「クリスマス?……今年はゆっくりしてるつもり。ほらイヴもいるし――  
て、ちょっと。なにニヤニヤしてんのピアース。ジュディも。ルパートあなたも?  
……いやらしいわね。わたしだけ仲間はずれ?一緒にMISTの危機を乗り越えたのに。  
だからこそ?いやわけがわからない。ああそう。いいわよ。別に。イヴいるし。  
あなたたちが仲間をハブにしてるうちにふたりっきりで楽しむから。ちょっと。何よ。  
もう帰るの。ついてこないで!」  
 その日は、なんだかみんなにハメられてる気がして面白くなかった。で、キレて帰った。  
 あくる日ピアースが謝ってきたのを( ´_ゝ`)フーンで流して、そのまままわりと微妙に  
ツンケンしていた何日かが過ぎて――  
   
 2000年12月24日。クリスマス・イヴがやってきた。  
 
「んん……アヤ、どうかしたの?」  
「――へ?」  
   
 寒風吹きすさぶロサンゼルスの街を、雑踏にまぎれてどこへともなく歩く、姉妹のよう  
な親子のような、そんなふたりがいた。  
 身長差は大分あるが、実際彼女らはとてもよく似ている。髪や瞳の色、目鼻立ち、まと  
う空気の手触り――そういった諸々が。言葉を選ぶなら、年を隔てた双子である。  
 いま、素っ頓狂な声を出したのが、頭ひとつぶんほど上背のあるアヤ・ブレア。  
 彼女の姿を見る者によって、二十歳の学生に、またもう少し上のオフィス・レディに、  
あるいは――と印象が変わってくる、しかし誰もが認める美女だ。  
 そのブルーの瞳に映る少女然とした少女、イヴ。  
 見ている限り、イヴは本当にただの子供だ。可憐で、勘が鋭く、少しだけ表情の硬い、  
普通の女の子である。  
 アヤとイヴの関係は、その見た目同様、複雑なものである。  
 姉妹であり、親子であり、そしてある意味には互いが自分自身でさえある。  
 さまざまな出来事があった今年の夏から、彼女らはともに暮らすようになった。身寄り  
のないイヴをアヤが引き取る形で。  
 イヴはアヤに懐いてくれているが、イヴよりも互いのことをよく知っているアヤの方が、  
まだ彼女との微妙な距離感を掴めないでいた。  
 
「イヴにはわかるのね。あんまり態度には出てないと思ってたけど」  
「うん、わかるよ。なんとなくね。で、どうかしたの?」  
 街のクリスマス気分にあてられて、にこにこしているイヴ。アヤは彼女の頭に何気なく  
掌を置きながらその笑顔を受け止める。  
「あー……そうね。聞いてくれるかしら」  
「なあに?なんでも聞いたげる」  
「ありがと。実はね」  
 ふと考える。どう言えば伝わるだろう?アヤは戸惑ったが、率直に言った。  
「職場でね。ちょっと喧嘩しちゃったの。喧嘩ってほどじゃないんだけど……ピアースは  
覚えてる?彼とか他の人とかとね」  
「ケンカ……戦い……殺しあったの?」  
「いいえ――」  
 思わず、言葉に詰まる。イヴはなんの気負いもなく物騒な言葉を口にするもだ。子供の  
顔で、笑ったまま。  
「違うのよ。そんなことじゃないの。友人……友達とそんなことはしないの。わたしとイ  
ヴだってしないでしょう?」  
「んーと、うん。しないね。じゃあ……どんなことなの?」  
「もっと軽い意味。殴ったり叩いたりじゃなくて、言葉のやりとりで間違えちゃったのよ」  
「うんうん。あれ?でもアヤは悩んでるよね」  
「もちろんよ」  
「軽くないの?」  
 アヤの手に自分の両手を重ね、イヴはなんの気なしに疑問符を浮かべた。  
「あのねイヴ。じゃあわたしがイヴと『ケンカ』して、口も聞かなくなったらどうする?」  
「えっ……やだ!そんなのやだ!」  
 たちまち涙目になって腕にすがり付いてくるイヴ。アヤは苦笑を隠しその小さな体をキュ  
ッと抱きしめた。  
「イヤでしょう?友達ってそういうものよ……ごめんね、ただの例え話よ」  
「……アヤのいじわるぅ」  
「なんにせよ、クリスマス・イヴにする話じゃなかったわね」  
   
