『口は災いの元』
「レ〜イちゃん!」
「なんだ姫子?」
放課後、みんなが帰った後の教室。
日が傾きだして教室は綺麗にオレンジ一色に染まっている。
「玲ちゃんに話があるんだけど、いい?」
ぴょこり、とのびた毛がゆれる。
姫子は玲をしたから覗き込むように上体を折っていた。
「この後バイトだけど少しぐらいならいいぞ」
「ありがとー」
「で、なに?」
玲はカバンを机の上に置くと姫子に向き直る。
「実はね、アタシ好きな人ができたんだー」
「へー、姫子にも好きな人ができたか。で、誰だ?」
えへへ、と照れ笑いながら姫子は少し夕日のオレンジとは違う色に頬を染めながら、
「××××先輩」
「え―――」
思わず玲は息を呑んでいた。
「どうしたの玲ちゃん?」
心配そうに眉をひそめる姫子。普段の彼女からは思いもよらない反応だったのだろうか姫子は似合わないぐらいに真剣な表情で聞き返す。
「いや、何にもない。それよりも話って?」
「あっ、うん。そのことなんだけど――」
玲は何も無かったように姫子の話の続きを促した。
「でね、玲ちゃんに少しアタシのことを宣伝っていうのか、まあそういう風なことをしておいてほしいんだけど」
「――あ、ああ、わかった。姫子のこと先輩にいろいろ話しといてやるよ。んじゃ、私バイトだから」
玲はカバンを掴むと教室の出口に向かった。
「うん、バイバーイ」
バイト中、玲はずっと姫子の告白のことを考えていた。
『アタシ好きな人ができたんだー、××××先輩』
ショックだった。
××××先輩は私と同じ中華料理屋でバイトしている2年の先輩だ。
そして、
「よっ、橘」
中華料理店の制服。チャイナドレスの裾から中に手を入れてきた人物。××××先輩。
「こないだはよかったな。また今度ホテル行こうぜ。それともその前みたいに夜の公園でヤるか」
私と彼はいわゆるセックスフレンドなのだ。
付き合ってるわけじゃない。姫子を紹介して、それから2人が付き合っても別に私は困らないし別にいい――けど。姫子が傷付くのはいやだ。
アイツは馬鹿だけど、いい奴なんだ。ほんと馬鹿だけど。
「うん、また今度ね」
「なんだよシケてんなー、いつもみたいにどぎついツッコミとか入れろよ」
裾から入った手は私の下着を下ろすように引っ張る。
「やめろ、変態」
私はその手を持っていたメニューで叩いた。
「何だよ、いいじゃん別に」
よくない、けど別に私言わない。言わないってのが一番効くから。黙殺だ。
「全く、まあそういうところがいいんだけどなあ」
私と××××先輩がセフレなんかになったきっかけは先輩から誘ってきたの最初だった。
先輩は出会ったときはすごいまじめな感じで、『セックス』と言う単語にもすごい敏感にあせりというのか、恥ずかしがっていた。
て、言うのが先輩の女に近づくいくらかあるパターンのうちの一つだったわけだ。
私は保護欲というのか、母性本能に近い感じで先輩の面倒を見る感じだった。でもそれは間違いで、私は先輩の思惑通りに動いていただけだった。
ある日、バイトが終わった後、先輩とあるお店に行った。
そのお店は見るからに不良のたまり場です的な感じで、とてもじゃないけど先輩がよく来るお店ではないだろうと思っていた。
だけど、先輩の本当の姿はこの街一帯のボス的存在だった。
そこで私は先輩に犯された。
その時私はもうなんでもいいや見たいな感じで、ヤられるがままだった。
それからも私は先輩とよくセックスをするようになった。最低でも週に1回。多い時なんか週5回以上もしている。
したくないなんか言えない。だってもしそんなこと言ったら私は街中の不良から犯されるだろう。
私が不良から襲われない理由はそれだ、先輩のお気に入りの身体だから。女じゃない身体なんだ。私が襲われないのは。
一人に売ることで大多数から守られている。おかしな話だ。好きでもない奴に抱かれているのは変わらないのに。
ああ、今日はきっと先輩とセックスをすることだろう。
これは姫子に対する裏切りなのだろうか。
「ああっ……やだ、まだバイト中だ……ぞ」
私を後ろからアイツのアレが突き刺してくる。
初めての頃に比べると全然痛くない。むしろ快感を覚えてしまっているほどだ。
「ふっ、ふっ……いいじゃん別に、興奮するだろ? もしかしたら客にばれんじゃねえのって」
