きしめかえした。  
 
しばらくそうしていると、早乙女が照れたように切り出した。  
「… …タイミング逃しちゃいましたけど…はい」  
「? これ…え?」  
少しだけ体をはなして手渡す。  
それは  
「全部、宮本先生に」  
「……え ええ?」  
突然、早乙女がわたしてきたもの。あの紙袋。  
服と、お菓子と、いろんなものがはいったあの紙袋。  
「ちょ、ちょっと、待てよ。これ…知り合いの、女の子の誕生日に…」  
「え、と…だから、その…ああ、もう!」  
微妙にベッキーから視線をそらしていた早乙女が顔を赤くする。  
腹をくくったのか、ベッキーの両肩をがっちりつかんで、その割にはずいぶんと  
お決まりのセリフを吐き出した。  
「誕生日、おめでとうございます。宮本先生」  
「…  え」  
ちょ、ちょっと待てよ。  
…あれ?そういや…  
あ、れ。今日、私の誕生日、だったっけ。…すっかり忘れてた。  
サオトメはこのプレゼントをあげようと思ってた子が好き。  
私はサオトメが好き。  
で、そのサオトメがプレゼントをあげようと思ってた子は  
 
わたし  
 
え つまり  
       サオトメは…  
 
「…さお、とめ」  
信じられない、という顔でぽつりと漏らす。  
早乙女は今度は顔を赤くしながらもベッキーの目をしっかりと見据えてことばを紡いだ。  
「…迷惑だったら捨ててください。僕の身勝手な気持ちです」  
「い、いやだから!これ、つまり…お、お前…」  
「…宮本先生。こんな大変なときに言うことではないと思います。言っちゃいけないこと  
だって思います。…でも、今言わないと多分言えない。…僕は…僕は」  
嬉しい?楽しい?怖い?何?  
自分でもまったくわからない気持ち。不安。期待。  
それを顔に全く隠すことなく出して彼のことばを待つ。  
それでも感じていたこと。  
これまでの短い人生の中でもっとも長い、限りなく永遠に近い一瞬。  
 
 
「宮本先生が好きです」  
 
 
「さ、お…」  
「…最低ですよね、僕。教師が教師を…しかも、まだ小さい女の子が好きなんて」  
「… 」  
「それに…その好きなヒトが泣いてしまった理由がまだわからないんです。本当、最低…ですよね」  
「サオトメ…この…  バカ!!」  
申し訳なさそうなあの顔をして頭をかかえているサオトメに。  
ガタン!とエレベータ全体が揺れる衝撃。  
ベッキーは早乙女の首に両手をまわすとそのまま早乙女を押し倒そうとする。  
ベッキーの迫力に気おされて、早乙女はあっさり後ろ向きに倒れるかたちになった。  
「ちょ、ちょっと、宮本先生?」  
「お前のせいだ」  
「え?」  
「お前のせいで泣いた。責任とれ」  
「え?え?ど、どういう意味…」  
続きはいえなかった。  
でも、涙で濡れるベッキーの顔に、確かに最高の笑顔があったのを早乙女は見た。  
早乙女の口をベッキーの唇がふさいだ。  
 
「…!? ん、ん…」  
「…ん …ちゅ、ちゅ…」  
目を見開き、驚いたふうな早乙女。  
ベッキーは懸命に早乙女の唇を味わおうと彼の頭を押さえつけ、夢中で貪る。  
どれくらい経っただろうか。10秒?1分?もっと?  
ベッキーがゆっくりと唇を離す。  
お互いに目をとろんとさせて息を荒げた。  
ベッキーがいつもの強気なことばで、しかし顔を真っ赤にしてことばを吐き出す。  
「本当に最低だよ、お前。私の心を好き勝手いじってくれてさ?」  
「み、宮本先生!?な、何を…」  
「…わかってんのか?私、嫉妬深いぞ?わがままだって言うぞ?あとでやっぱりナシって  
言っても、かまわず後ろについてくぞ?」  
「ちょ、ちょっと先生、それって…」  
「…ああああああ、もう!キスまでされてまだわかんねぇのかよ!!」  
顔をこれ以上ないほど紅潮させ、両腕をぶんぶんふりまわす。  
状況をいまだに把握できていない早乙女は困惑の色を浮かべながら、しかし  
ベッキーがかわいいということだけは思っていた。  
「好きだよ!大好きだよ!お前のこと、誰よりも大好きだ!!」  
 
