――――NYPD17分署――――
埃っぽいデスクの上で彼女、アヤ・ブレアは報告書をまとめるため
タイプライターを打っていた。
たいした事件ではない。泥酔した客が店内で暴れていたのを取り押さえただけだ。
いつもと変わらない日常。
窓から見える12月の空は重く、のしかかってくるようだ。夜には雪が降るかもしれない。
ガチャ、と音がして部屋のドアが開いた。山積みの書類の隙間からハニーブロンドの髪が見える。
(ああ、キャシーか・・・)
顔は見えなくても髪の色ですぐわかった。
キャサリン・アンダーソン
アヤと同じくNYPD17分署に勤める女性である。もっとも、アヤとは違い、デスクワークが
主な仕事なので一緒に任務をこなしたことは無いのだが、それでも廊下で会えば話す程度の
仲ではある。
ガラスに挟まれたむこうのスペースにはベイカー署長のデスクがある。キャサリンは片手に書類を持ち
署長に何やら話しているようだ。
アヤのいる位置からはガラス越しにベイカーのデスクと、そこにいる彼女がよく見える、まあ、さすがに声は
聞こえないが。
書類を渡す彼女の指に目が止まる。白くて細い指だ。いや、指だけではなく全体的にキャサリンは
線の細い印象を与える。
乳白色の肌にスッと伸びた鼻梁、唇はルージュを引いているせいで血の気の無いベージュ色だが、
本来の色はきっと鮮やかな朱色だろう。
あまりこんなことを思うのは自分らしくないのだがキャサリンを見ると、こう思ってしまう。
(・・・少し、羨ましい)
彼女の外見、というより彼女の・・・・・――――
「・・・おいアヤ、それ何語なんだ」
ふと気づき横を見ると、相棒のダニエルがタイプライターをじっと見ている。
「え?」
書類の最後の行を見やると、anywayyyyy・・・・
どうやら同じ箇所を何度も打ってしまったらしい。
「ああ・・・もう少しで終わるところだったのに」
「おいおい、らしくないな」
そこへ、先ほど自分が見ていた白い手がぽん、と肩に置かれる。
もう用事は済んだのか、キャサリンがいたわるような表情でアヤの顔を見つめ、
「大丈夫、アヤ?疲れてるんじゃないの」
「キャシー、ありがとう。・・・何でもないのよ」
(やっぱり・・・)
アヤは思った。
彼女は控えめではあるが、周りによく気を配る。現に今もこうして自分のことを気に掛けてくれている。
そんな愛されやすいキャサリンが正直、羨ましい。
「やれやれ、また書き直しだわ」
肩に置かれた彼女の手の重みに不思議と心が落ち着く。
「そんなんじゃあ来週の御曹司とのデートも上手くいかねえぞ」
ダニエルがからかうようにアヤの頭を小突く。
「あら、来週って・・・クリスマス・イヴ?」
「ちょっとダニエル、妙なこと言わないで。あれは・・・!」
「素敵な予定じゃない、アヤ」
「キャシー、誤解しないでよ。私はただメリッサの歌を聴きに行きたいだけで・・・」
「そんなにオペラ好きだったの、知らなかったわ」
「ええ、と。その、それは」
メリッサのチケットはあっという間にソールドアウトしてしまうし、だの
イヴには何の予定もないし断りきれなくて、だの自分でも可笑しいくらい焦って喋ってしまう。
こういった類の感情を誤解されるのは気分が悪いから。それだけだ。
キャサリンは目をくりっとしたまま聞いている。
「・・・・・ということなのよ。私はそんなつもりじゃないの」
キャサリンはふんふんと頷き、
「アヤ、顔が真っ赤だわ。やっぱり体の調子が悪いのよ。今日は早めに帰った方がいいわ」
どうして、こんなことが起こってしまったのか・・・。
ここはソーホーの建物の一角。
くたびれたベッドの上で浅い眠りから目覚めたアヤは、昨晩の悪夢のような
出来事を思い返していた。
セントラルパークの野外音楽堂で数千の観客が溶け出し、一つの大きな塊へと融合
してしまうという信じがたい光景。そして何よりアヤの心に暗い影を落としているのは、イヴに銃を
向けたあの時から、自分の体の何か――― 未知なる力が解放され、それが日増しに強力に
なっていっているということ・・・。
「アヤさん。署に戻ってみましょう、何か新しい情報が入っているかもしれません」
眼鏡を掛けた気の弱そうな青年が話しかける。
彼は日本から来た学者で前田という。気を失っているところを彼に助け出してもらったのだ。
「・・・そうね。行きましょう」
「!! 何があったの、まさか・・・!」
署の中はひどい有様だった。屈強な警官達が床に倒れ伏している。イヴがクリーチャーを放ち
襲わせたのだ。しかし、もう引き返してしまった後だった。割れたガラスや薬莢が辺りに散乱している。
もう少し早く駆けつけていたら・・・・・。