私のお尻から腰のラインに沿ってなぞるように胸を鷲掴みにする。
「痛ッ! ちょっと、本当にやめなさいよ……ああっ!」
「おいおい、声出すとばれるぞ」
パンパン、と濡れた皮膚同士が当たる音。
それに連動するように吐き出される吐息。
「ふぐっ……ふっ! ……ふ、ふ……んぐっ!」
口を必死に押さえる。
2人は客と兼用のトイレの個室にいた。
がちゃり、とドアノブの回る音。
(「おい、誰か来たみたいだぞ。声出したらばれるぞ」)
潜めた声、スピードの落ちる腰の運動。それでも肌の当たる音がしない程度で激しく動いている。むしろ音を立てないように突く動き以外の縦や横、さらには回転運動が加わる。
「んぐっ……」
玲の頭が抑え付けられる。
(「ほら、声出したらばれるぞー」)
便器に玲の顔が付きそうになるまで近づいていく。
掃除の行き届いていない便器は薄く茶色になっている。
「ふぐっ……!」
必死に声を抑えて押し返す。と、そこに鋭く突かれるピストン運動。
「あんっ!」
「なんだ!?」
客が声に気付く。
「この個室からか、誰か入ってんのか?」
たずねてくる客。
(「ほら、こたえてやれよ橘」)
先輩はニヤニヤ笑いながら言う。
「あ、入ってます。……なにか?」
ところどころ、息継ぎが激しい声でこたえる。
「いや、なにか……その、変な声がしたからさ」
「そうですか、別になに……ああっ!」
わざとらしく激しい運動をする先輩。悔しい。
「なに……今の?」
「い、いえ。何もないです」
「そ、そうかい。ならいいけど」
ドアを一枚隔てたところで話しているという異常環境が玲の羞恥心を刺激する。
それなのに先輩は、
(「橘、今の変な声って言うのはたぶん気張ってる声ですって言えよ」)
「えっ」
突然の命令に玲は軽く声を出してしまう。しかしこの小さいトイレではよく聞こえたのか、
「どうしたんだい?」
おそらく、手を洗おうとしていただろう客がまた聞き返してくる。
「い、いえ……そのなんでも」
先輩の「言え、言え」というクチパク。
「あの、その、たぶん今のも、さっきのも……変な声って、その……私の、き、き、気張ってる声だと思います」
玲の顔が真っ赤に染めると言うよりも、真っ赤に焼いたような顔になる。
「そ、そうかい。ならいいんだ」
客のドア越しに伝わる、忍び笑い。クスクス、と笑う声は玲の自尊心はひどく傷つけられていた。
「ああ、そうだ」
客の声が水を出す音とともに聞こえてきた。
「はい、な……んですか? あっ……」
こんな状況で先輩はイってしまった。女陰から伝わる精液の熱。
そんなことを知らない客は続けた。
「ここ、男子トイレだよね」
客はすでに笑っている。嘲笑。
(「今度は『私、男子トイレが好きなんです、臭いとか』だ」)
コイツ、楽しんでる。最低な奴だ。
「えっと、私、男子トイレの臭いが好きなんです。……秘密にしてくれませんか?」
「臭いが好き?」
「……は、はい。このくさい臭いが大好きなんです」
こんな台詞を私はマ○コから精液を垂らしながら言ってるのか? おかしな女だ。いや、身体か。
客は「わかったよ、秘密秘密」と言ってトイレから出て行ってしまった。
やっぱり笑いながら。
「あー、気持ちよかったし、楽しかったな。なあ、橘」
個室から出ると先輩は笑いながら手を洗い出した。
私はあふれ出した精液をトイレットペーパーで拭いて、《いつものように》下着なしで個室を出た。
「そうだな」
そう言うと私は手を洗って鏡を見た。
見かけは変わってない。でも身体の中はだいぶ変わってしまった。子供をおろしたコトだってあるぐらいだ。
「おい、俺が先、出るからお前少ししてから出ろよ」
先輩は先にトイレから出てしまった。
私はコイツの身体。玩具。
私の負担は減らないのだろうか。
今の私はコイツ以外の奴に抱かれたい。さっきの客でもいい。とにかく私は違う奴に抱かれ、アイツは違う身体を抱けばいいんだ。
「……そうだ、私は犬神にでも抱かれよう、アイツ私に色目使ってくるんだし、丁度いい。それに先輩には姫子を紹介しよう。きっとアイツの方が今は質がいいだろう。わるい、姫子。でも昔から『口は災いの元』っていうだろ?」
私は次の日、犬神と姫子に声をかけた。
どっちも両者納得のうちだ。