力の限り叫んだ。  
早乙女が大きく目を見開き、唖然としているのがおかしかった。  
「…大好きだよ、サオトメ」  
「み、みや…」  
「名前で呼べ、バカ」  
そういってまたふわりと抱きつく。  
ようやく事態を飲み込み、顔に隠すことのない喜びをあらわした早乙女は彼女の  
さらりとした髪を撫でながら。  
「…レベ… みやもと、先生」  
「んー!名前で呼べっていってるだろ!」  
「い、いや…やっぱり、僕の中では宮本先生はずっと宮本先生なんで…」  
「もう…ばか!」  
口ではこういうも顔は満面の笑顔。  
まだ涙があふれていたがもう悲しみはない。  
じっと互いの目をみつめ、ゆっくりともういちど口付けた。  
遠くに見える海が、街を走る車が、道を歩く人が、世界を照らすかのような夕陽が。  
すべて、二人を祝福しているようだった。  
 
 
「…そ、か。五十嵐先生が…」  
ベッキーと早乙女は互いによりそってエレベータのドアによりかかっていた。  
もう停止してから一時間近くたつがまだ復旧しない。  
でも、今しがた恋人同士になった二人にとってはそれは些細な問題だった。  
「ええ。…お礼、いわないといけないですね」  
早乙女が五十嵐にベッキーを振り向かせる相談をしていたこと。  
今日がベッキーの誕生日だということ。  
そして、多分ベッキーは自分の誕生日を忘れているだろうから買い物に誘ってドッキリ  
プレゼントを仕掛けること。  
早乙女はそんなことを話してくれた。  
そのせいでベッキーを泣かせてしまって辛かった、といいながら。  
ベッキーも嫉妬の相手がまさか自分とは思わなかった、と笑っていた。  
おかげで、もっと喜べたんだけど。  
「んー。道理でお前にしては気が利いたことすんなって思ったよ」  
「ちょ、ちょっと!そりゃ失礼じゃないですか?」  
「んふふ。ごめんごめん」  
しばらくの心地いい沈黙。  
ぽーっとして彼のたくましい体に触れているとにわかにドキドキしてきた。  
 
あれ。  
ドキドキ。ドキドキ。  
お、かしい。これ、いくらなんでも…。  
胸をおさえる。息が荒くなっているのがわかる。顔が紅潮する。  
ドキドキしすぎ、じゃないか?  
これが…恋?  
そんなわけはない。もちろん玲の薬のせいなのだが、いまだ体験したことのない  
強い感情にベッキーは焦がれた。  
涙ぐみ、息を荒げ、顔を真っ赤にして早乙女の顔を見上げると、彼もどうやら同じような  
状態らしい。息を荒げ、ベッキーを見つめている。  
「…宮本先生…」  
「サオ…ひゃん!?」  
「え…う、うわ!?」  
ベッキーの目が彼のズボン…言ってしまえばちょうど『その』部分が屹立しているのをとらえ、思わず  
驚いた声をあげる。  
早乙女も思わずばばっと手で隠すが、あとの祭り。  
ジト目のベッキーににらまれ、どうにもこうにも情けない顔を見せた。  
「…  ロリコン」  
「うっ …」  
否定できるはずがない。異性に欲情している証拠を思いっきり見られたのだ。  
しかも年端もいかない少女に。  
はずかしいような申し訳ないような気持ちでうなっていた早乙女だったが、ベッキーの  
ことばに固まってしまった。  
 
「… ……いいよ」  
「…  へ!?」  
「…さ、サオトメならいいよ。こ、恋人になったんだから…だから、いいよ」  
これ以上ないほど恥ずかしそうな顔をしてぽつりという。  
その顔に早乙女は理性が瓦解するのを感じた。  
「みや…宮本先生!」  
「あ!?」  
否や、ベッキーの唇を野獣のごとき勢いで奪い、そのまま後ろに押し倒す。  
エレベータががこん、という音とともの大きく揺れた。  
「ん…んん!」  
「ん…みや… んん…」  
ベッキーの唇を味わいながら、コートの下に手をしのばせる。  
そのままシャツの下に手を滑り込ませ、まだまだ発育途中の小さな胸に指を這わせる。  
小さく自己主張する乳首を指でこりこりと刺激すると強い反応をかえした。  
「!! ん…ん、ん!」  
「…ん ん… ちゅ、ちゅ…っぷあ、せん、せい…」  
優しく名前を呼びながら愛撫を続け、ぷちぷち、とボタンをはずしてコートを脱がせる。  
ベッキーは恥ずかしそうにしていたが何もいわず、ただただ早乙女にまかせていた。  
「サ、オ… あ、ああん…」  
「気持ち、いいですか…?」  
ゆっくり体を起こし、おもむろにその綺麗なピンク色の乳首に吸い付く。  
ちゅう、ちゅうと音をさせるとまた大きくベッキーの体がしなった。  
 