 周囲を見回すせば赤と緑のクリスマスカラーで埋まっているくらいだった。街行く人ら  
もどこかそわそわと浮かれていて、吹き付ける冬の風をものともせず誰もが幸せそうにク  
リスマスを楽しんでいた。広場に出たところで、大きなツリーが目に飛び込んでくる。ま  
だ時間が早いため電飾は灯されていないが、既にたくさんの人が木のもとに集っている。  
 アヤはイヴと一緒に住んでいる部屋を目蓋の裏でイメージした。ケーキは用意している  
が、やっぱり今からでもツリーを飾ろうか――そんな気になってきた。  
 肝心のツリーをどこにしまいこんだかを考えていると、イヴが小さく跳ねながら腕をゆ  
すってくる。  
「ねぇねぇアヤ、クリスマスイヴってなぁに?あたしの名前とおんなじ!」  
 ずる、と靴底がすべった。  
「は、話したことなかったかしら。クリスマスっていうのはね。大昔の偉い人の誕生日を  
みんなでお祝いする日なのよ」  
「お祝い?」  
「そう。七面鳥焼いたり、ケーキを食べたり。あと、そうそう」  
 アヤはひとりでクスクスと笑った。  
「クリスマスにはサンタさんが、一年いい子にしていた子供にプレゼントを持ってきてく  
れるわ」  
「プレゼント!アヤ、ほんとに!?」  
「ほんとよ。イヴはいい子にしてたかな?」  
「してた!うん、してたよ!」  
 
 イヴは俄然元気になってアヤの腕をふりまわす。つないだ手の温もりが熱いほどだ。  
 ちなみに――言うまでもないけれど、プレゼントはアヤが用意していた。ディズニーの  
キャラがプリントされた食器類にぬいぐるみ、そしてまだ手をつけていないが、考えてい  
ることがひとつあった。こちらには自信がある。おそらく確実にイヴは喜んでくれるだろ  
う。  
「それでね。あなたの名前でもあるイヴ、というのはね。『前夜』前の日の夜っていう意  
味なの」  
「前の日?前の日……昨日のこと?」  
「うん。おめでたい日の前日からみんなでわいわい楽しみましょうってことかな」  
「あ!だからクリスマス・イヴって言うんだね、アヤ」  
「正解よ。だから、お家に帰って楽しみましょう?――あっ……」  
「アヤ?」  
 首筋に手を添えると、水の粒の感触。怪訝そうにアヤを見上げるイヴの顔にもぽつりぽ  
つりと水滴が当たった。  
 
「うわ、雨だっ」  
「ええええっ?ちょ、せんぱいまだ帰らないんですか?」  
「うむ……寒くなってきたな」  
「なあまずいよ指先が紫色になってる」  
「第一、帰ってきてもしばらくは様子見するんだろう。今日明日くらいならこの格好でも  
見咎められはせんだろうが、もう少し遅く来てもよかったんじゃないのか?」  
「わたしも今になってそう思えて……うう……あ!き、来ましたっ」  
「よ、よし!作戦開始だ!――う、へきしッ」  
 
「こんな日に雨なんてね……」  
 コートを脱ぎながらアヤはぼやいた。イヴは指に息を吐きかけながらヒーターの前でう  
ずくまっている。  
「ああ、イヴ、上着くらい脱ぎなさい。床濡れちゃうでしょ」  
「はーい」  
 突然降り出した雨の勢いは小降り程度ではあったが、身体を凍えさせるには十分だった。  
 脱いだコートの片付けもそこそこに、アヤは物置代わりに使っている部屋をあさり始め  
た。  
 頻繁に出入りしているとはいえ、やはりどこか埃っぽい空気。その中で泳いでいるみた  
いな錯覚を  
「アヤ、なにしてるのー」  
「クリスマスツリーをね……多分うちにもあったと思うから」  
 適当に手に取った紙箱を開けてみると、色とりどりのオーナメントがたくさん詰まって  
いた。  
「ほら、飾りがある」  
「ツリーって広場にあった大きな木でしょ?あんなのがあるの?」  
「あはは、まさか。もっと小さいのよ。一人暮らししてたときは面倒でやってなかったけ  
れど、ちゃんと電飾もあるの」  
「あたしも探すよ!」  
 イヴが目を輝かせ、身を寄せてくる。部屋の中までパッと明るくなったように思えた。  
その眩しさに、幼いころ死んだ姉の面影が重なり――  
 アヤは我知らずイヴを抱きすくめた。  
 
「……?アヤ?」  
「――」  
 突然のことだった。  
 自分がなにをしようとしているのか、アヤはわかっていなかったのかもしれない。  
 顔と顔が、眼と眼が、唇と唇が、ゆっくりと近づく。イヴは不思議そうな表情をするだ  
けで嫌がりはしない。香水などつけていないだろうに、イヴからはなんとなくいい匂いが  
する。アヤは、目をつむった。  
「マ――」  
 抱きしめたイヴではなく、記憶の中の姉の名を口に滑らしかけた、まさにその瞬間。  
 玄関の鍵がまわる音が、した。  
 イヴを床に組み伏し、たてかけてあったモップを掴んだ。FBI捜査官あらためMIS  
Tのハンターとして洗練された動きでもって扉の向こうをうかがう。  
「アヤ、どうしたの?さっきから」  
「シッ!」  
 鍵を開けた後は足音を隠す様子もなく、賊がドヤドヤと入り込んでくる。強盗の類だろ  
うか――クリスマスだというのに!  
 驚いたことに、何人かはまっすぐ物置部屋に向かってくる。どういうわけか、筒抜けだっ  
たようである。アヤは覚悟を決めてモップを握りなおした。――扉が開く。強盗の姿が、  
その隙間から――  
「――なっ……!?」  
 
