「早乙女先生って結構かっこいいよね〜」  
「はぁ!?」  
クラスメートの言葉に秋山乙女は思わず口の中のお菓子を吹き出してしまった。  
彼女がいるのは放課後の空き教室。  
帰るでもなく、数名の友人とだべっていたら冒頭の言葉だ。  
唖然とする乙女をよそにもう一人が同意する。  
「やっぱりそう思う?そうだよねぇ、かっこいいよねー」  
「あんなやつの何処がだよ?」  
「だって、スポーツは万能だし」  
「そりゃ体育教師だからだろ?体育教師だからすっげーバカだぜあいつ」  
「でもまともじゃん。ウチの教師の中じゃ」  
「そりゃまあそうだな」  
それは認めざるを得ない。  
天才子供先生、酔いどれ教師、ジジイ……と、わけのわからない教師が多い桃月学園。  
その中で体育教師早乙女は常識人だ。  
「背も高いしさ」  
「で、でも!あいつ時々ズレてるじゃん!飛行機に100万もかかると思ってるんだぞ」  
「それがいいのよ。天然っぽくて」  
「でも…でも……」  
さらに反論しようとする乙女だが。  
いい言葉が出てこず、もごもごと言い淀む。  
するとクラスメートがこう言うわけだ。  
「怪しいなぁ……」  
「な、なにが?」  
「そうやって必死になって早乙女先生の事悪く言うなんて……ねぇ」  
友人の言葉に同意する様に他の友人が「うんうん」と頷く。  
「なんだよ!何が言いたいんだよ!?」  
「乙女ってばひょっとして……早乙女先生の事」  
「なっ!!?」  
かあぁっと乙女の顔が赤くなる。  
それを見て友人達は「きゃー!」と黄色い声援を上げる。  
 
まったくもって年頃の娘さんらしい反応だ。  
「あぁ!赤くなったぁ!」  
「ふーふだ!ふーふだぁ!!乙女と早乙女先生はふーふだぁ!」  
……年頃の……娘さん………つーか園児?  
「ばっ!バカ言うなよ!なんでこのあたしがあんなやつを!!  
あんな運動バカを!年がら年中運動ばっかして足臭そうなヤツを!  
そ、そうだよ!あいつきっとすっげー足臭いぜ!」  
「「……」」  
乙女の言葉に友人達は口を閉ざす。  
いや、正確には乙女の背後を見て、だ。  
「あいつ運動バカだから洗濯とかもしないんだぜきっと!  
靴下なんかズーっと同じの履いてたりしてさ!ぜってー足臭いって!あいつ!!」  
「ほほう。誰の足が臭いんだ」  
背後から聞こえた低い声に。  
乙女は固まる。  
固まりながら、首だけをギギギと背後に向ける。  
「で、誰の足が臭いって?ん?」  
「あう……」  
青筋立てた体育教師であり、担任である早乙女がそこに立っていた。  
ダラダラと漫画の様に汗をかく乙女。  
乙女と早乙女とでは身長差があり、見下ろされる形になるのだが。  
怖いです。  
なまら怖いです早乙女先生。  
睨む早乙女とあうあうする乙女。  
緊迫した雰囲気。  
だったのだが。  
ふうとため息をつき、早乙女がいつもの穏やかな表情になり、  
手に持っていた用紙で軽く乙女の頭を叩く。  
「あんまり人の悪口言うなよ。言った事は自分に返ってくるんだからな」  
「はい……ゴメンナサイ」  
「よろしい」  
笑顔で再びポンポンと乙女の頭を叩く。  
こあたりの心の広さがかっこいいといわれる所以なのだろう。  
 