「や… っ!あ、あ、ああああ!や、だ …むね、ちっちゃいから…はずか、あ、ああ!」  
「ん… ちゅ、ちゅ…そんな、ことない、ですよ…。すべすべしてて、すごく綺麗、です…  
ん、ちゅ」  
普段は押しが弱い早乙女がここまで攻め手に回っているのは薬のせいなのかそれとも  
これが生来の彼の気質なのかはわからなかったが、彼にさわられ、愛されているという  
事実がベッキーをより昂ぶらせた。  
自身なんてまったくないスタイルも綺麗だといってくれる。  
途端、緊張の中で感じていた快感が強くなった気がした。  
「あ、あ、あ、あ、ああああ…き、 きもちいいよぅ…や、やあ…」  
「ん…ちゅ… かわいいよ…」  
いいながらベッキーのジーンズ、ベルトに手をのばす。  
かちゃ、かちゃという音をさせてベルトをはずすと、ベッキーは両手で顔をおさえて  
イヤイヤをした。  
「ば、ばかぁ… はずかし、はず… ううううう……」  
「…いやですか?」  
いたずら小僧のような笑みを浮かべてイジワルな質問をする。  
いやなわけがないじゃないか。  
指の間から泣きそうな目を見せて息を継ぎ継ぎ小さく言った。  
「…この …バカぁ…やるならさっさとしろっ…」  
「ふふ… はい」  
早乙女も笑ってはいるが心臓は破裂しそうなほどドキドキしている。  
するする、とジーンズをおろすとかわいいウサギ柄のパンツはぐっしょりと濡れていた。  
パンツの上からくにくに、と指で刺激を加える。  
小さな突起に触れると、びくびく!と体を震わせた。  
「やっ …!!そ、そこ、だめぇ…!!」  
「ここがいいんですね… 」  
くりっと指ではさみ、少しひねってみる。  
 
大きくのけぞった途端、パンツの上から愛液がだらだらと染み出してきた。とても扇情的だった。  
「はあああ…っ!!さおとめぇ… っ!さわって…もっとさわってぇ… や、ああ…ん…!」  
「ん…ちゅく、ちゅく…せん、せい…んん…」  
再び唇を重ね、パンツを一気にずりおろす。指を秘裂に這わせると少女ならではの  
つるつるした筋がもの欲しそうな愛液がだらだらとこぼれた。  
そのまま突起を指で強くこする。  
「…!!は、あ、ああ …さ、おとめ…なんか、なんかくるよぅ…っ !!」  
びくびくびく!と大きく痙攣し、ベッキーは生まれてはじめての絶頂をむかえた。  
「は…ああああああああああああああああああああ!?」  
ぴゅぴゅ、と秘裂から潮を噴出し、抑えることもなく大声をあげ、快感をむさぼる。  
「宮本先生…っ!」  
その様。  
好きな人のあられもない姿に強い興奮を覚えた早乙女はまたしてもベッキーに強く  
唇を押し付け、舌を滑り込ませて貪欲に味わう。  
「あ、あ、は… ちゅ、ちゅ…」  
「せん、せい… ん…」  
ほとんど全裸のベッキーだったが、もう恥ずかしくなかった。  
すべてを早乙女にささげる覚悟を決めた彼女は彼の舌を味わいながら、ぼうっとする  
頭で不器用ながら彼のズボンに手をかけた。  
 