苦い気持ちで周りを見渡す。と、キャサリンの姿が見当たらない。
「キャシーは?どこにいるの」
アヤは壁にもたれてトランシーバーで連絡を取っている同僚に尋ねた。
「・・・ああ、彼女は医務室だよ」
「負傷したの・・・!?」
「全く、無茶な娘だよ。倒れた署長をとっさにかばって・・・。おい、アヤ!」
最後まで聞かずに階段を駆け上り、寒々とした廊下を走り抜け、そして2階にある医務室の扉を勢いよく開けた。
「キャシー!」
「アヤ・・・?」
ピンセットを持って椅子に座っていたキャサリンが顔を上げた。
息を切らして尋ねる。
「・・・・・大丈夫なの?」
痛々しい姿だった。制服の袖が破れ、頭には赤い消毒液がうっすら滲んだ包帯が巻かれている。
「アヤこそ大丈夫、そんなに慌てて」
普段通りのおっとりした口調に僅かながら安心する。
「自分で怪我の手当てをしてたの?」
「ええ。でも大変だったわ。銃がなかなか当たらなくって。もし、あれがなかったら・・・」
キャサリンはそう言って、床に転がってる防弾チョッキに目をやった。
真ん中の部分が穿たれてしまっている。確かに身に付けなかったら致命傷だっただろう。
「私がやるわ。一人じゃやりにくいでしょう」
自分も椅子に腰掛けて、ピンセットに挟んだガーゼを彼女の傷口の部分に丁寧に当てる。
「・・・あなたは立派だわ」
薬がジュワッと音を立てた。
「何言ってるのよ、私は警官なのよ」
困ったようにキャサリンが笑う。
「ええ、わかってるわ。でも」
彼女はダニエルのような屈強な体も、前田のような専門的知識も持っていない。たとえ武器を持っていたと
しても、簡単に組み伏せることが出来る。そんなか弱い存在だと思っていたというのに。
「知らなかったの。・・・あなたが、そんなに強かったなんて」
「そんな、アヤの方が・・・」
最後まで言うことは出来なかった。ちょうど口をふさがれてしまったのだ。
「・・・アヤ?」
長いキスの後戸惑ったようにキャサリンが呟く。
「私、あなたのことが大好きだったの」
そうだ、今までの彼女に対するぼんやりとした不安な気持ちはきっと恋だったのだ。
言葉にして初めてアヤは自分の感情を確信した。
「え、アヤ・・・あの」
アヤの手がキャサリンの体のなだらかな曲線をなぞっていく。肩から腰へと、
そしてシャツのボタンへと伸びていく。
「ねえ、キャサリン」
最後のボタンがはずれ、キャサリンが少し抵抗しかけたがアヤの手を押しとどめはしなかった。
シャツの中からふっくらとした胸を包む。下着の上からでもその柔らかさがはっきりと手に伝わる。
「もし、この事件が終わったら・・・」
胸に口づけて舌で愛撫する。微かに薬の匂いがした。さきほど自分が塗った薬だ。
キャサリンの体がぶるっと震える。
「一緒に・・・コンサートに行きましょう」
キャサリンは頬を染め苦しそうに吐息をこぼしている。耳に入らなかったのだろうか。
はだけた体をいとおしそうに撫で、キスを落とす。その度にアヤのルージュが彼女の体に残っていく。
簡素な医務室の小さなベッドの上。ロマンチックな雰囲気とはいいがたかったが、それでもアヤにとっては
気にならなかった。冷たい空気の中で却ってお互いの体の熱さがわかる。決して手荒なことはしない。
傷が痛くないように慎重に彼女を扱う
アヤは制服のズボンを下ろすとキャサリンの敏感な部分に指をそっと這わせた。
「・・・ん」
ぴくんとキャサリンの足が動く。やはり同性同士での行為は罪悪感があるのか、それとも快感に反応しただけなのか。
どちらなのかわからない。ただ確かなのはその場所が充分濡れているということだけで。
「あ・・・あ・・あ」
指がリズミカルに動くそのたびに声が漏れる。指を中に深く埋めかき回す。
「ふああっ!」
背中を反らせてよがるキャサリンを見て、アヤは頭に電気が走るような気がした。
こっちも体が疼いてしょうがない。自分もジーパンのチャックを下ろし、彼女の上に被さると、
「キャシー、あなたも・・・私を」
そう言って彼女の腕を自分の体にあてがう。おそるおそるキャサリンの手がアヤの胸に触れる。
「・・・すごい、アヤの胸、とても大きいのね」
女らしい暖かいそのふくらみにキャサリンはぼうっと見惚れる。そして手で触れた後、口に含み感触を確かめてみる。
「あん・・・!」
キャサリンがちゅっちゅっと音を立て、豊かなアヤの乳房に吸い付く。
赤ちゃんみたい。そんなことを思いながら、彼女が自分の体に夢中になっているのが嬉しかった。
同じ体を持っていても、自分と同じように感じるわけでは無いということをアヤは初めて知った。
胸への愛撫より耳を軽く噛むほうが嬌声を上げるし、性器も中をかき回すように愛撫するのが自分にとって