「さて、お説教が終わった所で本題だ」  
「本題?」  
「乙女……お前こんな時間まで何やってるんだ?」  
「はぁ?」  
わけのわからない質問に乙女は眉をひそめる。  
「なんだよ、それ?」  
「部活やってるわけでもないのになんで学校に残ってるんだってことだ」  
「そんなのあたしの勝手だろ!」  
早乙女にそう言い放った所で「あれ?」という顔をする。  
「ん?そーいやなんか今日は用事が会ったような……あれ?」  
むむむ…と眉を寄せて考えこみ、  
「おお!そうだ!」  
ポンと手を打つ。  
「数学の再々追試が……追試!!」  
真っ青になって時計を見る。  
追試の始まる時刻どころか、終了時刻も既に過ぎ去ってしまっている。  
「あっ!あっ!ああっ!!」  
「ちょっ…乙女!それヤバイって!再々追試も落っこちたら留年よ!」  
「どっ!えっ!?や、ばい……のかな?」  
「何処で追試なの!?早くいきなって!……あ、でも数学って宮本先生か。  
ひょっとして、もう帰っちゃったりしてたりして……」  
「ああ。10分ほど前に帰っちゃったぞ。えらい剣幕でな」  
早乙女の言葉に乙女はへたり込む。  
「そんなぁ……あたし………留年……」  
「乙女……」  
「やだぁ……そんなのやだよぉ……」  
じわぁっと涙が滲む。  
それを見て、早乙女がやれやれと言った様子でため息をつく。  
「後悔してるか?」  
乙女はコクリと頷く。  
「反省してるか?」  
また、頷く。  
「今回だけ特別だぞ」  
「……え?」  
差し出されたのはさっき乙女の頭を叩く時に使った紙。  
「え?これ……数学の」  
「再々追試用のテスト用紙だ。宮本先生から預かっておいた」  
「さおとめ……」  
潤んだ目で早乙女を見上げる。  
 
「ウチのクラスから留年者なんて出したくないからな。  
十分反省もしている様だし、さっきも言ったが、今回だけ特別だぞ」  
そう言って苦笑する。  
唖然とする乙女を友人達が取り囲む。  
「よかったじゃん乙女!首の皮一枚繋がったよ!」  
「テストがんばんなよ。これで悪い点とったらシャレになんないんだからね」  
「うん……」  
「じゃあ早速はじめるぞ。関係ないヤツはもう帰れー」  
「はーい」  
「それじゃあ乙女、頑張ってね」  
乙女に応援の言葉をかけ、友人達は教室から出る。  
「じゃあ席につけ。早速はじめるぞ。それとも復習する時間欲しいか?」  
「……ちょっとだけ欲しい」  
「じゃあ10分な」  
早乙女は教卓に、乙女はその前の席に座る。  
「まったく……ちゃんとしろよ乙女」  
「ごめんなさい」  
「それは俺じゃなくって、明日宮本先生に言っておけ。  
結構待ってたんだぞ。お前の事」  
「だったら探しに来てくれてもいいじゃん」  
「あのなぁ……」  
苦笑する。  
「よし!覚えた!さおとめプリントくれプリント!」  
「担任を呼び捨てにするなと何度言えばわかるんだおまえは」   
「うるせー!忘れちゃうだろうが!」  
ほとんど逆切れの乙女。  
早乙女は、今日何度目かの苦笑をする。  
「時間は30分。落ちついて解けよ」  
「おう!」  
乙女は早速問題に取りかかった。  
 
 
復習の成果と言うか、或いは元々簡単な問題だったのか(おそらく後者だろう)  
乙女はなんとか七割方解答欄を埋める事ができた。  
まあなにしろ乙女用に(再々追試なんて乙女だけだったので)作られた問題。  
乙女に合わせて作られているのだからできてとーぜん。  
これができなきゃ大人しく留年しやがれっ!!という低いレベルなのだ。  
「さおとめー!できたぞー!……ん?」  
予想以上の出来に嬉々として提出しようとしたのだが。  
「おーい。さおとめー?」  
早乙女は机に突っ伏して反応が無い。  
近寄ってみると、寝息が聞こえてくる。  
「寝てやがる。お前試験監督だろーが」  
呆れる。  
「おいさおとめ。起きろよ。テスト終わったぞ。おい、こら!」  
多少乱暴に身体を揺すったのだが、起きる気配はない。  
「なんなんだよ、まったく……疲れてんのか?」  
ツンツンと頬を突っつく。  
「なんで起きないんだよこいつは……まったく。体育教師だから神経ず太いんだな」  
ひどい言い草。  
全国の体育教師の皆さんゴメンナサイ。  
口の悪い乙女だが、ふと気付く。  
「あ、でも。ホントならさおとめが試験監督する必要なかったんだよな」  
そう。  
元々これは数学の試験だからベッキーの担当。  
それを乙女がすっかり忘れていたために早乙女のもとに転がり込んできた……否。  
早乙女がベッキーを説得して転がり込ませたのだ。  
ホントなら留年していてもおかしくない所を、だ。  
「あ〜……そーいう意味じゃあ、お前に感謝するべきなのかな?」  
そう言って笑顔を浮かべる。  
さっきは友人達にああ入ったが、乙女は早乙女の事が嫌いではない。  
教師のわりにフランクに接してくるし、えらぶった所もない。  
いわば友達感覚の付き合いだ。  
あるいは、友達以上か……。  
 