「ん… あ、宮本先生…」  
「んふふ…こーんなに大きくなってるよ…」  
トランクスをずりおろし、大きく自己主張する早乙女自身をいとおしげに指でいじくる。  
それが強い快感となって彼の背中を駆け抜けた。  
「あ、ああ…!せ、先生…っ」  
「ん… も、う…挿入ちゃう、ぞ…?」  
おもむろに体をもちあげ、彼のソレにまたがると秘裂にあてがい、一気に腰を落とした。  
純潔の証の抵抗はあっさりと破られ、一筋赤い血が流れる。  
強い痛みがベッキーを襲うが、早乙女への想いがそれをかき消した。  
「ひッ… ……あ、あああああ…!」  
「ぐ… ああ…み、宮本先生… ッ!!」  
年齢からいってベッキーの中はかなりせまく、強烈に締め付ける。  
実は初めてだった早乙女ははやくも果てそうになるがそれをこらえ、懸命に腰を  
動かした。  
「あ、あ、あ、あ、あ、あ…… き、もち、いい、か …?あ、ああん…」  
涙を流しながら聞いてくる。  
こらえきれないほど痛いだろうに必死に笑みを浮かべ、それが早乙女にはたまらなく  
いとおしく見えた。  
 
「くっ …せんせい… 最高、です…っ!」  
「…っ あ、う、うれ、しい… もっと…もっと気持ちよくなってぇ…っ」  
じゅ、じゅ、じゅぷ!じゅぷ!  
「あ、はあ… さおとめ…大好き …大好き…!」  
「先生…宮本先生… …っ!!」  
腰の動きがはやまってくる。  
ベッキーも早乙女ももはや限界だった。  
お互いに生まれてはじめての緊張。苦痛。そして快感。  
ぎゅっとベッキーを力強く抱きしめて、早乙女は絶頂をむかえた。  
「先生… く、あああああ!」  
「さお、サオトメぇぇぇぇ!!」  
 
どく!どくどく、びゅく!  
「…あ、ああ…」  
「…く   …」  
ベッキーの中に思い切り白濁した欲望を叩きつける。  
力の抜けたベッキーは早乙女の上におおいかぶさり、息を荒げながらも両手を彼の  
首にまわした。  
早乙女もそれにこたえ、彼女の髪をいとおしげに撫でながらきゅっと抱きしめた。  
心地いい疲労。  
大好きな人と一つになれた嬉しさ。  
それを感じながら、二人はふふっと笑いあった。  
 
「…そういえば」  
「はい?」  
そろそろ日も沈みかけているが、まだ復旧しない。外にはすでに業者らしき制服を  
来た人間が何人も着ており、まもなくここから出られそうだった。  
二人とも汗でびっしょりだったが、とりあえず服装をただし、タオルで恥ずかしい液を  
ふきとったあとだ。  
「さっき、上で何買ったんだ?ほら、アクセサリーショップで」  
「あ、ああ。あれは…ですね…」  
途端に恥ずかしそうにことばを濁す。  
そう。告白の嬉しさですっかり忘れていたが、さっき確かに早乙女はこの水族館屋上の  
アクセサリーショップで何かを買っていた。ベッキーにみられまいというオーラが感じられた  
から何も言わなかっただけで。  
なんなんだ、と想いながらがさごそと紙袋をのぞきこむ。  
小さいブルーの箱。控えめにリボンで包装されたそれはベッキーの手にちょうどおさまる  
大きさだった。  
「…え… お、おい!こ、これ…」  
「…そう、ですね。もっと」  
顔を背けながらいう。その横顔は顔を出し始めた月に照らされてよくわからなかったが多分真っ赤だった。  
「もっと、僕が稼げるようになったら。宮本先生が大きくなったらもっとちゃんとしたの、買いますから。  
今は、それで我慢してくれますか?」  
それにはこたえず、あわてて箱を開ける。  
 
指輪。  
 
綺麗な、飛び跳ねるイルカのガラス細工。イルカの指輪。  
 
ぽろ。  
ぽろぽろぽろ。  
「み、宮本先生!?そ、そんな、泣くほどイヤ、でしたか…?ああほら、涙ふいて…」  
「もう…この、バカ… お前、バカだよ…っ」  
イヤなわけないじゃないか。  
イヤなんていうわけないじゃないか。  
この世に生を受けて、今までで一番のプレゼント。  
そして、これ以上のものはもう一生ないだろうプレゼント。  
「サオトメぇぇぇぇぇ!!」  
ぽろぽろ涙を流し、大泣きしながらも満面の笑顔で抱きつく。  
「うわあああ!?」  
「ありがと…  ありが…ひぐっ… だい、すき… あいしてる…っ!」  
「…せん…    レ、ベッカ…」  
「う、うわあ…うわああああああああん!!」  
今日はずっと泣いてばかりいる気がする。  
ぽんぽん、と背中を叩いてくれる早乙女。  
顔をあらわしはじめた月が街を照らし、二人の影を密室につくる。  
先は見えない。障害も多い。  
でも夜を照らすこの月の明かりのように、二人ならきっとなんとかなる。道を見つけられる。  
希望をもって、歩いていける。  
がたん、とエレベータが揺れた。  
ようやく動き出したエレベータの中で、一組の恋人は自分たちの道をともに歩むことをあの  
月に誓った。  
願わくば、このヒトとずっと一緒にいられますように。  
 
