はあ、と大きく口を開けて息を吐くと、白い霧になって大きく広がる。  
ふう、と小さく口を窄めて息を吐くと、白い霧になって小さく伸びる。  
それがちょっと面白い。  
「はあ… ふう…」  
「はは、宮本先生、楽しそうですね」  
「ん?わかるか?」  
「ええ、そんな顔してるときの宮本先生は楽しんでるって。わかりますよ」  
嬉しそうに笑う早乙女。  
そんなちょっとした笑顔もかっこよく見えてしまう。  
「… ……うー」  
なんとなく、少し恥ずかしそうに顔をそらした。  
 
季節は冬なかば。  
さく、さく、と音をさせて雪を踏みしめるベッキーと早乙女。  
きゅっとその手をしっかり握って、恋人同士の楽しい…朝の登校時間。  
まだ少し恥ずかしい。  
空を見上げるとちらちらと降る雪。  
少し曇った空に美しい。  
「…きれいだな」  
「…ええ、そうですね」  
ベッキーの半ば無意識なつぶやきに早乙女もことばを返す。  
ああ、いいなあ、こんなかんじ。  
すうっと息を吸い込んで、ベッキーは思う。  
世界で一番大好きな人と、一緒に手をつないで。  
世界で一番大好きな人と、並んで歩いて。  
世界で一番大好きな人と、きれいな雪を見つめる。  
この少しの幸せでも、ずっと大事にしていきたいと思った。  
 
さく、さく、さく。  
「…なあ、サオトメ」  
「はい?」  
「…ずっと、ずっと、一緒にいてくれよ?」  
「え… い、いきなりなんですか?」  
思いがけないベッキーのことばに、恥ずかしいのか顔を赤らめてためらう。  
む、と少し怒った顔になったベッキーが二の句をついだ。  
「いてくれないのか?」  
「い… い、いや、そういうわけじゃなくてですね…」  
「いてくれないのか!?」  
彼の返してくれるだろう答えは、わかってる。  
それでも、彼の口から直接聴きたかった。  
「…いて、くれない…のか?」  
「…宮本先生…」  
じわり、と少しだけ目じりに涙がたまる。  
ベッキーは、たまにこういったことを突然言う。  
突然、『好き』だってことを確認したがる。  
不安だからなのかどうか鈍い早乙女にはわからなかったが、そういうときは  
決まってこうした。  
 
ふう、と観念したように。それでも少し嬉しそうに。  
人差し指でそっと優しく涙をぬぐうと、体をかがめて、ベッキーと目線を同じくした。  
「僕は、ずっといます。ずっとみや…」  
はっとした目で、少しだけかぶりを振った。  
はあ、と一度だけ息をついて。  
「レベッカと、一緒です」  
「あ ……」  
ひさびさに、なまえでよばれた。  
普段あんまり呼んでくれないからか、たまに呼んでくれるとすごく嬉しい。  
そして、ちゃんと言ってくれた。  
ずっと一緒…  
「う、ん…ありがと…」  
「…さ、さあ、はやく学校行きましょう!寒いんですから!」  
顔を真っ赤にして、ベッキーの手を引っ張るようにして歩き出す。  
そんなサオトメが可愛くて、ついくすくす、と笑ってしまった。  
 
「…くしゅん!」  
職員室には入ったところでベッキーが突然くしゃみをした。  
早い時間だからか誰もいない職員室は、暖房もまだ入っておらずかなり寒い。  
とりあえず早乙女が入れたお茶で暖を取っている状態だ。  
二人ともまだコートを脱ぐ気になれなかった。  
ふるるっと体をふるわせ、少し寒そうにしているベッキーに早乙女が少し  
心配そうに声をかける。  
「先生、だいじょうぶですか?」  
「…う、うん。ちょい寒いけど、だいじょぶ」  
びしっとブイサインなんかしてみせるけど、結構寒そうだ。  
そもそもこんな寒いのにあんまり厚着じゃないし、手袋は片手だけだし。  
片手だけ。  
「…せめてちゃんと両手に手袋しましょう?」  
「やだ。…これ、見えなくなっちゃうだろ?」  
すっと上げた左手。  
美しく透明に輝くガラス細工の指輪。  
早乙女がプレゼントした、ガラスのイルカだ。  
それをいつでも身に着けていてくれるのは早乙女はとても嬉しかったが、それで  
ベッキーが風邪なんかひいたらたまらない。  
 
「でも… 」  
「…お前が、あっためてくれればいいだろ」  
「え?」  
「…ほら、こう… っと」  
「あ、え、ちょっと…」  
ちょいちょいちょい、と。  
早乙女の手をいそいそといじくり、左手に彼の両の手のひらを包み込ませる。  
はああ、と息をふきかけて。  
「…ふふ。すごく、あったかいよ」  
「あ、え、あー…よ、よかった…です…」  
頬を紅潮させ、嬉しそうにぽつりとつぶやくベッキー。  
なんとも、こういうときのベッキーは殺人的にかわいい。  
思わず襲い掛かりそうになるがなんとかセーブ。朝っぱらから職員室なんていう場所でそんなこと  
したらそれこそ犯罪者だ。  
なんとか自分をおさえて…おさえて…  
「…くちびるも、さむい」  
「え?… ん、んむ!!」  
突然ベッキーの唇が早乙女の唇をふさいだ。  
かたん、とお茶を飲み干した湯飲みが倒れた気がした。  
押し付けられたベッキーの唇は確かに冷たかったが、なんだか暖かい気もした。  
 
「…ちゅ、ぷは…ん、あったまった」  
ようやく唇を離したベッキーが満足げに言う。  
「… …せ、先生!!」  
「え…きゃ、きゃあ!?」  
がたん、がたん!  
こらえきれなくなった早乙女がベッキーを冷たい床に押し倒した。  
「… あ…」  
ふと我に帰る。  
何をしてるんだ、自分は。今しがたこんなことしちゃいけないって…  
「さおとめぇ… …」  
「…え?」  
そんな早乙女の考えを打ち砕くようなとろんとした目で早乙女を見つめ返す、  
ベッキーの目。  
すこしだけの恐怖と…たくさんの期待を秘めた。  
「…やさしく、してくれよ?」  
「… …は、い」  
ああ、もう、…いいや。  
なんとなく達観した早乙女は、しかし確かに熱い心をもって、今度は自分から  
口付けた。  
 
ちらちらと降る雪。  
寒い冬の朝。  
でも、冷たい中だからより暖かく感じる、誰かが言っていたっけ。  
 
早乙女の腕に抱かれながら、ベッキーは今、この暖かさを。  
確かに脈づく彼の鼓動を噛み締めていた。  
 
 

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