そっと手を伸ばし、頬をつつく。  
「ん……」  
僅かに身動ぎするが、起きる気配はない。  
「ふふっ……」  
おもしろくて、笑顔でつつき続ける。  
「ん〜!」  
と、早乙女の手が頬をつつき続ける異物、すなわち乙女の手をつかんだ。  
「っ!!?」  
乙女よりよっぽど大きくて、ごつごつした手の感触と暖かさに乙女の顔が赤くなる。  
「さ、おとめ……」  
発せられた声は小さく、とても早乙女を起こせそうにない。  
「あ、その……えと…は、離せよ…」  
離してほしいなら振り払えばいい。  
眠ってる相手ならそれも不可能ではないのに、しない。  
「えと…さおとめ………」  
握られた手を握り返す。  
「えと……その…あの…………」  
真っ赤になってもじもじしながら。  
なにかを決意したところで。  
「乙女〜、ちゃんとテストやってるか〜」  
教室の戸が開けられる。  
空けたのは天才なちびっこ数学教師ベッキーだ。  
「べっ!ベベベベベッキー!帰ったんじゃなかったのかよ!」  
「帰ったぞ、一度な。わざわざ様子見に――」  
あるモノが目に入り、ベッキーのきっつい視線がさらにきっつくなる。  
「……なにやってんだよ」  
視線の先には握られた手と手。  
慌てる乙女。  
「こっ!これはっ!早乙女のヤローが寝ちゃったから!  
起こそうと頭叩いてたら握られたんだよ!ホントだぞ!」  
「ふ〜ん……」  
疑わしげなベッキーの視線に乙女は素知らぬ顔……をしたつもり。  
現実はさてどうだか。  
「まあたしかに。この体育教師、起こそうとすると握ってくるもんな」  
「……は?」  
ベッキーの言葉に、今度は乙女の視線がきつくなる。  
「前に職員室で寝てるとこ起こそうとしたら握られたもん」  
「……」  
「……」  
こいつは敵だ、と。  
お互いの本能が訴えていた。  
 
そう、恋する女としての本能。  
両者幼くても、子供でも、女は女。  
その手の事に関しては嗅覚が効くようで。  
「……」  
「……」  
「……」  
「……」  
ベッキーと乙女、二人睨み合う。  
「…テストは終わったのか?」  
「うん」  
「そっか。じゃあもう帰っていいぞ」  
「ベッキーは帰らないのかよ?」  
「採点したら帰るから。お前は帰れ」  
「いい。採点待ってるから。その間に早乙女起こしとくから、職員室行ってこいよ」  
「なんで職員室行かなきゃいけないんだよ」  
「模範解答とか持ってきてないじゃん」  
「天才を舐めるな!こんな中学生レベルの問題、お茶の子さいさいだ!」  
「ちゅっ!中学生レベルぅ!?そんなもんやせたのかよ!」  
「しょーがないだろ!?お前のレベルに合わせたらそうなったんだよ!」  
「言ったなこのちびっこぉ!!」  
「ちびっこゆーなぁ!!」  
……まあそんなわけで。  
放課後の教室で教師と生徒、ちびっ子とちびっ子が。  
二人で「ぽかすか」とケンカだかじゃれあいだかが始まってしまったわけで。  
そのケンカは早乙女が起きるまで続けられる事になって。  
 
それ以降。  
妙に早乙女に纏わりつく乙女とベッキーの姿が校内で見られる事になったとか。  
ライバル発見といった所か。  
……………なんのライバルかは言わないでおこう。  
 
 
END?  
 

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