 
「だーかーら!授業中おしゃべりすんなっつってんだろー!!」  
「あー、ごめんごめん。さ、続きをどうぞ」  
「まったくもう…」  
あいかわらずまとまりなんてまったくないC組の授業中、これまたあいかわらずおしゃべりに  
興じていた玲と姫子をベッキーがたしなめた。  
怒りながらもチョークをもち、イスに乗って板書するさまはまだまだ彼女が小さいことを  
示している。  
「(…また怒られちゃったね)」  
「(ああ。でもまあ、最近は楽しそうだし、説教もないからいいじゃん)」  
こつん。  
「(…?)」  
ノートの切れ端。  
嘆息してくるみのほうをみると『中を見ろ』、というジェスチャーをしている。  
かさかさ、と開けて中を見てみるとやけに綺麗な字で小さく書いてあった。  
『あれ、なんなの?』  
あれ。当然、『あれ』のこと、だろうなあ。  
 
かりかり。  
『しらないよ』  
ぽい、と投げ返す。中を見たくるみは納得しかねる顔で玲を睨み返したが、ひとまず授業に集中することに  
決めたのか、同じく玲を見ていた一条に投げつけるとそのうち前を向いた。  
一条は相変わらずぼうっとした顔でなにやら感づいていそうだったが…。  
「(ねね、くるみちゃんなんだって?)」  
「(別に。どうでもいいことだよ)」  
「(ふーん?)」  
ベッキーの左手の『それ』に目をやる。  
あれは二人がうまくいった証拠…ってみていいのかしらね。  
まあ、それはもう私たちがかかわっていいことじゃない。  
どうあろうと、二人だけの絆ができたはずだ。  
二人が困っているときに助け舟を出すこと。それがこれからの私たちの仕事。  
がんばんなさいよ、二人とも。  
 
キーンコーンカーンコーン  
「よっし、今日はここまで!気をつけて帰れよ!」  
授業の終わりを告げるチャイムが鳴るや教室を飛び出した。  
最近よくあることなので誰も苦笑して何も言わないが、アレは教師としてどうなんだろう。  
「さー、帰ろ、玲ちゃん」  
「ああ、そだな。帰るか」  
がたっと席を立ったそのとき。  
「ちょっと待ちなさいよ玲!あんた、絶対何か知ってるでしょ!!」  
「うわ、くるみ!?一条も…」  
「…逃げちゃダメですよ」  
くるみと一条が道をふさぐ。  
ああ…面倒なことになった。  
学校終わったらこんなわめく3人(姫子含む)の相手なんかしたくないんだが…。  
しかし最近こんな付き合いも悪くないかな、と思い始めた。  
姫子。くるみ。一条。それに、クラスのみんな。  
「あー、わかったわかった。パフェおごってくれたら教えてやってもいいぞ」  
「え、マジ!?よっし、喫茶店いこう喫茶店!スペシャルパフェおいしいとこ知ってるの!」  
「たーだーし、絶対ほかの連中には内緒だからな」  
「うんうん、私も秘密にするから食べにいくよー!」  
「…じゅるり」  
友達のために動くのは思ったほどいやじゃなかった。悪くなかった。  
だから、これからはもっと。  
素直に、友達と笑いあって、泣きあっていこうと思った。  
 
 
「はあ、はあ… …」  
今日はサオトメが顧問をしている陸上部が休み。  
久々のデートだ。  
今日はどこに行こうかな?  
デートスポットが書いてあるタウンマップも持ってきている。  
風紀にひっかからない程度におしゃれもしてきた。  
準備は万端。  
自然、足に力がこもる。裏門で待ち合わせ。  
もう待ってるかな。私が先かな?  
お、いた。  
いつもみたいなジャンパーにジーパン。  
肩から大きなスポーツバッグを下げて。  
ベッキーに気づいたようだ。大きく手をふり、笑顔を見せた。  
「おーい!!」  
大きく左手をあげて、ベッキーは最高の笑顔で手を振り返した。  
 
その薬指に夕陽のように、月のように、輝くイルカをきらめかせて。  
 
 
 

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