「メリー・クリスマス!」  
 クラッカーが爆ぜて、紙吹雪を撒き散らす。瞬時の判断で振り下ろしかけたモップを急  
停止させていたアヤは、それをまともにひっかぶった。  
「ハッピーホリデーズですぅ、せんぱーい!」  
 クラッカーがもう一発鳴り響く。  
「シーズンスグリーティングぅえッ……!」  
 モップをピアースの腹に突き刺す。  
「……それは手紙に使う表現でしょ」  
「うぷ。そ、そうなの?」  
 なんだか妙なかっこうをしたピアースを見下ろす。赤と白の縦縞のもったりとした上下  
に、同じような帽子をかぶって、極めつけの鼻メガネ。メガネ部分がちゃんとサングラス  
なのは、彼のこだわりなのか。あと、くるみ割り人形を大量に背負っていた。  
「メリー・クリスマス、ジュディ、ルパート。なんだかどういうことなのか薄々わかって  
きたけど……話はリビングで聞きたいわ」  
「いいえざんねんですがせんぱい。今日のわたしはジュディじゃありません。見ての通り  
のサンタさんです」  
 ジュディは真っ赤なスカートの裾をつまんでみせた。たしかに今の時期なら街にサンタ  
(の格好をした人)がいて不思議はないが、ジュディが着ているのは腕と背中が丸出しの  
ホールター。頭の帽子がなければ水商売の女と判別がつけがたい。似合ってはいるが。  
「そういうことだ、アヤ。俺たちは子供にプレゼントを配りに来たサンタとトナカイって  
わけだな」  
 ルパートは、なんと言えばいいか、強烈だった。  
 トナカイ役なのだろう。着ぐるみを着用しているのだが、着ぐるみのサイズがあってな  
いらしく、彼の発達した筋肉が浮かび上がっている。そして顔面にはいつものコワモテの  
まま赤い鼻がくっついている。イヴが普通に引いていた。  
「そーら、プレゼントをあげよう。これなんかどうかな」  
 しかも結構ノリノリであった。ジュディサンタが広げる袋に手を突っ込み、おもちゃを  
取り出す。  
 
 イヴはそれをおそるおそる受け取ると、ルパートトナカイの顔を見上げた。  
 少々の沈黙を挟んで、ルパートは赤鼻を外し、イヴの鼻にくっつけ、ニヤリと笑った。  
「あ……!ありがとう!トナカイさん!」  
 イヴの顔にも笑みが戻った。アヤはその意外な展開にただただぽかんとしているのみだ。  
「イヴちゃん、これ、僕からプレゼント」  
 変なピアースが背中から女の子向けに装飾されたくるみ割り人形を下ろす。イヴは満面  
の笑顔で応えていた。  
 アヤはふっと肩から力を抜いた。やれやれ――と。  
「サプライズパーティー、てわけね」  
「そうなんですよぉ!せんぱいってば意外と神経細いから、小さな女の子と二人暮らしで  
ストレスとは言わないまでもモヤモヤが溜まってるんじゃないかなぁと思っていたんです  
よ。どうですか?」  
「ほんとう、やれやれだわ。でも……」  
 ピアースとルパートにじゃれついているイヴは。  
「でも、そうね――」  
 無邪気で、幼い子供だった。これからどんどん成長していく、ひとりの少女だった。ア  
ヤ自身のクローンなどと、そんな言葉では片付けられないくらいの、普通の女の子だった。  
「――わたしは、肩肘張りすぎだったんだ、と思うわ」  
「んふ。でしょ?」  
「もう!生意気よ!」  
 アヤはわしっとジュディを捕まえ引きずりながら、イヴがいる場所へ、軽快に近寄って  
いった。  
 
 その後。  
 五人総出でクリスマスツリーを見つけ、飾り立てたところで本格的な宴となった。  
 みんなでクリスマスキャロルを歌ったり、ケーキを食べたり、アヤも隠しておいたプレ  
ゼントを持ち出してきたり。  
 頭からエッグノッグをかっくらって泥酔したルパートがピアースを羽交い締めにしたり。  
 アヤはその最中でけらけら笑うイヴを見つめ、彼女ともう少し目線を合わせて接してみ  
ようと考えていた。  
「あ!ちょっとみんな!窓!窓の外!」  
 ピアースが叫んだ。彼が指差す先の窓に、ちらちらと白いものが舞った。  
「雪だ……」  
「なぁに、これ!きれーい!」  
「雪よ、イヴ!メリー・ホワイトクリスマス!」  
 ちょうど、午前0時の鐘が鳴る。  
 全ての世界が、白く祝福されていた――  
 

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