一番気持ち良いが、彼女は花弁を挟んで上下に摺りあげるのがなにより快感らしい。
扱いは難しいが、それでもひとつひとつキャサリンの感じるところを発掘していくのは楽しい作業だった。
それを探り当てるたびに彼女が仰け反り、髪に隠れた白い額があらわになる。
美しい女が互いの瑞々しい体を無心に求め合っている光景は表現することが出来ないほど艶かしいものだった。
「ふう・・・っ・・・うっ」
次第に息遣いが荒くなっていく。もうじき”それ”が来るのだとアヤはキャサリンの表情から読み取った。
「あの、アヤ・・・。私・・・もう」
「わかってるわ。もう少しよ、キャシー。」
アヤはそう言うと、疼いてすっかり濡れている自分の下半身をキャサリンのそれに結合させる。
「あああっ、ああ・・・!」
最初は微かに位置を探るように腰を揺らす。そのくすぐったい微弱な感覚が物足りないような、それでいて飽きないような
そんな気持ち良さで。
「!・・・んあっ・・・やぁ、あ」
滑らかな太腿を大きく開いてアヤは機械的に局部を動かす。体が上下するたび豊かな乳房がたぷんと揺れた。
キャサリンの方はもう、すっかりアヤに体を任せてしまっている。
激しく腰を動かすとくちゅ、と水音が聞こえた。それに続くように二人の吐息が重なっていく。
「・・・っ!アヤ、私もう・・」
びくっとキャサリンの体が波打つ。
「ふふ、もうちょっとの辛抱よ。あっ・・はぁ・・・」
激しく腰を揺らしながらアヤは首を仰け反らせる。自分の方も限界が近づいていた。
「・・・アヤ・・アヤっ、ん、ああああぁ!!」
口を大きく開け部屋の外へ聞こえそうな程の嬌声を上げる。キャサリンの体が大きく震え、その直後
「んう・・はぁ、ぁあっ!・・・はああぁん!!」
アヤも続いて絶頂に達する。と、また次の波が襲ってきた。
「ふぅっ・・・私、最近」
「ぁあ・・・はあ、はあっ・・・何?」
「欲求不満・・・だったみたい。あと2、3回イっても・・・いいかしら」
「・・・そんな!待って、私体が」
言いかけるも有無を言わせずアヤが再び腰を揺らす。
「あぅっ!ああ、んあ・・・きゃあぁぁっ!」
「とても・・いいわ、キャシー。ぁん・・・」
キャサリンの方はどうやら快楽を通り越して辛そうに眉を寄せている。しかし、一旦達した後も刺激を与えると
意思に反して体がブルブルと震えてしまう。その彼女の濡れて震える秘所が、かえってアヤを心地よくさせる。
「いっ・・・痛、アヤ、もう・・・つらいの・・・」
絶頂が続いてるかのようにがくがくとしている。そんなキャサリンを上から見て少し意地悪そうに言う。
「あら、痛くても・・・少しは・・ん、気持ちいいでしょう?」
アヤの顔から汗が落ちる。そして大きく息をつくと
「来るわ・・はっ、あん!あん・・・あ、ああぁぁっ!!」
「んんっ痛・・・い、アヤ・・・」
悪いとは思っていてもどうしてもやめられない。こんなにも自分が動物的だとは思わなかった。
「く・・っあと・・ちょっとだから、ごめんね・・・」
「あの」
事が終わった部屋でシャツだけはおったキャシーがポツリと話しかける。
「ん、なあにキャシー」
乱れた髪を手で撫でつけ服を手早く着る。早く行かないと。誰かがが様子を見にでも来たら訝しがるかもしれない。
「寒いでしょう。あなたも制服を着た方がいいわよ。」
言いながら彼女のシャツのボタンをはめてやる。
「あのね、アヤ、私・・・軽い気持ちでこんなことする人じゃないから」
それはわかってた。真面目でお堅い彼女のことはアヤが一番知っている。
「・・・だから」
「わかってるわ、大丈夫。何も言わなくて良いわキャシー」
目を細めてキャサリンの頬に軽いキスをする。そして彼女の目を見つめて
「そろそろ出なきゃいけないの。一段落着いたらまた署に戻って来るから」
革のジャケットをはおって拳銃の中の弾丸の数を確認すると
「私は必ず生きて帰ってくるから。待っててね、キャシー」
アヤはそう言い残し扉を開け、医務室から出て行った。
「コンサートの約束、絶対守ってよね・・・」
寒々とした部屋にキャサリンの言葉が小さく響いた。
アヤは雑踏の中一人歩いていた。長かった髪をばっさり切り、その瞳には過去には無かった憂いをたたえていた。
確かにあの事件は終わったけど。
心の中でつぶやく。
あの、イヴの事件の解決はあらたな悪夢の始まりでもあったのだ。
ショーウィンドウに映る自分の姿を眺めてすぐ目を逸らす。姉のマヤがくれた能力とはいえあまりに辛すぎる。
自分を取り巻く全ての終わりなんて果たして来るのだろうか。いや、それでも私は戦うしかないのだろう。
あの人の笑顔に逢えるその日まで。
終わり